101、独身村の村長に就任する
――【葉室王司視点】
葉室王司……ジョバンニ
緑石芽衣……ジョバンニ
星牙……カンパネルラ
ルリ……女の子(かおる子)
しんじ……男の子
さくら落者……ジョバンニの母
TAKU1……鳥捕り
兵頭……大学士
高槻大吾……子どもたちの家庭教師
新川友大(入院・リハビリ中)……学校の教師
【西】の配役が決まった。一歩前進だ。
「まあ、王司。ジョバンニを二人でするの? 交代で演じるのかしら」
「えっと、発表されてない内容は、ママにも教えられませーん」
「守秘義務を徹底しているのね。偉いわ」
ママは公式サイトの配役リストをチェックして、「あら? エラーになっちゃったわ」と呟いた。
「アクセスが集中して、繋がりにくいみたいね。最近話題のクラッカーがまた暴れてるのかしら。困るのよ……あ、ミーコがキャットタワーから降りてきたわね。王司のテレビを一緒に観るのね、『これから始まる』ってわかるのね」
ママは飼い猫のミーコを抱っこして、テレビに視線を移した。
本日は木曜日。
アルファ・プロジェクトの番組企画コーナーが放送されるのだ。
『アルファ・プロジェクト最前線、木曜日のジュエルたちのコーナーですー!』
変なタイトルコールがされて、ジュエルたちの稽古風景や日常が流される。
「ふふん。うちの王司が一番可愛いわ。優勝よ」
ママはホクホク顔でミーコをぎゅうぎゅうと抱きしめる。ミーコは怒って牙を剥いた。
「シャーッ!」
「怒らないでちょうだい、怖いわ……猫って本当に偉そうね。飼い主への敬意と感謝が足りないのではなくて?」
「ママサマ、ネコサマより階級が下デスネ」
「あたくしが猫以下ですって? 我が家の執事は何を言っているのかしら。おほほほ。クビよ」
「マ、ママサマ! お許しを!」
なにやってんだ。
番組終了後、ママは録画を再生しながらネットと電話で友人知人親戚一同に娘自慢を始めた。
私もアイドル部のグループチャットとLOVEジュエル7のグループチャットに「放送、観たよー!」と報告して、感想を語り合う空気に浸る。
「王司。日曜日はレコーディングがあるのよね? 曲が完成するのが楽しみだわ~♪」
ママはそう言って、ミサンガとちりめん生地のお守り袋をプレゼントしてくれた。
「ありがとう、ママ。がんばるね」
練習がてら目の前で歌ってみせたら、ペンライトを振ってくれる。
もはや「これは推し活グッズじゃなくてダーツよ」とか「社内会議で使うのよ」と誤魔化したりしない。堂々と推してくれる。
親に応援してもらうって、嬉しいな。
歌い終わるとママは力いっぱい手を叩いて「可愛かったわ」と褒めてくれたので、「明日のレコーディング、上手くいく!」って自信でいっぱいになった。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
そして、日曜日がやってきた。
音楽業界は朝が遅い。
た私がスタジオ入りした時間は、午前10時だ。
学校の登校に慣れている学生の身からすると、いつもよりのんびりな朝である。
メンバーは一人ずつレコーディングブースに入って、自分の担当パートとハモリを録る。
現地には、自分の番が遅い子も最初から来ていた。
人生の一大イベントって感じ。
アリサちゃんは、お兄ちゃん作のサンドイッチを差し入れに持ってきていた。
「これね、お兄ちゃんが皆さんでどうぞーって。こっちは王司ちゃん用」
ケースが「皆さん用」と「王司さん用」で分けられている。
サンドイッチケースが大きめなので、落とさないように小さな両手で大切そうに持っているアリサちゃんの小柄な印象が際立って可愛く見える。【東】のチームではアリスを演じるというのだけど、ぴったりだと思う。
「差し入れいいね! ……って、待って。王司のだけ別のケース入りなの? 愛が偏ってるよ!」
カナミちゃんの疑問は、もっともだ。
