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【完結】俳優、女子中学生になる~殺された天才役者が名家の令嬢に憑依して芸能界に返り咲く!~  作者: 朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます!
3章、人狼ゲームとシナリオバトル

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164、八町、拗らせる

 ――【八町大気視点】

 

 株式会社ハッピーツイストの会議室は、参加者が生放送を見ながらお弁当をつつく会食場と化している。

 

(「いい話でしょ」と感動を押し付けられている感じがするなあ)

 

 八町(やまち)大気(たいき)は、いささか気分を悪くしていた。

 

 会議室に用意された大きな画面に映るのは、江良家が銅親(どうおや)家と合流して墓参りをしているシーンだった。

 

 江良の甥、星牙(せいが)は、仮面ライダーのオーディションに合格したばかり。

 「これから売れるぞ」という予感でいっぱいの注目ルーキーだ。


 八町が見守っていると、銅親(どうおや)絵紀(えのり)は、江良の墓に向かって語り掛けた。


『江良君。フローズン・ドクターが受賞したよ』


(うわあ、銅親君~。これ見よがしに生放送でそういうことをするんだ? あざといなぁ……僕の心が穢れてる? いや、これ、あざといでしょう……僕は嫌だよ、こういうの。いけない、落ち着こう)

 

 八町はコツメカワウソに視線を落として素数を数え、心を落ち着けた。

 銅親は、江良には多くを語らず、さっさと話す相手を星牙に変えた。それが八町には「江良君が本命じゃなくて踏み台みたいだ」と感じられて、イラッとする。

 

『星牙君。僕は、「太陽と鳥」のコンペに参加しているんだ。僕の想定するリメイク版の主役は、君だよ。本当は、江良九足さんは、「太陽と鳥」が好きだったらしい。彼、オーディションを落ちたこともあるんだ。彼が演じたかったタカラ役を、僕はぜひ甥っ子の星牙君に演じさせたい。きっと、江良九足さんも喜ぶだろう……僕のエース俳優は、星牙君だ!』

 

 コツメカワウソから画面へと視線を戻すと、銅親(どうおや)が星牙の手を握り、微笑みかけていた。

 その背後で、銅親の息子は無言で江良の墓にリンドウの花を供えている。

 

 なんだ、美談みたいな演出流して。

「江良君のため」みたいに言って。格好つけて。

 これは、大衆の好感度稼ぎをするためのアピールだ。

 

(あーあーあーあー、もう見ていられない。銅親君。君、随分といやらしい人気取りの演出をするじゃないか)

 

 八町は顔を顰めた。

 自分も江良の死と断筆を煽り文句にして本を売ったので、他人をとやかく言えない部分はある。

 しかし、それはそれ。嫌なものは、嫌だ。

  

 会議参加者たちは、八町と同じ「気に入らないな」という反応を示す者と「イイハナシダナー」という反応を示す者とに分かれていた。

 そして、GASの強化指定役者のリスト入りをしている星牙へと話題が移っていった。


「江良星牙君は、八町先生の演劇祭でも存在感がありましたね。それに、eスポーツでも日本代表になったのだとか」

「日本代表! いい響きですね、その肩書きに加えて『江良の甥』というのは魅力がありすぎる身の上です……」

「演技も巧いんですよ。陽気な気質もいいですね」 


 星牙君については、僕も逸材だと思う。八町は頷いた。しかし。


「星牙君はいつも元気で、観ている方も元気になれるタイプですよ」

「葉室王司ちゃんとの相性がいい気がしますね。二人揃って安定して上手い。『銀河鉄道の夜』が、とにかくよかった」

「ケストナー監督の仰るように、安定している子だけにしてもいい気がしますよね」

「火臣恭彦君は、両親のイメージがどうしても強いですからねえ。本人も繊細というか……指導しにくそうな」

「急にスイッチが入って暴走するタイプらしいんですよ」

「何かあってからでは手遅れですからねえ」

  

 いけない、このままでは恭彦君が「彼は外しますか」と結論付けされてしまいかねない。対応せねば。

 八町は咳払いをして注意を引き、自論を唱えた。

 

「皆さん。恭彦君は素直ないい子ですよ。精神不安定というなら、僕の方がよほど不安定で知られていますし、ご心配をおかけしています。なにせ自殺未遂までしましたからね。ははは」


 話している間に、生放送の画面では江良の墓に手を合わせる家族たちのシーンがエモエモしく流されている。

 それが八町にとっては、どうも面白くない。


「皆さん、メンタルの安定・不安定なんて境界の曖昧なものを、すぐ線を引いてセーフかアウトかを判定したがりますが……役者さんは役を演じるために線のあっちにもこっちにも踏み込むので、誤解もされやすい……」


 ……このままの調子で話し続けると、「恭彦君が不安定なのは誤解ですよ」という論調になる。

 

 一呼吸置いて、八町は考えを整理した。


 「恭彦君は安定している」という主張は、よくない気がする。

 あの子は不安定だ。それなのに「安定しているから大丈夫」と説得した場合は、本人に「不安定では他者に受け入れられないので、安定しているふりをしないといけないよ」と言わないといけなくなる。

