107、逃走中と未成年の主張
「お待たせ! 休憩時間だよー!」
「カナミちゃんお疲れ様〜! ご飯食べに行こう〜」
「占いのお店に寄りたーい」
3人全員が休憩時間になったので、私はアリサちゃんとカナミちゃんと制服に着替えて 、3人で展示巡りを始めた。
軽音部が中庭でライブをしているようで、歓声がすごい。
通り過ぎる一瞬、どこかで見たパーカーフードのお兄さんがブレイクダンスをしているのが見えたけど、まさかね。そんなキャラじゃないよね。人違いだね。ちらっと金髪が見えた気がするけど、まさか。
「キャー! 火臣くーん!」
あっ、本人だ。何やってんだ……。
「おぉ~~っ、王司の兄貴かっこよ! ひゅう♪」
カナミちゃんがスマホで動画を撮っている。
なんか恥ずかしいな。
いや、なんで私が恥ずかしくなるんだ?
謎の心理だな。
「占い屋さん、こっちだよー」
アリサちゃんが先に行ってお店の前で手招きしてくれている。
きっとアリサちゃんのことだから「王司ちゃん、今恥ずかしいだろうな」って気を利かせてくれたんじゃないだろうか。
「いらっしゃいませ~。あっ、ジュエルちゃんたちだ! キャー!」
「みんな可愛いー!」
占いのお店では、タロットカード占いをしてもらった。
ちなみに、江良は占いはさっぱりだ。全く信じていないし、興味もなかった。
占い師さんは真っ黒なローブを着ていて、フードを被って俯きがちに顔を隠してミステリアスな占い師を演じてくれている。
「でででは、カ、カ、カードをひひ、引きます」
ちょっと緊張気味なのかな? がんばって。
「ははははむ、葉室さんのカードは『8. 力. STRENGTH』ですね」
「ちから? パワーがあるんですね~! 私にぴったり」
「葉室さんは、内面にライオンさんが住んでます」
「えっ」
「ライオンさんを暴れさせず、勇気や思いやりで物事を解決するように心がけるとよさそうです」
「へえ~! ありがとうございます。ライオンさん……」
タロットカード占いって、面白いな。ライオンさんかー。
「王司ちゃん、次はアクアリウムの展示観ようよ」
「王司、プラネタリウムに顔出してやろーぜー」
アリサちゃんとカナミちゃんが次々と行く場所を決めてくれるから、私は基本的についていくだけだ。
アクアリウムの展示に行くと、三日自動車の御曹司である相山良介先輩がいた。三日自動車はバラエティ番組、ひいてはアルファ・プロジェクトのスポンサー企業でもある。いつもお世話になっています。
「げっ、葉室……さん」
そしてこの先輩、私にちょっと怯えている……。
「展示を観に来ただけなんです。綺麗ですね~」
私は無害です。怖がらないで。
無害アピールのために私がスマイルを浮かべると、相山先輩はぎこちなく笑顔を返してくれた。
やっぱ、笑顔だよね。
ここから友好関係を始めよう。私たちは今から関係をやり直せるよ。
ニコニコと笑顔で見つめ合っていると、相山先輩はかき氷店でかき氷と交換できるチケットをくれた。
「わあー、ありがとうございます」
「ありがとうございます、先輩」
「ありがとうございます!」
3人でお礼を言って、次はプラネタリウムの展示教室へ。
プラネタリウムの展示をしているのは、二俣夜輝と円城寺誉のクラスだ。
先に『TSピーターパン』の初日の劇を終わらせて安堵した様子の2人は、『祭』という文字が書かれた団扇を手にしていた。
二俣は赤いお祭りはっぴ姿で、今日は円城寺も同じはっぴを着ている。
「葉室。お前、初日の劇を観に来なかったな」
「お化け屋敷をしていたので」
「そうか。俺もお化け屋敷に行けなくて悪かったな」
「来なくても大丈夫です」
二俣はお約束のように絡んでくる。
「あのお二人は仲がいいって本当なのねえ」
「付き合っているの?」
しかも、噂されている。迷惑だ。
「付き合ってませーん」
はっきりと否定して椅子に座ると、カナミちゃんが「そうだそうだー」と口添えしてくれている。ありがとう。
「それでは、開始します」
解説役は円城寺誉なんだ?
