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【完結】俳優、女子中学生になる~殺された天才役者が名家の令嬢に憑依して芸能界に返り咲く!~  作者: 朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます!
2章、銀河鉄道とマグロとアリス

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121、君に変態の称号をあげる

――【葉室(はむろ)王司(おうじ)視点】


 第三会場で麗華お姉さんが恭彦の生気を吸って(本人談)病院送りにした件は、東西メンバー間で『西園寺(さいおんじ)麗華(れいか)の暴走事件』と呼ばれた。

 

 犠牲者と呼ばれている我が兄、火臣(ひおみ)恭彦(きょうひこ)は1日でサクっと退院して(主に父親が大げさに騒ぎすぎた説が濃厚)、東西のメンバーを安心させた。

 麗華お姉さんは反省の挨拶をして、八町(やまち)大気(たいき)に「先生。私は憑依を体験しました。憑依型の役者としての才能があると思います。この才能を伸ばしてください」と絡んでいた。営業熱心だ。

 

 さて、今日は、中間テストが終わった直後の週末――祝日を含む三連休。

 学生が一番「いえーい自由だー」という解放感に包まれる日だ。 

 私は「よし、学生の義務は果たしたぞ。あとは演劇祭だな!」という気分で浮かれながら『演劇祭直前合宿』に参加している。

 希望する役者のみの参加で、文豪座劇場に泊まり込んで稽古をしたりカレーを食べたりするのだ。

 麻婆豆腐もあるし、エビチリもあるよ。

 みんなで作ったんだ。私の自慢のスパイスコレクションが活躍したよ。

 あと、保護者や後援者からの差し入れのごはんもある。


「みなさーん。夕食は行き渡りましたかぁ~? ではいただきまーす。食べながら、最初の5分はジブリッシュで会話してください~」

 

 猫屋敷座長がピンクパンサーの着ぐるみ姿でおたまを掲げる。

 ジブリッシュとは、意味のない言葉だ。


「アフヌウル~」

「ウルムルセンカー」


 言葉自体では「何言ってんだ?」となる意味不明な会話だが、役者たちはその意味不明な「アフヌウル~」「ウルムルセンカー」といった言葉で感情を表現し、相手に意思を伝えようとする。

 セリフを棒読みで読むのではなく、生きた感情を動物的な鳴き声みたいに発してニュアンスで相手に伝えようとする感情表現の練習だ。

 

 私は緑石(ろくいし)芽衣(めい)ちゃんと意思疎通を図った。

 

「イフユエーメフウグウグー」

 意訳:カレー美味しいよ! 芽衣ちゃん。このカレー私が作ったよ。

「うぐう」

 うぐうって言ったよ。感情はわからないな。表情も変わらない……。

「フユエメメ。ファッファー」

 意訳:はい芽衣ちゃん。カレーをどうぞ。

「うぐー」

 芽衣ちゃん、手抜きしてない? やる気が感じられないよ。

 でもカレー食べてるから、いいかな。

「う、うぎゅぅ……」

 辛いらしい。涙目になってる。お水をどうぞ。

 

 病み上がりの火臣(ひおみ)恭彦(きょうひこ)は白いごはんにわさび醤油を垂らして食べていた。

 隣には、高槻(たかつき)アリサちゃんが座っている。


「ピョッピッピョ~♪ ピッピー」

 

 アリサちゃんが小鳥みたいに可愛く言って、サラダを「あーん」している。

 恭彦は「ピピーヒュム」とお礼らしき言葉を言ってサラダをついばんでいた。 

 仲がいい――役の影響だろう。


「ラララーララ♪」

 

 おっと、高槻(たかつき)大吾(だいご)お兄さんが「ラ」だけで話しかけてきたぞ。

 ピッピーコンビに対抗するみたいに辛味のチョリソーを「あーん」してくれるみたいだ。

 辛味チョリソーは好物だ。いただこう。あーん。


「ロ……、ロリロリ……」

「エロエロ?」

 

