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恋と愛に挟まれて死ぬ  作者: 夢乃間
1章 夢見る少年
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「皆様、お待たせしました! 大きな歓声でお迎えください! さぁ、佐久間水樹のご登壇です!」


 地鳴りのような大歓声に迎えられ、僕は台の上に乗せられた。ここはサーカスの会場だろうか? 台の上から見えるのは、実体と影が逆になった観客達と、夜空のような天井に浮かぶ巨大な目玉。 


「皆様ご存じの通り、佐久間水樹は大罪人であります! 他人に死をもたらしておきながら、自らは生き永らえる。彼は自信の無さから、悲劇の主役になるのを拒んでいる。しかし、私は確信しております! 彼が悲劇の主役となり、壮大かつ卑小なフィナーレを飾ってくれる事を! 皆様もそう思っていますよね!」


 再び大歓声が地を揺らす。観客を煽る道化師は間違いなく僕で、本物の僕よりも表情が豊かで、自信に溢れている。


「それでは悲劇の終わりを始めましょう! 大罪人が自身の罪に苦しめられながら、最期まで生にしがみつく首吊りショーを!」


 道化師の僕は、どこからともなくロープを取り出し、僕の首に通した。観客達が温かい声で、僕の死を応援している。首に掛けられたロープの輪っかが絞られていく。

 足元の床が音を鳴らして開いた。僕の体は勢いよく落下し、開いた床の下に広がる暗闇に落ちようとしている。暗闇の底に落ちるのを防ぐように、首に掛けられたロープが僕を引っ張る。苦しくて足をバタつかせていると、暗闇の底から無数の手が僕の足を引っ張り、暗闇に引きずり込もうとしてきた。

 体は動かず、声も出せず、目の前を見続ける事しか出来ない。観客達は笑顔を浮かべている。上からロープを引っ張っている道化師の僕も楽しそうだ。

 これは夢だ。現実と思わせる毒を放つ悪夢だ。早くこの悪夢から覚めないと、僕は悪夢に殺されてしまう。

 夢から覚めろ。現実に戻れ。目を覚ませ。飛び起きろ。陽の光を思い出せ。境目を飛び越えろ。針を動かせ。感覚を蘇らせろ。意識を体に戻せ。


「ッ!?」


 力強く体が動いた感覚がすると、僕は悪夢から解放された。首をロープで絞められた感覚が、色濃く残っている。汗でビッショリと濡れたベッドと服も不愉快だ。

 今回の悪夢は、これまでよりも一段と現実味があった。繭さんの死が関係しているのだろう。罪悪感が悪夢に力を与え、僕を罰しようとしている。今の精神状態で眠るのはマズい。次に悪夢を見た時、また現実に戻ってこれる保証が無い。

 部屋から出ると、花咲さんが部屋の外の壁に背を預けて座っていた。死にかけたからか、もう花咲さんに対する殺意は収まっている。


「花咲さん」


 花咲さんの肩を揺さぶり、彼女を夢から覚ました。朧げな眼で僕を見上げた花咲さんは、弱弱しい力で僕の足にしがみついてくる。


「……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……!」


「いいんだよ、もう。僕はもう怒ってないから。だから、もう謝らなくていいんだよ」


 足にしがみつく花咲さんを抱き起し、彼女を抱き寄せたまま階段をゆっくり下りていく。力が入っていない足とは裏腹に、僕を離すまいと爪が喰い込んでくる。悪夢に苦しめられた所為か、あるいは現実ではないのか、痛みは感じなかった。

 花咲さんを連れてリビングにまで来ると、敦子姉さんがテーブルに三人分の朝食を並べていた。


「おはよう。二人共」


 そう言いながら、敦子姉さんは黙々と朝食をテーブルに並べていく。そんな敦子姉さんに、僕は違和感を抱いた。何もおかしくないはずなのに、どうしてかおかしく思えてしまう。


「……変だ」


「アハハ……水樹君はおかしな事言うね。寝ぼけてるの?」


「……そう、なのかもしれません……あの、花咲さんをお願いします。僕は、顔を洗ってきます」


 敦子姉さんに花咲さんをお願いし、僕は洗面台へ向かった。洗面台にある鏡に向き合うと、強く絞めた手の痕が首に残っていた。はだけたシャツから露出した肌にも痕があるのが見え、シャツを脱いで上半身を見てみた。

 僕の上半身には、僕の顔があった。その顔は酷く明るい笑顔を浮かべており、鏡を凝視する僕を見て呟く。


「あともう少しだね!」


 目を覚ますと、僕は自室の床で横になっていた。シャツのボタンを外して体を見るが、そこに僕の顔は無い。頬をつねってみると、当然のように痛みがあった。


「夢から戻りづらくなってる……?」


 悪夢から覚めても、まだ夢の中だった事は一度体験している。だが、今回のは前よりも現実味が増していた。あの時、敦子姉さんに疑問を抱かなければ、僕は現実だと錯覚し続けていただろう。

 あの夢の中での敦子姉さんは、僕を見ようとしていなかった。僕が知っている敦子姉さんは、何があっても、何をしていても、僕から目を離す事は無い。僕は常に敦子姉さんの視線を感じていた。


「……敦子姉さん。帰ってきてるかな?」 


 関節の節々から感じる痛みに顔を歪ませながら立ち上がり、部屋の扉へと歩いていく。扉を開けて廊下に一歩出た瞬間、視界の端に花咲さんの姿が見えた。横を向くと、すぐ目の前に花咲さんが立っていて、表情をピクリとも動かさず僕を見つめている。


「花咲さん?」


 声を掛けても、花咲さんが返事をしてくれる気配が無い。明らかに異常な様子に、僕は段々と恐ろしくなってきた。


「……私、行ってくるね」


「行くって……何処に?」


「すぐ、帰ってくるから」


 それだけ言い残し、花咲さんは階段を下りていった。後を追いかけるように階段を下りていくと、花咲さんは靴も履かずに玄関から外へ出ていった。追いかけようにも、外に出る事が出来ない今の僕では、追いかけられない。

 家に一人取り残された僕は、いつも通り朝のルーティーンを行った。それからソファに座って、リビングに鳴り響く秒針の音を数えながら、何も無い壁を眺めた。久しぶりに味わう孤独感だが、懐かしさは感じられない。むしろ、真新しさを覚えた。独りだった時の孤独と、誰かがいた後の孤独では、全く違う虚しさがある。

 セミの鳴き声が聞こえない。クーラーをつけていないのに、少し肌寒さを感じる。気付かぬ内に、夏は終わりを告げて、季節は秋になっていた。

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