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恋と愛に挟まれて死ぬ  作者: 夢乃間
2章 魔王と呼ばれた少女
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招かれざる客

 今日は久しぶりの一人だ。こうして静かに家で過ごせるのはいつぶりだろうか? 一人は寂しいが、たまにその寂しさが恋しくなる時がある。それに、茶々を入れてくる人がいないおかげで、何かに没頭出来る良い機会だ。昔読んだ本を読み返すのもいいけど、せっかく外に出られるようになったから、外で何処か落ち着ける場所を探すのも良い。少なくとも、あと1時間は一人の時間だ。有意義に過ごさなければ。

 そう思っていた矢先、玄関のチャイムが鳴った。時計を見ると、時刻は午後14時。宅配を頼んだ憶えも無いし、二人の内どちらかが帰ってくるにしては早い。

 玄関に赴き、ドアチェーンがしっかり掛かっている事を確認した後に、扉を開けた。扉の先には、一人の子供が立っていた。深く被っているパーカーのフードで顔が隠されていて、男の子か、女の子かは定かではないが、車椅子に乗っている僕と同じ目線になるくらい背が低い。


「どういったご用で?」


「タスケテ!」


 深く被るパーカーのフードを手で抑えながら、目の前にいる子供はそう言った。うちは寺じゃないんだけどな。

 しかし、声色や様子から察するに、誰かに追われているようだ。頻りに後ろを確認したり、辛うじて見える口元は震えている。事情は分からないが、見捨てる理由にはならない。僕は手を伸ばしてドアチェーンを外し、中に入るように手招きをした。子供が家の中に入ったのを確認した後、外の様子を見渡しながら扉を閉めていく。

 すると、黒いスーツに黒いサングラスをかけた複数の怪しい人物達が、僕の家の前を通り過ぎていった。この子供が訪れたすぐ後に、怪しい人物達が通っていったのは、偶然とは思えない。

 扉の鍵とドアチェーンを掛け、家に招き入れた子供をもう一度見る。盗人にしては服に汚れが一つも無く、むしろ新品のよう。長い金髪は、染めた金髪のような下品さが無く、故に地毛だ。カバンも無く、ポケットに膨らみが無い事から、何も持っていないと思われる。

 

「アノ……アリガト」


「日本語、分かる?」


「キク、ダイジョブ。ハナス、チョットダケ……」


「僕は佐久間水樹。君は?」


「リリー……」


「リリー。言える日本語で、自分の身に何が起きているのか説明出来る?」


「ァァ……ピアノ、ダメ。パパママ、オコッタ。ワタシ、ニゲタ」


「じゃあ、あの黒い連中は君の召使いかボディガード?」


「イエス」


「ありがとう。この先がリビングだから、好きな場所で休んでて。遠慮しなくていいから」


「アリガト、ミズキ!」


 そう言って、リリーは土足のままリビングへ駆けて行った。文化の違いだ。こんなので注意してたらキリが無い。

 僕はポケットに入れていた携帯から敦子姉さんに連絡した。通話のコール音が鳴る寸前で、敦子姉さんは電話に出てくれた。


「敦子姉さん。緊急事態です」


 僕がそう言うと、二階の方で窓ガラスが割れたような音がした。ドタドタと足音を立てながら階段上に現れた敦子姉さんは、豪快に階段最上段から飛び降り、未だ玄関で携帯を耳元に当てている僕の肩を掴んだ。


「水樹君、無事!? 緊急事態って、一体何が!?」


「その事を話す前に、ちょっと一旦聞いていいですか? 窓ガラス割りました?」


「緊急事態だったから!」


「玄関から来てください。一緒に住んでるとはいえ、ここは僕の、もっと言えば亡くなった僕のお父さんが買った家ですよ? 去年ローン完済したばかりなんですよ?」


「窓ガラスなんかより水樹君の方が大事!」


「弁償してください。それで、緊急事態についてなんですが……」


「ミズキ! ダイジョブ!?」


 窓ガラスが割れた音で異変を感じてか、リリーがリビングから飛び出てきた。深く被っていたフードは外されており、遠目から見てもハッキリとしている青い瞳と、西洋人形のような整った顔が露わになっていた。

 リリーは僕の目の前に立っている敦子姉さんの姿を見るや否や、リビングに戻っていき、再び現れた時、手に握られていたのは包丁だ。花咲さんの件もあってか、若干包丁がトラウマだ。


「ミズキ、カラ、ハナレテ!!!」


「あら、可愛らしい子ね。外人さんかしら? 水樹君のお友達?」


「いえ、さっき会ったばかりの訳ありの子供です」


「女の子を狂わせる罪づくりな男ね」


「そういう冗談はいいですから。リリー! この人は大丈夫! 安全だ……多分ね」


 しばらく敦子姉さんにリリーは包丁を向けたままだったが、徐々に警戒を解いて、包丁を下ろしてくれた。これでもし、呼んだのが敦子姉さんじゃなく、花咲さんだったらと考えると……いや、考えるのはよそう。

 僕達三人はリビングのテーブルに座り、改めてリリーの状況を敦子姉さんに説明をした。敦子姉さんは熱い紅茶を一口飲むと、リリーの肩を優しく撫でる。


「大変だったのね、リリーちゃん。しばらくこの家で隠れてなさい。後の事は、私達が考えておくから」


「……アリ、ガト……」


 水飲み鳥、だったか? 今のリリーはまさにそれだ。安心した所為で、疲労がどっと来て眠くなったのだろう。敦子姉さんはゆっくりとリリーを抱きかかえ、二階の部屋にリリーを寝かせに行った。

 さて、これからどうするべきか。見捨てられずに家に上げたまではいいが、その後の事は考えていなかった。家庭の事情やリリー本人の想いはどうあれ、これは誘拐だ。今なら警察に連絡しても保護扱いになるかもしれないが、時間が経てば経つ程、犯罪になっていく。かといって、嫌がるリリーを送り返すのも罪悪感が出てしまう。

 僕が考え込んでいると、敦子姉さんが二階から戻ってきた。


「リリーちゃん、ぐっすり寝ちゃった。流石外人さんって感じの、可愛い寝顔だったわ」


「……そうですか」


「後悔してる?」


「まぁ、してますね……寝ている今の内に警察に保護してもらえれば、まだ誘拐にはならない。でも、そうしたらあの子の気持ちを無視する事になる」


「罪と罪悪感の狭間に立ってるわね」


「花咲さんの件が終わったかと思いきや、また面倒事に……呪われてるんですかね?」


「そんなマイナスに考えないで。大丈夫、今回も無事に解決するから。それより、水樹君。最近あまり寝れてない? ここのところ顔色が悪いけど」


「大丈夫です。ただ、ちょっと疲れてるだけなので……」


 長く起き続けていれば、眠気は慣れるが、代わりに気分や体調が悪くなる。寝れば解決するが、あの悪夢を見てしまう。今の僕は悪夢に心臓を握られている状況だ。まだ死にたくないし、寝る訳にはいかない。

 窓の外を見ると、外は雨が降り始めていた。天気予報では一日中晴れの予報だったが、風も吹き荒れる強い雨だ。当分、雨が止む事はないだろう。

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