 それは、よくない。


 親友に言われるまでもなく、八町だって教え子のことはちゃんと気にしている。

 八町は、彼の先生なのだ。

 

 すうっと息を吸い、言葉を選ぶ。

 

「今の世の中なんて、病むような要素が満載じゃないですか。僕がもしSNSで『気分が不安定になったことや死にたくなったことがない人、ある人』とアンケートを取ったら、『ある人』の方が多数派だと予想しちゃうな」


 八町はスマホを操作して、画面を会議参加者に見せた。

 

「『死にたい』といった言葉を投稿すると、警告が出たり、制限を受けたりする……そういうのが面倒なので、鬱屈とした気持ちを吐露するために、一部の若者は『死にたい』という言葉の代わりに『生きる』という言葉を使う、と教えてもらいました」


 類は友を呼ぶという言葉があるが、自殺未遂をした八町には、「あなたの気持ちがわかります」「自分もしたことがあります」「自分も計画中です」という『仲間』からのDMがよく届く。


「表で発言するときには、言葉を選んで本音ではない無難な発言をしましょう……ってことです。でも、ほら、あれ。ディズニーの映画で『ありのままで~♪』っていうのとか、人気じゃないですか。メンタル系の医療機関だって、5人に1人が受診経験があると言われてるんです。僕は思うのですが……」


 また、一呼吸置く。

 会議参加者は、待ってくれる。

 だから、筋を間違わないよう、長考できる。

 

「……」 

 

 不穏な発言が警告や制限をされるのは、真っ当な対応だ。

 声のでかい者が扇動者みたいになり、大衆の心が右に倣えで「死にたい」に染められては、大変なことになる。

 「死にたい、死にたい」「自分も」「よーしみんなで死のう」と希死念慮を強めるコミュニティよりは、「生きるぞ、生きてるといいことあるぞ」「じゃあ自分も生きる」「みんなで生きよう」というコミュニティの方が、安全だ。

 

 会議参加者は「八町大気が危険なことを言い出すんじゃないだろうな」と心配そうな目をしている。

 ここで「僕は、本当はね、ありのまま、死にたいって言える方がいいと思うんです」と八町が言うと、「おいたわしい」になるだろう。

 「ありのままがいい」と伝えるために、ありのまま出てくる表現では戦えないのだ。


「僕は……思うのですが……」


 僕は先生で、言葉を武器にしている。

 だから、この表現で教え子の道を照らそう――八町は、言葉を選んだ。

 

「火臣恭彦君は、『5人に1人』の心に寄り添える役者として、世の中に需要があると思います。それに、彼は托卵被害者でもある。托卵の割合は20人に1人だと聞いたことがあります。そうすると、彼は『20人に1人』の深刻な辛さを抱える被害者にも『仲間がいる』と思わせることができるのです」


 八町が思うに、火臣打犬が炎上して大量のアンチを作りつつ受け入れられているのは、『仲間』も大量にいるからだ。

 

 引き篭もり経験者。上司にパワハラされた被レイプ者。托卵婚された被害者。不倫経験者。離婚経験者。推し活ファン。性癖を周囲に隠している者。炎上経験者。父親……。

 

「恭彦君は、自分の感情を他者にも共感させる能力に秀でています。僕たちは、そんな彼に社会に拒絶された絶望や孤独を与えるのではなく、社会に受け入れられた喜びや希望を感じてもらうべきです。そして、彼に『辛いこともあるけど、嬉しいこともあるんだ』と笑ってもらって、そのポジティブな感情を大衆に伝えてもらうのが、理想なのではないでしょうか?」

 

 会議参加者が感銘を受けた顔で頷いてくれる。

 手ごたえありだ……ふう。


 コツメカワウソを指で撫でて紅茶を口に含むと、香り高い紅茶は少し冷めていた。

 でも、美味しい。  

 気持ちいい。

 

 僕は今、立派な先生みたいに振る舞えた。

 大人らしく、社会人らしく、真っ当な感性の人間らしく、意見が言えた。


 よかった、僕、格好よかった。

 ()かった――気持ちいい。

 

 恍惚としていると、生放送番組の場面が切り替わった。

 おや、と思った。

 

 火臣家と葉室家の『ファミリー』が、緑の芝の上で寝ころがっている。

 

「寝てる?」


 八町は画面をガン見した。

 親友、『葉室王司』が、兄に抱き着いて気持ちよさそうにお昼寝しているではないか。

 

(え、え、江良君……どうしてそんなに無防備にくっついちゃってるんだい)

 

 八町は紅茶のカップをひっくり返した。

 コツメカワウソのティーバッグがぐっしょりと紅茶に濡れる中、八町は拳を握って演説した。先ほどまでの慎重な長考ぶりが吹き飛ぶような早口で。

 

