123、クラッカー、捕まえた。
――『SNSの感想 #八町大気演劇祭』
:【東】グッズ買った! 可愛い!(写真)
:【西】観てきた〜(*´∀`*)葉室王司ちゃんが男の子でした!
:演劇祭初日混みすぎ
:5歳の娘とアリスを見に行ってきました。アリスが可愛かった……♡お土産に絵本を買って、娘も大喜びです
:ジョバンニが二人いて面白い
:ジョバンニ片方すごい下手(笑)可愛かったけど!
:初心者アイドルちゃんがセリフ忘れたりしてて心配しちゃった
:思ってたより見れたよ
:第三会場で八町先生撮ってきた(写真)
:リアル星牙が思ってたより若くてびびる
:星牙は演技もうまい
:うちの子がいかれててやばい
:あ、火臣家が燃えてる
:火臣家はいつも燃えてるだろ
:消防車だれか頼む
――演劇祭の初日は「生理つら……」で終わってしまった。
自宅に帰ると、ママは大げさなくらい労わってくれた。
緑石芽衣ちゃんも同じだったらしく、スマホにメッセージが届いていた。
緑石芽衣:親に生理バレしてるっぽくてすごく優しいです
緑石芽衣:なんか恥ずかしい
葉室王司:わかるよ
葉室王司:うちもだよ
緑石芽衣:パンツが酷いことになってて捨てたいのですが
葉室王司:捨てよう、私も捨てた
葉室王司:パンツは犠牲になったんだ
「もうこれ洗っても救えないだろ。このパンツは救えない……」と言うぐらいに血濡れたパンツを廃棄処分して、私と芽衣ちゃんはこの演劇祭に『血塗られた演劇祭』という二つ名をつけた。なかなか中二感があって気に入ったよ。
【西】チームの初日の評判はまずまずで、「ジョバンニが二人いるのが斬新」とか「ハラハラしたけど頑張ってて偉い」みたいな……演技自体はあまり評価されていないかも? 斬新さに注目が集まってそれしか話題になってないのかな?
緑石芽衣:先輩。師匠。足をひっぱってごめんなさい。
葉室王司:がんばっててえらいよ!気にしちゃだめだよ!
SNSのハッシュタグ投稿ログを眺めていると、八町から電話がかかってきた。
「江良君。今日はずいぶん調子が悪そうだったじゃないか。君らしくない」
八町は心配してくれたようだった。
不思議なことに、芽衣ちゃんが相手だと「生理だよ」「やばいよ」と言えるのに、八町には言う気にならない。
「八町は男だからな」と思ってしまうのである。
「私にも不調な日ぐらいあるよ。そういえば、うちのセバスチャンに特別観覧席のチケットをくれたんだって?」
「ああ、うん。江良君は気に入らないかもしれないが……」
「いや、いいよ。チケットありがとう。明日、セバスチャンは観劇するよ」
「江良君は……」
「じゃあね八町。今日は疲れてるんだ。またね」
電話を終わらせて執事の部屋に行くと、うちの執事は本日は配信をせず、パソコンに向かっていた。
パソコンのモニターには、チャットログがある。
Marcus:Ykh srolfh kdyh fdswxuhg brxu sduwqhu. Brx'uh qhaw, exw L fdb khos brx.
Black Hat:Duh brx uhdoob wkh uhdo Pdufxv?
Marcus:Pryh dffruglqj wr pb lqvwuxfwlrqv. L'oo duudqjh wkh wlfnhw iru brx.
こいつ、「マーカス」って名前で相手にチャットを送ってるぞ。
私が後ろで見てるのに、全然気にしてないや。
「お嬢様、本日は大変そうでしたね」
「うん。結構、大変だった」
「明日も大変なのでは?」
「そうかもしれない」
チャットの文章はシーザー暗号かな?
私は謎解きが趣味ではないし、疲れているから暗号解読はしなくていいや。
「Is there anything you wish me to do, my lady?」
……。
私は少し悩んでから首を横に振った。
だって、女性はみんなこれと折り合いをつけて人生がんばってるんだろ。
「自然のまま頑張るよ」
「お嬢様はマゾですか」
「マゾじゃないよ、偉いんだよ」
悪魔の誘惑を振り切り、私は演劇祭の二日目に挑んだ。
おっと、グループチャットも忘れずに……。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――【演劇祭・二日目】
その日、サイバーテロリストである『偽マーカス』は日本の文豪座劇場を訪れた。
――この劇場の指定席に座るのか。
彼は今、逃亡中の身の上である。
劇場は日本人が多くて、はっきり言って外国人の自分は目立つ。
赤毛のウイッグにサングラスにマスクと、しっかりと変装してきたが――彼は周囲の視線を気にしつつ、こそこそと指定席に向かった。
「ぼや騒ぎがあったんだって」
「ぼやで済んでよかったわねえ」
観客は、幸い偽マーカスを全く気にしていない。
そういえば日本人は、海外の有名人がいても気づかないと評判であった。
ビヨンセがクロエの最新コレクション姿で堂々と新幹線でくつろいだりセブンイレブンでかごを持って買い物できるくらいだ。
国際指名手配が隣にいても、誰も知らないし、顔の見分けもつかないのかもしれない。
偽マーカスは心の中で「ジャパンは最高だな」と笑った。
そして、本物のマーカスを想った。
偽マーカスは、本物のマーカスに憧れていた。
本物のマーカスは、高い技術力を持っているだけでなく、容姿もよくて、クラッカーの演技はクールだった――「あんな風になりたい」と思った。
マーカスが「壊れた」「行方不明になった」と聞いた時は、哀しみと……奇妙な興奮が湧いた。
「――俺がマーカスだ」
本人は壊れた状態で病院から逃げて、それきりだ。
どこかで野垂れ死んだのかもしれない。
神は死んだ!
