162、変態俳優一家さんというのは、どこのファミリーのことかな?
――【八町大気視点】
八町大気は、生放送画面に親友が頻繁に映ることに満足していた。
そうだろうそうだろう、映したくなるだろう。
親友は画面映えする。顔立ちもいいし、全身のバランスがちんまりとした印象で、可愛らしくて華がある。
ずっと見ていたくなる『国民の妹』だ。スター性がありすぎるくらい溢れてるんだ。
それにしても、銅親絵紀の息子と葉室王司が幼少期に縁があったとは。
(憑依というのは面倒だなあ、江良君。メンタルクリニックで記憶障害を騙ってるんだっけ? 大変そうだなぁ江良君)
会議室で生放送鑑賞会をしている八町大気は、親友の立場に同情した。
同情しつつ、自分も「急に記憶を失いました」と言って周囲の反応を見てみたいな、なんて誘惑に駆られたりもする。
演技力がないので、すぐバレるだろうが。
「失礼いたします。社長お気に入りのコツメカワウソです」
「ありがとう。正確にはコツメカワウソのティーバッグ付きの紅茶だね」
最近新設した秘書課の秘書が紅茶を淹れてくれるので、八町はコツメカワウソに癒された。
もちろん、会議室に招いたメンバー全員にお揃いのコツメカワウソティーバッグ紅茶を振る舞っている。
全員、「可愛らしいですな」とか「気分が癒されますな」とかコメントをして、好感触だ。
「第二部がこれから始まるようですね。CMの間、休憩をしましょうか」
八町は全員に呼びかけ、コツメカワウソの世界観に浸った。
(銅親絵紀か。僕が出演できない番組に出て幸せ家族アピールした上に江良君に話しかけるなんて……彼は最近、調子に乗っているんじゃないかな? いや、これは醜い嫉妬だ。よくないな。頭を冷やそう)
銅親絵紀は、八町にとって後輩にあたる。
親友の最後の出演作『フローズン・ドクター』の演出家だ。
脚本は八町だったのだが、いい仕事をする男で、性格も善良だ。
江良が死んでからちょっとおかしくなった仲間でもある――最近、彼はショートドラマで過激で倫理観がおかしいドラマを打ち出し、炎上したばかり。
しかも、「炎上を狙いました。大成功です」などと発言して顰蹙を買った上に、そのショートドラマで『最超バズ・PV数コンテスト』で優勝してしまった。
記事のインタビューには、飾らない発言が掲載されていた。
『現代ネット社会の炎上マーケティングについてですが、「悪名は無名に勝る。もうやったもん勝ちなんだから、こっちもやったれ」って僕は思いました。
過激だったりあり得ないことをして、多数の人が話題にする。それで話題作になる――大衆は自らの正義感や倫理観に火を付けられ、踊らされ続ける。彼らは悪人に集団で石を投げるが、その石が積み重なると金塊の玉座になる。金塊の玉座に座ると、悪人は成功者になる……。
こういう時代を、僕たちは生きている。くそくらえ』
銅親絵紀は、変わった。なんだか攻撃性が高くなった。
SNSでは歌舞伎俳優と一緒になって、熱心に二俣総帥や火臣打犬のアンチ活動をするようになったし、以前はケストナー監督を「いやですね、なんであんなに八町先生を目の仇にするのでしょうね」と言っていたのに、最近は一緒になって「悪しざまに言いたくなる気持ちもわかります。八町先生は正直オワコン」などと言っている。
最近開催された『太陽と鳥』の原作権を巡るコンペティションでも、八町と競っている最有力ライバルだ。
『オワコンの先生には負けませんよ』というのが、直接送られてきたメールに書いてあった。
八町はどのように返事をしたものか迷った末に、見なかったことにしてスルーしている。
すると、『センセイ、こういう時にウィットに富んだ返事が思いつかないって、やっぱりオワコンですね。言葉のプロでしょうに。僕は残念な気持ちでいっぱいですよ。おいたわしい』などと新たなメールを送り付けてきたのだ。
八町はむかむかとしたが、徹底して「僕は見ていないよ」というスタンスでスルーし続けている。
そして、本当にウィットに富んだ返事が思いつかない自分自身に、こっそりと傷ついていた……。
(コンペに勝ちたい。そして、「ごめん。今気づいたよ。メールくれてたんだね。ところでコンペは君も参加してたんだ? 残念だったね」と送ってやるのはどうだろう)
『太陽と鳥』は、大人気Webtoon連載漫画であり、一度はドラマ化済。
それも、かなり話題になって爪痕を残したドラマだった。
リメイク版の企画もあり、ファンにも期待されていたのだが、原作者が問題を起こして逮捕された悲劇の作品だ。
逮捕された問題原作者が権利を手放し、様々な利権が絡んだ結果、原作権を巡るコンペティションが行われることになった経緯がある。
内容としてはシンプルで、「実績や作風が分かるポートフォリオと、原作理解度がわかる作品解説レポート、続きからラストまでの自分が引き継いだ場合の簡易プロット」の3点セットの提出だ。
「自分が原作の任を引き継ごう」と野心を燃やす世界中のライター、脚本家たちは、主催の応募要項を読み込み、続々と「応募したぞ!」と挑戦宣言をしている。
八町は江良が『太陽と鳥』を愛読していることを知っていた。
