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100、ソラと星牙

 江良(えら)星牙(せいが)は、ゲームが好きだ。

 ひとりで遊ぶゲームも好きだが、大勢で遊ぶのもいい。

 特に、仲間と協力して何かを達成するタイプのゲームが一番好きだ。


 オンラインのFPSゲームは、見ず知らずの人と国境や言葉の壁すら越えて戦友になれるから、特に気に入っていた。

 ゲームは楽しかったので、無限に遊んでいられた。

 元から上手かったのが、際限なく時間を注ぎ込んで夢中になり、「もっとすげーことしてやろう」「もっと上手くやろう」と励んだ結果、気づけば大会でトロフィーをもらったり、プロチームに所属したりしていた。

 すごいことだ。自分は天才だ――星牙は自分を誇った。


 ただ、両親は、ゲームをあまり好まない人たちだった。

 

「ゲームなんて……そのお仕事って引退も早いんでしょう?」

「それより、俳優を目指さない? この前連れて行ったスクールの先生がね、星牙のことをすっごく褒めていたのよ」


 かと言ってお芝居に詳しいかと言うと、そうでもない。素人だ。

 彼らは、江良家の血筋には有名な俳優が実はいるのだと主張していた。

 星牙には彼のような才能があって、『有名俳優の甥』だと付加価値をつけて売り出せば売れるのではないか、と考えていた。


 そんな両親への反発心は、反抗期も相まって、なかなか激しい。やるもんか、と思った。

 

 けれど、同業者が集まるディスコードサーバーで、たまたま出会った女性Vtuberの空譜(カラフ)ソラが、演劇動画を画面共有してきた。


「鑑賞会しようよ」

「お、おう!」


 星牙はそのVtuberが「可愛いな」「仲良くなりたい」と思っていたので、ソラと二人きりの鑑賞会をした。

 

 小規模な劇団『西の柿座』の演劇動画は、刺激的だった。

 人間の感情を大袈裟に表現していて、テレビドラマとかで見るお芝居よりも「不自然だな」と感じる。でも、なんだかとても惹き付けられた。

 ごうごうと燃え盛る炎を見ているような気になった。

 

「萌え絵とか、デフォルメのイラストみたいだね」

 

 空譜(カラフ)ソラは、そんな感想の呟きを零した。

 可愛いアニメ声の彼女の呟きは、星牙の心に波紋を生んだ。

 

「変形・歪曲して表現する……目をでかくキラキラに描いたり、鼻をさらっと描いたり、記号的にしたり……女の胸を不自然に描いたり……これって、そういう表現か」

 

 これは、日常生活では地味だったり自然すぎてわかりにくい人間のナマの感情を、大きく派手に誇張してわからせてくれてるんだ。

 面白い、と思った。

 

「星牙君。この劇団の動画、一緒に全部観ようよ」

「よっしゃ」

 二人で毎晩動画観るって、めちゃ、仲良しやん。こんなん、付き合ってるみたいやん――星牙はどきどきした。嬉しかった。

 

 空譜(カラフ)ソラは、性格のいい子だった。

 「これは社会通念上、言っちゃだめ」「こういうのは善で、こういうのがだめ」という価値観、倫理観がしっかりしていて、炎上しないタイプ。

 Vtuberは長時間毎日配信するうちに、どうしても失言のリスクが高くなる。

 それなのにソラは失言もしないし、「この子は人格者だな」と思わせてくれる雰囲気がいい。

 そしてそれは、配信していないときも同じなのだった。


 試合の前でナーバスになっていると、ソラはチャットで「応援してる」とか「ミスったら笑ってあげる」とか応援してくれる。

「勝て~、星牙君~! ナンバーワーン!」と言われると、何が何でも勝ってやろう、と闘志が湧いた。

 勝つと大興奮で泣いてくれて、負けたときも地球が滅亡するみたいに泣きじゃくって悔しがってくれた。

 

 この子は、自分の味方だ。自分に好意を向けてくれている。 

 いい子で、明るくて、優しくて、泣き虫で。

 好きだ、と思った。


 思春期男子の初恋だ。相手の本当の外見も知らない。星牙の姿も教えていない。

 けれど、話す声が、内容が、雰囲気が、なんだか全部が好きだと思った。

 

 彼女が話しかけてくると嬉しくて、受け答えを間違えて嫌われないかと緊張した。

 彼女が親しくしてくれることに特別感を感じてはしゃいで、けれど「彼女はみんなにきっとこうだから、勘違いしてはいけない」と自分に必死に「冷静になれ、思い上がるな」と言い聞かせた。

 自分の外見を気にして、格好良くなろうとした。

 

 初めてのオフ会は、ソラが誘ってくれた。

 2人で西の柿座のワークショップに遊びに行こうよ――と、誘われて、星牙は内心でめちゃくちゃびびりながらも飛びついた。


 自分のリアルな容姿、彼女はどう思うだろう?

