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恋と愛に挟まれて死ぬ  作者: 夢乃間
1章 夢見る少年
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得た物 失った物

 目を開けると、僕はベッドで横になって、自室の天井を見上げていた。瞬きの間に場所が変わった所為で、花咲さんの家での出来事が数秒前のように思える。だが実際は数時間は経っているようで、窓から見える外の景色は朝を迎えていた。

 

 意識が途切れる瞬間、また悪夢を見てしまう事を危惧していたが、どうやら気絶では夢を見る事は出来ないようだ。これから睡魔に負けそうになった時は、気絶すれば事なきをえられそう……と言っても、僕は自分で自分を気絶させる手段を知らない。ただ頭を打っても、下手をすればそのまま死んでしまう可能性がある。気絶に頼るのは止めておこう。

 

 体を少し起き上げただけで肋骨から激痛が走る。階段から転げ落ちた際、花咲さんの下敷きになった時に痛めたのだろう。折れてなければ良いけど。


「……そういえば、花咲さんは無事なのか?」


 意識を失っていた最中、花咲さんは玄関で倒れたままだった。いくら僕が下敷きになったといえど、階段から勢いよく転がっていった時の痛みは花咲さんも感じていたはず。怪我の心配だけじゃない。花咲さんがやろうとしていた事は犯罪だった。時間が経って夜も明けたんだ。きっと警察が来ているに違いない。調べればすぐに花咲さんの犯行だと分かるだろう。

 結局、僕がやった事に意味はあったのだろうか? 言葉で諭そうとしたが、結局暴力を使って止めてしまった。止めたといっても、改心しきれていない以上、一時しのぎに過ぎない。人殺しの道を行こうとしている花咲さんの足を止めただけで、引き返す事は出来なかった。


「水樹君、起きてる? 部屋に入るよ?」


 部屋の扉からノック音がした後、敦子姉さんが部屋に入ってきた。その後ろには、頬に絆創膏を着けた花咲さんがいた。見た限りでは怪我は頬の部位だけで、その他には怪我が無いように見える。表情は暗いが、軽い怪我で済んでいるようで一安心だ。


「水樹君、どこか痛い所はある?」


「全身」


「素人が出来る最大限の処置をしただけだから、後でちゃんとお医者さんに見せに行きましょう」


「花咲さんは? 見たところ、僕よりは軽傷に見えるけど……」


「……私は」


 花咲さんは俯いたままで、僕の顔を見ようとしない。罪悪感と後悔で申し訳なくなってるんだろう。

 気まずい空気の中、敦子姉さんが俯くばかりの花咲さんの背中に手を置くと、僕の方へ優しく押し出す。僕は花咲さんが話し始めるまで口を閉じて、花咲さんが話し始めるのをジッと待ち続けた。


「私……その、佐久間君……」


「桜ちゃん。水樹君は怒ってないから、そんなに緊張しなくていいのよ?」


 勝手に決めつけないでほしい。確かに花咲さんの事は心配していたが、花咲さんがやった事については怒っている。動機は気に食わないし、巻き込まれた僕は起き上がるだけでも激痛が走る体になったんだ。怒ってもいいなら、今すぐ花咲さんを僕と同じ目に遭わせたい。まぁ、体が痛くて、やろうと思ってもやれないけど。

 

「佐久間君に、私をあげます……!」


 今、なんて言ったんだ? 考え事に夢中で、普通に話を聞いてなかった。ここで聞き返すのは無粋だし、花咲さんの様子から察するに、絞り出した言葉だったのだろう。 


「……許します」


 多分、花咲さんは謝罪をしたんだろう。この状況でそれ以外の事を言ったのなら、いよいよ堪忍袋の緒が切れる。体に激痛が走ろうが、敦子姉さんが見ている前だろうが関係ない。復讐が題材の映画主人公の如く、花咲さんを殴り潰してやる。


「ほらね、桜ちゃん! 水樹君は許してくれたでしょ? 桜ちゃんの償い方を」


「……私、頑張ります。今度は、間違いません!」


「……ん? 償い方?」


 なんだろうか。僕と二人の間に、酷い誤解が生まれている気がする。


「もう佐久間君と同じになろうとは考えません。私は私。佐久間君は佐久間君。違うからこそ、分かり合える事があると木島さんから教えてもらいましたから」


 誤解があるまま話が進んでいるが、丸く収まったのなら、とりあえず良し。花咲さんの償い方については、後で敦子姉さんにコッソリ教えてもらおう。 

 そういえば、どうして敦子姉さんが花咲さんの家にいたのだろうか? それに僕らの問題が解決したとして、花咲さんがやってしまった犯行については解決出来てない。


「敦子姉さん。どうして、敦子姉さんは花咲さんの家にいたんですか? それと、あの家での出来事はまだ―――」


「心配いらないわよ、水樹君。私がどうにかするって言ったでしょ? だから、この話はここでおしまい」


 そう言って、敦子姉さんは人差し指を唇に置いた。敦子姉さんが何をやったのかは気になるが、知らぬが仏。せっかく丸く収まった問題を広げるのは止しておこう。


「さて! 今度は三人での暮らしになるのね。水樹君が外に出られるようになったし、これからは三人で何処かに遊びに行きましょうか!」


「病院に行きたいですね」


「水樹君~。こういう時は楽しい場所を提案するものよ?」


「楽しい場所に行こうにも、この体じゃ、僕だけ留守番になりますよ。それに、外に出られたからって問題はまだ……えっと、あれ? 何だったっけ?」


 僕は何か大切な事を忘れている気がする。気付かなければいけない事に、気付いていない。

 まぁ、引っかかる事は多々あれど、僕と花咲さん二人が無事なままでなによりだ。


「とにかく、病院に行きましょう。一応花咲さんも診てもらってください。遊びに行く場所を決めるのはその後……で……」


 妙に右足が重い。右足を引きずり出すようにしてベッドから起き上がってみたが、何故か体勢が崩れて、再びベッドに倒れ込んでしまう。立ち上がろうとすると、また体勢が崩れた。

 二度の体験から気付いた。僕の右足は重いのではなく、右足に力が入らなくなっている。まるで、右足が無くなったかのように。

 そうして僕は思い出した。僕の右足は、過去の事故で損傷している。こうして形は元通りになっていても、以前よりも行動が制限され、辛うじて歩行が出来る程度。そんな右足を酷使したとなれば、完全に壊れてしまうのは当然だ。

 

 外に出られるようになった矢先、僕は片方の足を失ってしまった。

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