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【完結】俳優、女子中学生になる~殺された天才役者が名家の令嬢に憑依して芸能界に返り咲く!~  作者: 朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます!
2章、銀河鉄道とマグロとアリス

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127、演技が下手だと思います

――【葉室(はむろ)王司(おうじ)視点】


 『不思議の国のアリス』に幕が降りる。

 観客は大喜びだ。

 

 なるほど、安定して主人公オーラを出す高槻(たかつき)アリサちゃんに、何をしでかすかわからない火臣(ひおみ)恭彦(きょうひこ)

 愉快でずるい羽山(はねやま)修士(しゅうじ)に、悪役かと思えば見守り家族の顔になる西園寺(さいおんじ)麗華(れいか)

 

 無軌道なように思わせて、崩壊ギリギリで制御されている――ライトアップやシーン切り替えの裏方がさりげなく光っている。

 

 刺激的で、スリリングで、明日も見逃せないの思ってしまう魔力がある――そんなやんちゃなショーだ。


「……っ」


 ……あれ?

 芽衣(めい)ちゃんが、泣いてる?


 私はハッと現実に気づいた。

 隣に座る緑石(ろくいし)芽衣(めい)ちゃんは、ハンカチを握りしめて大粒の涙を流していた。


「どうしたの、芽衣ちゃん」

「おなかいたい?」


 私が気づいたのと同時に、他のジュエルたちも異変に気づいて声をかけていた。

 芽衣ちゃんは首を横に振り、俯いてハンカチで顔を覆った。

 そして、謎の謝罪を口にした。


「ごめん、なさい」


 アッ、もしや漏れたのか?

 「シートを汚してごめんなさい」か?

 つらいよね、恥ずかしいよね。どうしようってなるよね。わかるよ!


「トイレ行こうか、芽衣ちゃん、大丈夫だよ……」

 

 自分のことのように居た堪れない気分になってオロオロしていると、芽衣ちゃんは「そっちじゃないです」と首を振った。

 違った? ごめん……。


「でも、一回お花を摘みにいきます」

「あ、うん。私も行くよ」


 お花を摘むって上品だな。女子力を感じる。

 もしかして私にはそういう部分が足りていないのではないか。

 次から言ってみるか、「お花を摘む」。


 トイレを無事に済ますと、芽衣ちゃんはスマホで自分のSNSアカウントを見せてきた。

 アカウントのDMに、複数の捨て垢からアンチメッセージが届いている。


:下手なのにアイドルだから主役できて、いいご身分ですね。

:あなたがチームの足を引っ張ってるから【東】に負けてるんだと思う

:座長相手にパパ活してるって聞いた


「う、うわぁ……芽衣ちゃん……こういうの、全部ブロックしてスルーでいいよ。通報でもいいかも。開示請求もする? 私、お金出すよ」


 ドン引きしながらブロックしていると、芽衣ちゃんは「私が悪い」と言い出した。


「私、明らかに、ひとりだけ下手。あの役者さんたちみたいに、対等にぶつかりあったりできてない。メッセージ、全部正しい。私が足を引っ張ってる……」


 ライバルチームは観ない方がよかったのかもしれない。

 いや、しかし、抱え込んでいたつらさを吐き出すきっかけになったのだから、観てよかったのか?

 

「芽衣ちゃん、あのね……お昼ご飯食べよう。美味しいの食べよう。午後の部の開始時間まで余裕あるし、グッズ売り場とか第三会場を見るのもいいと思うし……」


 芽衣ちゃんは、確かにひとりだけ大きく際立って『初心者』だ。

 でも、その存在は決して「足を引っ張っている」だけではない。

 プラスに働いている存在価値が、ちゃんとある。

 

