133、八町、お気持ち表明する
――【葉室王司視点】
三日目の【西】チームの舞台が終わった。
「いい演劇になった」と思う一方で、緑石芽衣ちゃんが心配だ。
「すごくいい舞台でした。私、三日目の『銀河鉄道の夜』がとても好きです」
芽衣ちゃんはSNSアカウントを見せてくれた。
芽衣ちゃんのアカウントには、DMに来たメッセージのスクリーンショットが貼られていた。
その直後に、演劇祭の公式アカウントが『緑石芽衣が体調不良のため舞台をお休みする』という説明と謝罪文を発表している。
体調不良の原因がわかりやすいなあ。拡散数がすごい。
見た感じ、本人の年齢もあって同情的なコメントが多そうだ。
芽衣ちゃんは「これなら、アンチがヘイトを被ってくれて、【西】チームの好感度には傷が付かないと思う」と冷静な声で言った。
い、意外と計算してる……?
「軽い気持ちで遊びに来ちゃだめだった、と思う。想像してみたら、わかることだった。舞台に上がったら、比べられる。初心者だからって許してもらえたりはしない。私にその想像と、批判される覚悟がなかったのが、だめだった」
「そんなこと言わないで」とかというセリフを返すのは、違うと思った。
「これでいいよ」って言って欲しいんだ。きっと、欲しい感想は、そっちなんだろう。
「芽衣ちゃん。このお休みの仕方はうまいことやったなって正直、思ったよ」
「……えへへ」
「最終日、気が向いたらシャッフル公演で遊ぼう? あれは、東西両チームがごちゃ混ぜで、楽しむのが一番って感じのショーだから」
誘ってみると、「少し考えてみます」と言ってくれた。
一緒に楽しんで、「楽しかった」で終われたらいいな。
「先輩。私、お母さんと帰ります」
「うん。気を付けて帰ってね」
芽衣ちゃんはお母さんと手を繋ぎ、帰って行った。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
帰りにお忍びでグッズショップを覗くと、お店には人と商品でいっぱいだった。
マグカップ。ポーチ。Tシャツ。アクリルカード。折りたたみメモ。
トートバッグ。エコバッグ。マスキングテープ。フェイスタオル。
ぬいぐるみ。シュシュ。ヘアクリップ、キーチェーン。
ノート。クリアファイルセット。ボールペン。チケットファイル。スマホリング……。
『銀河鉄道の夜』や『不思議の国のアリス』の世界観やキャラクターのグッズもあれば、役者の写真を使ったグッズもある。
この充実っぷりは、私のママやおじいさまがスポンサーになったおかげだ。
「兄妹おそろいのぬいぐるみ買った~!」
お客さんがぬいぐるみを手に嬉しそうにしている。
お買い上げありがとう、いっぱい買ってください。私も買おう。
「……これと、これと、こっちも。あと、これも」
私は戦利品を大量に抱え、セバスチャンの車に運んだ。
「また買ってくる」
「爆買いですね、お嬢様」
だって、お祭り限定グッズだよ。終わったら買えなくなるんだよ。
私は爆買いお嬢様になり、東西チームの売り上げに影ながら貢献したのであった。
しかも、変装はあっさり見破られていて、帰りの車の中でSNSを見ているとSNSに爆買い姿が晒されていた。
――『SNS #八町大気演劇祭』
:王司ちゃん、爆買いしてる
:車に荷物運んでまた買いに行くの可愛い
:執事さんも荷物持ちをがんばってた
:執事さんいつも大変だな
:ライバルチームのお友だちとお兄ちゃんのグッズ大切そうに抱えてるの天使かな?
:王司ちゃんは天使だよ
:たまに小悪魔になるけどね
小悪魔?
そんな風に言われること、したかな?
記憶にないなぁ……。
「#八町大気演劇祭」のハッシュタグは盛り上がっていた。
東西チームの感想や応援といったファン投稿、「グッズを買った」「レストランで食事した」というエンジョイ報告。
それに、芽衣ちゃんの件についても自分のお気持ちを表明する人たちが結構いるみたいだ。
:西の柿座は、もともと初心者に演劇を楽しんでもらうというコンセプトを掲げている劇団です
コメントの中には、「西の柿座のワークショップがきっかけで演劇に興味を抱いた」という声もあった。
私もお気持ちを表明しようかな。
なんて書こう。
例えば「アンチ、ひどい!」とか?
そうするとアンチが「ひどくない!」と殴り返してくるんだろうな。
じゃあ「芽衣ちゃん、あとは私に任せて、ゆっくり休んで。元気になったらまたやろう!」?
それって「一人でジョバンニができるぞ」状態の私が言うと意地悪解釈される余地が十分にあるよね。
何を書いても「なんか、いい子ちゃんぶってるな」「なんか、冷たすぎるかな」ってなっちゃうな。
しかも、爆買い姿がばれてるよ。
もうなんか「仲間が苦しんでるのにお買い物を楽しんでしまう性格悪い子」と思われるリスクがとても高いのでは?
