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108/241

108、記者の反省、ママ友会、手紙、ハンター結成秘話

――【記者視点】


 未成年の主張を聞きながら、記者は後悔していた。

 

 記者は、渋谷109でスターの誕生を予感して記事を書いた者だった。

 母親を毒親、娘を不憫なシンデレラガールとして書いた。

 しかし、あの母子は、そうではなかったのだ。

 

 自分の誤った記事のせいで、彼らはどれだけ心を痛めたことだろう。

 記事を鵜呑みにした人たちから、どんなに心無い言葉や態度を浴びせられたことだろう。

 

 母子は、複雑すぎる身の上だった。

 自分が正義の心を持って彼女らの記事を書くならば、別の内容の記事を書くべきだった……。


 真っ青な空と真っ白な太陽を背負うようにマイクを持つ少女は、初々しくも凛としたオーラがある。記者はその姿を見て、黙っていることができなくなった。


 マイクを握り、記者は頭を下げた。深く、深く。


「みなさんは、週刊誌の『100年に1度の天才シンデレラガール誕生の予感!? かつてやらかした令嬢、毒親化していた――14年間の虐げられた日々……』というタイトルを覚えていますでしょうか。あれを書いたのは、私です。葉室王司さんが天才なのは事実として、その生い立ちに関しては調査不足だったと反省しています。過激に煽ってやれという気持ちも、ありました」


 メディアがセンセーショナリズムに走る――記者になる前、なりたての頃は、そんな現象を反吐が出るほど嫌悪していた。

 報道が受け手に与える影響についての自覚は、歳と共に薄れていった。感覚が麻痺していったのだ。

 

 現代の情報社会では、情報が過剰に流通し、消費される速度が速い。上品で真面目な記事が、衝撃的な見出しやエンターテインメント性の高い記事に負けて、埋もれてしまう。

 視聴率やクリック数が大きな評価基準になっていて――言い訳だ。

 

「申し訳ございませんでした!」

  

 青春って感じでキラキラしていた未成年の主張に、どろどろした大人の記者が一石を投じて、楽しい場を台無しにしている。

 そう思いつつ、記者は言葉を続けた。


「世の中がよくなること、誰かが救われること! それを、私も胸に抱いていた時期があったのでした。ジャーナリズムの一番の目的は、市民が自由を守り、自治を行うために必要な情報を提供すること。権力を監視する番犬『ウオッチドッグ』であること……真実で正確であることを前提にして情報を信じる大衆に、重要なこと、知っておく権利があることを伝える。それが私の初心だったと、彼女の演説で思い出したのです」

 

 以前の記事について謝罪し、「真実はこうでした」と訂正する記事を書く――記者はそう締めくくり、葉室王司とその母親に贖罪の眼差しを向けた。


 二人は優しい目をしていて、記者を責めるような態度や、被害者ぶるような態度を取らなかった。

 その目の光が眩しく見えて、記者は胸が抉られるような思いが強くなり、もう一度頭を下げたのだった。


    ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

 

――【空譜(からふ)ソラのママ視点】


 女は、「自分はなんて場違いなのだろう」と考えていた。


 中学校の文化祭は、和気あいあいとしていて、生命力や活力にあふれていた。

 声をかけてくれたママたちは、当然のことだが、自分の子供が生きている。

 みんな大事な息子や娘の晴れ姿、成長を喜んでいる。


 なんて光にあふれた場所。

 でも、私だけ違う。


 ママたちは我が子をよく見ているようだった。みんな「うちの子はこう」と理解していて、他のママに伝え慣れている。

 「では、自分は?」というと、娘のことを、よく見ていなかったと思うし、理解もしていなかった気がする。


 我が家は共働きで、夫婦ともに時間と心にいまいち余裕が持てない暮らしぶりだった。

 寂しかったり、不便な思いをさせてしまったはずなのに、娘は明るくて元気で、優等生で、いい子に育った。

 彼氏も作って、学校での活動以外にアルバイトもして資金を自分で稼いで、Vtuber活動を始めて――性格のいい言動ができる子だったから、気づいたら親が驚くほど人気者になっていた。

