161、芸能界ファミリー大集合! 一部
――【株式会社ハッピーツイスト】
窓の外を蝶々が飛んでいる。
寒そうだな、と感想を抱いて、八町大気は著書の帯をくしゃりと握り潰してゴミ箱に入れた。
『これで断筆? 「映画化もしません」――八町大気、亡き友人に捧げる最後の一冊』
美しいようでいて醜悪な売り文句だ。
八町は帯を失くした著書をテーブルに置き、株式会社ハッピーツイストの会議室を見渡した。
会議室に集まっているのは、彼が招待したメンバーだった。
これから製作する映画への出資の意思を明確にしているスポンサー企業――ヨイオングループ、多絆株式会社、二俣グループ、三日自動車の重役たち。
GASの関係者。それに、自社の財務ディレクターや営業・マーケティングディレクター、法務顧問。
「本日は、楽しい番組鑑賞の会へようこそ」
ふざけているようなセリフだが、承知の上で集まっているので、メンバーは誰も文句を言わない。
彼らの視線は、会議室の壁に設置された巨大スクリーンに注がれていた。
「生放送が始まるまで、我が社のカメラマンに内定しているパトラッシュ瀬川君がリアルタイムで届ける映像をお楽しみください」
八町大気が代表の椅子に座る株式会社ハッピーツイストは、日本国内外で非常に高い評価を得ている映画制作会社だ。
予算をかけた大作からアートフィルムまで、多岐にわたるジャンルに挑戦している。
東京の都心部に本社とメインスタジオがあり、プロジェクトごとに自由に働くことが奨励される「クリエイティブ・スペース」も完備。社員やコラボレーターが心地よく仕事ができるように設計されている。
社食も豪華! サウナもあるよ。
アットホームで明るい職場です。
そして、世間的な位置づけとして、『八町大気』は、国内外の脚本賞や映画賞を受賞して才能を評価されている実力者だ。
日本映画界だけでなく、世界の映画業界においても一目置かれているが、親友でありエース俳優の江良九足を失ってからは、「おいたわしや」と囁かれる事案が絶えない。
それでも、「死ぬ死ぬ」と騒いでいた頃よりはいい――少なくとも、この場に集まっているメンバーはそう思ってくれている。
特に頼もしい味方といえる存在の『二俣グループの総帥』は、八町大気とスクリーンに映った友人を見比べて「彼が協力してくれることになったのは、私としても喜ばしい展開です」と嬉しそうにコメントをしてくれた。
彼の友人と総帥は、共に江良九足の信奉者だ。だから、特に協力的になってくれるのだ。
二俣グループの総帥は、穏やかな口調で意見した。
「連作の1作目を低予算、短期制作で新人チームの慣らし運転と2作目の踏み台にするというのは、思い直していただきたいと思っているのです。時間や予算をかければいいというものでもないとは思いますが……そんなに急ぐこともありますまい」
八町には、彼がどう思っているのかが手に取るように理解できていた。
『口にすることは憚られるが、故・江良九足の当て書き作品を彼を慕う者たちで製作するというのは、神聖な葬儀のようなものではないか。
親友である八町大気は、もしかすると自身の立場や社会情勢やスポンサーに気を使ってポリシーを曲げて妥協しようとしているのではないか。
可能であれば最大限、心を砕き、商業度外視で美学の赴くままに拘った制作をしたいのではないか』
良いスポンサーだ、と思う。
「いえ。僕は……」
八町はスポンサーへの好意を抱きつつ、はっきりと首を振った。
「もう思い直しません。僕にはポリシーがあって、自分で『こうする』と決定したことは、基本的に誰に何を言われても、覆さないのです」
――思い付きで適当なことを言いがちな人物には、都合が悪いポリシーだ。
心の中で自嘲しながら視線をスクリーンに向けると、親友が可愛らしく兄の腕に手を絡ませていた。
え、江良君。それはいけない。
無自覚なのだと思うが、胸が当たってる。
「当ててんのよ」ってやつだ。
八町は「失礼」と断りを入れてパトラッシュに連絡し、二人に適切な距離を取らせた。
そして、会議室のメンバー、特にGAS関係者に問題提起した。
「僕は常々、思うのですが、王司さんはブラコンというやつではないでしょうか……? 歪んだ家族関係は、GASで矯正すべきかもしれませんね……」
問題提起というよりは、単なる愚痴だ。
……君のお兄ちゃんは、僕だったのに。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――【葉室王司視点】
『芸能界ファミリー大集合!』のスタジオに家族が大集合している。
