113、BOTみたいに速い!
――『執事セバスチャンによる調査レポート』
●化賀美サチコ
――元聖女系アイドル。
名前:『SACHI』/アイドル時代の芸名『サチ』、現在の本名『化賀美サチコ』
年齢:44歳
経歴:3歳から11歳まで子役として子供向け教育番組やCM、バラエティ番組に出演。
16歳から22歳までカリスマアイドル歌手として活躍。22歳から演出振付師として活動開始。
25歳の時に「子役時代からファンだった」と公言していた俳優の火臣打犬(当時24歳)と妊娠を理由に結婚し、出産(離婚済)。
子供の父親は最終学歴が高校中退で無職だった化賀美 速人(当時28歳)。
現在は演出振付師兼アイドルプロデューサーの肩書きを持つ。
●化賀美 速人
――化賀美サチコが再婚したばかりの夫。
名前:化賀美 速人
年齢:47歳
経歴:ピアニスト・作曲家・編曲家……30代後半から40代前半にかけて伊香瀬ノコとのオープンな交際歴あり。
伊香瀬ノコは年上の恋人に依存し、彼との破局後は著しく精神的不調をきたした。
「情報ありがとう、セバスチャン」
人間関係がどろどろしていることだけはよくわかった。
知ったからと言って何かすることがあるわけでもないけど、とりあえず振り回されてる子供は可哀想だなぁ。
葉室王司:お兄さんのご家庭の事情を偶然知ったのですが、どろどろしててきついなーって思いました。なんか愚痴とか聞きますから言ってくださいね
火臣恭彦:ありがとうございます
LINEメッセージを送ると、3秒以内に返事が返ってきた。珍しい。
一瞬「あれ? お兄さんAIで自動返信するBOT導入したのかな?」と疑ってしまったくらいだ。
葉室王司:【東】チームの稽古は順調ですか?
火臣恭彦:ありがとうございます
あ、これBOTだ。絶対そうだ。しかも「ありがとうございます」しか言わない。
葉室王司:BOTみたいに速い!
火臣恭彦:ありがとうございます
葉室王司:BOTですね?
火臣恭彦:ありがとうございます
葉室王司:公式LINEのファン向けサービスにしてもなんか雑じゃないでしょうか?
火臣恭彦:ありがとうございます
葉室王司:ちょっと
火臣恭彦:ありがとうございます
葉室王司:中の人
火臣恭彦:ありがとうございます
葉室王司:でてこい
火臣恭彦:すみませんでした
あ、出てきた。
火臣恭彦:試験的に導入して切るのを忘れてました
葉室王司:そうですか
なんかどうでもよくなっちゃった。うん、勉強しよう。
葉室王司:勉強するので、もういいです
葉室王司:失礼しました
火臣恭彦:お勉強えらいですね、がんばってください
おお、恭彦がゆるキャラの「がんばって」ってスタンプを送信してくれている。
こんな可愛いスタンプでほだされないぞ。
白猫のスタンプ、可愛いなあ。同じの買っとこう。
「お勉強がんばるか……」
学生って意外と忙しい、と思う理由が、宿題とテストの存在だ。
暇な時間をなくしてやろうというように、宿題は次々と出される。
2学期の中間テストもある。
並行して演劇祭の稽古もある。
このタイミングで、新しいドラマのオファーも来る――やりたい。それはもう、やりたい。
しかし、私の所属する芸能事務所、スタープロモーションの田川社長は、「王司ちゃんは背も低めだし、お休みを増やした方がいいかもしれないね。成長期に酷使してはいけないよ」と言って勝手に断ってしまったらしい。
気遣ってくれているのはわかるけど、悲しい。
人生は有限で、花の命は短い。
今しかできない役を今やりたい。
この気持ちは、ぜひとも田川社長にわかってもらわなければ。
私は可愛いレターセットを取り出し、10枚分の熱い手紙をしたためた。
分厚い便箋にハートのシールで封をして佐藤マネージャーに渡すと、「熱意がすごい」とびっくりされた。熱意ってやっぱり、大事だよね。
伝わってほしい、私のパッション。真っ赤な文字で書きました。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――演劇祭の稽古の日。
【西】チームの稽古場に行くと、星牙がぐったりと床に倒れていた。
事件――ではない。緑石芽衣ちゃんがしゃがみこんで濡れタオルを額に載せている。
「風邪だって」
芽衣ちゃんが言うには、最初来たときに星牙は「夜更かしして寝不足、でも平気」と言っていたらしい。
それがくしゃみを連発するようになり、「あかんわ。ぼくは風邪に負ける。負け犬や」と言い、倒れるに至ったのだとか。
無理してしまったかー。二足の草鞋は、やっぱりきついよね。
「医務室に運びまーす」
着ぐるみブラザーズが担架を持ってきて運んでいく。
さくらお姉さんは呆れ顔で「自己管理がなってない」とため息をついた。
「どうせ夜更かしして遊んでたんやろ。困った子やで」
実際のところは、eスポーツの大会に向けての練習をしていたんだ。
