149、ジュエル、歌番組で泣く
――【葉室王司視点】
私たちの出番が回ってくる。
歌番組が生放送じゃなくてよかった。
致命的なやらかしをしても取り返しがつく――撮り直しや編集ができる。
「努力した成果を見せて、夢を掴むの。……ここからが本番よ」
ヒカリ先輩が呟く声に、心がグッと掴まれた感じがする。
ジュエルの中でも、この先輩は「アイドルになりたいの! 本気なの!」と意気込んで努力してきた子だ。
こういう子が何人も集まって、ぶつかり合ったり励まし合ったり、挫折したり夢を叶えたり……そんなドラマが、芸能界にはある。
この先輩のためにも、がんばろう。
「♪ねえねえショーが始まるよ、王司が旗を振りますね、これオムライスに立てる予定!」
このグループは、ショーをするんだ。可愛いショーだよ。
「♪初めてだから、手が震えちゃうけど」
お兄さんグループと違って、声を荒げることはない。
イメージするのは、「初々しい女の子」。
葉室王司は、緊張しているんだ――そんな意識をしたからだろうか。
「♪みんにゃのジュエりゅっ」
声が裏返る。噛んだああっ。
恥ずかしがりながらマイクをバトンリレーすると、カナミちゃんがマイクをしっかりと受け取ってくれた。
目が合うと、励ましてくれるような温かさが感じられた。
大丈夫、と言ってくれているのがわかる。
「♪きらきら光りゅっ!」
カナミちゃんは、私に合わせてくれたみたい。
語尾を真似したみたいにしてくれた。優しい!
その手がアリサちゃんにマイクを渡すと、アリサちゃんは、いたずらっぽく微笑んだ。
「♪しょれじょれ違う色だけどぉ~っ!」
アリサちゃんは元気いっぱいに音を外して、変顔を披露した。か、可愛い。
ヒカリ先輩はそんなふざけた年少メンバーに小声で「こら」と笑って、マイクを受け取って真面目路線に戻してくれた。
「♪ひとつになって 輝くの!」
「♪ここにいる全員 ジュエラーだね」
凛とした歌声を響かせるヒカリ先輩に、さあや先輩が背中をぴったりと合わせて明るく歌い上げる。
2人が一緒にマイクを握り、次の2人へ。
「♪宝石箱から星を見て、夢見るわたし」
「♪飛び出しちゃった、これ秘密!」
芽衣ちゃんと聖先輩がマイクを受け継ぎ、マイクは私に戻ってくる。
「♪最初で最後の今日だから、君と一緒に遊びたい!」
あぁ、この瞬間をみんなと分かち合っているんだ。
グループっていいな。
「♪みんなのジュエル!」
「♪きらきら光る!」
「♪それぞれ違う色だけど」
「♪ひとつになって 輝くの!」
曲のテンポに乗って、メンバーと一緒に踊る。踊る。踊る。
もう、演技とかじゃない。普通に楽しい。
普通に「全力で歌うぞ」って気持ちになれている。みんなのおかげだ。
「♪宝石箱から星を見て、夢見るわたし。飛び出しちゃった、これ秘密! 最初で最後の今日だから、君と一緒に遊びたい!」
歌いながら、気付いた。
観覧席に、見たことのある映像エンジニアのお姉さんがいる。
ドラマ『鈴木家』でもお世話になったスタッフさんで、名前は神崎凪沙さん。
恭彦の風呂シーンを性癖ましましに神編集したが、会社の上司にお叱りも受けて辞めた、という噂があるお姉さんだ。元気そうでよかった。私服でスタッフカードなしということは、プライベートで見に来てるのか。
「♪好き好き 大好き! いちばん好きなの、だ・あ・れ? みんなー? それとも わ・た・し?」
アイドルちゃんは愛情いっぱい、大好きな気持ちを精一杯込めて歌うんだ。
画面の向こうの誰かに、この気持ちが届きますように――。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――【三木カナミ視点】
三木カナミは、色彩と光の溢れる世界に立っていた。
赤、青、黄色。
フリフリ衣装はカラフルで、花が咲き乱れたみたいに視界が華やかだ。
照明は眩しくて、熱い。喉が緊張で乾く。でも、声は出る。
溌剌と。メリハリをつけて。リズミカルに――実力を発揮するんだ。歌い出せば、もう大丈夫。
『歌聞いた? すっげー下手なの』
『いい引き立て役じゃん。下手なのが先に歌ってくれたらうちらの上手さが目立つよ』
あたしは下手じゃない。
練習できない友達をカバーできるぐらい、練習したんだ。