「有名人がいっぱいですわね!」
ママが興奮気味に扇をパタパタしているのが可愛い。それにしても、知っている顔が多くて、海外勢までいるのでちょっとびっくりだよ。
フレイミール・ケストナー監督と息子のエーリッヒ。グレイ・ジャーマン監督と娘のジョディ。
高槻アリサちゃんと、高槻大吾と、その両親。
江良星牙もいる。父母と一緒か。江良の血縁者は父の方なんだっけ? ちょっとドキドキするな。あれが兄弟かも知れない人なのか。
『西の柿座』のルリちゃんも両親と一緒にいる……ルリちゃんって大河女優の孫だったんだ? 初めて知ったよ。
羽山修二と娘もいるなあ。
それに、高名な演出・脚本家の銅親絵紀とその息子もいる。その他も何組か……うーん、大人数・大集合って感じだ。
これは目立つのが大変そうだな。
油断するとすぐ埋もれて賑やかしポジションで終わっちゃいそう。
カメラマンが遠いよ。今、全体を撮ってるな。
「非常~に賑やかです! 私語禁止してないからもうね、あっちもこっちも関係ない話ばっかしてんの!」
司会進行は、バラエティ番組でおなじみのお笑い芸人さんだ。
その言葉の通り、出演している家族は私語自由。のんびりお寛ぎくださいってルールで、3歳の子がきゃあきゃあ言って走り回ってたり、5、6歳くらいの子がそれを追いかけて「だめだよお」と言っていたりと、なかなかの混沌ぶりだ。
ママはコソコソと不安を口にしている。
「事前のアンケートに写真があったら添付してっていうのがありましたでしょう? うちの子の小さい時の写真、公開されるのかしら。世間的にどう思われるかしら」
「これだけ数がいるから、公開されないで終わると思うよ。毎回、奇抜だったり盛り上がるネタを提供した家族が数組だけかる~く取り沙汰されるのさ。他の家族は、ただ雰囲気を楽しんでギャラをもらって帰るだけ。簡単なお仕事だ」
打犬は自信満々に「うちは映すには問題があるので、映らない」と言い切った。
「俺は数年前にも出演したんだが、その時は元妻と息子との3人だったからね。同じ番組にどの面下げて理想の父親ヅラで出演しているんだとか、別れた妻が可哀想、配慮がないという反発が絶対に出るだろう。俺は構わないが、番組的にはリスクを回避して極力映さないようにするんじゃないかな。むしろ、よく出演できたものだ。俺なんて絶対に採用されない回答ばかり書いて遊んでやったよ」
司会の声が響いて、二人が口をつぐむ。
「では次は、葉室家&火臣家の紹介で~す。音声ばっちり拾ってました。みなさん聞こえました~? この人たち油断しきってて今『絶対に採用されない回答ばかり書いて遊んでやった』と笑ってましたね~。ほな、公開処刑やったりましょ~!」
番組はリスク回避をしなかった。
スタジオに設置された巨大モニターには、デカデカと写真が映し出された。
アンケート用紙に回答者が書いた「これはこういう写真です」という説明文の画像もセットだ。
「うちの子の幼少期、見せちゃいますコーナー!」
バーンと表示された写真は、ママが提出したやつだ。
3、4歳くらいだろうか。男の子っぽい格好の王司が大勢の子供たちを自分の前に座らせて、虫かごと虫取り網を掲げている。なにやってんだ?
『公園デビューというものがあると知ったので、公園に行って「あなたが一番偉いのよ、他の子は子分だと思いなさいな」と送り出した……我が子は公園中の子を追いかけまわして泣かせ、「こぶんになれ!」と叫んでいた』
公園デビューって1歳とかでやるって聞いたけど。なんかイメージと違うけど。
司会の人も「ええ?」と目を瞠っている。
「何歳の時なんですか、これ?」
「3ちゃいですの」
「周りの大人たち怒りませんでした?」
「おほほほ。SPに威圧させましたわ。うちの子のお友だち代としてお金も配りましたの」
「なにその公園デビュー? 金持ち怖っ」
ママ、なぜこの写真をチョイスしてしまったの。
司会の人は「番組はリスク回避してあげませ~ん、自己責任でお願いしま~す!」と声を張り上げて次の写真へと画像を切り替えた。サクサク進行で助かるよ。
次に表示された写真は、見たことがあるやつだった。
子供の恭彦がお漏らしして泣いている写真だ。おい、打犬。
『やっぱこの写真が一番だろ♡ ちゅっ♡』
「アウトーー! これは有名な炎上した写真だあああっ、この俳優さんは炎上しに来ました~~! 確信犯ですぅ~~!」
司会の人が悲鳴を上げる中、スタジオには他の家族たちの笑い声が湧いた。
ここは笑うところらしい。……えっ、そうなの……?
