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【完結】俳優、女子中学生になる~殺された天才役者が名家の令嬢に憑依して芸能界に返り咲く!~  作者: 朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます!
2章、銀河鉄道とマグロとアリス

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124、打犬、スバルクンになる

――【葉室(はむろ)王司(おうじ)視点】


 演劇祭の二日目、私はアクマな執事えもんパワーで国際指名手配犯を捕まえた。懸賞金ゲットだぜ。

 犯罪者である偽マーカスは、日本の警察を経由して海外に引き渡されるんだって。

 お仲間ともども、反省して罪をちゃんと償ってほしいね。ママの会社を脅かした罰だよ。


 ところで、SNSを見ると「火臣家」「火事」とか言われている。

 あの家が燃えるのは今に始まったことじゃないけど……パトラッシュ瀬川作と思われる動画が特に話題だ。どれどれ。

 

 動画のタイトルは、『火臣家が物理的に燃えた日』……?

 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


――【火臣家が物理的に燃えた日】


 『抱かれたい俳優No1』『消えてほしい芸能人No1』という2冠を最近達成した火臣(ひおみ)打犬(だけん)(44歳)の朝は、コーヒー一杯とオムレツから始まる。

 

 この日は、八町大気演劇祭の初日であった。

 オムレツにケチャップでハートを描き、数歩後ろに下がって出来栄えを写真に撮った打犬は、ひとり呟く――。


「俺はメイド喫茶のメイド適性まで兼ね備えているかもしれんな。萌え萌えきゅんきゅんだ」


 自画自賛したのち、向かうのは溺愛する息子の部屋であった。

 ドアをノックして、遠慮なく中へと入る。

 部屋に鍵をかけていないのは、俺に「パパ、俺はウェルカムだよ」というアピールをしているのかもしれない、と最近疑い始めている。

 そうなのだろうか。

 恭彦、パパはケチャップでハートを描いたよ。お前のウェルカムに燃えるハートで(こた)えるよ。

 

「恭彦。起きる時間だぞ」


 息子はベッドの中に潜り込んでいく。起床拒否だ。

 いやだ、という拒絶の声が聞こえた。甘えん坊め。こいつはまだまだ子供だな。

 

「今日は演劇祭の初日だろう。遅刻するぞ。昨夜は何時に寝たんだ。翌日に響かないように早く就寝するようにしなさい」


 お説教パパになって息子がしがみつく掛け布団を掴み、引っぺがした時、異変は起きた。


「どうしても起きられないならパパが目覚めのチューをしてあげよう……うおぉっ!?」

 

 打犬がキス顔で息子に顔を近づけた時、突然、息子は覚醒した。

 

 クワッと開眼し、恐ろしいばねを発揮して飛び上がった。

 まるで変身ヒーローが「とうっ!」と言ってジャンプするみたいに、謎の瞬発力と格好よさがあったのだが、打犬の側からすると衝突を避けるのに精いっぱい。

 「身の危険を感じて避け、気付いたら息子がベッドの外に発射されていた」という意味不明な事態であった。時間にして、1秒にも満たない出来事である。

 

 ベッドから飛び上がるようにしてスタイリッシュ起床を決めた息子・恭彦は、謎の人格になっていた。


「発明は成功だ! パパ、おはよう」

「お、おはよう? 恭彦?」

「パパ、このベッドはね、起床時間になると跳ね上がって眠っている人を放り出すんだ。画期的だろう?」

「お前は今、自力で飛びあがっていたが……いいや、無粋なことを言ったな。パパが悪かった……」


 これは演劇祭の役柄だ――父は、理解した。

 息子は『不思議の国のアリス』で『いかれ帽子屋マッドハッター』役をするのだが、そのキャラクターにはモチーフが何人か存在する。

 「コンピュータの父」とも呼ばれたケンブリッジ大学の数学教授 チャールズ・バベッジ、貴族生まれではないが、貴種意識を持ち、成りあがったベンジャミン・ディズレーリ……。

 起床時間になると跳ね上がって眠っている人を放り出すベッドは、オックスフォード近辺の家具業者で奇人として知られていたセオフィラス・カーターだろうか。


 寝起きのせいか。寝惚けているのか――役に入り込んでいるのは、良いことのようにも思えるが。

 

「朝食の時間だ。パパのオムレツを食べなさい。ケチャップでハートを描いたんだ……お、お前、なぜテーブルの上に登るんだ? スプーンを使いなさい。行儀が悪すぎる――」


 朝食を勧めた打犬は、息子の奇行に目を瞠った。

 息子は「テーブルマナーも何もかもどうでもいい」とばかりにオムライスを手でつかみ、ワイルドにかぶりついている。愛情たっぷりのケチャップハートも愛でられるどころかぐちゃぐちゃだ。


「うーん。美味しいね。食事は美味しいのが大事だよ。楽しさ重視なのさ」


 味は美味しいらしい。そうか、よかった。

 打犬は「落ち着け」と自分に言い聞かせた。

 

