159、どうして犬猿の仲の2家が一緒にファミリー出演してしまうの
――【葉室潤羽視点】
王司のママ、潤羽は、美容クリニックを訪れていた。
理由は簡単で、美容のためだ。
潤羽は娘たちとテレビに出演する予定を楽しみにしている。
芸能界は、選び抜かれた美形たちの世界だ。
そんな中に混ざるのだから、それはもう気合が入る。
朝は娘と一緒にジョギングして、会社では社長室にバランスボールとサンドバッグを置き、お弁当は美容にいいものを、控えめに。仕事終わりはジムで汗を流し、サウナで整えて。
エステやヘアサロンも予約して、ああ忙しい――ところで、その日、訪れた美容クリニックの待合室には見覚えのある男がいた。 黒髪をオールバックにしたスーツの男で、マスクをしているが美形オーラが尋常ではない。
姿勢良く座る姿は品があるが、手に持っているスマホは演劇祭のグッズのスマホカバーとチャームで飾られている。
――火臣打犬だ。
(えっ。火臣さん?)
待合室を見まわすと、居合わせた全員が「驚きますよね、どう見ても有名なあの人ですよね」という顔である。
本人っぽい。
見つかる前に帰るべき?
潤羽が逡巡した隙に、打犬はスマホから顔を上げた。ぱちりと目が合って、潤羽は「やばい」と思った。
(美容クリニックで苦手な男性と鉢合わせするというのは、なかなかの悪夢ではなくて?)
打犬は、潤羽を見逃さなかった。マスクを指で下げて待合室に「きゃあ!」という黄色い悲鳴を生みだしつつ、無責任に輝く笑顔を向けてきた。
「潤羽さんじゃないか。奇遇だね。運命を感じるよ。隣が空いてるから座って、座って」
「火臣さん……芸能人の方ってこういうとき、他の患者と鉢合わせないように配慮されたりしないのかしら?」
「俺が配慮されるタイプの芸能人だと思うのかい? それに、俺のイメージでは華族のお姫様の方こそ厳重に配慮されて守られるべきだけど」
「まあ。お姫様だなんて。その通りですわね」
さっさと「帰りますわ!」と言ってしまえばいいのだが、どうもペースに乗って話し込んでしまっている。
「潤羽さん。中年は大変だよね。かすみ目、肩こり、腰痛、肌トラブル……ミドルエイジクライシスとか第二の思春期と呼ばれているらしいよ。肌なんか特に気になるよね。見てくれ、俺も首元に赤い三連星ができててさ」
「それは老人性血管腫と呼ばれる赤い斑点ですわね……私が気になっているのは、このシミですの」
なぜ肌の悩みをこの男にしてしまっているのか。
相手が「悩ましいね、辛いよね」と自分の血管腫を見せてきたからだろうか。
「可愛いシミだね」
「なんですって?」
「控えめにしつつも、『ここにいるよ』とおずおずと自己主張している様子が、まるでうちの息子のようだ。奥ゆかしいようでいて構ってちゃんなんだな」
「あの、火臣さん……人のシミに息子さんを投影しないでくださる? 変態にもほどがあってよ」
「シミって、すごく自然な感じがするよね。人間みんな歳を取る。老いるんだ。俺と君は、同年代だろ。俺も老いるし、君も老いる。それってすごく素敵なことだね。俺は堂々と自分のシミを見せてくれる君が魅力的だと思ったよ。恥じることではないんだよな、加齢は当たり前の現象なんだ」
「火臣さん。あんまり老いる老いると言わないでくださる? あなたが赤いテンテンを見せてきたので、こちらもつい流されて見せてしまっただけですの。このシミは気にしていて、消したいと思っていますのよ」
「美容に気を使って美しくあろうと努力する君もいいね。シミのおかげで君の魅力的な面をたくさん見せてもらえて、嬉しいな」
「……いつも思うのだけど、火臣さんって本当に口が達者ですわね。それに、演技もお上手……」
経験豊富な遊び人の口説き文句に騙されてはいけない。
これはお世辞。相手は演技力があって女を喜ばせる手練手管に長けているクズよ。
話題を変えるべきね。
潤羽は自分に言い聞かせ、話題を変えた。
「そうそう、火臣さん。うちの娘は、あなたをゴキブリ並みに嫌っていますの。でも、先日あなたの受賞作を悔しそうに鑑賞して、『演技は良い』と言っていましたわ。八町先生の映画にも出ればいいのに、断ったのがもったいない、と呟いていました……」
「王司ちゃんがそんなことを?」
思った通り、目の色を変えた。
どうもこの男、実の娘である王司を溺愛しているのだ。
「王司ちゃんが……パパの演技がだいしゅきで、八町大気の映画で主演を務めて世界で絶賛されるパパが観たかった……?」
「そこまでは言ってませんわ、火臣さん……」
間違っていないような。でも、その言い方だと娘がとても嫌がりそうな。
潤羽が眉を顰めているのに構うことなく、打犬は「こうしてはいられない。少々失礼」と立ち上がり、待合室の外に出て行きながらスマホで誰かに電話をかけた。声が丸聞こえ。
「もしもし、八町先生? パパです。いえ、俺です。俺……いえ、詐欺ではありません」
(まあ、火臣さん。断ったお話、今から受けるとでも? もしそうなら、王司は……喜ぶのかしら……?)
