14、僕のハートはフワッフワ
「あの……、ママを悪役にしないでください」
スタープロモーションは、タレントの意向を大事にしてくれる。
だから、私は声をあげた。
「私、演技に自信があります。誰にも負けない実力があります。だから、可哀想な子だと吹聴して同情を引く戦略なんて、必要ありません」
大人たちが注目してくる。
ママは驚いた顔をしてから首を横に振った。
「何言ってるの王司。これからレッスンを受けて育ててもらう立場の新人が、生意気なことを言うんじゃありません」
けれど、田川社長は手帳をひらいて説明してくれる。
「うん、うん。王司ちゃんは演技がうまい子だと、じいじも知っているともさ。でもね王司ちゃん。生半可な『うまい』だけでは、この業界は厳しいんだ。だから大人たちは作戦会議をするんだよ。君の『うまい』を埋もれさせないためにだよ」
「はい。ありがとうございます」
「でも、君は生半可な『うまい』じゃないんだ。そうだね」
「はい。そうです」
こういうときは退いてはいけない。強気で勝負だ。
「私、とてもうまいです。すごくうまいです。10人に演技を見せたら、ぜったい10人全員にうまいと言わせてみせます」
「ははは! いいぞ王司ちゃん!」
結果――
事務所は方針を考え直してくれることになった。
よかった。
「王司ちゃんのマネージャーが決まったら連絡をするよ。そのときに、2つのオファーのどちらを受けたいか教えてもらってもいいかな?」
「はい、社長」
田川社長が「他に聞きたいことはあるかな?」と言うので、少し考える。
聞きたいことはある。あるよ。そりゃあるよ。
江良のマネージャーは元気? とか。
江良の飼い猫ってどうなった? とか。
なんで刺されて死んだのに原因不明扱いされてるの? とか。
連続死亡事件の被害者認定されてる件とか。
でも、言おうとして気づいたけど、そのへんの質問って「なんで君、そんなこと知ってるの?」ってなりやすいよな。
どんな風に質問したら怪しまれずに済むだろうか。
「あの、私、江良九足さんのファンだったんです。ファンコミュニティに流れていた情報で気になったことがあって……」
「ほう。なにかな?」
「えっと、ファンコミュニティは妄想とか、真偽不確かな情報が多いので……変なことを言っちゃうかもしれないんですけど」
「ああ、いいよ。なんだい?」
いけそうだ。このまま行こう。
「江良九足さんって、マネージャーさんに自宅で発見されたって発表されてましたけど、『原因不明の突然死』って、どんな亡くなり方だったのか、とか。飼い猫がいたらしいけど猫はどうしてるのかな、とか。お聞きしたいです」
すると、田川社長は困り顔になった。
「王司ちゃん。ごめんね。そういうのはねえ、軽々しく言えないし……、君も軽率に質問したり詮索しない方がいいことだよ」
「そうですよね、すみません」
「あ、でも猫ちゃんはマネージャーが引き取ったよ」
「……! そうでしたか! よかったです。よかったと言うのも変ですが」
江良のマネージャーは猫好きだ。安心して猫を任せられる。
マネージャーは仕事もできる人だったし、もし可能なら王司も担当してもらいたいところだが。
……リクエストしてみる?
「ダメ元で言うんですけど、江良さんのマネージャーさんに私のマネージャ―になっていただくのってお願いできますでしょうか? なんか、痛いファンみたいなこと言っちゃっててすみませんけど……可能でしたら、ぜひ」
「あー……。江良君のマネージャーは精神的に疲れちゃってて、休職中なんだ。難しいと思うよ」
「そ、そうでしたか」
さすがに無理だったか。
でも、そのうち会えるといいな。
田川社長は「江良には家族がいなかった」と言ったけど、思い返せば飼い猫は帰ると玄関に迎えに来てくれたし、寝る時は一緒に寝てくれた。
ファンの子たちがSNSやファンレターで元気をくれて、江良の俳優人生にずっと寄り添ってくれていた。
マネージャーさんも事務所の人も味方だった。安心できたし、頼りになった。
彼らの存在は大きかった。
「ありがとうございました」
「こちらこそありがとう。これからよろしくね、王司ちゃん」
「はい。今後ともよろしくお願いいたします」
「じゃあ、あたくしは別の車で帰りますからね」
「はい、ママ」
事務所の入り口でママと別れて車に乗ると、セバスチャンはチュッパチャプスをくれた。グリーンアップル味だ。
「おつかれさまデシタ。お嬢様」
「ありがとうセバスチャン」
家に帰ると、セバスチャンはエプロンをつけて夕食を作ってくれた。
お風呂掃除を担当すると「給料、その分、減りマスカ?」と心配そうにするので、「減らない」と約束してあげた。
お風呂に入れる温泉の素や入浴剤が大量にある。
バブのフレッシュイエローを入れてみよう。
ママは少し遅れて帰ってきた。
左手に可愛いテディベアのぬいぐるみを抱えていて、目が赤い。
泣いた? 何かあったのかな。
「おかえり、ママ」
「ただいま。ママね、ちょっと寄り道してテディベアをお土産に買ってきたの。王司もおかえりね」
「ただいま……お土産ありがとう」
ママの香水は、アルマーニのアクア ディ ジオイアに戻っていた。ふむ?