 それに、相手だってどんな外見かわからないんだ。

 ソラの中の江良星牙のイメージが壊れる恐れがあるのと同時に、星牙が思い描いていたソラのイメージも、壊れてしまうかもしれない。

 

 ……でも、会いたい。

 ネットの縁は儚くて、幸運の女神様には後ろ髪がないものだ。

 「運命を決するのが一瞬の判断、機会を逃すと次がない」なんてことがよくある世界に生きているeスポーツアスリートのマインドとしては「挑戦しないよりは挑戦してだめだった方がいい! 挑戦していけ!」。


 行け。おじけづくな。

 自分をさらけ出して生きろ。

 ありのままの自分、せいいっぱいの自分を見せて「星牙君、きっしょ」と、もし思われたとしても――ソラはそんなことを思う子ではないと思いたいが――会わないで終わるより、会って終わった方がいい!

 

 待ち合わせ場所に行くと、ソラは平凡な感じの女の子だった。緊張しなくてもいい雰囲気の子だった。

 いい子そうだ、と思った。

 こういう子がいいんだ、と考えた。

 なんか、道端に咲いた花を一緒に「咲いてるね」って話題にできる感じ。

 机を並べて授業を受けていて、消しゴムが落ちたら拾ってくれて、「いい子だな」って思うような、日常感のある、安心できるいい子っぽさだ。

 

 星牙よりも少し背が高かったので、星牙は一生懸命背筋を伸ばした。


「星牙君、イメージ通り」

「そおか。僕も、イメージ通り……」


 手をつなぐ? いいや、まだ早い。

 嫌われないようにしたい。自然に、自然に。


 風に乗って、甘い果実みたいな香水の匂いがして、どきどきする。

 並んで歩いているだけなのに、世界がいつもより鮮やかで、明るく見えた。

 

 ワークショップでは、ウインクキラーやゾンビゲームが楽しめた。

 ゲームには知らない人たちがいっぱい参加していたが、ソラと二人で「一緒に参加します」と言ったときには「可愛いカップルやね」と誰かが言ったのが聞こえた。

 星牙は天にも昇る気分で「彼女持ちってこんな気分か~!」と思ったものだ。実際は、まだ彼女ではなかったのだけれど。


「次回はマーダーミステリーをして遊びますぅ。都合がよかったら、遊びに来てくださーい」


 ワークショップの終わりには、次回の宣伝もしてくれたので、デートは二度、三度と続いた。

 好きな子とのデートを兼ねていたこともあり、ワークショップは毎回、最高に楽しかった。

 格好いいところを見せたくて、本気でゲームや演技をして「あの子、すごいな」と目立っていた。

 

 猫屋敷座長は「君、天才だと思うわ。ちょっとうちの劇団で演劇やってみない?」と誘ってくれた。

 その頃には劇団員にも「また来たな~、常連君~!」と顔を覚えられていたし、西の柿座が大好きになっていたので、星牙は「仲間に入れてくれるの? 入ろうかな」と思ってしまった。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆ 


「星牙のプレイが格好いいって人気が出てる。配信を増やそう、スターになれるぞ」

「星牙の芝居がうまいって人気が出てる。ええこっちゃ。次の舞台も楽しくやろうなぁ♪」

   

 ……二足(にそく)草鞋(わらじ)。あるいは、二兎を追う者は一兎をも得ず。


 葉室王司に言った言葉は、いつも自分が気にしていることだった。


 あっちもやりたい、こっちもやりたい。

 どっちも中途半端になって、何も得られなくなってしまう――もっと時間を注ぎ込み、一心不乱にひとつだけを頑張れば、成果も断然違うのではないか。

 でも、どっちかに絞り切れない。どっちも好きだ……。

 

 空譜(カラフ)ソラは、そんな星牙に寄り添ってくれていた。

 

「星牙君、人生は一回きりで、どんな経験でも、後で生きてくると思う。やりたいこと全部やってやるぜーって、若いうちにやんちゃしてもいいんじゃないかな? うまくいかなかったーってなっても、その失敗の経験は財産だよ」


「ソラ、ありがとう。ソラってほんま、いい子やなぁ……」 


 ソラは、しばらく黙り込んだ。


「星牙君、私ね、きれいな人格者の自分を演じるのが好きなんだ。いい人だなーって言われたら、嬉しくなるの」

「うん……?」

「私ね、弱点があったり、落ち込んでたり、荒れてる人が好きなんだ。クズも好き。そういう人がいるとね、私が優しくて、きれいで、いい子になるのが簡単だから」

「う……ん……」


 なんでそんなことを、今、自分に言うのだろう。

 どんなリアクションを欲しているんだろう。


 星牙は頭を悩ませた。

 配信者業なんてしていると大なり小なり自分のキャラを演じることはある。当たり前だ。


「……いいことを言ってもらえて嬉しかったのは事実だし……別に気にしない、かな……」


 考えて、出てきた答えは、そんな答えだった。

 