平等がいいよね。私も、こういう場でひとりだけ特別ってされると居心地が悪いよ。
カナミちゃんは綺麗な水色のネイルの爪先をケースに向けた。
「ケース開けてみなよ王司。どうする、ハートのサンドイッチとか入ってたら……キャー、当たったじゃん!」
カナミちゃんに言われて開けてみると、中には白いパンを二枚、ハート型に象ってマカロンみたいにジャムや具をサンドした可愛すぎるハートサンドイッチが入っていた。ポエムもある。
『葉室王司さんへ
今朝、雨上がりの青空に美しい虹が架かっていました。
文豪は月を讃えて愛を伝えたと言いますが、僕は虹を愛でながら今、サンドイッチを作っています。ヨッ。
高槻大吾より』
カナミちゃんが「ラブレターじゃーん! 王司の兄貴に密告しよ!」と大興奮だ。
「密告はだめだよ、カナミちゃん。お兄ちゃんたちが喧嘩しちゃう」
アリサちゃんは慌てて止めていた。平和が一番だよね、私もストップに一票だ。
「カナミちゃん、この大吾お兄さんは、誤解させるようなことをよく言うんだけど、本気じゃなくて、ただのホストみたいな人だから、大丈夫なんだよ」
「王司! そういう男って一番だめなタイプじゃね?」
「もう、二人とも。お兄ちゃんは本気だと思うよ、王司ちゃん。誰にでも誤解させるようなこと、言ってないと思うよ」
「ほら、ガチだって。妹のアリサが言ってんじゃん。あたし王司の兄貴のインスタにDM送るわ~! 妹さんが口説かれてまーす」
「やめてカナミちゃん、本当にやめて」
こよみ聖先輩は私たちを見てにやにやとした。
「ラブレターいいな。私も彼氏にラブレターおねだりしちゃおう」
早速スマホでメッセージを送って、どうもすぐに返事が来たらしい。
「あ、終わったらご飯ご馳走してくれるって。みんな、行く?」
ありがたいご馳走のお誘いには、みんなが首を横に振った。
「どうぞ二人っきりでいちゃついてください!」
「絵面的に彼氏のハーレムみたいになるのがすごく嫌~……」
「延々とカップルのラブラブを見せつけられそう」
副リーダーで年長組の五十嵐 ヒカリ先輩は、ポニーテールをほどいて黒髪を三つ編みに編んでいた。
「なんとなく三つ編みの方がいい気がするの。気分ってやつ」
気分って大事だよね。わかるよ。
この先輩は歌もダンスもレベルが高くて、ついでに言うと意識も高い。
そんな彼女がソワソワ気分で三つ編みしている姿は、なんだかギャップ萌えだ。
「ヒカリ、手伝ってあげるから、次さあやの三つ編み手伝って」
月野さあや先輩は、ヒカリ先輩の真似をするように金髪をほどいた。そして、ヒカリ先輩の三つ編みを手伝い始めた。
「みんなでお揃いにしようよ~♪」
わあ、全員同じ髪型にするの?
私も最近、ちょっと髪が伸びてきたから、小さな三つ編みが編めると思うよ。
芽衣ちゃんは厳しいかな……?
「芽衣ちゃん、ミサンガあげるよ。三つ編みの代わりってことで」
「ありがとうございます、王司先輩」
芽衣ちゃんの手首にミサンガをつけてあげると、普段は無表情がちな芽衣ちゃんが嬉しそうにはにかんだ。
可愛い。妹がいたら、こんな感じかな?
「いいなー、それ。ねえ、全員で同じの買って付けない? 通販で買えるなら待ち時間で買わない?」
「ヒカリ、こういうの好きだよねえ。さあやはいいと思うよ」
おっと、ジュエルたちがミサンガガールズになりそう。
芽衣ちゃんは「このミサンガは今日だけお借りして、自分の分、買います」と言ってくれた。
「王司さん、始めまーす」
「あ、はいっ」
なぜか待ち時間で三つ編み大会を始める皆に見守られて、私は自分の番を迎えた。
「王司~、このボタン押したら中に声が聞こえるんだってー。がんばってねー!」
「がんばって~!」
カナミちゃんとアリサちゃんが透明遮音パネルの向こう側で手を振ってくれている。
その後ろには、あまり喋らない芽衣ちゃんが小さい何かを指でつまんで見せてくれているのが見えた。
……あ、あれはほっぺちゃんでは?
