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【完結】俳優、女子中学生になる~殺された天才役者が名家の令嬢に憑依して芸能界に返り咲く!~  作者: 朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます!
2章、銀河鉄道とマグロとアリス

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138、重症だなブラザー

――【火臣(ひおみ)恭彦(きょうひこ)視点】


 夢の中で、恭彦(きょうひこ)は真っ暗な山の中にいた。

 

 視点が低い。子供だ。

 自分が子供で、山の中でひとりぼっち……。


 これは、現実にあった出来事だ。

 記憶は曖昧だが、山の中に置いていかれて泣いていたのだ。4歳の夏だった。

 

 今思えばどこかに父が隠れていたのだと思うが、4歳児にはわからない。

 置いて行かれたときに何か説明がされていた気がするが、覚えてもいない。


「ふえぇ、ふぇ……ひっく、ひっく」


 ぼくは、捨てられたんだ。

 もう、帰るおうちがないんだ。

 

 どれだけ泣いても、だれもいない。

 ひとりだ。

 どこに行ったらいいのかも、ぜんぜんわからないんだ。


 悲しみに暮れる恭彦に、手を差し伸べる大人は現れた。

 

「パパが迎えにきたよ」


 後ろから大人の声が聞こえたのだ。


「ぱぱ……!」


 ぼくを迎えに来てくれたの?

 パッと振り返った恭彦は、目を丸くした。


 そこには、パパが3人いたのである。


「あええ……」


 恭彦は混乱した。

 そこに、女の子の声がした。

 

「お兄さん」

「!」

 

 女の子は、可愛かった。

 でも、ぼけっとしていると、大切なものが取られてしまうような怖い感じもある。

 名前は……名前はなんというのだっけ……?


 4歳の恭彦が女の子の名前を思い出そうとしていると、3人のパパが自己主張を始めた。

 

「恭彦、お前が大好きな俺だよ俺。さあ、俺の胸に飛び込んでおいで」

 

 1人目のパパは、メラメラと全身が燃えていた。熱そうなので近寄りたくない。

 

「……♪ ……♪」

 

 2人目のパパは、ピアノだ。こいつは人間ではなくて、化け物だ。ピアノうるちゃい。

 

「アイアムユアファーザー!」

 

 3人目のパパは、燃えてない。紙の本を持っている。

 あれは台本だ。


「君に役をあげる。主役ができるよ、……ルーク・スカイウォーカー!」


 役をくれる。主役になれる。

 その提案は、きらきらと輝いていた。魅力的だった。

 

「わあ……っ!」


 パパに抱き着きながら、恭彦は思った。

 

 ぼくは、ルーク・スカイウォーカーだったんだ。

 そして、名前が思い出せなかった女の子は、ぼくの妹。

 妹の名前は……レイア姫……!

 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


――【葉室王司視点】

 

「フォースが……フォースがついてる……フォースってなんだ……?」

  

 第三会場の人たちは、みんなして心配そうな顔をしていた。

 火臣(ひおみ)恭彦(きょうひこ)がソファでぐったりと気絶して、あやしい寝言を垂れ流しているからである。

 

「皆さん、彼は繊細なのです。あと少し疲れていて……、少し休めば元気になると思いまして……できれば保護者の方には内密に……はい、僕が犯人です」


 八町、印象が悪いよ。正座しよう。

 私が隣に座ってあげる。

 それにしてもお客さん、八町に従順だな。

 「内密に」って言われて、「はーい」って従ってる。

 

 でも、さっきの「I am your father!」は、もう拡散されてるよ。手遅れだよ八町。

 恭彦もびっくりしすぎだと思う。早く起きて。この変な空気を「大丈夫でしたーよかったー」で終わらせようよ。


 つんつんと頬をつついてみると、寝言が出てきた。

 

「お前が父さんなはずがない……」


 うんうん、あれは八町のジョークだよ。つんつん。


「俺はルーク・スカイウォーカーだったんだ……」

 

 いや、違うよ。君は火臣恭彦だよ。

 

 つつくたびに変なことを言う……これは起こした方がいい。

 このお兄さん、思い込みが激しいんだもの。


「お兄さん。恭彦お兄さん。楽しいシャッフル公演のお時間が迫っていますよ。お芝居ができますよ。起きないと仲間外れですよ」

「いやだ」


 おっ、ガバッと跳ね起きた。

 そうか、そんなにお芝居がしたいか。意欲があって素晴らしい。


「恭彦君が起きたぞ。よかったよかった」

 

