ドリームキャッチャー
リリーが家に来てから三日が経った。その間、警察が訪ねてくる事も、あの黒い連中が押しかけてくる事も無かった。僕の中にある不安は未だ消えてはいないが、普通の日常を送れている。仕事に行く敦子姉さんを見送り、敦子姉さんが帰ってくるまでリリーと花咲さんと戯れ、夜になれば眠りにつく。
変化の無い日常だが、その日常の中で変化を起こしている人物がいる。
「フワァ……水樹、おはよう」
まだ半分寝ている様子のリリーが、当たり前のように僕の部屋に入ってくる。この三日間の会話の積み重ねで、リリーの発音が日本人らしくなってきた。コツを掴んだか、あるいは誰かの真似をしているかは定かじゃないが、三日で異国の言葉を正しい発音で出来るのは呑み込みが早い。
「おはよう。眠そうだな?」
「アツコ、ギューッてして苦しい……」
「おー、可哀想に」
「水樹、寝てない?」
「今、とある物を探していてね。ドリームキャッチャーって知ってるか?」
「悪い夢バイバイ。良い夢カモン」
「そうそれ。自分で作れる物じゃないし、何処かで買えないか探してるんだ。でも、そういったまじないを取り扱ってる店は中々無くてね。ネットでも売ってるが、どうにも信用出来ない」
「ドリームキャッチャー、作れるよ?」
「お前がか?」
リリーが眠気混じりで頷く。やっぱり女の子はまじない作りが好きなのだろうか?
「じゃあ、お願いしていいか? ネットで買うより安上がりだし、人の手で作る様を間近で見た方が効果が上がる気がするよ。材料は何がいる?」
「水樹の良い思い出がある思い出の品。加工出来る物」
「良い思い出か。加工出来るとなれば、そうだな……あ」
公園にある桜の木が一番に思い浮かんだ。あの木には、両親との思い出がある。あの桜の木はかなりの年月が経っている木だ。木を切る事は出来なくても、風に揺られて落ちた枝や、時間の流れによって剥がれ落ちた木の皮が地面に落ちている。
ドリームキャッチャーは悪夢から身を守るまじない。その効果を遺憾なく発揮するには、意思を持った悪夢と同等か、それ以上でなければならない。あの桜の木で、僕は両親との思い出を幻視した。
朝食を食べ終えた僕は、早速公園へと向かった。隣には、顔全体を覆う不気味なマスクを被ったリリーがいる。付いていきたいと駄々をこねるリリーに、敦子姉さんが貸してあげたマスクだ。どうしてこんな不気味な物を持っているのだろう? 民俗学が趣味なのか?
公園に辿り着き、目当ての桜の木の下を見てみると、桜の木から落ちた枝や木の皮が落ちている。中途半端に残しておくのも嫌だから、地面に落ちてる全てを袋の中に入れた。念の為に大きめの袋を持ってきたのは正解だったな。
「これが、水樹の思い出?」
「そうだよ」
「どんな思い出?」
「……僕の幸せだよ」
また両親との思い出を幻視してしまう前に公園から出ていき、僕達は家へと帰ってきた。リビングに入ると、キッチンにはエプロン姿の花咲さんが、携帯の画面を睨みつけながら何かを作っていた。
「あ、おかえりなさい。二人で何処に行ってたんですか?」
「慈善活動。そっちは何してるの?」
「お菓子作りです。木島さんに料理の腕は負けても、お菓子なら勝てると思って」
「あの人お菓子も作れるよ」
「え……?」
「まぁ、頑張って」
花咲さんの向上心と負けず嫌いな所は好きだけど、いかんせん相手が悪すぎる。才能どうこうよりも、花咲さんと敦子姉さんとでは次元が違う。先日の晩ご飯が良い例だ。敦子姉さんが作ったのは見た事も聞いた事も無い料理だった。一見、失敗したように見える物でも、こういう見た目の料理だと納得してしまう。初めての食べ物に抵抗感や恐怖心を持たせないようにするには、料理の腕以上の何かが必要だ。