ほっぺちゃんが気になりつつ、収録はスタートした。
ヘッドフォンをつけて、録音開始のキューランプを見て、黒いポップ・ガードの前で歌い出す。
「♪ねえねえショーが始まるよ、王司が旗を振りますね、これオムライスに立てる予定!」
歌い出しの「ねえねえショーが始まるよ」は全員が歌う部分だ。
楽しいアイドルショーって感じなので、「とにかく可愛く、あざとくね!」と指示されている。
「♪宝石箱から星を見て、夢見るわたし。飛び出しちゃった、これ秘密! 最初で最後の今日だから、君と一緒に遊びたい!」
可愛いって不思議だ。
ゆるキャラとか、アクセサリーとか、ふとした瞬間に「あ、可愛い」ってなる。そして、なんだか自分の気持ちが明るくなるんだ。
普通に、何もしていなくても、みんなどこかしら「可愛い」と思える一面がある。
その上で、アイドルは「ファンに可愛いと思ってもらう!」って一生懸命がんばっている姿が「可愛い」の源なんじゃないかな。
「♪お子さまランチ、いいでしょー!
恋をするには早いから、色気がないのは許してよ。
とはいえ私は成長期。実はけっこうドキドキするでしょ、そうでしょう?」
音程を大きく外しすぎると、指摘されるのでドキドキする。
歌詞ではお客さんに「ドキドキするでしょ」と言ってるのに。
「♪好き好き大好き! いちばん好きなの、だ・あ・れ? わたしー?」
レコーディングはライブと違って、何度も録って時間内で出せた一番いいのを使える。
お客さんの前で演じるお芝居の舞台がライブだとすると、レコーディングで曲を作るのはドラマみたいなものだ。
ジャンルは違っても、「似てる」と思うと落ち着いて挑める気がする。
「♪教えてあげる、最初で最後ー! 『君の一番になりたいの!』」
ここでファンをバキュンって撃つんだ。癖でポップガードを撃ちそうになるのを堪えて、自分なりの最大限のあざと可愛い葉室王司で歌い切る。
「ちょっと一回聞いてみましょうか~」
「は、はーい」
自分のパートを数テイク録り、レコーディングエンジニアさんとやり取りをして、また歌う。撮った歌を聞いて、部分修正して、また歌う。
交代するまでの体感時間があっという間だったけど、出たときにはたっぷり時間が経過していた。
はー、終わってよかった~。仕事した~。
「はむちゃん、ヨギティー飲む? これねえ、喉にいいんだって」
金髪を三つ編みにした月野さあや先輩がドリンクを渡してくれる。
「ありがとうございます」
自分の録る分が終わったので、あとは気が楽だ。
みんなの歌っている姿を見ながらサンドイッチをいただこう。
ソファにぐで~っともたれかかっちゃったりして。
ナマケモノになりたい。
「サンドイッチいただきまぁす」
美味しいものを食べると、癒される。
「可愛い」と「美味しい」は元気の源だね。
「王司先輩、だらけてる」
「芽衣ちゃん。私はひと仕事終えてダラダラタイムなんだよ」
「お疲れ様です、先輩」
「ありがとう~、あっ。それ、気になってたんだ。ほっぺちゃん」
芽衣ちゃんは可愛いほっぺちゃんを見せてくれた。
「以前、配信で王司先輩が写真を送ってて、可愛いと思ったので買いました」
「ああ! そんなこともあった……!」
配信に影響されてお揃いのを買ってくれたんだ?
なんか嬉しいな。私、売り上げに貢献してない?
「芽衣ちゃんは、お家ではどんな感じなの? お母さんとか、その……大丈夫かな? 前さ、依存とか言ってたから気になっちゃって」
「はい。問題なく」
「あ、そうだ。あのね、今度うちの学校で文化祭があるんだ~。よかったら、ママと一緒に遊びにきて……嫌じゃなかったら~」
芽衣ちゃんのママ、一回見てみたいんだよね。
「他にも誘いたい人がいたら、オンラインでもチケットが買えるよ」
「ありがとうございます、王司先輩」
チケットを渡すと、芽衣ちゃんは頷いてくれた。
うちのママとママ友にさせてみたらどうだろう。
うちのママ、たぶん普通のママとはちょっと違ってて特殊な人だけど……。ほら、毒をもって毒を制す的な。
「呼ばれたので、次、行ってきます」
「うん。いってらっしゃーい」
ブースに入る芽衣ちゃんを見送ってくつろいでいると、緊張している他のメンバーが少しずつ奇行をするようになっていく。
「やっぱりね、あたし思うの。王司のいいところはちょっとゆるーんとしていて、なんか怠惰なところよね」
ん? カナミちゃん?
