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恋と愛に挟まれて死ぬ  作者: 夢乃間
1章 夢見る少年
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ドア越しの会話

 絵画の世界は奥深い。一見価値の無さそうな落書きに見えても、到底手に入れる事が出来ない価値をつけられる。その逆もありえて、素人目でも凄く上手に見える絵が、数千円以下の価値をつけられてしまう。ネットで少し調べた知識では、絵の価値は作家の人生や感情が絵に乗せられているかどうからしい。

 芸術家というのは狂った人や人格に難がある人がなるものだと思っていたが、芸術家の作品に価値をつける人の方が狂ってる。絵に込められた想いに気付けるかはさておき、彼ら彼女らの評価次第で、芸術家を偉人にも、凡人にもしてしまう。

  

「彼ら、もしくは彼女らは、いわば裁判長だよ。数分で出来た作品を傑作と評したり、数年掛けて仕上がった集大成を駄作と貶す。芸術家として生きる人間より、作品を第一に考える。心を持った人間じゃ出来ない仕事だと思わない?」


 そう言って、扉の隙間から僕の話を聞いている花咲さんの意見を聞いてみた。花咲さんは僕が淹れた紅茶を一口飲むと、真っ直ぐと僕を見つめながら口を開いた。


「えっと……すみません。私には分かりません」


「そっか。秀才そうな雰囲気なのに」


「この話に秀才さは関係ない気が……あと! いつまでドア越しなんですか!? 私達、もう何日も交流を深めていますよね!? お茶も用意してくれるなら中に入れてくれてもいいじゃありませんか!?」


「知らない人は入れるなって教えられてるんだ」


「もう知ってますよね!? 今日は家の中に入れてくれるかな? なんて事を思いながら来てるんですよ!? これじゃまるでセールス販売員みたいじゃないですか!」


「それでも来てくれるよね? じゃあもう諦めようよ」


 初めて会った時は、おしとやかで同い年とは思えない大人っぽい印象だったが、今目の前にいる花咲さんは、同い年か年下とも思える程に子供らしい。今も頬を膨らませながら、全く怖くない睨み顔で僕を見ている。

 でも実際、なんで花咲さんは僕に会いに来てくれるのだろうか? 体育祭はもう数日前に終わっているし、自分で言うのもなんだが、こんな対応をされれば呆れて来なくなるのが普通だ。

 それでも、花咲さんは懲りずに僕の家に来てくれる。毎日ではないが、こうしてお茶を出す程まで来てくれている。


「花咲さんは、どうして僕の家を訪ねてくるの?」


 考えても分からなかった僕は、直接花咲さんに聞いてみる事にした。僕の質問に対し、花咲さんは眉を上げて困惑した表情を浮かべると、すぐに笑った。


「どうしてって、そんなの佐久間君と会いたいからですよ。会いたくないなら、もう来てません」


「こんな僕と会ってどうするのさ。自分で言うのもなんだけど、結構話しづらいでしょ?」


「まぁ、たまに突拍子も無い事を言うけど、他の子達と違って面白いですし。さっきの芸術家の話も面白かったですよ」


「それにしては、返答が淡白だった気が……」


「私は佐久間君のように色々な事に興味を抱けないんです。普通の事を普通に納得する。佐久間君は更に奥を覗いたり、定着された答えを全く別の観点で考え、新しい答えを導き出す。私は普通の人間で、佐久間君は特別な人間なんです」


「普通と、特別……僕は、どっちでもないよ」


 そうだ。僕は特別なんかじゃない。かといって、普通でもない。物語に登場する人物達からは認識されない名無しの存在だ。名前や台詞がある登場人物とは違い、僕には名前も台詞も、存在する意味も無い。誰にも理解されず、誰にも認識されないまま、物語の終わりを迎える。

 僕からすれば、外の世界で生きられる花咲さんの方が特別に思えてしまう。普通に生きられるのは、特別な者だけだ。普通という言葉は安易に片付けられない程に価値がある。

 自分の現状に自分で痛めつけて勝手に傷心していると、花咲さんがドアの隙間から空になったカップを差し出してきた。  


「人の価値は物の価値と似ています。容姿が良い人は沢山いるし、何かに長けている人だって沢山いる。でも、そんな人達とは比べ物にもならない程に魅力的に思えてしまう人が必ずいる。私にとって、佐久間君がその人なんです。佐久間君は私の特別なんです」


「……紅茶のおかわりを要求するにしては、随分と持ち上げてくれるね」


「フフ。さぁ、どうでしょうか?」 


 悪戯気に笑う花咲さんのカップに、僕は紅茶を注いだ。花咲さんはモテてるんだろう。男性にも、女性にも。彼女は整った容姿だけでなく、様々な側面を持っている。僕を除いた誰もが、話をしただけで彼女の虜になるだろう。

 花咲さんは紅茶を一口飲むと、カップのフチを指でなぞりながら次の話をし始めた。


「今度、ここの近くで花火大会があるのは知ってますか? 色んな屋台とか、ちょっとした有名人も来たりして、毎年人が集まる夏のイベントなんですけど」


「知ってるよ。テレビでも取り上げられるくらいだしね」


「その……もし良かったら、一緒に行きませんか?」


「更生の一環として?」


「そうじゃなくて! これは学校に来てくれる為とかじゃなくて……その……」


「……ごめん。誘ってくれるのは嬉しいけど、無理だよ」


「ひ、人混みが駄目とかですか? なら、人気の無い場所を知ってます! 虫とかお化けが出そうで少し怖いけど、花火は人混みの中で見るよりもハッキリと―――」


「もう、帰ってくれない? 無理なものは無理なんだ」


「っ!?……そう、ですよね……ごめんなさい……」


 まだ紅茶が残っているカップを僕に手渡し、花咲さんは帰っていった。罪悪感で胸が締めつけられる。自分勝手も甚だしい。あんな言い方で帰らされた花咲さんの方が辛いはずなのに。

 でも、あんな言い方じゃなければ、きっと花咲さんは引き下がらなかっただろう。


「もう、来てくれなくなるな……」


 僕は自分の分の紅茶を飲み始めた。温かい紅茶なはずなのに、僕の紅茶は冷めきっていた。  

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