 その答えが正解だったのかはわからないが、その後しばらくしてから、ソラは星牙の世界から消えてしまった。


 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 感情がぐじゃぐじゃに乱れて、凪いで、かと思えば荒れて、静かになって、心に塞がらない穴が開いて、冷たい風がむなしくびゅうひゅうと吹き続ける。

 泣いて、叫んで、取り乱して、寝込んで。

 腹が減って、喉も乾いて、やらないといけないことがあって。

 夜が来て、眠気が意識を閉ざして、朝が来る。何度も、何度も。

 睡眠と時間経過と集中力を必要とする試合は魔法のようで、少しずつ現在が過去になっていった。

 

 しないといけないことをこなすこともできて、笑うことも冗談を言うこともできるようになっていって、ふとした瞬間に思い出して傷つくのに、「今は普通に振る舞わなければ」と思えば、普通の振る舞いを演じられた。


 驚いたことに、人生は、大切な存在がいなくなった世界でも続く。

 自分は、なんだか生き続けていて、普通に過ごせるようになっていく。

 

 日常って、怖いかもしれない。

 ぬるま湯のように、自分の非常事態をゆるりゆるりと薄めてしまう。

 あれこれしていると一日が終わる。そして、眠ると明日がまたやってくる……。

 

「星牙、ゲームへの熱意が冷めたのか?」

「星牙、遠征参加する……?」 


「星牙、勝つ気があるか?」

友大(ゆうだい)が事故った……」 


 スケジュール的にも、体力面でも、どっちかを選ばないといけないってずっと思ってた。

 どっちをやりたいのか、ずっと迷ってた。贅沢過ぎる悩みだ。

 

 芝居の方がいい気がした。

 だって、劇団は家族みたいにあったかで、みんなが大好きで。

 看板役者が入院して、遠征メンバーはいまいち締まらなくて。

 ここで「天才な星牙様が引っ張るで! みんなついてこーい」なんて言ったら、主人公みたいじゃないか、と思った。

 

 芝居の道は、傷を隠して笑える自分には適性が高いようにも思えた。

 哀しみや寂しさ、やりきれなさを表現しろと言われたとき、これまで以上に生々しく「これがつらいんや。観客もつらくなれ」と押し付けてやれそうだと思った。


「リハビリもがんばるし、車椅子でも出るよ、やるよ」

 新川(しんかわ)友大(ゆうだい)は、やる気を見せていた。

「ゲストの歌舞伎役者の人も、噂だとこの前の公演を怪我してるのにやりきった、終わってから『実は怪我をしていた』と話題になったって言うじゃないか。ガッツがあるなあと思ってたんだ。負けないよ」


「勝とう」


 主人公みたいな顔をした葉室王司が、「君も主人公になれ」と言うみたいに手を握ってくれる。


 その姿に、好きな子が重なる。

 自分の心の中に、あの子は生きているんだ――と、思った。


 役を思い描くと、その姿にはソラが重なった。

 あの子と話した最期の時間の、なんともいえない静かで、美しい思い出。


 何気なく、明日も話すつもりで、いつもの延長として会話をしていて……でも、あっさりと消えた「ソラとの明日」。


 ああ、この感情を表現してみたい。

 自分の中にある、形にできない、言葉で形容できない想いを、主張してみたい。

 秘めている自分の真実を芝居の表現として叫んで、「わかってくれ」と言ってみたい。


 もし、幽霊みたいになって観ているかもしれないソラがいるなら、「こんな気持ちを抱えているんや」と見せてやりたい。


 それはまるで、わだかまる感情を昇華する儀式のようで、神聖で大切な仕事なのだ。

 それをしないと、だめだと思うのだ。

 強迫観念みたいに「やるんだ」という衝動が湧いて、湧いて――「両方やるんか」――呟いた自分の声は、自分がどっちをより求めているのか、どっちがやりたいのかを見つけてしまっていた。

 

「まあな、ぼくは天才や。できるわ。余裕、余裕。……両方やって、ゲームは終わりにしようかな。引退や。勝って、スッキリ『さよなら』したる」

 

 星牙はそう天才ぶって宣言した。


「ぼくのカンパネルラで、『デフォルメのイラストみたいだね、いいね、これが西の柿座なんだよね』って言わせてやるわ」

  

 それまでなんとなく寂れていた心臓は、とくんとくんと高鳴って、なんだか久しぶりに世界が明るさと鮮やかさを増して見えた。

おかげさまで、記念すべき100話を迎えています。

毎日楽しく執筆できるのは、読んでくださる方の存在がとても大きいです。励みになっております! 

ありがとうございます!

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