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10、後悔しても、もう遅いX2

 翌朝、早起きしてすることは、洗顔と歯磨き。

 発声練習とストレッチ。

 シャワーを浴びて朝食タイム。


「おはようママ」

「おはよう王司。今朝は早起きしたからママが朝食を作ったわよ。お味噌汁は自分でお湯とドラベジを入れてね」


 お湯が沸いてる。

 目の前に置かれたお椀にインスタントの味噌汁とドライベジタブルを入れて湯を注ぐと、いい匂いがした。

 

 ママが作ったオムレツとサラダは美味しい。家庭の味だ。

 前世はずっと一人暮らしだったので、幸せな感じがする。家族がいるって、いいものだ。

 

 二度目の歯磨きのあと女子用の制服に身を包むと、スーツ姿のママは無言でスマホを構えて写真を撮り、サッと玄関に向かった。秘書が迎えに来ている。


「セーラー服、懐かしいわ。……お仕事だから先に出るわね。いじめる子がいたら訴えるから証拠を取ってきなさい」

 

 ママは小さな旅行会社を経営しているらしい。知らなかった。


「お互い行ってらっしゃいですね、ママ」

「帰ってきたら芸能事務所に一緒に行くわよ。ママは疲れて愛想が悪いかもしれないけど。行ってらっしゃい、王司」

「疲れてるなら無理に一緒に来なくても」

「行かない方が無理なのよ。事務所で不愛想でも家に帰れば愛想よくなるからね」

「家より外で愛想よくした方がよくないですか、ママ……?」

 

 ママは秘書さんが運転する車に乗り、こちらは執事のセバスチャンが運転する車に乗って通学だ。

 葉室王司の学校は、公立だ。通っている子は富裕な家の子もいるし、そうじゃない家の子もいる。


 セバスチャンは機嫌がいい。鼻歌まで歌ってる。


「♪ふーんふんふーふーふ、ふふふふ、ふふふ」

「残酷な天使のテーゼ……?」

「イエス! 正解者にアッポーポイントあげマス!」

「あ、ありがとう……?」

 

 アッポーポイントというのはよくわからないが、セバスチャンは指をパッチンと鳴らした。


「増やしておきマシタ」

 

 何かのポイントを増やしてくれたらしい。

 よくわからないが、こういうやつを「ふしぎちゃん」と呼んだりするのだろうか。

 

「そういえば、執事って家の人がいない時間はなにするの? ミヨさんと一緒に掃除したり?」

「ゲームしマス」

「そっか。休憩時間みたいな感じなのかな? なんのゲームするの?」

「北海道連鎖殺人 オホーツクに消ゆ~追憶の流氷・涙のニポポ人形~デス」

「新作だっけ。買ったんだ……いいな。楽しんでね」

 

 移動すること数分。

 到着した中学校の門をくぐると、生徒たちが珍獣を見るように散っていく。


「女子になったって本当だったんだ」

「制服着てる……うわぁ……」

「あの子、生配信でカミングアウトしたんだよ」

「オーディション荒らしじゃん」


 ひそひそと噂されているけど、あまり好意的じゃないかも?


 生配信は夢だと思ってたんだよ……夢じゃなかったんだよ……後悔しても、もう遅いんだよなぁ……。

 

 王司の記憶がないから、知り合いが誰なのかもわからない。

 教室はC組だが――そういえば自分の席って名札とか付いてないよな。

 クラスメイトに聞いたら教えてくれるかな?


 校舎に入ろうとしたところで、黄色い声が連続して聞こえた。

 

二俣(にまた)様よ」

「今朝も素敵!」

夜輝(よるてみ)様ー!」

 

 学園のアイドル的な男子が登校したらしい。

 二俣(にまた)夜輝(よるてみ)……他人のこと言えないけど結構なキラキラネームな気がする。

 

 たぶん、「二俣グループは一途です!」のキャッチフレーズで有名な企業グループの御曹司だろう。

 チラッと見ると、人気になるのも頷ける高身長・美男子だった。高貴なオーラみたいなのがある。

 揉めると厄介そうな人物だ。近寄らないでおこう。

 

 あと、門の向こうで騒ぎも起きている。

 