「あのね、芽衣ちゃん。舞台はショーだから、上手さが全部じゃないよ。ほら、えっと、これ話題にしていいか悩むんだけど……キッズチャンネル時代からのファンが芽衣ちゃん目当てで観に来て、応援してるじゃない? 可愛い初心者が頑張ってるって、微笑ましく応援してくれてる人もいっぱいいるよ。今日目立ってた恭彦お兄さんも、ドラマの時は『下手さで話題になる係』って言われてたんだよ」


 心配そうなジュエルたちとお別れして、私は芽衣ちゃんの手を引いて【西】チームの控室に移動した。


「ケータリングコーナーの内容が毎日違うから、楽しみだよね。……そうだ、芽衣ちゃん。気分が乗らなかったら、今日は美味しいの食べるだけの日ってことにして、のんびりしていてもいいよ……元気になって気分が乗ったら、明日は一緒にしよう」

「明日……」

「明日が無理だったら、最終日の合同打ち上げシャッフル公演でも。楽しい思い出にしよう――おや」


 控室の前に八町(やまち)大気(たいき)火臣(ひおみ)打犬(だけん)がいるじゃないか。

 いやな組み合わせだな。

 私は芽衣ちゃんを引っ張って曲がり角の壁に隠れた。


 見た感じ、打犬はホットサンドの差し入れをしてくれたのだろうか? 


「息子が俺の言動を全部演技だと思っている……?」

「いかにも。お二人の親子関係はずっと前から破綻しているのですよ、火臣さん」


 通路で何を話しているんだ?

 

 火臣家の親子関係?

 そんなの、最初から破綻しているよ。

 それなのに彼らはなぜか仲良くしているよ、八町。

 ファザコンと息子馬鹿なんだよ、八町。記者もいるんだ。カオスだよ。


「火臣さんが好意をアピールするたびに、ご子息は『演技だ』と思って傷つくのです。ですから、いっそ一人暮らしをさせるか、ご心配なら僕が預かりましょうか、と申し上げたのです。彼は面白い役者なので、育ててみたいのです。息子さんを僕にください、というやつですね。言ってみたかったんです、あはは」


 八町。

 お前はすぐそうやって「言ってみたかったセリフ」を軽率に口にする……。

 おかげで葉室家は出禁になってるし、ママの中でお前はロリコンでバイで男性編集者と寝てる男認定されてるぞ。


 第一、息子馬鹿な火臣打犬に「息子さんを僕にください」なんて言ったら……。


「な、ん、だ、と……っ、ぜ、絶対に、やらん!」


 ほらね。

「ほらね」と思いつつ、なんで私はちょっとホッとしてしまったんだ。

 謎の情緒である……。


「あのう、控室の外で何を騒いでいらっしゃるんです?」


 あっ、控室から猫屋敷座長が出てきた。


「……差し入れを持ってきたんでした」

「僕は、第三会場に行く途中でしたよ。そうしたら火臣さんが挙動不審な様子でうろうろしていたから、声をかけたのです」 

  

 打犬は差し入れを猫屋敷座長に預けて、こっちに向かってくる。

 私は芽衣ちゃんと一緒に隠れ場所を探した。

 えーと、えーと……。ケータリングを搬入する業者さんがいるや。大きなワゴンを押している。


「あの、すみません。ちょっとだけ隠れさせてください!」

「え、えっ? あ、はい……」


 ワゴンの影に隠れるようにしゃがみこむと、業者さんは察してくれたように動きを止めた。


「……お疲れ様です」

「お、お疲れ様です」


 火臣打犬が通りかかり、足を止める。

 こっちを怪しんで凝視しているのが、わかる。


「……」


 ねっとりとした湿度の視線を感じる。

 これはさすがにバレているな。そうだよな。

 業者さんも気まずそうだ。あ、隙間から見てたら打犬と目が合っちゃったよ。


「…………ふう……」


 打犬はため息をつき、視線を逸らした。

 おい、頬を染めて嬉しそうにするな。

 頬を手で押さえるな。気持ち悪い。

 

「……タンドリーチキンを挟んだ旨辛ホットサンドがおすすめだよ」


 打犬は呟き、去って行った。


 ほう、タンドリーチキンを挟んだ旨辛ホットサンド?