 恭彦と大吾お兄さんが謎の会話を始めた。恭彦がロリ語で、大吾お兄さんがエロ語だ。

 恭彦は「大吾お兄さんが気に入らない」という様子で不満げに指を突きつけている。


「ロリロリロリ!」

「エローエロー」

  

 この二人は会話ができているのだろうか。


「ロリー!」

「エロエロエロ」

 

 ロリ語とエロ語の対決を背景にチョリソーを味わっていると、5分が過ぎて私たちは日本語を取り戻した。

 

「八町先生、日本酒を注ぎますね」

「やあ、ありがとう麗華くん」

 

 麗華お姉さんは、わかりやすく八町を接待していた。

 あと、「私を育てて」アピールも忘れない。微妙に距離が近くて、色仕掛けしている感じもある。

 

「八町先生、悪魔の件では本当に申し訳ございませんでした。ところで、憑依についてですが……」

「麗華くん。僕の考えを話そうか」


 八町は日本酒を好む男だ。

 それに、おそらく美人女優の接待にたいそう気分をよくしている。

 

 上機嫌で話す言葉には、食事中の役者たちがこぞって耳を傾けていた。

 みんな、八町大気の語る演劇論や芝居の話が聞きたいのだろう。

 

 気持ちはわかる――自分がその道に打ち込んでいればいるほど、その分野の話って気になるよね。

 まして、その界隈で有名な人物がリアルタイムで語るんだ。

 「八町大気、何をしゃべるんだ! 一言一句逃さず聞きたい!」ってなるよね。

 最近の八町は、期待に反して変なことばかりしゃべるけど。

 

「君が憑依型というのは、気のせいだ。あるいは、君の故意のパフォーマンスだ」

「えっ」

 

 あっ、見抜いてる。

 

「僕が思うに、憑依型というのは創作物の中で主人公属性を持たされやすいため、一般的に『天才だ、すごい』というイメージを持たれている。実際、理屈ではよくわからない凄さを僕も感じることがある。しかし、制御しにくく、不安定で、事故率も高い……麗華くんは大衆に『すごい』というイメージを持たれるために憑依型を装うのはアリだとは思うが、別に憑依型になろうとする必要はないし、なろうと思ってなれる型でもないのではないか」

 

 あっ、今日は比較的まともなことを言っている気がするぞ八町。

 いつもこうだったらみんなが幸せになれるのに。

 

「隣の芝は青く見えるものだが、君には「安定していい演技をしてくれる」という安心感があるので、僕はそのままの君の道を進んでほしい」


 八町はふんわりとほろ酔い気味にそう締めくくり、私の手作りカレーをパクリと食べた。


「江良君のカレーはいつも辛いんだ。まあ、カレーは辛いものだけど」


 八町。いい感じのことを言っても「江良君」とか言うからみんなが「今日も八町先生は、おいたわしい」ってなっちゃったじゃないか。そういうとこだよ八町。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆ 

 

 食後は9人1チームでデスゲーム系人狼ゲームをした。

 9人が部屋の中央でゲームをして、残りのメンバーは外側でデスゲーム運営者ごっこだ。

 

 最初は人狼村の村人になり、「私は善良極まりない村人です。無害です。狼だれだろう、怖いですね」と言っていたら、なぜか投票で初日に吊られた。

 

 次は占い師になったのだが、「名乗り出たら狼に狙われるから隠れていよう」と思ったら火臣恭彦がニセモノの占い師として名乗り出て、信用を勝ち取っていった。

 「私が真の占い師です」と名乗り出たのに、誰も信じてくれなかった……なぜ?

