166、真面目なお話って、眠くなるよね
八町の脚本は、小説版とはやっぱり別物になっていた。
でも、ハロウィンパーティのときに読んだものよりは過激な炎上商法感が薄くなっている。
キャラの名前は実在の人物と変えたし、展開も丸くなったと思う。
寝る前に一言メッセージ送っておくか。
葉室王司:八町、脚本を読んだよ。良くなったと思う
八町大気:江良君。僕も生放送を観たよ。そして、僕は少しだけ心配になったよ。仲が良すぎる。お兄さんである恭彦君と仲が良いのは素晴らしいことだ。全然悪いことじゃない。でもね、他の人から見ると『ちょっと距離感が近すぎるかも』って思われるかもしれないね。誤解されるのは江良君にとっても、恭彦君にとっても良くないよね。僕が言いたいのは、二人とも大切な存在だからこそ、他の人がどう見るかもちょっとだけ意識してほしいってことなんだ。
なんか長文が返ってきた。何を心配してるんだ、何を。
他の人はみんな喜んでくれてたよ。
とりあえず、OKスタンプを送っておこう。おやすみ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
それから数日後、状況が大きく動き始めた。
まず、グローバル・アクター・サポート(Global Actor Support, GAS)が正式に指定メンバーを公表して、説明会が開かれたのだ。
保護者同伴なので、ママは張り切って扇を新調し、誰かと目が合うたびに「葉室王司の母ですの!」という挨拶を繰り返していた。
ちょっと恥ずかしいが、ママが嬉しそうなのはいいことだね。
「人がいっぱいね、王司! 王司のおかげで、ママは特別な体験がいっぱいできるわ」
ママはきょろきょろと会場を見渡して、隅っこの椅子にポツンと座る恭彦を見つけた。
「あら、恭彦君。ひとりなの?」
「父は仕事です。それに、俺は自立した大人なので」
「そう……。ご一緒しますわ」
ママはこういうとき、許可を取らない。
相手の意思は関係なく、自分が「する」と決めたらそうするのが当たり前なのだ。
説明会の会場に集まった強化指定メンバー自体は、それほど大人数ではなかった。
記者や演劇関係者の方が多いぐらいだ。
メンバーの中で目立っているのは、『夏が溶けるまでにしたいこと』で助演女優賞を受賞した姉ヶ崎いずみ、24歳。
そして、彼女を始めとする大手芸能事務所ホーリーキネマズの売れっ子男子メンバー、3人。
全員ドラマや映画での受賞歴あり。
ママは「あそこだけなんだか眩しいわ」と言いつつ、ドヤ顔で知識を披露してくれた。
「藤白 レン君、24歳。暴走族の総長役で有名な子よ! 共演者キラーとかプレイボーイとか言われてるから王司は近寄っちゃだめっ。隣にいるのが 柚木 はると君、22歳。スポーツ系爽やかイケメンで、代表作は水泳モノよ。後ろで保護者風の雰囲気を出しているのが芹沢 拓真君、25歳。ミステリードラマで探偵役をして人気になったの。超一流の若手たちね。そして、そんな子たちと同格以上なのがうちの子なんだわ。まあ、すごい……おほほ」
ママ、それ恥ずかしいよ!
うちの子自慢は胸の中に仕舞っておいて!
ホーリーキネマズのメンバーは、平たく言うとエリート若手集団だ。江良もメンバーを知っている。共演したことがあるんだ。
レンは女好きだ。
江良が「可哀想な子とか、助けたくなる」というと「わかるっす!」って言ってくれてさ。
ただ、レンの場合は助けた後にお持ち帰りして食っちゃう悪癖があるんだけど……。
はるとは江良が知ってる限り、内功的で非社交的な性格だ。
日常で他人受けのいい偶像の自分を演じる系の子で、器用なんだけど、陽キャだと思って親しくなろうとすると「あれ? なんか違うな?」となってしまう罠のある子だった。
拓真は、いつも本を読んでいた。会話するときは謎解きとかチェスを仕掛けてきて、頭がよくて知的な交流を好む子なんだよな。「馬鹿は相手にしません」とか言っちゃうような。
謎解きを仕掛けられて答えられないと相手をちょっと残念そうに見るんだ……。
メンバーとの思い出に浸っていると、ママは現実に引き戻してくれた。
「高槻さんのお子さんもいらっしゃるわね。王司、アリサちゃんが手を振ってるわよ。お友だちが一緒で心強いわね。親御さんはちょっと心配だけど……そういえば高槻大吾君は、まだ21歳なのねえ。ママ、25歳以上だと思っていたわ。落ち着いてるから」
「あのお兄さん、落ち着いてるかな? いつもうるさ……、賑やかなイメージがあるよ」
こっちも手を振り返そう。わーい、アリサちゃーん。
アリサちゃんの隣にいる高槻大吾が投げキッスしてきたけど、スルーしちゃうぞ。
あとは、遠くの席に仮面ライダー役が発表され、生放送では甥っ子として江良の墓参りをして、銅親絵紀に「僕のエース俳優」と呼ばれたことで話題沸騰中の江良星牙、16歳がいる。
海外勢も何人かいて、ジョディとかエーリッヒの姿が見えた。あの子たち、俳優なの?