キッチンで頭を抱えている花咲さんを無視し、テーブルの上に置いた袋から、木の枝と木の皮を取り出す。
「道具は何が必要?」
「手で十分」
「そっか。じゃあ、お手並み拝見」
ドリームキャッチャーの作り方は知らないが、写真を見る限り、結構手間が掛かる物だと思う。30分、もしくは1時間くらいは時間が必要だ。
そんな僕の予想とは裏腹に、リリーは非常に慣れた手捌きで木の枝と木の皮を加工していき、ドリームキャッチャーを作っていく。頑丈にする為に力を入れつつ、壊さないように意識しているのが分かる。
「作り慣れてるな」
「よく作ってた。ピアノの夢、見るから」
「ピアノが嫌いか?」
「弾くのは好き。でも、弾かされるのは嫌」
「両親からピアノを弾かされてるの?」
「うん。パパ、ピアニストになれなかったから」
自分の夢を子に継がせているわけか。感動的だが、子供を物として扱っている。リリーの父親にとって、才能があるリリーは天からの恵みだと思っているのだろう。自分では叶えられなかった夢を実現させ、自分では思いもしなかった新たな夢を見せてくれる。
だが、リリーの父親は、リリーではない。どれだけ夢が叶おうが、自分自身の手で勝ち得たものではない夢に、何の価値があるというのだろう。ただただ、虚しいだけだ。
「出来た」
数分で出来上がったリリーのドリームキャッチャーは、数分程度で仕上げた物とは思えない程に出来栄えが良かった。頑丈に作られており、少し力を入れても、欠けたり取れたりする事はない。まさに職人技だ。
「これで悪夢バイバイ出来るかな?」
「まぁ、物は試し。無いよりはマシだよ。ありがとな」
リリーの頭を撫でると、はにかんだ顔で僕の手を堪能していた。なんだか、犬を撫でてると錯覚してしまうな。
出来上がったドリームキャッチャーをつまんで眺めていると、花咲さんの足音がこっちに近付いてくるのが聴こえてきた。
「何を作ってたんですか?」
「ん? ドリームキャッチャーっていう代物だよ。聞いた事―――ッ!?」
花咲さんの方へ振り向くと、そこに花咲さんの姿は無く、目の前にいたはずのリリーの姿まで消えていた。場所もリビングから暗い霧の中に変わっており、首吊りロープが設置された処刑台だけが存在している。
僕が今、悪夢の世界にいる。でも、目はつぶっていなかったし、眠気も薄れていたはずだ。確かに僕は起きていたはずなのに、どうして悪夢の世界に?
「来ちゃったようだね。佐久間水樹」
背後から僕の声が聞こえてきた。上を見上げると、僕が僕を見下ろしていた。口角を鋭く上げ、目を大きく開けた狂気の顔をした僕が。
「怖がる必要は無いよ! むしろ、喜んでくれよ! これで君はようやく死ねるんだからね!」
逃げたかった。でも、体が動かない。動かせるはずの左足にも力が入らず、顔だけが辛うじて動かせる。
暗闇から拍手と歓声の声が聞こえてくる。悪夢の世界の僕が車椅子を押して処刑台のもとへと近付けていく。首吊りロープの輪っかがひとりでに揺らいで、僕を待ちわびている。為す術が無い。どうする事も出来ない。このまま、僕は今度こそ、悪夢に殺されてしまう。
絶望の中、暗闇に一筋の光が現れた。光は瞬く間に暗闇を照らし、その光に照らされた悪夢の住人達が次々と消滅していく。何が起きているのか理解が追い付かなかったが、心地良い光に照らされて、僕は眠りにおちた。
目を開けると、家のリビングに僕はいた。足を見ると、リリーが僕の足を枕代わりにして眠っている。リリーの頭を撫でようと手を伸ばすと、僕の右手には、リリーが作ってくれたドリームキャッチャーがあった。
見ると、ドリームキャッチャーに吊り下がっていた7本の枝の一つが折れていた。