解放区の時は『僕、星に興味がないから解説できないよ』と言ってたのに。今日のために覚えたのかな。
海賊部の脚本も書いていたから、大変だっただろうな。
部屋が暗くなる。
壁や天井に映し出された映像の星空は幻想的で、円城寺がところどころつっかえながら解説する声は微笑ましい。癒し系だ。
プラネタリウムの後、かき氷交換チケットを手に校舎の外に出ると、模擬店が並んでいる『屋台通り』が賑わっていた。やきそば屋さんやわたあめ屋さん、金魚すくいに射的、たこ焼き屋さんもあるよ。
「わたあめは買うでしょ! やきそばも」
「お面買ったよー」
歩きながら3人で衝動買いしていたら、かき氷屋さんに着くころには3人とも食べ物をいっぱい抱えていた。
かき氷屋さんで人気店員さんになっていたこよみ聖先輩は、「いっぱい買ったね!」と笑いながらかき氷を追加で持たせてくれた。
「3人とも~、まっすぐ行ったら飲食スペースあるからね~、転ばないように気を付けるんだよ~」
先輩に見送られて、私たちは飲食スペースへと向かった。
途中でカレー屋さんがあったけど、さすがにキャパシティオーバーだ。明日食べよう。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
「タツヤです。まだ彼女ができません! 彼女、ほしーーーー!」
飲食スペースには、未成年の主張が響いていた。
椅子とテーブルが並んでいて、買いこんだ食べ物を抱えたお客さんが思い思いに過ごしているのだが、校舎の屋上からマイクを持った有志の生徒や親御さんが「自分の黒歴史」とか「みんなに言いたい!」とか、自由に主張しているのだ。
「あの子、解放区の時に垂れ幕で彼女募集してた子かな」
「そうかも」
かき氷を急いでつつきながら未成年の主張にコメントし合っていると、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「あらぁ、王司がいるわ。でも、お友だち同士で仲良くしてるところに親が声かけちゃ悪いわよね」
あっ。うちのママだ。
ママ友が一緒みたい。
「ふふ、わかりますわ王司ちゃんママ。中学生って繊細な年頃でしょ、うちの息子もね、『恥ずかしいから外で話しかけるなババア』なんて言うようになっちゃって」
「まあ。そういうお年頃なのはわかるけど、ちょっとトゲがありすぎてキツイ……」
「うちも子離れしないとなーって思ってるのに、うちの旦那は『ゆうたー、ゆうたー』って息子が大好きで、部活まで見学に行くのよ。もうファンなの」
「ゆうた君パパは可愛いじゃなーい。家庭にも子供にも無関心なうちの旦那よりマシよー」
わあー、ママたち楽しそうだなあ。
芽衣ちゃんに手を振ったら、おずおずと振り返してくれた。
芽衣ちゃん、ずっとママ友グループにいるの……?
こっちに来る? 隣にいるのがママ?
