136、宮沢賢治が奇跡をくれたんだ!
――【葉室王司視点】
午後の部が始まる。
【西】チームは緩い空気だ。
「星牙、eスポーツって世界大会があるの? 辞めるんじゃなかったん?」
「世界大会で勝って辞める!」
「はあ~? 二足の草鞋を継続かコイツ~! 仲間が兵役行くんじゃないのぉ?」
「兵役延期させるわ」
「いやいやいや」
さくらお姉さんが星牙を小突き、高槻大吾が笑っている。
「二足ぐらい、大したことありませんとも。僕などは才能の塊なので五足も六足も草鞋を履きます」
「こいつ隙あれば自分ageばっかしやがる」
演劇祭終わったみたいな空気だけど、【西】の四日目はこれからだ。
大丈夫かな? 星牙が「いやー、さすがに今日は興奮やばいわ。ずっとにやけてるかもしれん」とか言ってるが。頼むよカンパネルラ?
私が心配していると、新川友大が声を発した。
新川友大は、西の柿座の看板役者だ。
事故で怪我をして、稽古の期間はリモート参加だったし、本番でもずっと車いすで学校の教師役を演じ続けている。江良のときにも話したことのない相手なので、割と「この人、どういう人なんだろう」ってなっている役者である。
「今ネットを見たら、【東】チームがすっごく評価されているんだなあ!」
ほう。独り言みたいに言ってるけど、ちょっとわざとらしい。
どれどれ、と見てみると、SNSではアリスが絶賛されていた。
:アリスが可愛い!
:アリス、元気いっぱいだね
:グッズ買おう
:絵本がほしくなる
:本を買いたい!
「本を買う人がいっぱいいるみたい」
「はっはっは。僕の妹は可愛いのです。みなさん、すみません! 僕の妹ですからね、そりゃもう可愛いんです! 本当にすみません!」
高槻大吾はドヤ顔だ。それにしてもこの【東】チームの感想、なんか違和感があるな。昨日までは「恭彦くんかっこいい!」「帽子屋さん面白い」だったのに、今日は恭彦と帽子屋があまり話題になってないんだ。
あのお兄さんは不安定だし、今日は調子が悪かったのかな?
「どうも八町大気先生は、【東】チームを勝たせるつもりがあるんだなあ!」
独り言みたいな声だった。
その声はよく通り、賑やかだったメンバーがしんと静まっている。
特に、彼を看板役者として掲げる西の柿座のメンバーなどは、真面目な顔になっていた。
「僕らは小さな初心者支援劇団だから。あちらは大規模劇団だから。八町大気が肩入れしているから。猫屋敷座長も負けてもよさそうにしてるから。……僕も引退するから……だから、エンジョイしてなあなあで流してやって、楽しかった、で終わる……それでいいんだろうか。いや、よくない。こういうのを反語というんだ、ルルちゃんしんごくん」
「ルリとしんじです」
あれ? 新川さんって引退するの?
あと、劇団員の名前間違えないであげて?
わざとなんだろうか。真意はわからないが、今は細かいことは置いておこう。
「あの、新川さんって引退なさるんですか?」
みんな「気になる」って顔をしている。
どきどきしながら確認すると、新川さんは淋しそうに微笑んだ。
「リハビリしても前みたいには動けないって言われたんだ。だから、まあ引退かな」
あ、足、状態がよくないのか!
知らなかった。
てっきり、リハビリがんばったら元通り動けるようになると思ってたよ。
他のメンバーも初耳だったのか、みんなショックを受けた顔だ。
「そんな……新川さん……!」
「これが最後なんて」
「みんな、今までありがとう。最後の舞台で愛する自分の劇団がやられ役の引き立て役だと思うと、つらいなあ。いや、そんな考え方をしてはいけないね。勝ち負けが全てではないんだ……」
「し、新川さん……!」
舞台役者の新川友大は、西の柿座のメンバーにとって大切な仲間だ。
緩み切った空気は一気に引き締まった。
うぇーいうぇーいと浮かれていたエンジョイムードは取り返しの付かない別れを知って悲嘆の色に染まり、「おい、勝たないといけないぞ」みたいな必死な感じに……あれ、これはメンバーを必死にさせるための作戦だったりする?
終わってから「実は嘘だよ」って言ったりして?