私は配信チャンネルをフォローしていたので、練習配信をしていたのを知っている。
遊んでたわけじゃないんだよ。
でも、本人が「ぼく、プロプレイヤーやねん。二足の草鞋で劇団員してんねん」ってカミングアウトしてないからなぁ。勝手にばらすのもなぁ。
うーん。本人は悪くないよーって庇ってあげたいけど……。
とりあえず嘘をついておこう。
「さくらお姉さん。星牙君は、昨夜、私のお芝居の相談に乗ってくれてたんですよ。疲れてるところ、無理させちゃって」
「そうなん? いつの間にか仲良くなったんやねえ」
うんうん、と頷いておくと、さくらお姉さんは「まあ、才能ある子同士、気が合うやろなあ」と肩をすくめた。
「うちらみたいなのにはよーくあること。出来る子と出来ない子、仕事にありつけん子と売れっ子。2人の間に差があると素直に仲良しできなくなるんよね。どーしても、ほら、王司さんのお兄さんみたいにライバル視とか嫉妬とか……」
「わ、私とお兄さんは仲良くできてますよ……文化祭にも来てくれたもん」
「ふーん」
さくらお姉さんは肩をすくめ、星牙に付き添って看病しに行ってしまった。
稽古場のホワイトボードには「台本の白紙部分を埋める」と書いてある。
「座長、行っちゃったけど埋めよっか?」
今日やるべきことを時間内にできないと、次回に響く。
「白紙の部分、自分たちでお芝居を考えて埋めるの?」
芽衣ちゃんが不思議そうだ。うんうん、変だよね。
八町の『銀河鉄道の夜』の台本は、不自然に白紙部分がある。テストで言う「次の空欄を埋めよ」である。
原作も有名だし、全部書かなくてもわかるだろう、役者たちで相談して白紙部分を埋めてくれ――と言うのだ。
私が思うに、八町は労力を惜しんだのだろう。単なる手抜きだ。
猫屋敷座長は「ボクが白紙部分の流れを話すから、その通りに書けばええよ」と言っていたのだが、星牙が倒れたので急遽自習に切り替えた、というわけだ。
「原作があるから、その通りに書けばいいと思います」
私が言うと、【西】チームのメンバーは「そうだね」と頷いてくれた。
ちゃっかり隣に座っている高槻大吾が「僕、本を持ってきましたよ」と見せてくれる。
手作りクッキーのおまけつきだ。このクッキー、美味しいんだよね。
私たちはクッキーをつまみながら本のセリフを書き写し、「ここのキャラはこういう気持ちだったのかな」とか「演じる時はこんな風にしたらいいかな」と話し合った。
演技プランの相談になるので有意義な気もする。
「八町大気先生、タイピングするの面倒だったのかな」
ごめんね芽衣ちゃん。それはその通りだと思う。
「芽衣ちゃん。八町先生は……ご多忙だから……」
「忙しいのは、仕事の手を抜く言い訳になる……処世術として覚えておきます」
「お、覚えなくていいと思うよ。そんな処世術」
いけない。芽衣ちゃんが大人の処世術に染まってしまう。
「ははは。そうだ、お茶を淹れてきますよ」
大吾お兄さんが立ち上がろうとしたタイミングで、小学生の劇団員2人がやってきた。西の柿座のメンバー、ルリちゃんとしんじくんだ。
「大吾お兄ちゃん、宿題手伝って」
「大吾お兄ちゃん、ぼくのお母さんが『短歌よかったです』って伝えてって言ってた」
2人の子供の家庭教師役をしている大吾お兄さんは、すっかり懐かれていた。微笑ましい光景だ。
ここはお姉ちゃんな私が動きましょう。
「大吾お兄さん。私がお茶を淹れるので、座っててください」
「ああ、いえいえ。僕が……」
「私は今すごくお茶を淹れたい気分なんです!」
「王司さんは優しいですね。僕はあなたのそういうところが好きなのです」
「お兄ちゃんが告白してるー!」
「ひゅー!」
小学生たちよ、高槻大吾の告白はワタアメより軽いんだ。
茶化すな、茶化すな。
「ありがとうございます、大吾お兄さん。じゃあ行ってきます」
「お兄ちゃんふられたー!」
「お兄ちゃんふられてるー!」
「はっはっは。ルリちゃん、しんじくん。王司さんは奥ゆかしくて、照れていらっしゃるのです」
大吾お兄さんや小学生たちと離れる私に、芽衣ちゃんがついてくる。
この1歳年下の子は無口だけど、割と私に懐いてくれている気がする。
なんかヒヨコに懐かれた親鳥の気分になるよ。
「ぼくたち不登校組でね~、課題提出したら卒業できるんだ~!」
「え、そうなんだ……」
小学生たちは不登校児童らしい。何か事情があるのかなあ。
なんか、事情がない子の方が珍しいぐらい、最近関わる子たちが重い家庭の事情持ちだな。
現代社会の病みと闇を感じるよ。
「っくしゅん。芽衣ちゃん、今日は冷えるね。季節の変わり目だね」
「王司先輩。ティッシュ、どうぞ」
「ありがと……」
給湯室はどこだったかな。第三会場の近くにあったかな。
ふらふら歩いていると、給湯室の札が見えた。よかった、あった。
給湯室に近づくと、楽しそうな声が聞こえてきた。おや?
