163、#お昼寝一家
「あの、これ使ってください!」
公園の人たちは、好意的だった。
レジャーシートや軽食を差し入れてくれる。
お礼を言って受け取ると、「テレビで見てるよりなんか小さい」と呟くのが聞こえた。
なにが? 胸? 身長? 両方?
こっそりと気にしつつ芝生の上にシートを広げて座ると、火臣家の2人はいそいそとお弁当を広げ始めた。
手作り弁当か。家族っぽいな。
上からは太陽光がさんさんと差し込み、ほんのり香る芝生の匂いが昼下がりの空気を満たしている。ピクニック日和だ。
よーし。
「みなさーん。私たち、実はとっても健全で仲のいい家族なんですよー」
大声でアピールすると、周囲の人たちは声を返してきた。
「うそだー」
「絶対ない」
「ドラマの撮影?」
「生放送なんだって」
「あ~、仲良しアピールしてるんだ」
うん、そうなるよね。わかるー。
半笑いになる私の隣で、ママはセバスチャンを呼びつけた。
「おほほ。我が家もお弁当を作ってきましたのよ」
対抗するみたいにお弁当を出すじゃないか。
「おお……これは! 潤羽さんの手作り……?」
「ではなくて、我が家のメイドと執事が作りましたの」
「ああ……そう……プロフェッショナルな味が楽しめるね」
ふっ。打犬よ。
今一瞬、残念そうにテンションを落としたな。
私は見逃さなかったぞ。残念だったな。
ママの手料理は安くないんだ。そう簡単に食べられると思うな。
スマホの画面では、エーリッヒが父親であるフレイミール・ケストナー監督を秋葉原で連れまわしている。
『エーリッヒ。このピンクな店はなんだ? いかがわしい! ジャパン特有のヘンタイ文化を感じる!』
『パパ。メイド喫茶だよ。きっとパパも好きになるよ。ほらネコミミカチューシャつけて』
『エーリッヒ。や、やめろ! やめなさい!』
通訳さんが楽しそうに日本語に訳していた。お仕事お疲れ様です。
しかも、ケストナー親子の後ろにはもう1組親子がついている。グレイ・ジャーマン監督と娘のジョディだ。
『パパ、日本のメイドにデレデレしてるの格好悪いよ』
『そう言うな。むすっとしてるよりいいだろ。オモテナシしてくれてるんだ、こっちもフレンドリーな態度で楽しもう、ジョディ。文化交流だよ』
『パパ、ネコミミつけないで。絶交するわよ』
海外勢同士でつるんでいるみたいだけど、そもそもなんでこの人たちは番組に出てるんだ。あまりこっちのテレビに出てるイメージないぞ。
あ、映像がまた星牙の家に戻った。
これから移動するんだって。お墓参りに行くのか~。
『星牙君は仮面ライダーのオーディションに合格したらしいですね~! がんばってくださいね!』
司会がお祝いのコメントをすると、星牙は誇らしげにカメラに向かってサムズアップした。
へえ、人気俳優の登竜門と言われてる仮面ライダー役を勝ち取ったのか。
さすがだな。
私がじーっとスマホの中の星牙を見ていると、恭彦がとんとんと肩を叩いてきた。
「葉室さん」
なんだ?
そっちから話しかけてくるとは珍しいな、ブラザー?
「はい、恭彦お兄さん? どうしましたか?」
「葉室さん……俺、江良星牙は嫌いです」
むすっとした顔で言うではないか。珍しい。
「そうなんですか、お兄さん? 一緒に演劇祭した仲じゃないですか?」
不思議に思っていると、打犬が教えてくる。
「王司ちゃん。息子は仮面ライダーのオーディションに落ちたんだ。嫉妬してて可愛いだろ」
「あっ、そういうこと……」
そうか、オーディションで負けたんだって聞いた覚えがあったな。
それにしても打犬はノンデリ極まりないな。言ってやるなよ~。
「おじさん。一部でも思ったんですけど、デリカシーがなさすぎですよ。幼少期とはいえ、勝手にお漏らし写真を公開するのはプライバシーの侵害ですし、オーディションに落ちたのをバラすなんて酷いと思います。もう名前で呼びません」
「えっ。しかし、今は家族アピールする時間だろ」
「もう映らないって言ったの、おじさんじゃないですか」
「王司ちゃん。写真の公開は本人もOKしたんだよ。オーディションの件は反省するけど。名前で呼ばなくてもいいけどパパって呼んで」
「なんでOKするのぉ……絶対呼ばない……」
恭彦を見ると、誤魔化すように何かを渡してきた。
紙束? 原稿?