 食べようじゃないか。食べ物に罪はないからな。


「……行っちゃいましたね」

「芽衣ちゃん、ホットサンドを食べよう。元気が出るよ」

 

 不思議そうな芽衣ちゃんを引っ張り、私は控室に向かった。


「おはようございまーす」


 部屋の中では、リラックスした様子で三日目を過ごす【西】チームのメンバーが前日の芝居を撮った非公開動画を見ながら昼食を摂っていた。


 本日も安定の着ぐるみ姿をした猫屋敷座長は、芽衣ちゃんを見て嬉しそうに近寄ってくる。

 こっちもそういえば複雑な親子関係だったな。


「おはよう、二人とも。昨日一昨日と調子悪そうやったけど、今日は体調はどうかな?」

「……だいじょうぶ」


 心配そうに尋ねてくる猫屋敷座長に、芽衣ちゃんは強がった。

 

「余裕。元気」


 おお、芽衣ちゃん……!

 

 大丈夫ってことにするんだね。

 舞台、お休みしないでがんばるんだね。

 偉いなあ、健気だなあ。

 ぎゅっと抱きしめたくなるよ。ぎゅっ。


「むぎゅ?」

「あ、つい。抱きしめたくなっちゃって」


 いけない。同性でよかった。これが江良だったらセクハラだよ。

  

「芽衣ちゃん、午後に備えてご飯食べよう!」

「はい!」

 

 ホットサンドはケータリングコーナーに仲間入りしていた。

 タンドリーチキンを挟んだ旨辛ホットサンド……あったあった、これか。


「このホットサンド、いただきます!」


 高らかに宣言すると、動画を観ながら魚串にかぶりついていた星牙が振り返る。


「なあ。そのホットサンド、お前の嫌いなおとんが作った差し入れ……って教えた方がええか? 黙っといた方がええか?」

「聞かなかったことにするね。食べ物に罪はない!」

「ほんま、辛味好きやなー。辛味の悪魔に取り憑かれてるんちゃう?」


 だって、お腹空いてるし。

 ホットサンドは美味しそうだし。

 

 私が気にせずホットサンドを抱えて椅子を選ぶと、芽衣ちゃんもミラノ風ホットサンドを選んで隣に落ち着いた。


「王司先輩。これ、美味しいです」

「ふふ、芽衣ちゃん。こっちも美味しいよ……あ、ジュエルのグループチャットでみんなが『だいじょうぶ?』って心配してくれてる」

「ん……」


 芽衣ちゃんは、グループチャットに「だいじょうぶ」というメッセージと、「げんき」というセリフ付きのゆるキャラのスタンプを送信した。

 ジュエルのみんなは安心した様子で、「グッズ店でこんなのを買ったよ」とか「第三会場で八町大気先生を撮ったよ」とか報告してくれる。楽しそうだ。見ているだけで気分が明るくなってくるよ。


「芽衣ちゃん。第三会場って、そういえば変なゲリライベントをしてるんだっけ?」

「たぶん」

  

 『文豪座劇場内、第三会場(不定期・ゲリライベント)……八町が檻の中で仕事をしているのをウォッチングできます。静かに見守ってね!』ってやつだ。どんな感じなんだろう。


「芽衣ちゃん、食べたらちょっとだけ見に行ってみる?」

「私、本番までに練習します。あの……猫屋敷座長に、練習を見てもらいます」

「んっ。そっか……」


 やる気があって素晴らしい。座長も断ったりしないだろう。


「先輩は、みんなと八町先生ウォッチングしてきてください」

「じゃあ、動画でも撮ってこようかな。あとで一緒に観よう」


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

  

 ――食後。

 

 芽衣ちゃんと約束した私は、第三会場に向かった。

 