 

 元から忙しかった両親と、多忙になった娘の仲は、どんどん疎遠になっていった。

 移動中や隙間時間に娘の配信を観たりはしていたけれど、「この子は本当に私が産んだのだろうか」という不思議な気分によくなった。

 自分が産み、育てて、同じ家で生活しているはずなのに、遠い存在のように思えてくるのが、なんだか寂しかった。


「パパ、ママ、見て」

 家族が3人揃った、娘の誕生日。

 娘は、Vtuber活動での収益を公開した。そして、言った。


「税金も上がったりしてて、物価もどんどん高くなってて、雇用されて労働するのって大変で、将来は年金だけで生活は無理かもって言われてて。そんな一人でも生きづらい社会で、私を生んで育ててくれてありがとう。私、二人が一生懸命養ってくれてるの見てて、自分、養われてるだけじゃだめだな、お金稼ぎたいって思うようになったんだ」


 自分の子供にこんなことを言わせてしまった。

 そして、自分の子供は、自分たちよりもお金を稼いでしまっていた。

 女はどんな顔をしたらいいか、わからなくなった。

 夫を見ると、夫も恐らく、似た心境だったと思われる。


「パパ、ママ。私ね。いつも……勿体ないって思った。本を読んでたら、この本はママが働いたお金で買ったんだって思った。そしたら、なんか申し訳ない気持ちになっちゃった。ご飯を食べる時、誰もいない家で電気をつける時、水道を使う時、いつも、パパとママが稼いでくれたお金を私が消費してるんだなって考えちゃった。消費するだけじゃなくて、消費した分ぐらいは、お金を稼ごうって思った」


 夫が泣きそうな声で「そんなことを気にしなくていいんだ」と呻いた。

 同感だった。


 娘は「楽をさせたい」と言って、家にお金を入れ続けた。

 とても優しくて、思いやりがあって、とにかくいい子……いい子すぎる。そう思っていた矢先に、娘は亡くなった。

 

 娘は、日記を残していた。

 両親は知った。

 

 『活動するなら成果を出し、黒字にしなければ。人の役に立たなければ。自分の一分一秒は社会や他者にとって有益でなければ。話す人には良い気持ちを与えなければ。可哀想な子の助けにならねば』

 

 強迫観念のように善と正義であろうとする苦しそうな心が、そこから読み取れた。

 娘は、歪んでいた。自分たちのせいだ。

 

「葉室さんの娘さんは……いい子ね」

 

 娘を思い出す健気な子だ。母親が自分ではないから、「ああ、娘と違う」とも思う。

 可愛くて、優しくて、人気があって。母親が大好きで、母親からも愛されていて。

 

「自慢の娘ですの」


 そう言って誇らしげに微笑む王司ちゃんママは、眩しかった。


「ご存じかもしれないけど、うちの子、ああ見えてとても不憫なの。家庭のせい、わたくしのせいよ。申し訳ないと思っているわ」


 彼女がそう言うので、泣いてしまいそうになった。


「あ……あなたは、私と比べたらずっと、ご立派だと思います……金銭的に裕福で、お子さんにお金の心配をさせたりもしなくて……わ、私なんて……」


 懺悔のように想いを吐露してしまいそう。

 口を引き結んだとき、芽衣ちゃんママが「私も、皆さんと比べたら全然、立派な母じゃないんです」と顔を覆った。

 そちらもそちらで、何かあるらしい。


「まあまあ! お二人とも、いかがなさったの」


 ママさんたちは、グループの仲間が表情を曇らせているのを見て、心配してくれた。彼女たちは情が篤い。共感能力が高い。そして、同じママ仲間への連帯意識や仲間意識、共同体意識があって、傷付いたママに優しい。