「メンバーは結構少ないのね。辞退した子もいると聞いたけど、そのせいかしら」
「そうかもしれないね、ママ」
ママと話していると、説明会が始まった。
「本日は、お集まりいただき、ありがとうございます」
マイクを手に挨拶をする代表は、二俣総帥だ。
いつの間にかGASの代表になっている。内部で「誰が主導権を握るか」とか、色々あるんだろうなあ。挨拶内容は、学校の校長先生がするような無難な内容だ。
二俣総帥はストリーミング企業の劇場配給を統括する担当者にマイクを渡した。
担当者は「映画やドラマを企業やサービスの宣伝として考えている。単なるサポートではなく、活動を通して金を生み出せるといいよね」みたいなことを言っていた。うーん。ビジネスなお話だ。いや、お金のことは大切だよね。わかるよ。
こういう真面目なお話って、眠くなるよね。
しかしこういう時間にキリッと真面目に聞くのが社会人。
わかるか、隣で寝てる兄よ。
肩に寄りかかってこないでほしい。重いです。
「それでは次に、カリキュラムとサポートプログラムについての説明です」
この説明は、なぜかグレイ・ジャーマン監督が行った。
楽しそうにしゃべる英語を、通訳さんがスラスラと日本語に直してくれる。
途中で恭彦が起きて、「やべ」と呟くのが聞こえた。おはよう。
「というわけで、来週から早速みなさんは二週間、第一次シェアハウス生活を送ることになります」
今、なんか不思議な説明をされてるぞ。第一次ってなに? 第二次もあるの?
ジャーマン監督の説明を聞いた感じだと、短期間の合宿生活をするらしい。
学校や仕事はそのまま。
今まで受けていたレッスンは辞めるかお休みして、代わりにGASが用意するレッスンを受けるんだって。
「もちろん、生活指導員や教育スタッフも常駐です。不参加でもOK。参加しても本人の意思で自由に一時帰宅できますので、保護者の方はご安心ください」
合宿なのに自由に家に帰れるんだ。微妙にゆるいな。
「合宿以外でも、日常的にレッスンや支援を受けることができますよ!」
ジャーマン監督は営業マンみたいに「こんなサービスがあります! こんなにお得! やったね!」と売り込んでくる。
「学業や家庭面でのサポートプログラムもあるし、オーディションでも有利になります。 メンバー側は会費とかを支払う負担もなし。逆に、スポンサー企業のサービス優待を受けられたりしますよ。ワーオ、スゴーイ」
確かに「やったね!」だ。
それに、このサポートは指定メンバーの心身の安全面にかなり気を使う方針らしい。
家庭環境や学業の状況もチェックして、問題があると判断された場合は家庭の問題を一緒に解決する指導プログラムや保護者向けセミナー、学業の補習を受けさせられる。
健康診断やストレスチェック、定期的な面談まである。
専属メンターが付いたり、レッスンや仕事量が減らされたり、活動を一時休止して体と心を守る、と主張していた。
「セーフティだね! 親御さんも安心できますね! 申し込むしかない、このチャンスをお見逃しなく!」
ジャーマン監督はバチンと指を鳴らし、おまけで投げキッスまでしてのけた。
ノリが陽気で軽い人だ。話しやすそう。あと、段々と通販番組のノリになってきたな。
「いきなり合宿開始されても困るわね。王司、どうする? ママ、クレームする?」
ママは物騒なことを言っている。クレームはやめて。
「クレームはしなくていいよ、ママ。自由に帰宅できるらしいし、参加してみようかな」
「王司は本当にいい子ね。もっと訴えたりクレームしたり我儘を言っていいのよ」
時期的に、新しいドラマの顔合わせと読み合わせの予定もある。
期末テストやアイドルのイベントもあるから、ちょっと忙しいな。
慣れない合宿所から学校に通ったりするのは大変だろう……でも、「ちょっと楽しそうだな」とも思うんだ。
「ママ、私は合宿でカレーを作ろうと思う」
自慢のスパイスコレクションを持って行こう。
私はやる気満々で合宿参加希望調書の『参加』に丸をつけた。