「悲しいです」って投稿しても「でも、お買い物をこんなに楽しんでましたよね」って指摘されちゃうのでは?
もしかして黙っていた方がいいのだろうか。
送信前の文章を書いて消して繰り返しているうちに、八町からの着信もあったので、投稿は中断だ。
「八町、おつかれさま。私は今SNSでお気持ち表明をするか悩んでいたところだよ」
「江良君、三日目の演技はとてもよかったよ。僕は感動した。君がちゃんと江良君なんだなって、安心した……SNSは『私はカレーが好き♡』ぐらいにしておくことをお勧めするよ」
八町は、すごく疲れているようだった。
「八町、このタイミングだと、たぶん『私はカレーが好き♡』と投稿すると『仲間が悲しんでるのに……』って好感度が爆下げになるよ。それと、なんか疲れてるみたいだけどどうしたの」
「江良君……僕だって疲れてるときぐらいあるさ……いろいろあるんだ、大人には」
「ああ、うん。おつかれ……」
「江良君。SNSは僕がお気持ちを表明しておくよ。今投稿したよ」
「行動が早い。さすが八町……!」
どれどれ。
八町大気:12歳の子には未来がある。大人に「試しにやってみなよ、楽しいよ」と誘われて従っただけの初心者の子は、別に悪いことはしていない。よい経験をしたと思って前を向いてほしい。
八町大気:責任の所在は、演劇祭の運営にある。あれ、それって僕じゃないかな? 僕が犯人です。僕がやりました。
八町大気:そして、このタイミングで恐縮ですが、このたび僕は才能ある役者を育成支援するプロジェクトに関わることになりました。
八町大気:日本演劇協会、日本演劇興行協会、児童青少年演劇協会、文化大衆演劇協会――これらの機関が協力して掲げる(予定)のは、「日本の演劇業界の質を向上させる」という目標です。
八町大気:と言いますのも、日本の作品や役者のレベルが海外に劣るという声があるからであります。けしからん。悔しい。皆さん、そう思いませんか。
八町大気:オリンピックの強化指定選手を想像していただくと、わかりやすいかと思います。強化指定役者です。簡単に言うと、よりグローバルに国産の優秀作品を戦略展開し、日本スゲーとわからせたい。
八町大気:国家の名誉がかかっているのです。ですから、僕たちは可能性にあふれた役者にはどんどん経験も積ませるし、支援も惜しみません。そんなプロジェクトを水面下で進めていたところなので
八町大気:役者のモチベを落とすアンチのことを『国家の敵』と呼ぼうと思います。
八町大気:つきましては、僕たちは『国家の敵』を訴えるつもりです。罪状は公務執行妨害罪、業務妨害罪、名誉毀損罪といったところでしょうか。お心当たりのある方は示談に応じますので、この件を担当する弁護士にお声かけください。
うーん。うん?
「才能ある役者を育成支援するプロジェクト?」
八町の電話に確認すると、「江良君は当然、対象になってるよ」と教えてくれた。
ほう。よくわからないが、それはいいことなのではないかな。
そして、相変わらず私はSNSでなんとリアクションするのが無難かわからないんだな。
ここは黙っていよう……。
私はSNSを閉じて、八町からプロジェクトの詳細を聞き出そうとした。
しかし、八町は「守秘義務があるから、まだ詳細は教えられないんだよ。でもね、君が喜びそうな企画だと思うよ」と教えてくれた。
楽しみだ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――『四日目:午前 不思議の国のアリス/午後 銀河鉄道の夜』
四日目の午前中、私は【西】チームのメンバー全員と星牙の応援配信をした。
応援配信をする動画チャンネルは、八町演劇祭の公式アカウントである。
場所は、文豪座劇場のミーティングルーム。
配信用にファンシーなクッションを集めてみんなで座り、囲むのはデリバリーのファーストフードだ。
ハンバーガーにポテトにバーベキューソースのチキンナゲット、アップルパイもあるよ。
【西】チームのみんなが見るのは、ミーティングルームのスクリーン――eスポーツ大会の公式配信がそこに映し出されるのだ。
あとは、カメラの近くに置いたパソコンのモニターに配信のコメントも表示される。
この生配信と【東】チームの公演の時間が被っているのが気になるところだけど、舞台のチケットは完売しているし、eスポーツ大会の時間は決まっているので、仕方ないね。
大会開始より少し早く配信をスタートして、私たちは「こんにちはー、【西】チームでーす」とカメラに挨拶をした。
おおー、視聴者がどんどん増えていく。
星牙にはぜひ勝ってもらって、みんなで気持ちよく午後の舞台をしたいね。
私は芽衣ちゃんの肩を抱き寄せて、「ジュエルでーす!」とポーズを取った。
芽衣ちゃんはちょっともじもじしてから「ジュエルです!」と言ってくれた。
コメントは……よかった、好意的だ。
モデレーターさんがアンチコメントを削除する仕事をがんばっていたり、配信の説明欄に「役者の心を傷付けるコメントをした場合は訴訟される可能性があります」と脅し文句が書いてあるせいもあるかもしれない。