  

 屋上からは、芽衣ちゃんの声が響いていた。


「私は、ずっとパパに会いたかったのだけど、会えなかったです。こっそり保存しているパパの動画が宝物です。パパが話していたり、映っているシーンを何回も再生しています。最近、本物のパパに再会できました。パパは顔を隠していて、私のことを娘だと気付いていないのかもしれないって思う態度だけど、一緒に過ごせてとても嬉しいです」


 芽衣ちゃんママは、「私はダメな母で……」と呟いた。

 家庭の事情が複雑なのだろう、と感じられて、ママ友たちは顔を見合わせている。


「でも、ママのことも大切です。ママのことも、ちゃんと好きです。二人とも好き。それって、子供なら当たり前だと思う。なのに大人は、どっちかだけが好きで、どっちかは人生からいないようにしろって言うの。私は、そういうのが残念だなって思いながら、生きています」

 

 芽衣ちゃんのママは、若い頃から他者に依存しがちで、「夫に依存し、親友のママ友に依存し、親友のママ友にそそのかされて夫から娘を奪い、親友のママ友を失った後、娘に依存する」というグダグダの人生だと告白した。

 自分はダメな人間だと思いつつ、ずるずるとダメな方へダメな方へと流れてきたのだと。


「ねえ。ひとりで思い悩むのは、いけないのだわ。あのね、今日、こうやって他の人に自分の状況や気持ちをお話したのが、まず良いことよね。一歩前進だと思うのですわ。わたくしたち、全員、人間的に優れているとか人格者とかではないと思うのだけど、でも、今こうして生きているんですもの。お互い、助け合いましょうよ」


 こうして、ママ友たちはこの日、グループチャットを作り、お互いの過去や今後についてをみんなで相談して助け合う仲間になった。


    ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


――【葉室王司視点】

  

 芽衣ちゃんがなかなか重い演説をかましている。大丈夫なんだろうか。


「芽衣ちゃん、お家の相談乗るよ……私、家庭関係にそんなに知識とか経験が豊富なわけじゃないけど」

「ありがとうございます、王司先輩……そういえば、さっきこれが落ちました」

「ん?」


 芽衣ちゃんは、星空模様の封筒を渡してくれた。


「先輩のバッグのポケットから落ちたんです」

「えっ。これ私のかな……あ、宛名が私だ」


 封筒の宛名は、『葉室王司様へ』と書いてあった。誰かが私のバッグのポケットにねじ込んだのだろうか。油断していた。


「王司! それ、ラブレターじゃなーい?」

「わあぁ! 王司ちゃん、誰から? 誰から?」


 カナミちゃんとアリサちゃんがはしゃいでいる。は、恥ずかしいよ。


 封筒を開けてみると、なんと円城寺(えんじょうじ)(ほまれ)からだった。


『以前、君が言ってくれた言葉を思い出しながら、僕は政治家を目指そうと思っています。君のおじいさまも、両親と僕の傷が浅くなるよう取り計らってくれました。感謝しています。ありがとう――円城寺誉』

  

 感謝のお手紙だ。

 そっか……応援したいな。

 家に帰ったら、お返事の手紙を書こうかな。


 スマホのメッセージもいいけど、紙の手紙もいいものだ。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


――『おまけ枠のパパさんハンター結成秘話』


 朝。

 息子、恭彦が家を出た後、火臣(ひおみ)打犬(だけん)は決意した。

 

 俺という男は、オープンだ。

 息子が妹に嫉妬するのは、親の責任である。

 もうね、嫉妬とかしなくていいの。お前もあの子もパパのだから。パパの愛は2人分平等だから。わからせてやる。

 パパの溺愛は100人乗っても大丈夫なラブだから。どっちが可愛いとかないから。

 どっちも優勝だから。どっちも違ってどっちもいいんだ。


 ――そう言って「俺が一番がいい!」と言われたら「そうか。よし! お前が一番だ!」と即答しよう。わがままな奴め。可愛いなぁ(脳内妄想)。


 黙っていては伝わらない。江良(えら)の時もそうだった。

 