 八町も他のお客さんたちも、安心顔だ。

 そういえばあの外国人たち、いないな。逃げた? まあいいか。

 

「おはようございます、恭彦お兄さん。スポドリどうぞ」

「ありがとうございます……」

  

 寝ぼけ眼の兄は、私が渡したスポーツドリンクのペットボトルをCMで演じたのと同じように格好よく飲み干した。

 たぶん、何回も練習して身に沁みついてるんだろうな。お客さんが「CMと同じだー」と喜んでいる。

 

 一気に飲み干した恭彦は、深刻な表情で告白してきた。


「葉室さん。俺はルーク・スカイウォーカーだったんです」


 ルーク・スカイウォーカーは、スターウォーズの登場キャラクターである。

 

 この兄は八町の一言で「自分、ルーク」というスイッチを入れられたらしい。どんだけー?

 このメンタル、私が救わねば。

 

「お兄さん、それ完全に間違ってますよ」


 今日は私がさいとうなおきだ。

 しかし、私の否定がこの兄には響いていないんだな。

 

「葉室さん。俺は八町大気の隠し子だったんだ!」


 おう、重症だなブラザー。

 こっちもとことん否定してやるよ。

 

「いや、それジョークですよ、お兄さん。八町先生は、面白いと思ったことを言っちゃう困ったところがあって……ほら、八町先生謝って」

「ごめんね恭彦君。僕は童貞だよ」


 八町は適当なことばかり言う。真偽不明なんだ。みんな、気にしないで。

 

「お兄さん。さあ、八町のことは忘れて妹と楽しい舞台に行きましょう」

「レイア姫?」

「いえっ、レイア姫ではないです」

 

 兄の心は未だに半分スターウォーズだ。

 元に戻ってくださーい。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆ 

 

――『演劇祭最終日 午後 合同打ち上げシャッフル公演』


「終わったら打ち上げパーティだぞー!」

「おー!」


「ライバルは戦友であり、劇団は家族である!」


 東西チームが掛け声を上げ、舞台に向かう。

 衣装は、『銀河鉄道の夜』と『不思議の国のアリス』のままだ。

 

『打ち上げ』の名前の通り、最終日は2チームが舞台上で「おつかれー!」「おわりー!」と騒ぐだけ。

 主役もストーリーも用意されていない。

 決まり事があるとしたら「お客さんに感謝して、楽しんでいただいて、気持ちよく締めくくろうね」ということぐらい。

 即興劇(エチュード)みたいなものだ。

 

 演出スタッフも、打ち合わせなしの一発本番。

 役者たちに合わせるかと思いきや、「役者たち、オレについてこい!」的にライトを動かしたり効果音を鳴らしたり、照明を落として真っ暗にしちゃったりする。いたずらし放題だ。

 観客はそんな無軌道なわちゃわちゃ舞台を楽しみに来ている。ちゃんとした演劇ではなくて「お遊び」だとわかっているので、だーれも文句を言わない。

 あっはっは、と笑って楽しんでくれるのだ。


「みなさーん、コーンニャチワー。最終日の楽しいシャッフル公演は、女王様が不機嫌ニャー。なんでか、わかるかニャー?」


 チェシャ猫の羽山(はねやま)修二(しゅうじ)は、相変わらずニャアニャア言ってるだけで面白いのがずるい。

 ともあれ、劇はベテラン俳優の一言でスタートした。

 

 「女王は不機嫌」という設定を付与された女王役の西園寺(さいおんじ)麗華(れいか)は、「理由を当ててみなさいな!」と大喜利をけしかける。これ、みんなの回答を聞きながら本人も理由を考えるんじゃないかな。


「しんじくんがおばさんって呼んだから?」

「ルリちゃん! それ言っちゃダメ」


 小学生のルリちゃんとしんじくんは、もはや役ではなくなっている。 

 2人は仲良く手をつなぎ、舞台から降りて観客席を巡り、お客さんに「ぼくたち、このあとみんなでご飯食べるんだよー」と話しかけている。お客さん、大喜び。可愛いは正義だね。

 

 しかも、大人の役者まで「もう演技とかいいや」ってノリで何人か舞台から降りて観客席と交流始めちゃったよ。

 

「うちのTAKU(たく)1(わん)がアイドルとエッチした夢を語ったら【東】チームに投票する人が増えたんですよ。ひどいと思いませんか?」

 