いいや――その名は、生きる。
歴史に名を残すような、大物クラッカーとして偶像化してやる。
そう思ってなりすましをすると、マーカスの名前は同類を引き寄せた。
その名は、カリスマ性を帯びていた。技術者はみんな、彼のテクに惚れていた。
彼のクールなクラッカー演技に影響され、「マーカスが堕ちるなら俺も」とダークサイドに堕ちる愚かなホワイトハッカーもいたぐらいだ。
「クラッカーどもよ、俺についてこい。俺たちクラッカーが新しい世界を作ろう。現在の権力者どもを軒並み潰して、技術者たちが君臨するサイバー王国をつくるんだ。俺は新世界の神になる」
マーカス様、マーカス様、と熱に浮かされた男たちの声が聞こえる。
マーカスは神になるんだ!
クラッカー集団を統括すると、万能感が湧いた。全員、頼もしい技術者たちだ。俺たちは強いぞ。
こいつらを自在に操り、世界をどうにでもできる――偽マーカスは、調子に乗った。
しかし――本物のマーカスは、生きていた。
彼は突然介入してきた。
ポリスにクラッカーの居場所を垂れこみ、彼らの城ともいえるネットワークを破壊し、データを消して、無力化して――なぜか、偽マーカスには「助けてやってもいい」と言ってきた。
正直、混乱している。相手の意図がわからない。
本物のマーカスは、元々はホワイトハッカーだ。
だが、サイコパスなクラッカーの演技に入り込みすぎて、人格が歪んだとも言われていた。
もし歪んだ人格のままでいるならば、彼はクラッカーの人格だ。
どんな人格かというと、好奇心が旺盛で、政府や大企業といった権力に反発心がある。
権威や体制に挑戦し、自己満足や達成感を得たがる。
「できるからやる」という理由で犯罪行為を行う。
人の感情を気にしない。
世界は自分を主役にしており、自分以外は舞台装置である。
自分が他人よりも優れていると誇示したがる――そんな彼だとしたら。
彼を騙った自分は……「下等クラッカーめ。お前より私のほうが優れているぞ、調子に乗るな。身の程をわきまえろ」とわからせられているのだろうか。
壊れている奴の行動の意図なんて、理解しようとしてはいけないのかもしれないが……。
「ハレルヤ、ハレルヤ」
演劇は、日本語で上演されていたが、なにやら盛り上がっていた。
今は舞台の上で賛美歌が唱えられている。
子供を両脇に従え、カリスマ性たっぷりの男性役者が(日本語なので意味はわからないが)教祖のように観客に呼びかける。
「さあ、皆で祈りましょう」
近くにいた観客が、「キョウダカヤー」と掛け声をあげた。
日本語はわからない。
偽マーカスがぼんやりしていると、カリスマ男性役者の仲間の役者が観客席の後ろから何人も登場した。
彼らは、なぜか不思議の国のアリスの世界観を思わせる衣装を着ていた。
舞台上の役者たちは、昔の日本をイメージさせる服装だ。世界観がミスマッチではないか?
違和感を感じて偽マーカスが首をかしげていると、役者たちは観客席の通路を歩きながら讃美歌を歌い、観客に「サア、ゴイッショニ」と声をかけている(音は聞き取れるが、日本語の意味はわからない)。
観客は、一緒に讃美歌を歌い始めた――。
「ハレルヤ! ハレルヤ!」
ははーん。
ここは、演劇を隠れ蓑にした宗教の集会所だったのではないか?
そんな疑惑が偽マーカスの身の内で膨れ上がる中、彼の席の両側に男が複数人、やってきた。
演劇賞のニュースで見たことがあるかもしれない、おそらく高名な日本人の映画監督がひとり。
そして、日本のポリス集団だ。
――ファック。これは罠だ!