 

 三度目は――私は人狼になった。

 相方の人狼は、高槻(たかつき)大吾(だいご)だ。

 

「共に村人を全滅させましょう」と誓い合い、なかなかいい感じで村人をハントしていたのだが(占い師時の恨みを晴らすため、私は恭彦を最初にガブリと噛んであげた)――デスゲーム運営は「そろそろ時間なので全員ここで死んでもらいます」と言って理不尽な全滅エンドに持って行った。


「もうちょっとだったのに。運営は酷いです」

「デスゲーム運営、許せませんね」


 文句を言いつつ、男女で分かれた稽古場にみんなして自分の分の布団を敷くと、就寝前の自由時間になった。

 

 自由時間になった役者たちは、稽古をする人たちは【西】や【東】の稽古場に行って仲間と一緒に「あーでもない、こーでもない」とワイワイしながら稽古をしたり、演劇祭の公式サイトに掲載する予定の紹介ムービーを録ったり、ムービーの感想を言い合ったりした。


 私は第三会場でムービー撮影や、編集を見学しながらスナック菓子のカラムーチョをつまむという贅沢な身分を満喫した。ドリンクはオレンジジュースだ。

 

 【東】チームの役者たちはムービーを全員撮り終わっているが、【西】チームの役者たちはまだだ。

 私がスカウトしたパトラッシュ瀬川はフットワーク軽く合宿に参加して、「撮りますよー」と撮影を進めている。編集作業も見せてくれるのだが、仕事が早い。手慣れている。

 考えてみれば、ゴシップ記事は速度が命だ。速いわけだ。


「王司さん、少し隣でお話、いいですか? 実は、次は僕のムービーを撮る予定なんです」

「おお。大吾お兄さん、どうぞどうぞ。次ですか~、楽しみですね! ここで見てますね」


 あ、入り口でアリサちゃんが手を振ってる。

 口パクで何か言ってる――『あとでね』?


「うん。アリサちゃん。あとでねー」


 手を振ると、アリサちゃんは第三会場から出て行った。

 大吾お兄さんは、第三会場を出ていくアリサちゃんに手を振った。

 いつも通りの、優しくて面白いお兄ちゃんのスマイルだ。

 そして、少し迷った様子で意見を求めてきた。


「動画で何を見せるか、どんなことを言うか、ひとりひとり自由ではありませんか。僕は迷っているのです。いつも通りのスーパーカリスマ美男子プリンスな僕か、それとも……ギャップを狙うわけではありませんが、ちょっといつもは見せない僕にするか」

「ほうほう。悩ましいですね。ギャップ萌えとかありますし、大吾お兄さんは多彩な活動をなさってますもんね。ちなみに、私はママとの仲良し動画にしました!」

「王司さんの動画はとても可愛かったです」

「ありがとうございます。私もお気に入りなんです!」


 仲良し動画は、ママと一緒に何回も観た。

 私たち母子の宝物だ。

 

「王司さん……」


 うん? 

 大吾お兄さんが小声で、ためらいがちに――余裕がない様子で、何か伝えようとしてくる。

 珍しい。


「僕は、格好わるい自分を見せることに抵抗があるのです。『お前は伝統ある家の看板を背負うのだ。誰よりも才能があり、立派な御曹司だと世間に思われないといけない』と言われてきて……」


 おお、これは本気のお悩みだ。

 

 私はちょっとだけ神妙な表情になり、オレンジジュースのコップをテーブルに置いた。

 相手が真剣だと、なんとなく「オレンジジュースをすすりながら聞いているのは失礼かな」って思って……。

 

「実際に僕はできる男です。いつも自分が誰よりもプリンスらしいキラキラした生意気な御曹司だと思っています。嫉妬されるほど僕は格好いい。美男子で才能もあって、金持ちで血統書付きですよ。もてもて人生で褒められまくっています。評価されています。憎まれっ子世にはばかるという言葉が似合うような、ふてぶてしいのが僕なのです」


 あー、これも本気で言っている。

 私はオレンジジュースを再び手に取った。

 「飲んでもいいかな」って思って。


「以前、『棒しばり』で怪我をした時――実は、ミスをたくさんしました。芝居も中途半端になり、精彩を欠いていて――妹のアリサがお友だちを連れてきてくれた日は、いいところを見せたい一心でがんばることができたのです。それに、その翌日もなぜか調子がよくなって……記者が『成長した』と褒めてくれたのが嬉しかったのを覚えています」