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――【葉室王司視点】
匿名でファンレターを出して数日後。
LOVEジュエル7のグループチャットでファンレターの話題が出たので、私はにんまりと自己満足に浸った。
三木カナミ:気の早いサンタさんがファンレターくれたよ! 嬉しすぎるんだけど! ありがとうね!
月野さあや:どこのサンタさんだろうね、可愛いね꒰( ˙ᵕ˙ )꒱サンタさんの正体は詮索しないんだよみんな
五十嵐ヒカリ:みんなお揃いで届いているのね( ゜д゜)サンタさんおつかれ!
こよみ聖:彼氏に見せたら「俺もファンレター書く」だって
緑石芽衣:隙あれば惚気
高槻アリサ:王司ちゃんありがとう~♪
あれ、これバレてないかな? 気のせいかな?
ログを眺めていると、電話がかかってきた。八町だ。
「はい。もしもーし。サンタさんだよ」
電話に出てあげると、八町は開口一番、感謝を告げてきた。
「江良君。君の説得のおかげで助かったよ、ありがとう」
「え、なに?」
「代役がしっくり来なくてこれはちょっとつらいかなーと思ってたところだったんだ。ほら、僕って当て書きするだろう? やっぱり、本人にやってもらうのが一番なんだよね」
「うん? 何の話?」
「そうそう、マネージャーさんから話があると思うけど、カメオ出演を頼みたいんだ。忙しいところすまないけど、よろしく頼むよ」
「おお。話がいまいち見えないけど、カメオはいいよ」
カメオ出演とは、作品や関係者に縁の深い有名人がゲストとしてちょっとだけ出演することを言う。
てっきり映画に出してもらえないのかと思っていたから、カメオでも呼んでもらえて嬉しいや。
「江良君。新しい脚本も届けるから、読んでね」
「わーい。楽しみだよ」
「わーいって。江良君……僕は一瞬14歳の少女を相手にしている気分になったよ」
「八町。実は私、14歳の少女なんだ」
「うん。そうなんだけどね。複雑な心境になるよ」
八町の脚本は、ちょうど芸能界ファミリー大集合特番の前日に届いた。
読みたい気持ちがとてもある。が、芸能界ファミリー大集合特番はスポーツ女子部に引き続き生放送なので、やらかしがないよう、夜更かしをせずに早めに眠ろうと思う。
葉室王司:八町、脚本届いたよ
葉室王司:明日生放送で芸能界ファミリー大集合に出るから、終わってから読むね
葉室王司:火臣家と葉室家が一緒に出るんだよ
葉室王司:おやすみ
八町にメッセージを送ってベッドに潜り込むと、飼い猫のミーコがいつものようにおでこにお腹を乗せてくる。
「おやすみ、ミーコ」
「ごろごろ」
猫が喉を鳴らす音って、結構うるさい。でも、安心するんだよな。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
「芸能界ファミリー大集合? 生放送?」
親友からのメッセージを見て、八町大気は首をかしげた。
……江良君、芸能人ファミリーが仲睦まじい日常を見せる番組に出演するの?
葉室王司:火臣家と葉室家が一緒に出るんだよ
「おかしいな。僕の目が変になったかな」
八町は目をこすり、チャットログを見返した。
葉室王司:火臣家と葉室家が一緒に出るんだよ
どうやら見間違いではないらしい。
八町大気:江良君。どうして犬猿の仲の2家が一緒にファミリー出演してしまうの
八町大気:僕は目を疑ったよ
八町大気:この前だって映画を観ていて、本当に「どうしちゃったんだろう」と思っていたんだ
八町大気:世の中の人、みんながきっと僕と同じ気持ちになるのではないかと思うのだけど
八町大気:しかし寝てしまったのなら仕方ない。おやすみ……
八町はため息をつき、明日のスケジュールに「江良君を見る」という文言を書き足した。
そして翌朝、スケジュールを見たスクリプターに朝イチで「八町先生は今朝もおいたわしいようで」というコメントをもらったのだった。




