114、八町大気、悪魔サイコパス論を提唱してしまう
猫屋敷座長が戻って来て【西】チームのメンバーが稽古をしていると、八町大気が稽古場の入り口にやってきた。
「やあ。どうやら、【西】チームに体調不良者が出てしまったのだね」
八町、白々しいな。
さっきパンダの着ぐるみで他の着ぐるみたちと一緒に星牙を運んでたじゃないか。
「みんな、聞いてほしい。言おうか言うまいか迷っていた、深刻な事態について共有する」
八町は緊迫した様子で何か言い出した。
私は知っている――八町は、自分では上手いと思っているけど、演技が下手だ。
見ていると居たたまれなくなってくるときがある……。
何をするんだ八町?
恥ずかしいことするなよ八町?
「【東】のメンバーにも同時に知らせる。第三会場で説明するので、みんな来てほしい!」
キリッとした顔が似合わないんだよな、八町。
私たちは「何があったんでしょうね」と困惑しつつ第三会場に招いた。
第三会場には、【東】チームのメンバーも揃っている。
【東】のみんな、大丈夫? 元気?
八町に振り回されたりしていない?
「この中に他者の生気を吸い取る悪魔がいる。風邪の症状が出た者は、生気を吸われた犠牲者なのだ」
八町は非現実的極まりないことを真剣に言った。
うわー。うわー。
そーっと周囲を見ると、東西の全員が「八町先生、おいたわしい」という顔であった。
誰も信じてないよ八町。
見てて恥ずかしくなってくるよ八町。
「悪魔は普段、人間で言うところのホワイトカラーサイコパスだ。だが、有害だ。僕は大切な役者を悪魔から守り、祓いたいと考えている。まずは、その性質について知ってもらおう」
八町はめげなかった。
メンバーからの「先生、頭だいじょうぶ?」という心配そうな視線を、もしかしたら「悪魔がいるの? 怖い」という感情に都合よく解釈しているのかもしれない。
八町はプロジェクターで壁に資料を投影した。そして、意気揚々と解説を始めた。
お、お前……台本の手抜きをしておいて、こんなものを……。
しかも、ちょっと粗い。
タイトルからしておかしいもん。『僕たちの中に潜む悪魔』だって。
内容的には、ひとことで言うと「悪魔がいるぞ。悪魔祓いしよう」。
本当に心配になっちゃうな。
八町、寝た方がいいんじゃないか?
「ふうっ。以上!」
『僕たちの中に潜む悪魔』を熱弁された第三会場は何とも言えないイヤ~な空気に包まれていた。
自分ひとりスッキリした顔だけどみんな困ってるよ八町。暴走したな八町。
ここは私がなんとかしてやるか。
「はい。八町先生」
「ふむ。【西】チームの葉室王司さん。何かね」
挙手して立ち上がると、注目が集まった。
みんな、思っていることはひとつだよね。
大丈夫。私がみんなの気持ちを代弁するよ。
「八町先生は、疲れていらっしゃるのだと思います。悪魔に生気を吸われていると思われます。どうぞ今すぐ休んでください……」
会場を見渡すと、着ぐるみのトドがいる。
よし、トド。君に決めた。
「トド。先生を休ませてあげてください」
指名すると、トドは大喜びで八町を引きずって行った。
あいつ、結構使えるかもしれん。便利だ。
壊れた八町が退場したので、東西のメンバーはホッとした顔になって「気を取り直して、今日もおつかれー」「お互いの進捗でも話そうか」とゆるい雰囲気になっていった。
みんな、さっきのは「先生が疲れてたんだな」って感じで、なかったことにしてくれそうだ。
よかったよかった。
安心したらちょっと疲れが出てきたよ。怠い。眠い。ぼーっとする。
「葉室さん」
「うひゃっ?」
ソファにゆったりと沈んでだらけていると、突然恭彦が声をかけてきた。
しかも、ぺたっと私の額に冷たい手を置くではないか。
冷たいよ。
……いや、これはもしかして私が熱い可能性が?
「葉室さん。熱があるのではないでしょうか」
「恭彦お兄さん。今、私もそうなのかなって思ったところでした。うつったのかな」
「風邪薬でよかったら持っているので、とりあえず飲みますか? 今日はお迎えの執事さんはもう待機してるのでしょうか? 俺が送ります?」
「セバスチャンはまだですねー」
恭彦は用意がいいな。
風邪薬持ち歩いてるんだ。ありがたくいただきます。
自覚したら段々風邪の引き始めっぽい症状が強くなってきた気がする。
寒気。倦怠感。発熱感――病は気からとはよく言ったものだ。
「……送っていきますね、葉室さん」
「わあい……」
ぼんやりしていると、体が持ち上げられた。お姫様抱っこだ。相変わらず意外と力があるお兄さんだな。頼もしい。
「王司ちゃん大丈夫?」
「アリサちゃん。私は帰るよ~お兄さんに送ってもらうんだよ~うふふ。仲良しだよ」
「うん、うん。お大事にしてね。仲良しいいねえ」
「えへへ。うちの家族は仲がいいんだよ」
第三会場を出る時、「悪魔に生気を吸われたんだ」とか「被害者が増えた」とか言う声が聞こえたけど、八町を信じてしまう子がいるんだな。ちょっとびっくりだ。
「悪魔のせいじゃありませーん。風邪ですー」
「葉室さん、暴れないでくれますか? 落としそうです」
「落とさないでくださぁい」
運び屋のお兄さんにしがみつくと、お兄さんは困ったような顔で「気を付けます」と言ってくれた。
会場の劇団員からは「病人というより酔っ払いっぽい」という失礼なコメントが聞こえた。
失礼な。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
家に帰ってベッドに入ると、熱はぐんぐんと上がった。
スマホを見ると、アリサちゃんからメッセージが届いていた。
高槻アリサ:王司ちゃんって、結構からだが弱いところあるから無理しないでね
高槻アリサ:お兄ちゃんも「僕がお姫様抱っこしたかったのに」って心配したり悔しがったりしてるよ
葉室王司:ありがとうアリサちゃん
葉室王司:私はからだが弱いんだろうか
葉室王司:だんだん弱い気がしてきた
葉室王司:若いのになあ
葉室王司:若さってなんだろう
葉室王司:振り返らないことかな
高槻アリサ:王司ちゃん大丈夫?
高槻アリサ:あのね、なんか、ゆっくり寝てほしい
葉室王司:私はそれを八町大気に言いたいよ
高槻アリサ:八町先生、あのあとちゃんと寝かしつけられたみたいだよ
葉室王司:それならよかった
葉室王司:私も寝るよ
高槻アリサ:うんうん。いっぱい寝て、元気になってね
葉室王司:ありがとうアリサちゃん
葉室王司:おやすみなさい
高槻アリサ:おやすみ、王司ちゃん!
高槻アリサ:早くよくなりますように
アリサちゃんはいい子だなあ。
私はスマホ画面に映る無機質なチャットのフォントにアリサちゃんの優しさを感じつつ、眠りについた。
そして、一夜明けると熱は引いてすっかり元気になっていたので、「やっぱり若さっていいな」とご機嫌になったのだった。
星牙も元気になったかな?
あっちは過労もあったみたいだから、ちょっと心配だな。