「火臣さーん。どうしてこの写真出しちゃったの~!」
「採用されないと思って。どうして採用しちゃったの?」
「わあ、責任を押し付けるう! この人クズです~!」
「本当はもう一枚と迷ったんだ。見る?」
「見せるな~!」
あはは、と笑いが起きている。もう一緒になって笑って流してもらおう。
「お子さんたちはこの親たちをどう思ってはりますのん」
こっちに話題を振るな。いや、振っていいんだ。出番がもらえたじゃないか。
私も混乱気味だな、落ち着こう。
「私はママのこと、大好きです! えへへ」
あざとく優等生な娘スマイルで答えると、打犬が「パパのことも好きって言って」とリクエストしてくる。スルーしよう。
「王司ちゃんは可愛いですね~、さっきの写真の時のこと覚えてる~?」
「ぜんっぜん覚えてませーん。えへへ、なんか、ごめんなさい!」
全力でぶりっ子すると、司会の人は「かわい~い! 皆さん、可愛いです!」と変顔で意味不明なコメントをして全身をくねくねさせ、笑いを取った。リアクション芸が達者だな。
「恭彦君はどう? よくお父さんとの日常が切り抜き動画化されてて、なんかすごいよね!」
司会の人は怖い者知らずか?
ぐいぐい踏み込んだ質問をするじゃないか。
はらはらと見守っていると、恭彦はひまわりの花が咲くような笑みを浮かべた。
明るく正しく健やかな印象で、華がありすぎるスマイルだった。
「我が家は超健全で明るい家庭です。我が家は超健全で明るい家庭です。我が家は超健全で明るい家庭です」
「早口言葉かな?」
早口で三回も繰り返す兄に適切なツッコミをいれた司会の人、ありがとう。
絶対、「これを言う」って暗記してきたんだ。棒読みセリフすぎて残念な気持ちになったよ。
「お父さんのことはどう思っていますか~! これ、日本中が聞きたいでしょ~、皆さん生放送に釘付けよ、今!」
司会が鼻息を荒くしている。
もしかしてこの人、個人的に興味津々なだけなのでは――私がひとつの真実にたどり着きかけたとき、兄は完璧なカタコトでセリフを言った。笑顔が引きつってる。
「オレ、チチオヤ、ダイスキデス。カンシャシテマス。ケンゼン、デス」
「これは本心ではありませんね~! 誰がどう見ても健全じゃありませ~ん! どうしてこの番組に出てきちゃったんでしょうか~!」
司会が叫ぶと、打犬は不服そうに立ち上がった。
「失礼な。うちの子は緊張してるのに頑張って答えたんだぞ、本心だよ。なんで否定するんだ、可哀想だろ。恭彦が『だいしゅき』って言ったらだいしゅきなんだよ。俺帰ったら録画100回は再生するからな、今のだいしゅき。俺には愛情たっぷり籠ってるのがわかったよ。悦かった。すーっ、実に悦かった」
途中の「すーっ」は息を吸った音だ。どう見ても変態だ。
カメラマンがずいずいと接近していく。
司会はそれを見て、怒りを笑いに変換しようとネタフリをした。
「パパの火臣さん。カメラに向かって決めセリフをどうぞ!」
「決めセリフ? ……愛してるよ!」
スタジオに「きゃー!」と黄色い悲鳴が響く。
なんだこれは。
「決めセリフをいただいたところで、次のご家族へ~!」
あっ、司会が逃げて行く。
「恭彦。パパは嬉しかったよ。正月は温泉行くか、温泉」
「蟹が食べたいな」
「そうか! よし、パパが蟹になる。露天風呂で茹でられる蟹の芝居を見せてやろう」
音声さんは嬉々として声を拾っていた。
目立つことはできたし爪痕を残せた気はするが、「誰がどう見ても健全じゃありませ~ん!」のオチを作られてしまったなあ。
私たちは健全アピールをしに来たので、なんとかあの司会に「健全です! この人たち、超健全でした!」と言わせたいものだ。
「おっと~、まさかの写真被り! 銅親絵紀先生、これはわざとでしょうか? 息子君のお漏らし号泣写真を出してきました!」
「いやいや、あちらのご家族がいらっしゃるのは知らなかったです。偶然です。息子が泣いてるの可愛いでしょう。これは公園デビューの葉室家の令息に芋虫を投げつけられて泣いている写真でしてね」
「おっと? 葉室家の令息?」
「そう、あちらにいる『実は令嬢だった』という葉室王司さんですよ。すごい偶然ですよねえ。縁があるんですねえ。よく公園でうちの子を泣かしてくれてたんですよ。お互い、公園の常連だったんです」
銅親先生は、江良もよくお世話になっていた良い人だ。
息子君は全く知らない初対面の少年だが。
殊勝な感じで頭下げとこう。
記憶にございません。申し訳ない。ぺこり……。




