脱出
この屋敷からの脱出を目指しているが、まるで迷路だ。階段を下りたり上ったり、通路を曲がったり戻ったりと、一筋縄ではいかない。というか、どういう構造なんだ? こんな面倒な造りじゃ、外に出るだけでも一苦労だし、現に苦労している。右足が戻って良かった。歩く事が出来なければ、この屋敷から抜け出す事は不可能だろう。どういう方法かは知らないが、幻の僕に感謝だ。
先導するリリーの後に続いて駆けていくと、額縁に入れられた絵画で埋め尽くされている部屋に辿り着いた。リリーは入ってきた扉に鍵を掛け、壁に飾られている絵画を一つ一つ観察していく。
「あんたの趣味に茶々を入れるつもりはないが、鑑賞は後にしてくれ」
「どれかの絵画の中に、隠し扉を開く仕掛けがあるの!」
「どれかって……分からないのか?」
「仕掛けについては前の屋敷の持ち主が作った物だから、私達には分からない。私の部屋で見つけた紙切れには、仕掛けがあるとしか書かれてなかったの」
「待って。まさか、僕達は遠回りしているのか?」
「当たり前に出口から出られるはずないでしょ? あの脅しだって、どこまで通用するか」
「確かに。じゃあ、早いとこ見つけましょう」
絵画に隠された仕掛けを見つけるべく、僕達は絵画に不自然な部分がないかを探した。壁に飾られているだけじゃなく、天井にも絵画はビッシリと飾られている。一つ一つ細かくチェックしていくのは骨が折れそうだ。
しばらく探し続けたが、絵画の仕掛けは一向に見つからず、そうこうしている内に部屋の扉が叩かれた。いくら鍵を掛けているからといって、安心出来る訳じゃない。扉は木製だ。屈強な男達が体当たりし続ければ、容易に扉を壊せる。
追い詰められた僕達は、焦り始めた。リリーは絵画をチェックする手間を省くようになり、次から次へと絵画を調べていく。
僕は、一度初心にかえる事にした。この部屋に隠し扉がある事だけを考え、仕掛けの在処のヒントを真っ白にする。リリーが言っていた紙切れに書かれていた事が嘘な可能性があるからだ。隠し扉があるという事は、緊急時や人目を遮る時に使っていたのだろう。わざわざヒントを残すはずがない。そもそも、ここに隠し扉があるのも嘘かもしれない。
一抹の不安を覚えながらも、僕は部屋全体を見渡す為に、壁に寄りかかって座った。壁と天井には絵画で埋め尽くされており、所々に照明用の隙間がある。
部屋に飾られている絵画を見渡していると、ある一つの違和感を覚えた。ほとんどの絵画に描かれているのは風景や建物だが、人間を描いた絵画がいくつか混じっている。そのどれもが、目線を真正面ではなく、横に向けていた。適当に選んだ絵画に描かれた人間の目線の先を見ると、別の人間を描いた絵画の方へ視線を向けていた。
視線を辿っていくと、ある一つの絵画に行き着く。それは崖を登っている男の絵だった。その絵に近付き、違和感がないかを観察していく。
「なんだ? 何かが、おかしい……」
絵に違和感を覚えつつも、それが何なのかが分からない。僕は絵に描かれている男と同じポーズを取った。
そうして、違和感の正体に気付く。この男は崖を登っているのではなく、地面に寝そべっているだけだ。つまり、正しい絵の向きは横。絵画を横向きにすると、床の一部が開き、下へ続く階段が現れた。
「解いたの!?」
「僕の方が頭が柔らかかったみたいですね」
安堵していたのも束の間、部屋の扉が今にも壊れそうな音がした。僕はリリーを先に行かせ、絵画を縦向きにしてから後を追った。
開いていた床が閉じ、僕達は暗闇に包まれてしまう。明かりの類を持ち合わせていない僕達は、手を繋ぎ、壁に手を当てながらゆっくりと階段を下りていく。
「これ、何処まで続いているんですか?」
「分からない。私も初めてだから」
「こんなの警察にバレたら、違法建築で逮捕されますよ」
「そこは大丈夫。この屋敷は森の奥深くに建てられていて、情報が漏れない限り、この屋敷の所在を知る者はいない」
「秘密の隠れ家。子供の頃に憧れましたね」
「今も子供でしょ?」
「子供は子供でも、もう青年ですよ。遊び場が公園からゲームセンターに……まぁ、僕は行った事ありませんが」
「私も。じゃあ、ここから逃げれたら一緒に行こうよ」
「花咲さんと敦子姉さんも一緒ですよ。これ以上二人を無視してたら面倒な事になるんですから」
「フフ」
暗闇で見えない中、階段を下り続けていくと、平坦な地面になった。依然として暗闇に包まれていて見えないが、音の反響や、肌を刺すような冷たい空気から、洞窟のような場所にいるはずだ。
「屋敷の下に洞窟とかあったりします?」
「分からない」
「自分の家なのに、何にも分かんないんですね」
「屋敷の構造を憶えるので手一杯だったのよ!」
「家が広過ぎるのも考えものですね。さて、この先が外に繋がっていればいいのですが……」
そう言った瞬間、眩い光が視界に広がった。目が痛い。手で光を遮り、指の隙間から漏れる光で目を馴染ませ、ゆっくりと手をどかしていく。
どうやら、光の正体は懐中電灯のようだ。薄っすらとだが、懐中電灯を握る手が見える。それ以外は暗闇に隠れていて、目の前にいる人物が誰かが分からない。
「……誰だ」
僕はリリーを背に隠し、懐中電灯を握る人物に尋ねた。返答を待っていると、懐中電灯の光が消え、再び視界が真っ暗になる。人物も行動も謎に包まれている所為で、若干の恐怖心を覚えてしまう。取り乱さずにいられるのは、背中から感じるリリーの手の感触のおかげだ。
暗闇の中、次に起こる何かを身構えていると、再び光が灯る。目に映ったのは、光に照らされた人の顔。目元に影が掛かっていて、光を集中的に浴びている口元が不気味でならない。
「ぐっ……!?」
「イッヒッヒッヒ! お前を―――痛っ!?」
反射的に殴ってしまった。何か言っていたような気がするが、脅かすコイツが悪い。地面に転がっている懐中電灯を拾い上げ、今さっき殴り飛ばした人物を探した。
懐中電灯で周囲を照らしていくと、頬に手を当てながら座り込んでいる女を見つけた。よく見ると、その女は僕がよく知る人物のようだ。
「……何やってんですか。花咲さん」
「それはこっちの台詞です! いきなり殴るなんて酷いじゃありませんか!」
「馬鹿みたいな脅かし方したからですよ……え? なんで花咲さんがここにいるんですか!?」
「随分と遅れて気付きましたね……コホン。佐久間君。そして、リリーさん。助けに来ました」
「ハナサキ一人で?」
「ここに来たのは私だけですが、もう一人入り口の方で待ってます。認めたくありませんが、あの人がいなければ、お二人の所在を知る事は出来ませんでした。案内するので、懐中電灯を返してくれますか?」
花咲さんに懐中電灯を渡すと、僕の手を握って歩き始めた。リリーを置いていかないように、もう片方の手でリリーの手を握る。
三人手を繋いで進んでいくと、月の光に照らされた外の景色が見えてきた。洞窟の入り口に寄りかかっていた人物が姿を現すと、月の光が照らし出す。
僕達を助けにきたもう一人の人物は、敦子姉さんだった。
「迎えに来たわよ。水樹君」