腰を浮かして逃げかけたが、ポリスは素早く、力が強かった。
気付けば偽マーカスは、床に押さえ込まれていた。
「カットだ、マーカス。悪魔は祓われた。悪魔憑きは、人に戻る。君のお芝居は、終わりだよ」
英語と日本語で順番に意味不明なことを言われてリアクションに困っていると、本人の映画監督は偽マーカスのマスクとサングラスを取った。そして、「あれ?」となにやら驚いた顔をした。
「別人だ」
「八町先生。何か?」
「いや、それが……僕が悪魔祓いしたかったのは、この男じゃないんだけど……人違いをしてしまっているかもしれません」
「どういうことでしょうか、先生? こいつはクラッカーではないのですか?」
「ほら、だから言ったじゃないですか。この先生は今、少し信用ならないって」
「八町先生、おいたわしい」
ポリスと映画監督が日本語で何かやりとりするうちに、偽マーカスの周囲には舞台役者たちが集まってきた。
なんだ?
「あなたも天上に召されるのです!」
???
先ほど舞台上で観客を扇動した男性役者は、ポリスの手から偽マーカスを引きはがした。
彼の仲間たちは、一緒になって偽マーカスの背中を押したり腕を引っ張ったりして、舞台へと連れて行く。
???
「さあ、皆で行きましょう。ハレルヤ、ハレルヤ」
偽マーカスは役者集団に囲まれ、舞台から退場した。
そして、もう一度捕まった。
????
「クラッカー、捕まえた。わーい。懸賞金ゲットだよ」
顔立ちの整った黒髪の少年が無邪気に笑い、偽マーカスの頬をぷにぷにとつついてくる。
「セバスチャン。こいつ、逃げないようにちゃんと縛ってね。なりすましの証拠も一緒に提出しないといけないよ……」
あどけない少年の声は、まるで少女のように可愛らしい。
偽マーカスには少年趣味はないのだが、この少年は「可愛いな」と思ってしまった。
こんな少年なら、イケる――状況についていけず、混乱した脳は、そんなトチ狂ったことを考えていた。
日本語でしゃべっているので、何を言っているのかは全然わからないが。
「承知しました、お嬢様」
トチ狂って少年趣味に目覚めている間に、縄のようなものでぐるぐると全身が縛られている。
自分を縛った相手に気付いて、偽マーカスは「アッ」と声をあげた。
英国執事風の衣装に身を包んだ青年は、マーカス・ヴァレンタインだったのである。
「縄、きつすぎたんじゃない? 今、悲鳴をあげたよ」
「お嬢様。捕縛の縄はきつく結ばないと逃げられてしまいます。それに、ただいまの悲鳴は悦楽の声ですよ。この男はマゾなんです」
「そうか。ならいいか」
日本語の会話なので何を言われているのかはわからないが、偽マーカスは「たぶん失礼なことを言われたのだろうな」と思った。
というのも、執事のマーカスは、とても意地悪な目で偽マーカスを見下ろしていたからだ……。
――俺は今、リアル・マーカスに蔑みの目を向けられているぞ!
偽マーカスは興奮した。
そして、日本語でしゃべる主従に「ほら、悦んでいるでしょう?」「ほんとだね。こいつ、変態だ」と変態認定されたのだった。
「あれ、江良君? その外国人は別人……江良君? どういうこと? 江良君……」
「八町先生はお疲れのようなので、休んでいただくのがいいと思います」
「え、江良君……?」
映画監督は、よくわからないが周り中に「オイタワシヤ」と言われてどこかへと連れて行かれた。
この集団は、まったく意味不明でおかしい。
「では皆さん、ご一緒に。懸賞金ばんざーい。悪魔を祓ったぞー。八町先生は休むべきー。演劇祭、がんばるぞー。はれるやー」
「ハレルヤー!」
役者たちは、よくわからないが円陣を組んでワイワイと盛り上がっていた。
なんだこいつら。ああ、ポリスが来た。引き渡される。
偽マーカスは、日本という国に恐怖した。
何がクールジャパンだ。ジャパンはホラーだ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――『ニュースとSNS』
『国際指名手配のマーカス・ヴァレンタイン、捕まる。彼は、なんとマーカスではなく、マーカスを名乗る偽クラッカーだった。お手柄は葉室王司ちゃん(14歳)が率いる演劇祭の役者たち!』――日本
『日本の役者集団が国際指名手配のマーカス・ヴァレンタインを捕まえた。それも、演劇祭の舞台の上で! 日本人はクレイジーだと世界が驚愕した演劇祭の映像がこちら(切り抜き動画)なお、国際指名手配のマーカスは、マーカスを名乗る偽者クラッカー(なりすまし)だった模様』――アメリカ
:この役者たちは偽マーカスをどうやって演劇祭に釣ったの?偶然観客の中にいたのを見つけたの?
:偶然見つけて相談して捕まえたとしたら凄い行動力と機転だな
:そういう人たちだから役者になれている
:演劇祭知らなかったけど観にいこうかな?チケット今からでも買えるの?
:ハレルヤー
:偽マーカス、昇天させられてて草
:クラッカーが捕まって胸が空くよ、ありがとう
:ハレルヤー
:本物のマーカスは見つからないままなのか
:懸賞金って税金えぐそう
:なんかすごいな
:この少年は、少女です