 オレンジジュースは、爽やかな酸味が美味しかった。

 よし、もう一度テーブルに置こう……。


「僕は、ここだけの話ですが――自分よりも才能がある子を身近に見て、その子が自分のライバルにならないことがわかって安堵したことがあります。僕はその時、自分が天才ではないという恐ろしい感覚を覚えて、『今の感覚はなかったことにしないといけない』という強迫観念に駆られました」


 そっと横顔を見ようと視線を向けたら、大吾お兄さんはひたむきな眼差しで私を見ていた。

 

 やばいな、オレンジジュースをソワソワと置いたり飲んだりまた置いたりしていたのが見られていたか。 

 ごめんなさい。お話はちゃんと聞いています。続けて。聞くよ。

 

「怪我をして、あなたが心配してくれて、折り鶴を贈ってくれたとき、僕は再び『自分が天才ではない』という感覚を覚えました。でも、それが怖くなかった。未熟だけど成長した、という評価を見ると、なんだか『そういう自分でもいいのではないか』と思えたのです……」

「な、なるほど」


 みんな「才能」が大好きで、よく悩む。

 「自分が特別優れているといいな」というのは、誰もが思うことだ。

 漫画とかアニメの主人公みたいな、小説の主人公みたいな、「こんなのありえない!」ってくらいのずば抜けた才能や実力があって、みんなに「すげえー!」って言われたりしてさ。そういうのを妄想すると、「えへへ」ってなるんだ。


 でも、だいたいは「理想と現実は違うな、自分は、すごくないな。自分よりすごい才能を見てしまった」ってなる。

 芸能界なんて、特に「すごい!」という人たちの集まりだもの。

 

 それはつらい現実だ。特に、由緒正しい家柄で「お前はプリンスだぞ、すごいって言われるんだぞ」と言い聞かされて看板を背負う御曹司なら、なおさらだろうな。

 ……気持ちはわかる。

 そこで「自分、実はそれほどでもない。でも、自分を過大評価せずに見てくれたり、未熟さを受け入れて成長を褒めてくれた人がいるのが嬉しい」ってなる気持ちも、わかる。

 そして、「立場上、自分をスーパー完璧な御曹司としてブランド構築して売ることに徹するべきか、それとも人間らしく未熟なところがあって失敗したりしながら成長する自分を見せることをよしとするか」と悩む気持ちも――うん、わかる。わかるよ。

 

「大吾お兄さん。今のお話は、なんか……『僕は完璧で、多彩で、なんでもできちゃうスーパープリンス』っていうだけのキャラよりも、私は人間味があって共感できるな、わかるなって思いました。ファンは、『そういう自分』を見せてくれるお兄さんを応援したくなると思います……あくまで、私の感想ですけど」

 

 私のおすすめは、「完璧じゃない高槻大吾」だ。

 あくまで個人の好みで、押し付けるわけじゃないけど――そう伝えると、大吾お兄さんは頭を下げた。

 彼らしい、綺麗なお辞儀だった。

 

 パトラッシュ瀬川が「次の方ー!」と声をあげている。


「ありがとうございます、王司さん」

  

 大吾お兄さんはテーブルの上のオレンジジュースをくいっと飲み、「行ってきます」と言ってパトラッシュ瀬川のもとへ向かった。

 

 今飲んだジュース、私の飲みかけだったんだけど――見なかったことにしてあげよう。

 「あのお兄さんでも、緊張して他人のドリンクを間違って飲んだりするんだな」って思うと、まあ許せる。


「高槻大吾です。たった今、好きな子の飲みかけのオレンジジュースを飲んでちゃっかり間接キスをしてトキメキの導火線に火をつけてきました。反省していません! 僕ですから!」


 聞こえてきた大声は、全く悪びれていなかった。

 よし、ギルティだ。

 許さないぞ、高槻大吾。君に変態の称号をあげる。

 

 ムービーの方は、最初はいつも通りの高槻大吾節で、途中から私に相談したような人間らしい弱さや未熟さを見せていた。

 

 居合わせた役者たちはみんな意外そうにしていて、ちょっとだけ「あいつも人間だったか」みたいに好感度を上げたようだった。たぶん、ファンからも好意的に評価されるだろう。


 ……私は許さないけどね!


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