104、おまけのパトラッシュ
誕生日の朝、執事のセバスチャンが運転する車の後部座席に、袋入りのカレーパンが積まれていた。3袋分?
「バースデープレゼントデス、お嬢様」
お前、誕生日プレゼントとか贈ってくれるんだ? しかもカレーパン。
何個あるんだこれ。いーち、にー、さーん。いっぱい。
賞味期限は? 明日、明後日、明日、明日、明後日……。
これ食べきれない量だよ。間に合わないよ。学校で配るか……?
「その悩ましそうなご様子デスト、気に入りまセンカ?」
「ううん。カレーパンの命の儚さを噛みしめていたところ。ありがとう、セバスチャン」
この執事、賞味期限の概念を理解しているのだろうか。
このタイミングで教えるのは悪い気がするし、忘れた頃にさりげなく教えてあげようかな?
「到着イタシマシタ。いってらっしゃいませ、お嬢様」
「うんうん、いってくるね」
カレーパン3袋を引っ提げて 車から降りると、日常の「おはよう」の挨拶の他に「おめでとう」がプラスされて声がかけられる。
私も「おはよう」に「ありがとう」をプラスして、カレーパンを配布した。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
二俣夜輝は、絶対的な君主だ。
前からそう感じていたが、今日は特にその思いが強くなった。
「ドラマの撮影でもあるんですか?」
思わずそう問いかけてしまったのは、進行方向の両側に海賊部の生徒が並んでいて、人に囲まれた通路を二俣夜輝と円城寺誉が歩いてきたからだ。
「偉いお坊ちゃんたちのおな~り~」って感じ。
「葉室王司ちゃん、おはよう」
先に挨拶してきたのは、円城寺誉だった。
さらさらのチョコレート色の髪を揺らして挨拶してくれる円城寺は、今日も美少女のような美少年ぶりだ。
「今日、お誕生日なんだよね。おめでとう。僕、プレゼントにぬいぐるみを買ったんだけど、学校だと怒られちゃうからお家に届けるね」
「ありがとうございます、円城寺さん。カレーパンどうぞ」
「なんでカレーパン配ってるの?」
お礼を言って通り過ぎようとすると、二俣夜輝が「俺、皇帝」ってオーラを出して声をかけてきた。
「葉室、俺は誕生日を祝うことについて疑問を呈したい」
なんだって? 変な絡み方をするなぁ。
「朝から斬新な問題提起ですね、二俣さん。私はその疑問に興味がないので、失礼しますね」
付き合ってる取り巻きたちに「朝からお疲れ様です」と手を振って教室に向かおうとすると、背後で二俣が演説を開始した。
「急がないと聞いてもらえない」と思ったらしく、早口で頑張っている。
「待て葉室。話は最後まで聞くものだ。祝うなら生まれた日がめでたいとか年齢が増えてめでたいと言うよりも、お前がこの1年で何かを成し遂げたかどうかを俺は気にしたい。そういう意味だった」
こういう姿は、子どもっぽくて可愛げを感じさせるんだよなぁ。
頑張ってるから足を止めて聞こう。
たぶん「お前は1年頑張ったので、俺はそれを労うぞ」なオチに向かっているのかなぁ?
「俺が思うに、お前はズルをした。アプリを使って俺の興味を引いたのだろう。あの日まで、俺はお前にもオーディションにも興味が全くなかったのに、なぜか配信を見てしまったんだ。そして、見た瞬間が偶然、お前のカミングアウトシーンだった。俺は動揺した。驚いた。インパクトがあってお前の存在が心に刻まれた。おそらく、あのときお前は『俺に自分を覚えて欲しい』というズルを……」
あ、これ違うな。
うん、足を止めて聞くようなお話じゃなかった。
行こう。
「あっ、おい、葉室。プレゼントを家に届けたからな。祝ってやらないこともない、と言いたかったんだからな。お前はズルしてまで俺に存在を認知してほしかったという……その情熱に俺は……」
「二俣さんの思い込みです。私、そんな変なズルしていません」
「あっおい、葉室。俺はまだお前のカレーパンをもらってないぞ」
教室に入ると、ナイスタイミングで鐘が鳴った。
お坊ちゃんたちー、自分の教室に戻ってくださーい。
「王司ちゃんおはよう。賑やかで楽しそうだけど、大変だね」
「アリサちゃん、おはよう。アリサちゃんは変な絡まれ方したりしてない? はい、カレーパンどうぞ」
「うん。海賊部のお姫様は王司ちゃんだけだから……、カレーパンありがとう……?」
「そんな変な役職に就任した記憶ないよ」
授業が始まると、「何も特別なことのない日常」って感じがそれまでの「ちょっと特別な日」の気分を染め変えていく。
ちょうどいい室温とちょっとだけ開けた窓から入ってくる微風と先生の声が、眠気を誘うんだ。
平和だなぁ……平和が一番だよ……すやぁ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
お昼休みには、アイドル部の子たちが「おめでとう!」とお祝いしてくれた。
みんなカラーペンとかマカロンとかを贈ってくれて、カナミちゃんもアロマセットをくれた。おしゃれだ。
もうね、全員にカレーパン配ろう。みんなで食べよう。私も食べる。
「王司! これあたしから!」
「ありがとうー! お礼にカレーパンどうぞ! 食べてね!」
帰る時には、3袋分のカレーパンの中身がもらったプレゼントに入れ替わっていた。
まるでわらしべ長者な気分だ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
葉室家に帰宅すると、我が家の塀の内側が異様な雰囲気に様変わりしていた。
薔薇をモチーフにしたデザインのブランコに、真っ白な高い柵で囲まれた露天風呂と水風呂。
しかもカラーライト付きで、露天風呂にはお風呂用玩具のアヒル隊長がぷかぷか浮いていて、水風呂にはナイトプールにあるような光るボールが何個も浮いている。
「1日で作ったの?」
無理では?