あたしが上手く歌って、友達を守るんだ。うちらのグループを悪く言わせたりするもんか。
「どう、よかったでしょ」って見返してやる。
リズミカルにステップを踏むと、太ももの上でスカートが揺れて、涼しい。
空気を感じる。空気があるから息ができる。あたしの歌が、響いてく。
あたし、空気がある環境に人間として生まれてよかった。
歌を歌うことができるから。聞いてもらうことができるから。地球、サイコーだよ。
宇宙人がいるなら、マウント取りたい。
「♪もっとずっと キラめきたい」
想いをぎゅっと歌声に乗せていく。
オーディションに応募すると決めた日、お風呂の鏡に向かってポーズを取ったり、熱唱した自分を思い出す。
「♪みんなで過ごす 今日が大好き!」
あたし、がんばったな。
でも、王司の唯一の相方にはなれていないな。
みんながいちばん好きなのは、あたしじゃないな。
それが当たり前のこととして頭にある。
でも、あたしはがんばったし、それを誇れる自分がいる。
「♪好き好き大好き! いちばん好きなの、だ・あ・れ? わたしー?」
あたしを推して。あたしを聞いて。
あたしを見て。あたしを愛して。――好きになってよ、あたしのことを。
「教えてあげる、最初で最後ー!」
SACHI先生を思い出す。
あんな風になりたいな。あたしが目指すのは、あんな女だ。托卵なんて、しないけど。
――先生、どうして悪いことをしちゃったのかな。
あたしが悪口を匿名掲示板に書き込んだみたいに、なんか気づいたらそんな自分だったって感じなのかな。
『君の一番になりたいの!』
全員でキメのポーズを取る。
ライトが一段と強く照らされて、王司の姿がアップで映されている。
収録が終わった瞬間、スタジオに拍手が沸き起こった。
あぁ――終わった。歌は歌えた。
上手く歌えた、と思う。実力を出した手ごたえがある。
「みんな、おつかれ~」
王司がふにゃっとした緩めの笑顔で労ってくれた。汗がにじんでいるから、ハンカチで拭いてあげる。隣にいられるメンバーの特権だ。
この子、たまに疲れてたり気が抜けたときに足を広げて座ったりするし、「男の子のふりをしていた頃の癖が出てるな」って思う瞬間がある。さっきの紫黒トーヤみたいに肌チラしちゃわないか心配になるわ。
「王司、座ってるときも気を抜いたらダメだよ。短いスカートだから気を付けてね」
「うん、うん。このスカート本当に短いよね」
可愛いスカートの裾を撫でる王司の手付きは、可愛いものに触り慣れていないみたいに優しい。男の子のふりをしていたから、女の子っぽいものに慣れていなくて、ちょっと恥ずかしそうに……でも嬉しそうにするんだ。そこが、キュンとなる。
可愛いの好きなんだ、王司。好きだったんだね。
不憫な背景事情がわかっていると、抱きしめたくなるくらい可愛らしいのが、葉室王司だ。
この可愛い子はあたしの友達で、同じグループの仲間なんだ。
あたしは頑張って、その特別なポジションをゲットしてるんだ――テレビを介してあたしたちを見るであろう全国のファンに向けて、あたしはドヤ顔でピースサインをした。
「王司。次はもっともっと輝けるように、もっと素敵なジュエルになれるように……あたし、頑張るよ!」
「カナミちゃんは、とびっきりキラキラだったよ! 歌がすごくよかった! カナミちゃんは歌が上手で、すごいなあ」
王司はこっそりと耳元に口を近づけて、「あとね、最初の方、合わせてくれて嬉しかった」と囁いた。
耳を吐息がくすぐって、嬉しそうな声が胸をキュンっとさせる。
あ~~、あたし、頑張ってよかった……!
ほんとに、ほんとに!
思わず熱いものがこみ上げる。
肩を震わせて涙をこぼすと、ヒカリ先輩や聖先輩も釣られたみたいに一緒に涙を流して泣いてくれた。
「わ、わっ、ジュエルちゃんたちが泣いちゃってます。が、がんばったねえー! か、かわいいー! やだぁー、青春ー! おねえさんもウルッとしちゃうー! この子たちピュアすぎ……!」
ついでに、司会のお姉さんも泣いてくれた。いい人だ。
芸能界は、いじわるな人もいるけど、すごく優しい人もいる。
それって、どこの世界でも同じだ。社会って、そんなもんだ。
カナミは仲間たちと抱き合い、温かい体温を分かち合いながら、そう思った。