それに、火臣恭彦がオーディションのために自宅に穴を掘って死にかけたのに、オーディションがなくなってしょんぼりしていたことも知っていた。なので、「僕がやるかー」と思ってスケジュールの隙間を縫い、江良好みの展開を書いて提出したのである。
銅親絵紀はどんな展開を提出したのか知らないが、SNSでの匂わせを見た限り、それまで追いかけてきたファンを傷つけるような過激な展開にしたのではないだろうか。
コンペティションの開催元がもし過激商法上等主義であれば、採用される可能性は十分にある。
炎上、炎上、炎上。
八町自身も含めて、最近は誰もがそれを口にする。
それも、「よくないよね」というニュアンスで言う声よりも、「やったもん勝ちだよね、自分もするよ」というニュアンスで口にする人が増えた気がする。
(江良君がいなくなったからだ)
彼は、どんどん自分の好みや意見を口出ししてくれる俳優だった。
無茶な売り方をしなくても、人を惹き付けるカリスマ性と確かな実力で作品を成功に導く役者だった。
成功者として称えられても、おごり高ぶることがなく、生前にゴシップ記事を騒がせたこともほとんどなかった――と、八町は記憶している。
彼に嫌われたくないから。
あるいは、彼にふさわしい作品を用意したいから。
そんな風に自然と製作者の姿勢が良くなってしまう――江良は、そんな太陽のような存在だったのだ。
(江良君、君は知ってるのかな。君の訃報が世間を騒がせた夜、後追いするファンが何人もいたんだって。僕も思えば、そのひとりだったのだけど……)
命を投げ捨てたファンたちは、きっと皆、同じ気分になったのだろう。
あの時、八町は世界が真っ暗になったような気がした。
絶望した。喪失のショックが大きすぎて、一秒一秒が苦痛にまみれていた。
(江良君。僕たち現代人が生きる社会の現実ってさ、知れば知るほど嫌になることがたくさんあるよな。けれど、ピュアの子供みたいな心を大切に抱いている人達も多くてさ。大人になりきれなくてさ。世の中に絶望しちゃうんだ。「この社会、もう嫌だ」って泣き叫んで、全部を拒絶して、アニメのキャラか何かみたいに闇墜ちしちゃうんだな)
火臣打犬が言ったように、『推し』が放つ光はそんな人たちの希望になる。
その光を心の支えにして生きている人たちが、たくさんいる。
そして、そんな人たちは、突然自分たちの拠り所になっていた光が消滅すると、世界が終わったみたいにショックを受けるんだ。
ばかみたいだと笑う人もいるかもしれないが、本人にとっては、笑いごとじゃないんだ。
だから、SNSで痛みを攻撃性に変えて吐き出したりする。
後追いしたり、人が変わったようになってしまうんだ。
「二部が始まりますね」
二俣総帥の嬉しそうな声が、現実に意識を戻してくれる。
画面を見ると、『芸能界ファミリー大集合!』は二部に進み、親友は家族で車に乗り、移動していた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――【葉室王司視点】
生放送が続いている。
二部は、自由時間だ。
番組側が「注目したいね」と決めた家族にカメラマンが付いて来る。
それ以外の家族は自分たちでカメラを持ち、好きに動いて決められた時間に戻ってくる。
司会者が「この家族、今何してるかな。見てみましょうか!」と視聴者用の画面を定期的に切り替わるので、カメラマンが付いて来なくても抜き打ちチェック的に映る可能性はあるよ。
ちなみに、我が家にはカメラマンが付いてこなかった。ちょっと意外。
「一部で目立ったから、もう映らないんじゃないかな」
父役の打犬は「映らない映らない」と言いながら車を運転していた。
後部座席に並んで座る恭彦は、スマホで『芸能界ファミリー大集合!』番組のネット配信を見せてくれる。
「葉室さん。今、アリサさんのご家族が映ってますよ」
「あ、ほんとだー」
相変わらず妹を名字で呼ぶくせに妹の友達を名前で呼ぶ兄だ。
画面の中で、高槻アリサちゃんが中華街を歩いている。
お兄ちゃんの高槻大吾が中華まんを買い、半分こしている姿が微笑ましい。
「うちの子は二人ともいつも仲がいいんですよ。どこかの変態俳優一家さんと違って、うちの子は二人とも大人びていて分別のあるいい子なんです」
「よく誤解されるんですけど、アリサちゃんは人見知りをしていただけで家族仲が悪いわけではないんですよ~」
高槻家の両親は、兄妹と距離を空けてカメラ目線でトークを展開していた。
あっちもあっちで「うちの家族は健全で、家族仲は良好!」とアピールしたいんだな。
「どこかの変態俳優一家さんは親子の距離感がおかしいご様子ですが、うちは子供の自主性を重んじています。連獅子ってあるでしょう、あの獅子の親みたいに、我が子が自力で谷を登ってくるのを待つんです。べったりと甘やかしてはいけないんです。距離を取り、見守るんですよ……おかげで、うちの子たちは、あんなに自立した子に育ちました。やはり親が健全でないと子供に悪影響を与えますから、気を付けているんです」
『連獅子』は親子の情愛をテーマにした歌舞伎の演目だ。小さい子がお父さんと一緒に舞台に出てお客さんが大喜びしている印象がある。
それにしても、どうも高槻父は変態俳優一家さんとやらをsageたいように思える。
変態俳優一家さんというのは、どこのファミリーのことかな?