 不思議の国のアリスの時代、英国ヴィクトリア朝の教育は、厳しかった。禁欲主義で、食事もマナーが重視されている。

 そんな世相を背景に描かれたアリスの世界のマッド・ティーパーティは「いかれている」。

 パンカスのついたナイフをバターに戻し、出席者をティーポットにつっこみ、「マナーなんて知らん、楽しいぜケラケラ」と楽しく歌い騒いでいる。

 ……そんな世界観の中を、今の息子は生きているのだ。

 

「そうだ。お茶を淹れよう。パパにも淹れてあげるよ」


 息子は壊れた微笑を浮かべ、台所に向かった。

 

 この役への没入は、崩してはいけない。

 このまま舞台の上に届けるべきだ。

 それほどまでに「なりきっている」――すごいぞ、俺の息子。


 父は感動した。

 息子は天才だった――この天才性を、世の中に知ってほしい。

 そんな親ばか心でいっぱいになった。

 

 父には、行動力があった。

 夢中になって庭の記者たちを集めて、「おい、聞いてくれ。うちの子がすごい」と自慢した。

 自慢していた時間は、10分か15分か、それ以上か。

 時間を忘れて気持ちよくなっていた打犬は、パトラッシュに「時間とか、平気っすか? あと、なんか煙出てません? あ、警報が鳴り始めた」と言われて現実に気付いた。


 何かが焦げる匂いと、視界をかすませる煙、そして警報……。

 

「か、火事か!?」

 

 パナソニック製の「けむりん当番@アイドル仕様」が動作して、きゅいん、きゅいんと警告音を発している。

 これは、人気アニメとコラボした超レア・限定火災報知器だ。

 可愛い声優(打犬の推し)の声が「台所で火事です、スバルクン!」と教えてくれる。

 スバルクンというのは、アニメの主人公の名前で、推し声優の役は主人公を献身的に支える健気なメイドちゃんだ。ヒロインオーラがすごいのだが、恋愛的には主人公は別の女の子に惚れており、負けヒロインに分類されるかもしれない。だが、打犬はそんなメイドちゃんが好きだ。


「スバルクン、火事です! 台所です!」

  

 この名前の部分は、オーダーすると「打犬クン!」と吹き込んでもらうこともできた。

 かなりの誘惑だったのだが、購入当時は妻サチコもいたので我慢しておいた――具体的な場所まで教えてくれて、実に便利だ。

 

 ところで、台所には心当たりしかない。

 現在進行形でいかれているマッドな息子がいる……。

 

「恭彦!」

 

 ハンカチを口にあてて台所に駆け込むと、息子は自作の帽子に茶葉と水を入れ、コンロの上に置いて燃やしていた。

 

 赤々とした炎がまず帽子を拠点に燃え上がり、近くに置かれていた布巾にも燃え移っている。

 そこからさらに壁際のカーテンレースを焦げ付かせ……やばい。

 黒い煙が出て、火災報知器が「スバルクン!」とカワボで連呼していても、息子は「うーん。今何時だっけ。6時! ずっと6時なんだ」といかれた世界に行ってしまって、現実世界に帰ってくる気配が全くない。


「うおおおお、俺がスバルクンだ! 任せろレム!」

 

 レムというのは推しキャラのメイドの名前であった。

 打犬はその時、主人公になった。

 

 素早くコンロの火を消し、上着を脱いで火を叩いて消し、窓を開けて煙を逃がす。ハァハァ。

 記者が家の中に駆け込んできて、消火活動を手伝ってくれた。ゼェゼェ。

 パトラッシュもカメラを置き(それでも撮ってはいる)バケツに水を入れてバシャバシャと撒いている。ふぅ……。

 無関係な場所に水を撒いているあたり、パニック状態なのだろうと思われた。俺もパニックだ。


 水をぶっかけられても、息子は正気に戻ることがなかった。

 

「境遇が人間をつくるのではない、人間が境遇をつくるのだ……愚者は不思議に思って終わるが、賢者は尋ねるだろう。君はだれ、俺はだれ。俺はいかれた帽子屋さん! そうだ、アリスと遊ぶ時間だよ」


「ま、待て恭彦。待ちなさい!」


 息子は、このまま文豪座(ぶんごうざ)劇場に向かうつもりなのだ。

 打犬は水びたしで外に出ていく息子を追った。


 この状態で車の運転をさせたら、とんでもない事件を引き起こすに違いない。


「パ、パ、パパが運転すりゅっ! お、お前は、後部座席だ!」


 助手席でも危険だ。いつ何をされるかわからない!