その携帯用ホワイトボードは何かな? なんで『王司のいいところ』とか書いてるの。
「そうかもー」
え? アリサちゃん?
「王司は彼氏できないタイプだから安心するわ。絶対そっち方面で燃えない。信頼できる」
ヒ、ヒカリ先輩……まあ、ここは頷いておこう。
「あ~、陰で憧れの的になってるけど、はむちゃん本人が興味なくて独身村の村長になるタイプだ~!」
さあや先輩まで……独身村の村長ってなに?
まあ、間違ってはいないな。江良は独身村の村長だ。
初代が江良。二代目は王司。望むところだ、就任しようじゃないか。
「独身村の村長ですけど、なにか? なんで私のいいところを話し合ってるんですか……? しかも、いいところと言いつつ、なんか微妙~~?」
尋ねると、聖先輩が教えてくれた。
「しょうもない話をすると、緊張がほぐれるから」
そっか――それなら仕方ない……のかなぁ……?
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
レコーディングは、スムーズに終わった。
帰りの車の中でSNSをチェックしていると、「西の柿座が某所でキャンプしている」と話題だったので、「某所ってここかなぁ……?」と八町の家を覗きに行くと、大きな家の庭にキャンプ用テントが立っていた。
西の柿座のメンバーは庭で魚やとうもろこしを焼き、ホースから水を出して水をかけあったり釜風呂を焚いたりして、非日常的な空間を創り出していた。
メンバーが招待したのか、メンバー以外の大人の姿も何人か見られる。
「お疲れ様です。賑やかですね」
「おおっ。王司~! うちの劇団員の知人とか劇団の後援者が集まってるんやで」
挨拶すると、星牙が駆け寄ってきて、焼きトウモロコシをくれた。
こんがり焼けていて、あったかくて美味しい。
「ありがとう、星牙君。お礼に文化祭で私の特製カレーを食べるチケットをあげる」
「なんや、文化祭があるんか。ぼく……ぼくなぁ……うぅーん……い、忙しいねんな……」
「ああ~、そういえばそうだった。大変だよね。ごめん、無理に来なくていいよ。代わりに稽古場に特製カレー弁当を人数分持っていくよ」
TAKU1さんと兵頭さんが「あの子、料理とかできるんだ」「一応、胃薬も用意しときます?」とか相談してる。
聞こえてるよー!
でも何かあったときに備えるのはいいと思います。安全第一。
「……あ」
渡せなかったチケットを仕舞おうとしたとき、強めの風が吹いて、私の指からチケットを攫った。
ひらひらと飛んだチケットは、高く舞い上がり、風と戯れながらどこかに行ってしまった。
追いかけるほどでもないかな?
チケットはそのままほっといて、私は焼きトウモロコシを完食してキャンプ場を後にした。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
赤く燃えるような夕焼けのソラから、中学校の文化祭のチケットが落ちてきた。
「これは……?」
道を歩いていた女は、自分の目の前に落ちたチケットを拾い上げた。
そして、目を見開いた。
その学校の名前には覚えがあった。
娘の母校だったのだ。懐かしい。
夕陽が都市風景を茜色に染めている。
感情に訴えかけてくるような美しさだ。
女は、仕事を終えて、怠くて重い体を引きずるようにして、とぼとぼと家路を歩いている最中だった。
そのとき、女は、酷く心が沈んでいた。
その一瞬、たまたまというわけではない。
もうずっと、1か月以上も、女の精神はどんより、鬱々としていて、晴れることがない。寝ても覚めても、辛いのだった。
そんな折、目の前にひゅるりと飛んで落ちてきた『知っている学校の特別な行事のチケット』は、なんだか運命的なものを感じさせた。
まるで、亡くなった娘が、天国から「ママ、元気を出して」とチケットを贈ってくれたみたい。
愛しい娘は、思いやり深くて優しい子だった。
女はチケットを大切にバッグに仕舞い、「ありがとう」と呟いた。