「葉室さん、親父がノンデリなのは今さらじゃないですか。それより、『太陽と鳥』がお好きじゃなかったですか? 加地監督と佐久間監督が原作権のコンペに挑戦するらしいのです」
「え、これ、『太陽と鳥』のコンペ応募用原稿ですか? 二人で参加するの?」
「兄妹で一緒にチェックしてね、直してほしいところがあったら参考にするよ、と言ってました」
「おお……え、ほんとに? 勝ち目はどれくらいあるんですか?」
加地監督と佐久間監督は親友ってやつだ。
前も裏番組で別のテレビ局なのにドッキリしかけたりしてきたし、面白いことを考えては二人して遊んでる。
どれどれ。あ、人気キャラを死なせる曇らせ展開か……。
佐久間監督の趣味を感じる。
「葉室さん。嫌そうな顔してますね。じゃあ、ここはNGって書いておきましょう」
「おお。NGって書いたらやめてくれるのかな?」
「さあ……」
二人の監督は信用がなかった。
まあ、書くだけ書いておこう。「人気キャラを殺さないでほしい! 泣いちゃう!」……と。
「葉室さん。たぶん、『泣いちゃう』と書くと監督は喜んでNG展開にすると思います」
「えーっ。でも、そうかも。じゃあ、単にNGだけ書きます……?」
「『人気キャラを殺したら親父が夜這いに行く』とかどうですか」
思わずまじまじと顔を見てしまった。あ、本気で言ってるんだ。
名案を思い付いたって顔してる。
「……嫌ですね、その罰ゲーム」
「監督も嫌がると思います」
恭彦はさらさらとペンで『人気キャラを殺したら親父が夜這いに行く』と書いてページをめくった。
勝手に罰ゲームにされた『親父』本人は、いくらのおにぎりを手にスマホを見ている。
「星牙君は江良の甥なのか。ほう、SNSを見たが、推しがレムとは趣味のいい子だな」
「火臣さんはレム推しでしたわね。ぼや騒ぎの動画、観ましたわ……私はエミリア推しですの。おほほ、気が合いませんわね!」
おっとー、ママが突っかかってるぞ。
必殺「私とあなたは気が合いませんわ」アピールだ。
対する打犬は?
「潤羽さん。世の中の人がみんな同じ好みだと気持ち悪いよね。自分にない視点や価値観の相手は貴重だと思うんだ。存在してくれてありがとう。おかげで俺の視野が広がるよ」
めげない奴だな。
江良だったらさっさと「気分を損ねてしまってごめんね」と言って逃げてるよ。
呆れていると、恭彦は「見てはいけません」と言ってきた。
「葉室さん。大人たちの変な駆け引きは気にせず、おにぎりをどうぞ。これ、好みの味ですよ」
「ふむ。いただきます」
恭彦が勧めてくれたおにぎりはピリ辛の鶏肉入りで美味しい。ビールが進むんだ、こういうの。
「葉室さん。ビールはありません」
「まだ欲しがってませんっ」
おにぎりを食べていると、私のスマホが震えて通知が届いた。
おや、恭彦からLINEではないか。
内緒話? なになに?
火臣恭彦:葉室さん
火臣恭彦:今日はありがとうございます
火臣恭彦:しかし、家族の仲が問題ないとアピールするのは有効だと思うのですが
火臣恭彦:親父はあれですし、俺は精神が不安定でリスキーと言われてしまっているので
火臣恭彦:やはり我が家が足を引っ張ってしまっていると思います
火臣恭彦:申し訳なく……
なんと、殊勝なメッセージではないか。
チラッと見ると、兄はしょんぼりとしたチワワのオーラを纏っている。
今日は雨に打たれていないのが救いだが、ふーむ。
少し考えてからポーチを漁ると、ちょうどいいものがあった。
メンタルクリニックで「眠れない時だけ飲んでね」と処方されたお薬だ。
私はこの体に憑依してから定期的に通院している。
そして、「過去の記憶がない」と言い続けている。
なので、先生には「記憶障害」とか「解離性同一性障害」とか思われているのだ。何かあったときに見せられるよう、診断書の写真もスマホに保存してある。
兄よ、特別に見せてあげようではないか。
葉室王司:お兄さん。実はここだけのお話、私も精神が不安定でリスキーと言われているんですよ
葉室王司:さすが兄妹! 同じですね! と笑いごとにしてはいけないですが
葉室王司:私がお世話になっているメンクリの先生はいい先生なので、一緒に通うのもいいかもしれませんね
葉室王司:ちなみに、先生は睡眠摂取をおすすめしています
葉室王司:なので、お弁当を食べ終わったら、一緒にお昼寝しましょう
スマホで写真を送り、お薬を飲んだように見せかけると、恭彦は目を見開いて絶句していた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――【火臣恭彦視点】
火臣恭彦は、胸を抉られるような思いがした。
……俺が間違っていた。
この子は――妹は。
健やかで元気で、何も心配いらない子の『ふりをしている』子なんだ。
すごく可哀想な境遇で育った子なんだ。
つらい思いをたくさんしてきたんだ。
普通に振る舞っていても、無理をしてるんだ。
そして、無理をしていることに気付かせないぐらい、演技が上手いんだ。
卓越した演技力で「心配いらない」と思わせることができるんだ。
みんなに心配をかけないように頑張っている、健気な子なんだ……!