 俺は同じ撮影現場でエキストラとして壁に張り付き、ゴミ箱の影に隠れて「江良♡俺と友人になってくれ♡」と念を送り続けていたが、江良へのフレンド送信は届かなかった。

 

 生きているうちに伝えていれば、俺は江良と友人になって酒を飲んだり風呂に入ったり一緒に寝たり女の相談を聞いたり付き添いで付いて行って殺人犯から助けたりできたかもしれないのだ。

 「たら」「れば」の話はむなしいが、可能性を思うと悔しくなる。


 そして、その悔しさは今後に生かすべきなのだ。


 コミュニケーションは、黙っていては成り立たない。

 すれ違いがあるなら、解消する努力をするのだ。

 息子の心の隙に付け込む八町大気が気になって仕方ない。奴に隙を見せてはいかん。


 それに――江良が襲われて命を散らしたように、文化祭で何かが起きて我が子たちが危険な目に遭うかもしれないではないか。

 俺はもう、後悔しない。

 江良を救うことはできなかったが、俺の子供たちは守ってみせる。


 有事の際に颯爽と助けて、本人には助けたことに気付かれずに「無事でよかった」と陰でニヤニヤしたい。

 いいんだ、俺が助けたと気付かれる必要はないんだ。

 俺は人魚姫系パパだから、自分に気付かない子供たちを陰から隠れて見守り、気持ちよくなれるよ。


「この誤爆メッセージは、恭彦からの『パパ♡追いかけてきて♡』というメッセージではないだろうか。段々そんな気がしてきた」


 普段は誤爆などしない息子なのだ。

 メッセージを送り合う友達がいないから。


「あいつめ。八町大気とメッセージのやり取りというのも、さては嘘だろう。ははは」


 あの察して構ってちゃんめ。パパは察するし、構うぞ!

 いざ、文化祭へ!


「火臣さんじゃないですか!」


 学校に到着すると、見知らぬ父親に声をかけられた。


 打犬のファンは老若男女さまざまで、温度差マイナスのアンチから激アツで隙を見せると襲い掛かってくるアンチまで多様性に満ちている。もちろんファンの温度感も幅広く、「キモ」「クズ」「キモカワイイ」「無理」「パパがんばれ」「子供になりたい」「クズカッコいい」「遺伝子ほしい」「今夜会いませんか?」「子供が生まれました。初対面ですが認知してください」「82歳ですが火臣さんの娘です」とオールスター勢ぞろいである。


 いつも奇抜なファンレターに良い刺激をもらっている。

 俺のファンは(アンチも)みんな最高だ。

 

 まず、武器を持っていないかを確認したが、相手は丸腰だった。


「実は自分も息子を溺愛するパパなんです。いつも配信や飾らない本音に勇気をもらってます」


 なんとこの父親、同志であった。

 思えば、息子に友達がいないのと同レベルで、打犬にはパパ友と呼べる存在が少なかった。

 

 まず、「俺の息子、出来が悪くて可愛い」「泣いてるのが可愛い」「俺が必要なのが可愛い」という背徳感ありありの愛を秘めていたから。自室でこっそりと浸っていたからだ。


「おおっ……これはこれは、同志よ……」


 男同志で熱い握手を交わし、息子トークをしていると、同志は自然と増えた。

 皆、「実は隠していたんですが」とか「子離れしないと思っているのですが」と言いながら、同志との出会いを喜んでいる。自分は目立つ旗の機能を果たしているわけだ。


「せっかくですから、皆で何かしますかな!」


 どこぞの自動車会社のCEOと学校の理事長を兼任する二俣氏が言って、目立つ旗である打犬は逃走中をすることになったのだった。 

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