「やかんにお砂糖入れちゃだめ〜」
「なぜ? カップに注いだあとに入れるなら、先に混入しても同じだよ」
アリサちゃんだ。
一緒に話しているのは、恭彦?
「同じじゃなーい」
「じゃあ、ストレートのお茶を飲んでからお砂糖を食べるのはどうだろう? 溶かして飲んでも溶かさずに飲んでも、摂取する成分は同じだね」
「だめー!」
「あはは……」
仲良し感がすごい。
芽衣ちゃんが「入らないの?」と視線で問いかけてくるけど、なんとなく入り口に張り付いて中を覗きこんでしまう。いや、だって、すごく楽しそうにキャッキャッて話してるんだもん。
覗き込むと、台に乗ったアリサちゃんが「お砂糖は没収です」と言ってシュガーポットを高く持ち上げていた。
「危ないよ」
「危なくないよ……きゃっ」
バランスを崩して台から落ちかけ、危うくシュガーポットをひっくり返しそうになったアリサちゃん。
恭彦が咄嗟に手を伸ばし、アリサちゃんを支えてシュガーポットをキャッチする。
シュガーポットは無事、トレイに置かれて、アリサちゃんは「ありがとう!」とお礼を言っている――ここまでが2秒で展開された。
アリサちゃんが怪我したり、ポットが割れたりしなくてよかった。
しかし。
「なんだ、このコテコテの青春ラブコメみたいな……どこかにカメラでもあるのかな……?」
カメラを探すが、見当たらない。
なんだと。これ、素でイチャイチャしてるの?
いつの間にこんなに仲良くなったの?
「あ、王司ちゃんと芽衣ちゃんだー」
「あっ、アリサちゃん」
私がじーっと盗み見していると、アリサちゃんが私たちに気付いてくれた。
なんか二人の空間みたいになっていて入りにくいなと思っていたので、正直助かる。お邪魔します。
ぺこりとお辞儀してお湯を沸かしていると、恭彦が話しかけてくる。
「葉室さん。LINEでは失礼しました」
「いえいえ……」
礼儀正しいな。距離感があるな。
トーンダウンしたな。緊張してるな?
「恭彦さん、王司ちゃん。私、お茶運ぶね! またね王司ちゃん」
「待って。アリス。危ないから俺が運ぶよ」
……?
2人は仲良く【東】チームの稽古場に入って行った。
ほう……いや、わかった。アリスって言ってた。あれ、役作りだ。
なるほど、なるほど。役になりきってたかー。
「ふう……」
ん? ねっとりした中年男の溜息が聞こえたぞ。
「うちの子が女子と青春していた。成長を感じる……」
ああ、着ぐるみのトドがいる。
カメラ持ってる。撮っていたのか。
いつから潜んでいたんだ。今日も気持ち悪いな。
息子さんは役に没入してると思うよ。
ってか、普段どれだけ奥手なんだよ。
西園寺麗華とLINEでイチャイチャしてるの教えたらどんな反応するんだろ。
「ハッ、王司ちゃん」
あっ、こっちに気付いた。
着ぐるみ姿で慌てているトドの姿は、どことなく愛嬌を感じさせる。
着ぐるみの正体を詮索するのは無難だよね。
気付いてないフリをしてバイバイするか。
「トドダヨー」
喋っているのを見られたからか、トドは誤魔化すようにトドアピールをした。
「……?」
待って、この声、誕生日に贈られたロボットの声と同じだな……?
さては、あの贈り物は「リモートでお喋りしちゃおう」的な通話ロボットか。AIじゃなくてお前がしゃべるのか。えーっ。
「さ、最低」
「エッ」
帰ったらロボットを封印しよう。
心に誓いながら沸騰したお湯をティーポットに注ぐと、トドは【西】チームの稽古場までお茶を運んでくれた。
お礼を言うべきかかなり迷ったけど、言うべき部分にはちゃんとお礼を言おう。私は大人だ。
「運んでくれてありがとう、トド」
「……!」
トドは気持ち悪いくらい喜んで去って行った。
すごいな、弾むようにスキップしてる。
なんて嬉しそうなんだ……。
「トド、嬉しそう」
「芽衣ちゃん。あのトドは変態だよ。見ない方がいいコンテンツだよ」
後輩の少女を変態から遠ざけるようにして、私はお茶を配った。
ちょうど猫屋敷座長が戻ってきたところであった。おかえりなさい。