まさか我が家ではあるまいな? まさかな?
首をかしげていると、運転席でハンドルを握る火臣打犬が「何を言ってるんだか」とぼやき出した。
「うちのことを何も知らないで言いたい放題いいやがって。うちだって我が子を一人で放置して距離を取ってたんだ。ただ、うちの子は谷を登ってこれない子だったんだな……でも、その登ってこれないところが可愛いというか……自立してない子って可愛いよな。一生甘やかしたい……」
おい、そのぼやきはNGだろ。そういうところだぞ。胸の中に仕舞っておけ。
恭彦を見ると、寝たふりをしていた。いや……これ、ほんとに寝てるな。聞いていないならよかった。
「打犬さん。そういう発言、二度と口にしないでください」
「そうですわ火臣さん。クズオブクズですわよ」
「おっと、口に出ていたか。すまない。高槻氏が悪いのさ」
「人のせいにするなぁ~」
生配信では、司会が「高槻さんの言ってるのは火臣さん一家のことですね~!」といらん説明を足している。
しかも、「あっちは何してはるかなー」とか言って、こちらの様子を気にしているぞ。
これ、映るのでは?
「打犬さーん。失言NGでお願いしまーす」
「高槻氏は俺が羨ましいんだ。堂々とうちの子可愛いってカミングアウトして受け入れられてるから。あいつだって実態は男の尻撫でまわして興奮してる変態クズだぞ。あいつは本当は子供とべたべたしたいんだ。界隈では結構有名……」
「まあ、そうですの?」
「打犬さーん。生放送でーす!」
「映らない映らない」
いや、今ばっちり映ってたよ。ちょうど暴言を吐いた瞬間に……。
司会の画面切り替えのタイミングが最悪だった。
そして、暴言だけ切り取って司会は画面を他の家族にチェンジした。さすがにやばいと思ったのだろうな。
「ん、俺の暴露が映ったか。まあ、有名な話だから平気だろう。問題なし!」
打犬は気にする様子もなく車を停めた。
着いた先はMIYASHITA PARKで、人でごった返していた。
全員で並んで歩くと、当然だが注目が集まる。よりにもよって、よくこんな人が多い場所を選んだな。
「天気もいいし、このへんで他の家族を眺めて過ごそう。公園でのんびり過ごす休日っていいよな」
「まあ、怠惰。庶民的ですわね」
「潤羽さん、芝の上に座ったりするのは抵抗があるかな? 俺のジャケットを敷くよ」
「結構ですわ」
芝の上に腰を下ろすと、周囲にいた一般客が「きゃあああ!」と悲鳴をあげた。
迷惑になってない? 頭下げとく?
スマホを見ると、今度は江良星牙が映っていた。
「どーもー、江良家でーす。こっちは今~、サナギ新宿にいまーす」
星牙はエキゾチックな雰囲気のお店でカメラに向かって手を振っていた。
こたつがあって、黄色い透け生地のカーテンで周囲が覆われている。
床は緑で、テーブル席の付近には赤、黄色、ピンク、緑の提灯みたいなのが大量にぶら下がっていた。
星牙の父親が純朴そうな様子で語っている。
この人、自称「江良の兄」なんだよな。
江良と似てるかな? わからないなあ。しかし、穏やかで優しそうに見える。悪い人ではなさそうに思えるなあ。
「腹ごしらえの後は、生き別れ……この場合は死に別れと言うのかな、弟の江良九足さんの墓参りにいこうかと考えているんですよ」
江良の墓参りをしてくれるらしい。
お墓参りありがとう、ただ、そこに江良はいません……。