 ずっと気を張り詰めていたら心身が持たないし、体調が改善したので「よし、今日はいける」って気分でもある。

 私は余裕だ。強がりでもなんでもなく、元気、元気だ。

 他人に分けてあげたいくらいである。

 

 第三会場に向かう途中の通路には、謎の人だかりができていた。


 変装用の帽子を目深にかぶり、眼鏡をつけて人だかりに近付くと――原因がわかった。


 距離を開けて集団が見守る先には、アンニュイな表情で壁にもたれかかって座る火臣(ひおみ)恭彦(きょうひこ)と、その正面でスケッチブックをめくり、意思疎通をする着ぐるみのトドがいたからだ。

 

 恭彦は私服と(おぼ)しき水色のスカジャン姿で色眼鏡をかけていた。

 座り込む膝の上には、帽子がある。

 

 ねえ、変装用の帽子を脱いだら、変装の意味がないんじゃない?

 

 この見守り集団の存在をどう認識しているの?

 もしかして、日常的に記者に注目されるのに慣れてしまって気にしていない……?

 

 呆れる私の視界で、トドはスケッチブックに文字を書いた。

 どれ、ちょっと近づいて後ろから覗いてやろう。

 

『君の演技が俺は好きだよ。演技だけじゃなくて、君が好きだよ』


 うん。いつも通りだな……。


「ありがとう、トドさん」


 舞台の疲れを少しも見せない恭彦は、役が抜けているようだった。

 相変わらず着ぐるみの中身には疑問を抱かない様子で、彼は礼儀正しくお礼を言った。

 そして、私に気付いて手を振った。


「葉室さん。さっき、舞台を観てくださってましたね。ありがとうございました。あの……、どう思いましたか。皆さんが『よかった』と褒めてくれますが、俺は暴走しすぎだったと思うのです。皆さんが肯定ばかりするので、なんだか罪悪感と居たたまれなさがどんどん増大していくのですが……俺、自宅でぼや騒ぎを起こしたり、親父をティーポットに押し込もうとしてしまいました」 


 あ~、あの演技をしていた時の記憶、あるんだ。

 ティーポットにどうやったら打犬を押し込めるんだ? 気になりすぎるだろ。

 

 それに、周囲がおそらく気を使いまくっているのに、居たたまれないだと?

 

 別に、父親限定の話じゃない。

 疑心暗鬼がすごいんだ。

 このお兄さんは、褒めてもその通りに受け止めない人なんだ。

 私は八町より恭彦を理解していると思う。たぶん、だけど。


「お兄さん。ここだと、通行人の邪魔になってます。気付いてなかったですか? ほら、あっち。皆さん、お兄さんがいるから遠巻きに見守ってるんですよ」

「あれ、本当だ」


 トドも教えてあげればいいのに。

 私は恭彦に帽子をかぶせて、第三会場へと引っ張って行った。

 トドはそわそわと後を付いて来る。


 後ろを振り返ると、見守っていたお客さんたちは手を振って「がんばってー」と言ってくれた。

 好意的でなによりだ。あと、近寄ってこないあたり、マナーがいい。


「ありがとうございます。がんばりまーす」


 笑顔で手を振り返すと、その姿がスマホで写真や動画に収められた。


 笑顔をキープしながら、私は火臣父子について考えていた。

 八町は距離を取らせる方法を思いついたようだけど、それは一回やってるんだ。

 お兄さんは、気づいたら自分から自宅に戻って、なぜか指輪交換をしていた。


 八町が知らない彼らを、私は色々と見てきた。

 ふうむ……ふうむ。

 

「お兄さん、すごいことを教えてあげましょうか」

「……? なんですか?」

 

 私はお兄さんにかがむよう頼んで、耳元に唇を寄せた。


「火臣打犬って、意外と……演技が下手だと思います」


 お兄さんは、むっとした気配を見せた。ファザコンめ。

 

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