 兵頭(ひょうどう)さんが観客に絡んだ瞬間、照明が落とされた。照明担当さんのイタズラだ。


「キャッ、びっくりした!」

「あははは!」


 急に暗くなってびっくりしつつ、お客さんは楽しそうに笑っている。

 真っ暗な中、声を張り上げるのはさくらお姉さんだった。


「誰も女王様が不機嫌な理由に興味がない! やはり役者は自分が主役でありたいので! 女王様を話題にするよりも! スルーしよう! ……という、イヤラシイ意識があるのかもしれません」


 その全身が赤いライトで照らされると、星牙が「いややなー」と言いながら割り込んでいく。

 

「さくら姉さんはイヤラシイねん」

「こら、星牙」

「さくらさんは最近、彼氏ができたんですよね」

「新川さん……!」


 高槻(たかつき)大吾(だいご)は、可愛いアリス衣装の妹を軽々と抱っこして過剰アピール芸をしている。


「皆さん、見てください! この子が僕の可愛い妹です! ええ、ええ、SNSで可愛いと評判の高槻(たかつき)アリサですよ! そして僕は高槻大吾です。本日はぜひ僕たちの名前を覚えて帰ってください。投票もお忘れなく! あれ、役者個人にも投票できるのですよ。僕は自分に入れました」

「お兄ちゃん、恥ずかしいよ」

「アリサッ、営業は大事なんだ。アリサもお兄ちゃんを推してくれ。お兄ちゃんはアリサを応援するから。フレーッフレーッアリサ、負けるなアリサ」

「もう、お兄ちゃん!」

「いかがですか皆さん! 高槻(たかつき)兄妹はこんなに仲がよいのです! アリサは将来お兄ちゃんのお嫁さんになるとよく言ってくれます」

「言ってないよ~」


 アリサちゃん、大変だな。

 お客さんの前だからか、いつにも増して高槻大吾がハッスルしてるよ。

 

 観客席の知り合いを見ると、おじいさまとママが並んで座っている。

 ママはともかく、おじいさまはこの舞台がお気に召すのだろうか……。

 

 あと、今日も二俣(にまた)夜輝(よるてみ)円城寺(えんじょうじ)(ほまれ)がいるんだな。

 あの二人は本当に仲良しだ。

 目が合うと、二俣はパクパクと口を動かした。何か言っている……。

  

『この舞台は、誰も、演技をしてないな』?


 いやいや、演技している人もちゃんといるよ。羽山修士とかニタニタしてるし。

 あの人、寝そべってニタニタニャアニャア言ってるだけで目立てるんだよ。いいなあ。

 

「恭彦お兄さん、兄妹対決しないと。どっちの兄妹が仲良しか対決ですよ。あと、誰も大喜利しないから麗華お姉さんが可哀想」

「俺に家族はいません」

 

 こちらも兄妹で対抗しようと思ったら、恭彦は舞台の隅で膝を抱えて座り込む謎のキャラになっていた。

 この人のエンジンがかかるまで待っていたら、公演が終わってしまいそう。


「もう、お兄さん。私は先に出番をもぎとりますからね」

「そう。そうなんだ。俺は知ってる。世の中は弱肉強食……」


 ぶつぶつと呟いている謎のキャラはそのままにして、私は舞台袖でソワソワと様子を見ている緑石(ろくいし)芽衣(めい)ちゃんを手招きした。

 おいでおいで。みんな好き勝手してるし、怖くないよ。

 

 手を差し出すと、芽衣ちゃんはおずおずと手を重ねてくれた。


 この混沌とした舞台をジョバンニで制圧したい。しよう。


「すーーっ」


 1、まず大きく息を吸って。

 2、大声量で存在をアピールします。

  

「ジョバンニ~~っ!」


 ジョバンニは、ジョバンニと鳴くんだ。

 ジブリッシュのノリである。

 さあ、芽衣ちゃんもご一緒に?

 アイコンタクトして促すと、芽衣ちゃんはわかってくれたようだった。


「ジョ、ジョバンニ……」


 いいね、芽衣ちゃん!

 「こうしたい。しよう?」とアイコンタクトした時に「わかった。するね」と合わせてくれるのが、とても嬉しい。

 ちょっと遠慮がちなのが可愛いなあ。


緑石(ろくいし)芽衣(めい)ちゃんだ」

「ジョバンニが2人に戻ってる」

「ジュエルちゃん、がんばれー」

 

 ほら、お客さんが応援してくれてるよ。 

 芽衣ちゃんの手をぎゅっと握って笑顔を向けると、芽衣ちゃんは嬉しそうにはにかんでくれた。

 ……よかった。芽衣ちゃん、演劇祭を「舞台、楽しかった」って気持ちで終われそうだね。

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