「お風呂掃除をしたらセバスチャンが給料が減るか心配してたから、減らないって約束しました」
「お風呂掃除をしたの? 偉いわね」
ママは左手で私の頭を撫でてくれた。ふむ。
「ママ、左利き?」
「ええ。そうよ」
契約書にサインしていたときは右利きだった。
となると、あのママとこのママは別人だったりする?
「ママってひとりっこ?」
「ええ。そうよ」
目が泳いでいる。さては、姉か妹がいるのではないだろうか。
でも、隠しているんだ……。
「どうかしたの、王司?」
「ううん。なんでもないです」
夕食を終えて自室に引き上げてからネットで調べてみたけど、葉室家の詳しい情報はあまり掲載されていなかった。
しかし、我が家には執事のセバスチャンがいるじゃないか。
「セバスチャーン。聞きたいことがあるんだけど」
コンコン、とセバスチャンの個人部屋をノックすると、彼はドアを開けて顔を出してくれた。
特徴的な赤毛が濡れている。風呂上がりらしいが、服は執事服だ。
「ハイお嬢様。なんでショウカ?」
「うちのママって、そっくりの見た目の姉か妹がいたりする?」
「イエス」
すごくあっさり教えてくれた。
なんて簡単なんだ……ママは「ひとりっこ」と言ったのに、いいの?
「うちの家系図とか、親族の情報がまとまった書類とかある? 知りたいんだけど」
「用意デキマス」
「おお……」
聞いてみるものだな。セバスチャン、有能!
「じゃあ、すぐじゃなくていいから用意して。一応ママにはナイショね」
「承知シマシタ」
モヤモヤしていたことがスッキリしそうでなによりだ。
自室に戻って筋トレとストレッチをしていると、LINEが来た。アリサちゃんからだ。
高槻アリサ:王司ちゃん。宿題終わった? 作業通話しようよ!
葉室王司:そういえば宿題があったんだっけ。一緒にやろうか!
高槻アリサ:期末テストももうすぐだね。終わったら花火見に行こう?
葉室王司:行きたいね!
前世では勉強ができる方だったし、俳優は読解力や読書量が求められる仕事でもあるので、国語は得意だ。
中学校の勉強は忘れている部分が多いけど、教科書を読むと懐かしく感じる。
それに、王司が遺したノートはわかりやすくまとめられていた。
ネットを検索すれば科目別の講義動画もあったりするし、宿題もテストも問題なさそうだ。
「こんばんは王司ちゃん。宿題がんばろうね」
「アリサちゃんこんばんは。よろしくね」
作業通話を繋げると、アリサちゃんはBGM代わりに『西園寺麗華の今夜も一杯!』というタイトルの生配信を流した。
配信ページをチェックすると、概要欄に『西園寺麗華がお酒を片手にヘタクソなFPS実況プレイをする』というコンセプトが書いてある。
麗華お姉さんは今日も営業熱心だ。
野良プレイヤーとマッチングして、3人一組で戦場に飛び込んでサバイバルゲームをしている。
ボイスチャット機能もあるので、お姉さんが話したときに「え? 西園寺麗華さん?」と野良プレイヤーが驚く瞬間がリスナーの楽しい瞬間だ。ドッキリに近い楽しさかもしれない。
もちろん彼女のファンも野良マッチングに参加するので、ちょっとしたお祭りイベントみたいになっている。
『そういえば、今日ね、事務所に可愛い新人ちゃんが入所したんですよ。誰のことかわかる人はわかるかな? フフフ』
アリサちゃんが「これって王司ちゃんのこと?」と聞いてくるので「そうだよ」と答えると、「事務所いいなあ」と羨ましがられた。アリサちゃんは役者になりたいらしい。
「あのね、王司ちゃんが車で家に送ってくれたでしょ」
「うん、うん」
「お兄ちゃんが王司ちゃんのこと見てたみたいでね、クッキー好き? ってきいてって」
「なにそれ……? クッキーは好きだよ」
「そっか。ありがとう」
翌日、学校に登校すると、アリサちゃんはお兄ちゃんの手作りクッキーを渡してくれた。
クッキーの袋は可愛くラッピングされていて、少女趣味なメッセージカードにポエムが書いてあった。手書きだ。
『葉室王司様へ
君の笑顔は春風のように、僕の心に花を咲かせた。
フラフラフラワー、僕のハートはフワッフワ。
出会えた奇跡に感謝して、このポエムとクッキーを贈ります。ヨッ。
高槻大吾より』
リアクションに困るメッセージだが、クッキーは美味しかった。