しかし、目を擦っても現実は変わらなかった。
「おかえり、王司。おじいさまがパーティを開くと言ったのだけど、ママが家族水入らずでのんびりお誕生日を過ごしたいと言ったらお風呂を贈ってくれたわ」
「おじいさまが犯人だったかー」
家の中はプレゼントボックスと花束の山ができていた。なんかすごい。
「こっちの箱は学校のお友だちから。こっちはファンの人たちから。こっちはおじいさま。こっちはママの山よ」
円城寺誉からは巨大な怪獣のぬいぐるみが、二俣夜輝からは、メリーゴーランド風のオルゴールが届いていた。どちらも可愛い。高価すぎるプレゼントとかじゃなくてよかった。
ママがプレゼントしてくれた柴犬の抱き枕もすごく可愛いので、抱っこして寝ようと思う。
箱を次々と開けていくと、AI搭載ペットロボットなんて面白そうなものもあった。
送り主は匿名のファンだ。
丸くて小さな置物って感じで、ゆるキャラっぽい目と口がある。ニコチャンマークみたいな愛嬌がある見た目だ。
カメラがついていないので、顔認識とかはできないっぽい。声の認識だけか。
試しにお話してみようかな?
「はじめましてー、私、王司だよー」
『ハジメマシテ、オージチャン。パパダヨー』
このロボ、パパ設定なの? 謎だな……あ、猫のミーコが猫パンチしてる。
『オージチャン、オタンジョービオメデトー』
「フシャーッ」
ファンからのプレゼントは、メモ帳やノートといった文房具が結構多い。
ファンレターに『美咲ちゃん、お勉強がんばってね』と書いてあったりして、本屋さんで以前会った上品な奥様を思い出した。ドラマが終わってからも「美咲ちゃん」を応援してくれてるの、嬉しいなあ。
紫のくまのマスコットとシリーズものらしき、水色のくまのマスコットもある。いちばん最初にプレゼントを贈ってくれた人たちだ。
くまさんにお友だちができたね。
「さあ王司! ママとミヨさんが作ったケーキのお披露目よ!」
「わあー!」
ママと和風メイドのミヨさんが作ってくれたケーキは、ドームケーキだった。
白くて丸い塊の上にチョコレートで目と鼻と口が作られていて、耳らしきパーツがついている。これは……猫かな?