「こんにちは! 葉室王司です」
ママ友グループに入って行って挨拶すると、ママさんたちは「あらー!」「まあー!」と華やかな声をあげて歓迎してくれた。
「芽衣ちゃーん。一緒に遊ぼう~?」
誘ってみると、芽衣ちゃんは隣にいるママを見た。
「ママ……いい?」
芽衣ちゃんは、ママを心配するような、気遣うような気配だ。
芽衣ちゃんママは、ほっそりとしていて、繊細そうに見える。
「芽衣ちゃんのママですか? 初めまして! いつも芽衣ちゃんに仲良くしていただいています!」
「い、いつも芽衣と遊んでくれてありがとう……アイドルの先輩よね?」
「はい!」
はきはきと返事すると、うちのママが察した様子で味方してくれた。
「芽衣ちゃんもお友だちのところに合流したらどうかしら? ママたちに囲まれていると気疲れしちゃうでしょう~? ね、芽衣ちゃんママもそう思いませんか?」
「え、ええ」
ありがとう、ママ。
芽衣ちゃんの手を引いて席に戻ると、「ジュエルちゃんが4人そろってる」と噂された。
「王司。あたしたちも『未成年の主張』叫びにいかない?」
カナミちゃんが提案したとき、暑苦しい叫びが響いてどよめきを生んだ。
「俺は息子が好きだーーーーーーーー!」
はっ。あの変態の叫びは――屋上を見ると、奴がいた。
来てしまったのか、火臣打犬。
お前……どうやって。
「俺も息子が好きだあああ!」
「俺もーー!」
「うちの子が一番だーっ」
えっ。なんか増えてる。
息子愛を叫ぶパパたちは、1人、2人、3人……10人くらい……。
全員黒スーツと黒サングラスで、髪型オールバックで決めてるよ。
なんだあの集団。
「ゆうたああ! パパだよー」
「パパ。恥ずかしいよ、やめてー、あはは」
あー、あのパパ見たことあるーー解放区で見たーー。
自分のパパが叫び、息子たちが「ぎゃー」「やめろー」とリアクションを返すこと、しばし。
リーダー格と思われる打犬は無駄に格好いい仕草でサングラスを取り、会場に黄色い悲鳴を生んだ。
「恭彦!」
「いません」
いるじゃないか。返事しちゃってるよ。
え、どこ? あー、ちょっと離れた席にいる。
返事しちゃったから周りの子たちがカメラ構えちゃってるよ。
「今日はパパたちが学校側に許可をもらってゲリライベントをするッ。題して『逃走中@中学校』だ。パパたちはハンターになる。息子たちはハンターに捕まらないように逃げるように!」
しかも、なんか変なゲーム始まったよ。
この学校の統括者は……そうか、二俣グループか……。
「うっそ、本物? かっこいー」
「顔がいい」
「がんばってー」
「あははは!」
和やかな雰囲気の中、『逃走中@中学校』がスタートした。
「ハンターが解き放たれる前に息子たちは逃げるなり隠れるなりするように」
屋上のパパハンターはそう呼びかけたが、息子たちはやる気がなかった。
「今ラーメン食ってるんだよ、無理」
「うぜー」
「ごめんね、家帰ってから一緒にゲームしよう、パパ?」
ゆうた君はパパとゲームしてあげるらしい。仲がいいんだな。
「恭彦!」
「いません」
しばらく渋っていたが、やがて息子たちは「仕方ない」という雰囲気で散らばって行った。
がんばって。楽しんで。
ハンターたちが追いかけ始めて、屋上から消える。
それを見計らい、私たちは『未成年の主張』の順番待ちの列に加わった。
屋上からだと、逃げる息子たちとハンターたちがよく見える。ハンター、目立つし。
楽しそうだなー。上から動画撮っておこう。
「三木カナミでーす。あたしは、ネットストーカーでも現実ストーカーでもありませーん! いじょ!」
「高槻アリサです。文化祭楽しいです」
2人が元気に発言して、拍手と歓声をもらってる。
何を言おうかな?
この後のアイドル部のステージの宣伝と、八町の演劇祭の宣伝と、恭彦のインスタの宣伝と……宣伝ばかりが思い浮かぶや。
宣伝よりも、もっと違うことを言いたいな。
せっかく子どもの体で、今日は文化祭なんだもの。
利益とか商売とか抜きで思ったままのことを言ってこその『未成年の主張』じゃないかな。
「葉室王司です。私は、お友だちや家族のおかげで楽しい学生ライフを送ってます。私も誰かに楽しい気持ちや、元気をあげられたらいいなって思います」
マイクを手に下を観ると、地上でママが手を振っていた。
ああ、いいな、この感じ。
親がいるって、こんなにあったかいんだ。
「産みの母親じゃなくても、ママは私の唯一のママです。今まで育ててくれてありがとう。これからも仲良くしてね」
ひと息に言ってから、『太陽と鳥』の少年タカラみたいな気分で付け足した。
「私、親孝行するね」
拍手と歓声が、ちょっと恥ずかしい。照れる。
ママはハンカチで目元を拭っていて、何度も大きく頷いて、一生懸命に手を振ってくれて、喜んでくれているのが伝わった。
親を喜ばせるって、こんな感じなんだ。
嬉しいな。