誰も知らない二人だけの夢
リリーが作ってくれたドリームキャッチャーは本物のまじないだった。調べてみると、ドリームキャッチャーが力を発揮すると、吊られている糸や装飾品が外れるそうだ。リリーのドリームキャッチャーには、元々7本の枝が吊り下げられていて、悪夢を見た後、その内の一本が外れていた。
つまり僕は、あと六回だけ安眠を約束されている。使い切ったとしても、また桜の木から材料を手に入れ、リリーに作ってもらえば、永遠に悪夢を見る事は無い。僕の人生を覆う霧に、陽光が差し込んできた気分だ。
だが、油断は出来ない。こうしている間にも、悪夢は僕を夢の世界に引きずり込もうと企んでいるはずだ。このドリームキャッチャーは首にさげて、万全の体勢を維持しておこう。
「水樹……」
部屋の扉が開き、リリーが顔を覗かせてきた。
「どうした?」
「眠れない……」
「……分かった。入ってきな」
リリーが部屋に入ってくると、手を合わせた状態で、親指の腹でもう片方の親指の爪を撫でていた。何かのまじないだろうか? ドリームキャッチャーの件の所為で、リリーの一挙一動が何らかのまじないに見えてしまう。
ベッドの上で座っている僕の隣にリリーが座ると、リリーは僕が首から下げているドリームキャッチャーを見て、目を大きく見開いた。
「私の!」
「ん? ああ、これか。肌身離さず持っておいた方がいいと思ってね」
「嬉しい……水樹、スキ!」、
「ありがとさん。じゃあ、さっさと寝ろ」
リリーはベッドの真ん中で横になった。少しは遠慮してほしいな。まぁ、ドリームキャッチャーの恩もあるし、これぐらいの横暴は許すとしよう。寝てる時に落ちないよう、リリーの傍で僕も横になった。
リリーの顔が見える。暗闇でも目立つ金髪と青い瞳。柔軟剤やシャンプーとは別の、自然で良い香り。同じ人間でも、まるで別格だ。まるで絵本の中に出てくるお姫様のよう。
「水樹」
向かい合わせで、リリーと目が合う。リリーは僕の胸に顔を押し付け、しがみつくように腕を掴んできた。
「……安心出来る」
「……そうか」
「……水樹。お話して」
「お話?」
「水樹の、お話……」
そうは言っても、僕におとぎ話のような眠りに誘い込むような話なんて無い。だから、僕は僕の話をした。どうして話そうと思ったかは分からない。誰かに聞いてほしかったからだろうか。
「……ある男がいた。男は人一倍元気が良く、両親からも愛されていた幸せ者だった。ある日、男の両親が死んだ。男は死に損ない、孤独になった。孤独の毒に蝕まれた男に、かつての面影は無く、生きながら死んでいる灰人となった。そんな男のもとに、一人、また一人と人が集っていく。男は集まった人々の命の炎で暖を取り、灰色に染まった心臓を再び動かす。ようやく動き出せた男だが、その体は灰人のままであった。色も無く、進むべき道も無く、結局男は立ち尽くすばかり。そうして男は、確かに動く心臓の鼓動を感じながら、深い眠りに落ちていく」
「……嫌い」
「……そうだね……僕も嫌いだよ」
リリーは僕の胸に耳を当て、僕の心臓の鼓動に耳を澄ました。
「……聴こえる。水樹の音……水樹、私の音も」
リリーは僕の手を動かし、自分の胸に僕の手を当てさせた。男の僕よりも柔らかい肌と、空っぽな胸の奥。心臓の鼓動を感じられない。手の平に意識を集中して感じ取ろうとしても、リリーの心臓の鼓動は感じられなかった。
理解が追い付かず、視線をリリーの胸から顔に向けると、青い瞳が赤い瞳に変わっていた。暗闇の中でも見える赤い瞳には、美しさと、恐ろしさが兼ね備わっている。
「私は子供じゃない。水樹よりもずっと長く生きてる」
「吸血鬼?」
「違うよ。ただずっと生きてる。幼い容姿のまま、何十年、何百年と」
「……どうして、教えてくれるんだ?」
「水樹も教えてくれたから」
リリーは掴んでいた僕の手を口元に寄せ、薬指の腹を齧った。針を刺されたような痛みが走り、体が跳ね上がってしまう。
リリーは僕の薬指の腹から血が出てくる様を恍惚とした表情で見つめていると、薬指の先を口に含んで血を吸い始めた。僕の血を堪能したリリーが、蕩けた表情で僕を見つめてくる。
唇に柔らかい感触を感じた。その感触を遅れて感じてしまう程に、リリーは一瞬で僕の顔に近付いてきていた。
夜の静寂に包まれた部屋の中で、リリーの少し荒れた吐息だけが聞こえてくる。僕の指の隙間に絡めてきたリリーの細い指。リリーの赤い瞳に映る僕の黒い瞳。僕の体に寄せてくるリリーの柔らかい体。
目覚めると、いつの間にか夜が開けていた。眠った記憶も、あれから先の記憶も無い。まるで夢から覚めたようだ。
隣を見ると、先に目を覚ましていたリリーが僕を見つめていた。昨夜見た赤い瞳は、青い瞳に戻っている。
「あれは夢?」
「夢よ。私達は、夢を見ていたの。他の誰も知らない私達だけの夢を」
「……君は、どうしたいんだ?」
「私の中に、水樹の鼓動を宿したい」
「僕の心臓を引っこ抜くつもり? なら、お断りだね」
「フフ」
リリーは笑った。少女の顔で、妖艶に微笑んだ。そのリリーの表情に、どうしてか、敦子姉さんを思い出してしまう。
「佐久間君! 大変です!」
部屋の外から聞こえてきた花咲さんの声の後、豪快に扉を開いて花咲さんが部屋に入ってきた。花咲さんが部屋に入って来た途端、リリーは幼子の演技を再開した。
「う~ん……ハナサキ、うるさい……」
「あれ? どうしてリリーさんが佐久間君の部屋に? というか、なんで一緒に!? ズルいです!」
「早い者勝ち。それで? 朝早くにどうしたんですか?」
「あ、そうです! 二人共、今すぐ一階に!」
花咲さんの慌てように、嫌な予感を覚えた。花咲さんの背に乗せてもらい、一階のリビングに来ると、腕を組んでテレビを見ている敦子姉さんの姿があった。
「敦子姉さん。どうしたんですか?」
「……水樹君。マズい事になった」
敦子姉さんの声色は、酷く重苦しかった。ソファに下ろしてもらい、テレビに映る番組を見てみると、記者会見の様子を報道していた。長い金髪に、黒いスーツを着た一人の男が映っている。
「パパ?」
その男の姿を見たリリーが呟いた。
『私の愛娘が消息不明となり、一週間が経とうとしています。何一つ情報を得られない事に、親として情けなく思っております……そこで、皆様のお力をお借りしたい! 異国の私の願いなど、親として失格な不出来な父親の言葉など聞きたくない事は重々承知です! ですが、どうか聞いていただきたい! 私の娘を見つけてください! 見つけた方、情報をくれた方には、私からの謝礼を贈ります! 金など、愛娘と再び会える事と引き換えなら惜しくはありません! お願いです! 私の娘を―――』
突然、テレビの画面が暗転した。リリーがリモコンでテレビの電源を消したんだ。
「詐欺師め……!」
子供の演技が崩れてしまう程に、リリーは怒りを露わにしていた。幸い、その事に気付いているのは、僕だけのようだ。それ程までに、報道……いや、金の餌の効力を恐れていた。