「不適切な距離感です。要指導。徹底指導。この子たちは、放置してはいけません。大人が監視、もとい、見守っている環境に置くべきです。僕はそう考えます。いけない、いけない。こんなにお兄さんにべったりな女子中学生、います? ブラコンだと思うんです。そういえば恭彦君はシスコンと呼ばれてましたね。待って、じゃあシスコンとブラコンで噛み合っちゃうじゃないですか。一番ダメなパターンですよ。どうして誰も危険視しないんです? この子たちは、危険です!」


 江良君。

 僕は、以前は君が女の子といても「おっ。江良君もそういう年頃だね」と余裕で微笑ましく見守っていたし、応援できていたよ。

 それなのに、今抱いているこの黒い感情はなんだろう。

 

 江良君。

 僕はね、自分の才能が枯渇しかけている気がするんだ。

 以前とは何かが違ってしまっていて、大切な何かが失われた感じがするんだ。

 

 引退宣言をして死に損ねて、世間に「おいたわしい」と思われて、引退宣言撤回して。

 こんな自分がみっともないな、恥だな、と思う気持ちもあるんだ。

 でも、君が「八町、映画を作ろう」と言ったから、僕は立派な先生を続けようと背筋を伸ばし、顔を上げ続けているんだよ。


 江良君。

 なんだかすごく、僕は孤独だ。

 この孤独感は、やりきれなさは、何だろう?

 独り相撲をしているような寂しさを感じる瞬間があるんだ。


 僕は君を見ているのに、君は僕なんか忘れてしまったように、新しい家族や友人とハッピーライフしている。

 それが、なんだか「僕が可哀想じゃない?」って気がするんだ。やるせなくなるよ。


 江良君。

 僕、なんだか、まるで片想いを拗らせた思春期の少年みたいだ。

 そんな年齢ではないし、君はあくまで親友で、恋愛対象になるはずもないし、してはいけないのに――異常だよ。

 

 以前は、こんな風に思わなかったのに。僕はおかしくなってしまった。

 僕はもう、なんだか心がぐしゃぐしゃだ。


「八町先生。つまり……例のシェアハウス企画をするということですか?」

「しましょう。男女はしっかり分けて。混ぜるな危険精神で」

「それで恋愛リアリティショーが成り立ちますか」

 

 八町は首を振った。

 

「恋愛しろとは言ってないんです。むしろ、させないでください。恋愛は、禁止です!」

「その理由は?」

「僕が気に入らないからです。僕の江良君が男の子と恋愛なんて、とんでもない」


 誰かが「おいたわしい」と呟くのが聞こえた。

 ああ、やっぱり僕はおいたわしいのか――八町はこっそりと傷付いた。

 そして、「終わったら心療内科に行こう」と決意するのだった。

 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 ――【葉室王司視点】

 

 スタジオで生放送の三部が始まる。

 三部は、またフリートークだ。

 

 ただ、この時間は家族が親と子で分かれるのが特徴。

 親は親同士、子は子同士で集まり、あっちとこっちで歓談タイム。

 その様子を「親たちは今こんな感じです~、では次、子供たちの様子を見てみましょう~」と、交互に撮られるのだ。

 

 子供たちが集まるソファは、可愛いクッションやお菓子がいっぱい置いてある。

 お兄さん組は自然と年少の子のお世話係になったみたいで、高槻(たかつき)大吾(だいご)火臣(ひおみ)恭彦(きょうひこ)はお菓子を取り分けたり泣いてる子をあやしたりし始めた。

 なかなか大変そうだけど、視聴者受けが良さそうな優しいお兄さんたちの映像が撮れている。

 なんか教育番組みたい。

 

「王司ちゃん、お昼寝してきたんだね。SNSで見たよ~!」

「アリサちゃんは中華街だっけ。観てたよ~」

「小籠包が美味しかったよ。お土産買ってくればよかったー」 


 アリサちゃんと話していると、銅親(どうおや)の息子が話しかけてきた。


「王司、久しぶり」


 久しぶりと言われてもこっちは初対面だよ。君の名前も知らないくらいだよ。

 公園デビューで泣かせたらしいが、その後も交友が続いていたのだろうか。

 もしかして、幼馴染とか言われるような関係? 

 

「えっと……」


 どう対応したものか悩んでいると、横からクッションが差し出された。

 銅親の息子と私との間に割り込むように差し出されたクッションは、ピカチュウ柄だ。

 

「すみません、銅親君」


 恭彦だ。

 これはもしや、困っているのを察して助けてくれる?

 そういえば「記憶障害」ってさっき教えたもんね。こちらの事情を理解してくれたか。

 助かる~! 兄、助かる~~!

  

 私がクッションを受け取って感謝していると、兄は不愛想に言い放った。


「妹は友達が多く、子分のことなんていちいち覚えていないのです。海外監督の令息にプロポーズされるぐらいモテるので、その接近の仕方ですと新手のナンパとしか思われません。俺の目にも、『また言い寄られてる』としか見えませんでした」

 

 ……言い方ぁ!

 

 銅親君は顔を真っ赤にして逃げて行った。

 遺恨が残らないといいけど。ごめんね。

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