「可愛い白猫だね!」
「王司。これは白クマよ」
「あっ……」
猫とクマって似てるよね。
ともあれ、ケーキは美味しかった。家庭的な味だ。
「お誕生日おめでとう、王司」
「ありがとうママ!」
家族に祝ってもらって、私は14歳の王司になった。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――『おまけ枠の火臣家・パトラッシュ』
火臣家の庭に生息する闇バイトカメラマン・パトラッシュ(瀬川)は、今日も火臣家を撮影していた。
以前撮影した『庭に穴を掘る恭彦君が仲間に見送られてオーディション会場に向かうまで』の映像を大学の課題発表の場で流したところ、教授からは「これ撮ったのお前だったのか。SNSで見たよ。作品はいいが、何やってんだ」と心配された。いい教授だ。
雇い主のライターからは「SNSに流す前にこっちにくれ」と怒られたが、パトラッシュは後悔していない。オーディション直前に撮った動画を、録り終わって即投稿するスピーディーさこそがあの時は必要だったのだ。
1日でも遅れていれば、あの動画は「原作者、逮捕」のニュースに負けて埋もれてしまっていたことだろう。
――『火臣恭彦の部屋』
さて、本日の火臣恭彦は自室でチケットを複雑そうな表情で眺めている。机には役作り用のフェルト生地や裁縫道具、糸巻きなどが散乱していた。
パトラッシュに気付くと、「中へどうぞ」と窓から中に入れてくれて、紅茶を淹れてくれた。優しい。
「瀬川君。兄という生き物は、妹の学校の文化祭に行って何をするんですか? そもそも、行く必要があるのでしょうか?」
「ないんじゃないっすか」
パトラッシュは反射で答えてしまった。
「瀬川君、ありがとうございます。ああ、よかった……しかし、チケットをもらったら行くのが礼儀な気もする……なんか当然行くみたいな空気だったから、行くと思われていると思う……」
「大変っすねえ、恭彦君」
「行かなくても俺は悪くない……しかし、行っても死ぬわけじゃねえんだから、行けばいい……しかし、行って何をするんだ。それがわかんねえ」
「飯食って『おつかれ』って声かけて帰ってきたらいいんじゃないすか?」
紅茶をいただき、パトラッシュは旅に出た。
悩める青年は撮ってもネタにならない。
それよりも、存在自体が燃料みたいな男がこの家には生息しているのだ。
ネット配信ドラマの影響で、最新の『抱かれたい男ランキング』で1位に輝いて「日本終わってる」とSNSで燃えている男だ。
燃えているということは、何を撮っても需要があるということでもある。
いざゆかん。
――『火臣打犬の部屋』
「江良。これがチケットだ……お前、これをどう思う……? 実は息子が同じチケットをもらってきた。俺が娘に尻尾振って近寄っていくのを見たら、あいつは嫉妬するんだ……。あいつは自分が血の繋がりがないのを気にしてるんだ。困ったな……。父親とは子供の悩みが絶えない生き物なんだ、江良。2人いると気を使うんだ。羨ましいか? 江良?」
あ~、やってる、やってる。
扉の前でノックすると「いいぞ」と許可をくれる。慣れたものだ。
鍵のかかっていない扉を開けて中に侵入すると、部屋の主である火臣打犬は推しを崇める神棚に娘の文化祭のチケットを置いて手を合わせていた。
パトラッシュが最近ゲットした事実だが、この男は推しを崇める神棚を拝む時、必ず黒スーツ姿で髪も整えている。
神棚は神聖なものであり、語り掛けている相手は彼にとってラフな格好ではなく最大限身ぎれいにして会うべき相手なのだなあ――パトラッシュはオーロラに光る神棚と真っ黒のイケおじをカメラに収めた。
「文化祭に行くんですね、火臣さん」
息子も火臣さんだが、パトラッシュは父親を火臣さんと呼んでいた。理由はなんとなくだ。
ビジネス感を大事にしたいのかもしれないし、名前で呼んで親密な距離感になりたくないのかもしれない。
「そのつもりでチケットを買ったが、実は悩んでもいる」
ほう。この男でも悩むのか。
パトラッシュは新鮮な気分になった。
何を悩んでいるのだろう。
きっと常人には理解できないようなヘンテコな悩みなんだろうな。
「まあ、その……解決するよう願ってますよ。なんつーかこう、オレもこちらの家には毎日お世話になってますから。結構、居心地いいんですよね。課題も捗るし、バイトのノルマもサクサクこなせるし」
撮ったばかりの映像を雇い主に送信し、パトラッシュは庭に打犬が作った不法侵入ゴシップライターズが寝泊りするための小屋に帰った。
『不法侵入をよしと言うつもりはないが、我が家の庭で野ざらしで寝られると気になる。熱中症や凍死なども心配になるからな』
小屋は空調調節ができて、簡易ベッドと洗面所と水洗トイレもある。そして、壁には『帰る家があるなら出来るだけ家に帰って寝ましょう』『我が家はいいが他の家で同じことをしないようにしましょう』という貼り紙がある。
Wi-Fiも完備されており、なかなか過ごしやすい。
パトラッシュはこの家を気に入っていて、気分は第二の家みたいになっていた。
――そうだ、『娘ちゃん』は誕生日なんだっけ。
パトラッシュは気紛れを起こし、葉室王司のSNSアカウントにメッセージを送った。
『誕生日おめでとう、王司ちゃん。文化祭がんばってね』
一度だけ葉室家と火臣家合同での回転寿司で一緒になった王司ちゃんは、ちんまりとしていて可愛かった。
えび天をつゆに浸して遊んでいる姿などは、子どもっぽいなー、無邪気だなーと思ったものだ。
あの子、文化祭でなにするんだろう。
クレープ屋さんとか似合いそうだなあ。
学校の文化祭のチケットについて調べると、基本的に生徒が知人に渡すか、生徒と親類関係にある者がオンライン審査を通過してオンライン購入するかのどちらからしい。
このシステムなら有名人やお金持ちの子たちが在籍する学校でも、不審者が入って荒らされたりするリスクも低いので、安心か。
打犬はオンラインで購入したようだが、よくチケットを入手できたものだ――パトラッシュは感心した。