 打犬は自分の車に息子を押し込め、記者たちが「消防車が来たぞ!」と騒ぐ自宅を後にした。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 安全運転だ。そして、可及的速やかに現地到着を目指すべし。

 時刻を見ると、「急げばちょっと遅刻するぐらいで済む」という時間であった。


 この壊れた息子は、もうこの状態のまま現地の演出家に渡すのだ。

 

 この段階まで来てしまったからには、今から下手に触って平常時のナイーヴな草食系現代っ子な息子に戻してはいけない。

 役に入り切っている時の記憶があったら、おそらく息子は大変なショックと自己嫌悪に駆られるだろう。

 穴を掘って出て来なくなるかもしれない。その事態は避けるべし。

 

 気持ちよく「女王様は何色? 白かな、赤かな。実はピンク!」とアホなことを言っているコンディションのまま産地直送して「うちの子、仕上がってるので後はよろしく」と言ってしまおう。

 

 このいかれた息子を「そのままでいい、いけ! それを世の中に芸として披露してこい!」と舞台に出すのだ。

 舞台に上がらなければ『単なる自宅放火未遂』として社会不適合者の烙印を押され、舞台で輝けば『天才ゆえの奇行』と評価される――評価させてみせる。


 幸い、今は静かだ。

 落ち着いている――「すやすや」――おい、俺の息子、後部座席で気持ちよさそうに寝てないか?

 目が覚めた時、元に戻ったりしてないか?

 頼むぞ。役の人格のままでいてくれよ。

 映画版では確か、タラントというのが帽子屋の名前になっていたのだったか?

 タラントには、堅物の父がいる……。

 

 考えているうちに、車は文豪座劇場へと到着した。

 

「タ……タラントよ。我が息子よ。ティーパーティーの会場に到着したぞ。起きなさい。女王陛下には、礼儀正しくするのだぞ」


 映画版の名前を呼ぶと、キャラクターを映画版に引っ張ることにならないか。

 そのリスクを考えつつ、打犬はタラントの父親を演じた。

 

 青いハンカチを帽子のように折り、さりげなくジャケットの胸ポケットに入れたのは、映画の中のエピソードを思い出したからだ。

 タラントの父親は、帽子屋であった。

 幼少期の息子タラントは、父を真似するように小さな帽子をつくり、父に見せた。

 父はその帽子を目の前でゴミ箱に捨てて息子を傷つけてしまうが、実はゴミ箱から拾い上げ、大切に保管していた――それが、後になって判明するのである。

 

「パパ。おはよう……」


 息子は、父の胸ポケットから覗く帽子モドキを見た。

 ドキドキしながら「さあ、時間だ」と車の外に連れ出す打犬の耳には、「帽子、持っててくれたんだ」という嬉しそうな『タラント』の呟きが聞こえた。


「火臣です。トラブルがあって遅れましたが、息子は舞台に上がれますので。役が憑依しています。このまま元に戻さず、衣装を着せてやらせてください」


 無責任だろうか? いや、父親の役目はここまでだろう?

 あとは演出家が責任をもってなんとかしろ。

 

 【東】チームの控室に送り届けると、ドッと安堵と疲労が押し寄せてきた。

 

 我が家はどうなっただろうか。

 舞台はどうなるのだろうか。

 息子の演じる役を映画版に引っ張ってしまったが、影響が出るだろうか。

 

 さまざまな情緒を抱えつつ関係者席についた打犬は、息子が舞台に出てくるまで死ぬほど緊張して、気が気ではなかった。

 

 しかし、舞台に奴が出てくると、それはそれで「大丈夫か。とんでもないことをしでかさないか」と恐ろしくてたまらない。

 どうやら無事に終わったらしい、という頃には、ぐったりとしていた。生きた心地がしなかった。


 そして、「終わった後の息子はどんな状態だろうか。俺は連れ帰って風呂に入れて飯を食わせて寝かしつけ、明日もまた会場に送り届けないといけないのではないか」という大変な現実に気付いたのだった。


「俺は理解したぞ。俺という存在は、息子という天才を世話するために生まれたのだ。俺は演劇祭の間、完璧に息子をサポートしてみせる……」


 父は、そう決意した。

 

「今日、ここから始めよう。ゼロから……」


 気分はリゼロであった。

  

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


――【葉室(はむろ)王司(おうじ)視点】


「なんか、すごいことが起きてた」


 火臣家は幸い、ぼや程度の被害だったらしい。

 恭彦は、よく家が燃えかけたのに舞台で本番をこなしたな。メンタル弱そうなのに。


 メッセージを送る文面を数分悩んでから、私は恭彦にLINEを送った。


葉室王司:恭彦お兄さん、お家、大変だったんですね。実は私もちょっと大変だったので、他の事を気にする余裕がなかったのですが、びっくりしました。


 10分経っても1時間経っても返事がない。

 ――疲れて寝ているのかもしれないな。


 私も疲れた。寝よう。


葉室王司:大事にならなくてよかったです。おやすみなさい。演劇祭、三日目もお互い、がんばりましょうね。

 

 ちょっと余裕も出てきそうだし、明日は【東】チームの舞台も観てみようかな。

 そんなことを考えながら、私の演劇祭二日目は幕を下ろした。

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