「警備員さーん! 不審人物がいます!」

「あっ、違いますよ? 僕はただ、気になる原石を見に来ただけで……あわよくば話したいと思っただけで……!」

「警備員さん! 変態がいまーす!」

「違いますよ~~っ!?」


 金持ちの子が通う学校だし、誘拐を狙われたりする子もいるんだろうな。警備が大変そうだ。

 

 変態の声はちょっと聞き覚えある気がするけど、気のせいだろう。

 まさかTV局のADが中学校で変態騒ぎ起こすわけないもん。


  

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 ――【三木(みき)カナミ視点】



三木(みき)カナミ:葉室君に告白されちゃった。でも振ったの。だって、身長が低すぎて対象外だったんだもん。


三木カナミ:そしたらね、キレてフレンド削除されちゃった。ひどくない?


三木カナミ:ショック受けちゃった。あんな人だったんだね……


 

 2年生の三木カナミは、「同学年の誰よりもアタシは可愛い」と自負していた。

 何度か告白されたこともある。


 

三木カナミ:あたしの顔面サイキョー! また告白されちゃったぜ! でも理想が高いからごめんなさい☆ 


三木カナミ:あたしの理想は江良(えら)九足(くそく)様みたいな「すごい!」ってみんなが認めている芸能人系・ハイスペック王子様なんだ♡


 

 カナミは親からもよく言われていた。

 「男と付き合うならハイスペックを狙え、平凡な男で満足するな。平均より下の男なんてもってのほかだ」と。


 だから選り好みしているのに、仲良しグループの女子たちは「理想高すぎ!」「付き合えばいいのに」と言う。

 彼氏持ちの女子なんて、マウントを取ってきたりする。


 わかってない。全然わかってない。

 彼氏がいるから偉いなんてこと、全くない。

 

 あんたらとあたしは同等じゃない。

 あたしが上なの。わからせてあげないといけないよね。


 ――だから、自分がモテるアピールをするために嘘をついた。

 

 富裕層の男子、それも友達が少なくて大人しく、怒ったりしないような弱そうなのを選んだ。

 葉室王司は格好のターゲットだった。


:カナミ、嘘バレ乙

:なんで嘘ついたの?

  

「あいつのせいだ。あいつが女子だったのが悪いんだ……」

 

 逆恨みだと自覚しつつも、腹が立つ。

 運が悪かった。まさか男装女子だったなんて。

 

 葉室王司が女子として登校してきた、というニュースは生徒たちの間を駆け巡り、みんなが「どれどれ」と見に行っては目を奪われている。

 

 悔しいけど、可愛い。

 

 艶のあるショートヘアの黒髪は前髪が整えられて、サイドにレイヤーが入れられて軽やかな印象。

 中学校のセーラー服が似合っていて、短くしていない新品のスカートが初々しい。

 お金持ちのお嬢様だけあって、品もある。

 

 清楚とか、純情とか、そんな言葉が似合いそうで……でも、「ステージでカミングアウトした」というドン引きするような過激なやらかしのギャップもあって、刺激的だ。目が離せなくなる。気になってしまう。注目してしまう。

 

 悔しい。悔しい。魅力的だ。負けてる。

 

「可愛いな~。配信見た? 俺、何回も再生して寝不足! あははっ」

「見ちゃうよな。芸能人なるのかな? 今のうちに声かけとこうかな」


 男子は学年問わずソワソワと物陰で熱視線を送っているし。 

 女子だって「仲良くなりたい」ってはしゃいでる子がいっぱいいる。

 

「へえ~、葉室ちゃんってガチで女子なんだ。制服似合う~! あとでサインもらっちゃおうかな? お昼誘ったら一緒に食べられるかな?」

「カナミ、あんたウソばっかり言うじゃん」

 

 カナミの評判はガタ落ちだ。

 ちょっと前まで「葉室王司ってクズなんだ」「ひどいね」と言ってくれていた皆が「カナミは嘘つき」と手のひらを返してしまった。



「くぅ……」


 く、く、悔しい。


 カナミは涙目になって俯いた。

 いつも周りにいた友達は、みんなカナミから距離を取っている。

 SNSも学校も、みんな王司に夢中だ。


 居心地が悪くてたまらなかった。



(あ~~、なんであんなこと言っちゃったんだろ~~! うわーーん!)



 後悔しても、時間は戻らない。もう手遅れだ。

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