それに比べて俺は、なんだ?
まるで自分が悲劇の主人公みたいに陶酔して、気持ちよくなって。
俺は自分が――は……恥ずかしい……!
「……っ」
妹は、自分が大変なのに、いつも俺の手を引いて励ましてくれるんだ。
本当はお兄ちゃんがしっかりして、妹を気にしてやったり守ってやったりするものなのに。
俺は自分のことばかりを……妹をライバル視なんかして……。
今すぐに穴を掘って埋まりたい気分だ。
しかし、身動きは取れない。
「やだー、可愛い―」
「超仲良しじゃん」
現在、『家族』の演技中の一行は、レジャーシートの上でお昼寝タイム中だからだ。
周囲には「寝てる!」とか「きゃー!」とか騒いでいる人だかりができていて、写真や動画を大量に撮られている。いいことだ。
そんな衆人環視の中、恭彦は目を閉じて寝たふりをしている。
恭彦の『妹』は恐らく睡眠導入剤的な薬を飲んだのだろう。すやすやと眠っている。
ほっそりとした腕でがっしりと『兄』をホールドして抱き枕のようにして眠っているのだ……。
いかんだろう。兄妹でも年頃の男女だぞ。
この距離感はバグってるだろう。
いい匂いがする。体温があたたかい。
寝息が聞こえる。なんとも居心地が悪い。いけない感じがする。
困る。困った。離れた方がいいと思う。
女の子には、できるだけ触っちゃいけないんだ。神聖不可侵なんだ。
みんな、そう思わないか?
しかし、問題視する大人はいないようだった。
恭彦の父は神経が図太く、隣で寝ころがって眠っている。
演技ではなく、たぶん本当に寝ていると思われる。
父も普段まったくそんな素振りを見せないが、多忙を極めている身なので疲労があるだろう。昨夜は遅く帰って来て、今朝は早起きで弁当作りだ。
休める隙間時間に休むのは、いいことだと思う。
もうひとりの大人――葉室家の『母』、葉室潤羽は赤毛の執事と一緒に優雅に紅茶を啜り、微笑ましいものを見るようにこちらを見ているようだ。
「あらあら、うふふ。うちの兄妹は仲良しですわね。王司はお兄様にべったりで。おほほ」
なんとも上品に、雅やかに言う。生粋のお嬢様、女王様って感じだ。
女王様というと西園寺麗華が演劇祭で演技していたのを思い出すが、同じ女王様でもなんだか違う。
女王様にもタイプがあるらしい。
それにしてもこの女王様、なんか「微笑ましいですわー」と言いつつ、声が冷たく聞こえるのは気のせいだろうか。
何か言うたびに、ヒヤヒヤと凍えた感情が氷柱のように耳に刺さってくる気がするのだが。
「皆さん。ご覧になって。こういうのを理想の家族と呼ぶのではなくて? どうぞ、SNSで拡散なさってね」
視線も感じる。
この刺すような視線は――敵意だ。
俺にはわかる。
俺は今、威圧されている。牽制されている。脅されている。
『うちの子に変な気を起こしたらわかるわね、坊や?』
……怖い。
うちのおかんといい、この子の母親といい、女ってやつは、なんて恐ろしいんだ。
俺は無実だ。
何もしてない。両手だってバンザイの姿勢で上にあげて寝てる。
俺にはピカチュウの君だっているんだ。ファンにがっかりされるようなことは、しないよ。
「……」
「すう、すう」
「うふふ、うふふふふ」
「…………」
「すや、すや」
「うふふふふ、うふふふふふ」
安全無害アピールをしているうちに、気づいたら意識は飛んでいた。
気絶するように入眠したのは――恐らく、精神的なストレスが一定ラインを越えたせいだと思われる――すやぁ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――【葉室王司視点】
「あーーっ。スタジオに戻る時間、過ぎてるー!」
目が覚めた時には、生放送の終わる時間が迫っていた。
慌ててスタジオに戻ると、司会は面白がって私たちを構い倒した。
「あなたたち随分とぐっすり寝てましたねえ! ばっちり映しましたよ寝てるとこ! もうね、いつ見ても寝てるからびっくりしました!」
なんと、お昼寝している姿はばっちり番組に映されたらしい。しかも、ネットを見ると現場で一般人が撮った写真や動画も出回っている。
――『SNS #お昼寝一家』
:噂を聞いて見に行ったら本当に熟睡してて草
:生放送やる気がなさすぎる(笑)
:可愛いー!
:執事さんがゲームしてるよ
:執事さんドラクエ3やってるんだって
:この執事さんってドラクエ11途中で辞めちゃった人だよね? 配信で言ってた
:王司ちゃんの寝顔可愛い
:王司ちゃんお兄ちゃんの首絞めちゃってるよ
:だれか恭彦くんを助けてあげて
:現地では火臣さんの隣で添い寝気分を味わう体験ができます(行列ができています)
私たちはすっかり玩具になっていた。