私はこっそりとトイレに立ち、執事のセバスチャンを呼びつけることにした。
ちなみに、トイレに行くときは前に「上品だな、真似するか」と思ったアレを言ってみることにした。
「お花畑に行ってきます」
「お花畑?」
「どこの?」
【西】のチームメンバーは上品に言っても伝わらないのか。
トイレだよ、トイレ。
セバスチャンは、ケチャップ多めのフランクフルトを手にやってきた。美味しそうだ。
「お嬢様。私は休憩中デシタ」
「うんうん、ごめんね。新川友大について調べてほしいんだ。本人が『リハビリしても前みたいには動けない』と言ってたんだけど、そうなのかな?」
「お調べシマス」
「もしみんなを必死にさせるための嘘ならいいんだけど、本当だったら……」
一度言葉を中断して、ちょっとだけ迷った。すると、セバスチャンはニンテンドースイッチを取り出して操作して、「真実です」と告げた。ニンテンドースイッチで真偽がわかるの? 今の操作なに? もう意味不明だな。
「本当なのか。……それなら、治してあげてほしい。この前のアッポーポイントを使って。不足分は、代償を払うよ」
これは、単に同情とかじゃないんだ。
これをすることで、「この悪魔は本当に悪魔」ってテストできるじゃないか。
「そうだ。不足分の代償、持ってるものを溶かすとかにしてよ。前、恭彦お兄さんがアクセサリーが溶けたって言ってたじゃないか。このハンカチとかどう?」
代償だって、「思い込み」とか「騙されてる」と言われないような、客観的に「超常現象だね」とわかることをしてもらえばいいんだ。
動画を撮ったりしてさ。
「動画を撮るから、目の前で溶かしてよ」
「代償は指定できないのですがね、お嬢様。妙なことをお考えですね」
おっと、セバスチャンが久しぶりの偉そうでちょっと冷たい悪魔モードだ。
でも、口元は面白そうに笑っているよ。
「八町が疑っているから。あいつにファンタジーはあるよって見せつけてやろうかと思って」
「わからせ、ですね。お嬢様。いいでしょう。あの八町大気は、私に無礼を働いたのでいつか個人的に復讐しようと思っていたところでした」
この悪魔、「わからせ」の概念を理解しているのか。
八町、危なかったな。お前、復讐されるところだったみたいだぞ。
「動画を撮るよ。スマホをそこに置いて……さん、にー、いち。はい、どうぞ」
セバスチャンをけしかけると、代償は無事(?)に取られた。
熱いとか痛いとか感じることはなく、するっと空気に溶けるみたいに消えていった。
……私の大切なファミリーリングが。
「ああっ! わ、わ、私の……」
「代償は、やはり大切にしているものや、奪われてダメージになるものの方が美味しいのですよ、お嬢様」
「そ、そんな!」
でも、言ってる内容には「それもそうか」という説得力も感じてしまう。
実際、私はダメージを受けたよ。
「ひぃん……」
「ご愁傷様です、お嬢様。ざまぁでございます」
悪魔にざまぁされて涙目になりつつ、私は八町に動画を送り付けた。八町、思い知れ。
「セバスチャン、よ、……よくやった。悲しいけど……じゃ、私はジョバンニしてくるよ」
「いってらっしゃいませ、お嬢様」
本番、本番、本番だ。
代償が取られたということは、仕事もきっちりしているのだろう。
……新川友大、悲劇の時間は、終わりだよ。
「――嘘みたいだ。立てる。歩けるぞ!」
悲壮な空気が一転する。
みんなが驚く中、車いすから立ち上がった新川友大は「これは奇跡だ!」と叫んだ。
「宮沢賢治が奇跡をくれたんだ! 彼は、担任の八木英三に心酔していたと言われているから。きっと、教師役の僕を憐れんで、救ってくれたんだ……!」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――『演劇祭四日目・午後・銀河鉄道の夜』
舞台が幕を開け、学校の授業のシーンが始まる。
ここまでずっと車いすに座って演じていた新川友大が堂々と自分の足で立ち、大きな演技を見せている。
観客席で、ファンが目を潤ませて彼を見ている。
役者たちも、もう悲壮な雰囲気ではない。
喜びを全身からあふれさせるような、生き生き、伸び伸びとした演技を見せている。
勝つぞ、勝つぞ、とガツガツ必死な感じではなくなったけど、初心者に演劇の楽しさを伝える活動を重んじていて、家族的な良さのある西の柿座らしさがあって、微笑ましいし和む感じだ。
「ぼくが言うのもアレやけど、みんなホンワカしとるなあ。このチーム、負けるわ」
「こら、星牙」
舞台袖でそんな言葉が交わされている。
でも、大丈夫。【西】チームは勝つよ。
だって、公式サイトでは「友情を競い合う」と謳い文句にしているが、勝敗は興行収入と公式サイトの「どちらのチームがよかったか」「どの役者がよかったか」というアンケート投票で決めるのだろう?
少なくとも興行収入では、負けてない。
観客席には私のおじいさまが二俣のお父さんを始めとするスポンサー企業の重役と一緒に座っている。
あの人たちはさっき、【西】チームの応援動画に目を疑うくらい投げ銭をしまくっていたから……。
お金持ちって、太っ腹だね。
四日目のジョバンニが母親のもとへと走り出し、舞台の幕が下りていく。
拍手はあたたかくて、心地よかった。
これで東西が競う四日間は終わり、ラスト1日の予定は『第三会場(不定期・ゲリライベント):八町が檻の中で仕事をしているのをウォッチングできます。静かに見守ってね!』と『午後 合同打ち上げシャッフル公演』のみ。
「おつかれ!」
「おつかれさまー!」
全員が明るく挨拶をして、私たちの四日目は終わった。




