酔って天使に手を出したお姉さんの話
「あんのクソ上司……禿げろ、禿げちまえ、そのふさふさな毛髪なんか死滅してしまえ」
花金の飲み屋外の片隅。ひっそりと佇む居酒屋のカウンター席で私は恨みつらみを垂れ流していた。
「何が明日休みだし今日は遅くなってもいいよね? だ。今日もだよ。今日も残業だよ。サビ残だよ。定時で帰れたことなんてないんだよ。禿げろ。てっぺんだけ禿げろザビエルってあだ名つけられちまえ」
呪いを吐いた口に澄んだ水を流し込む。あー美味いんじゃー。お米の香りがすーっと鼻に抜けていくお水美味いんじゃー。
「お局ばばぁもぐちぐちぐち喧しいんじゃ。くだらねぇことで絡んでくんなよヘルニアになっちまえ」
すみっこの席で一人くらい雰囲気でお酒を煽る私は側から見れば近寄りがたい存在だろう。店内が少し薄暗いのは一割ぐらい私が原因かもしれない。ごめんなさい。
「おねーさーん。お水追加お願いしまーす。ちょっと辛口なやつがいいなー」
「はーい」
あぁ、こんな私にまで笑顔を振りまいてくれるなんてこの店員さん女神かな。癒されるー。乾いてひび割れた私の心のオアシスだよ。
お姉さんの笑顔に癒され、お酒で気分も上々。
すんごいはっぴぃな気持ちになった私は世界が揺れる中お家に帰る。
「わははー、ゆれるゆれるー♪ 世界がゆーれーるー♪」
きっと今の私は不審者にしか見えないだろうが構わん。今はただこのふわふわとした気持ちを楽しみたい。
「ゆれーてーゆれー、て……うぷっ」
ただ少し飲み過ぎたみたいだ。口から虹が出そう。てか半分出てる。いやダァ。流石に街中でマーライオンになるのは乙女の威厳がゆるさおえぇ。
ま、間に合わなかった。なけなしの乙女の威厳が風に攫われていく。あー、今日から私は喪女を名乗ろうか。
てかやばい。飲み過ぎた。お姉さんの笑顔に酒が進み過ぎた。めちゃくちゃ気持ち悪い。
ちょ、ちょっと休憩しよう。うん。近くの壁に縋って座ろう。落ち着いたら帰ろう。
だからわたし。もう少し頑張れ。瞼が落ちてきてるぞー。寝るなー。
「ねぇ、ーーーーうぶ? ーーーーーだーーーよ」
うぁ、なんか、聞こえるぅ、けど。もぅげんかーーーーーー。
「はっ」
おはよう世界。あれいつの間に家に帰ってたんだっけ。全然記憶にない。私酔い潰れても記憶は残るタイプなんだけど。
まぁいいや。今日は貴重な休日です。しっかりと休んで明日から始まる労働地獄に備えよう。
ということで二度寝を。
ふにゅん
お、おぉ。私の枕はいつからこんなにも優しく私を受け止めてくれるようになったんだ。酷使したこの子はいつからか私を支えてくれなくなったというのに。すべすべやわやわ。気持ちえぇえ。
ふにゃふにゃ。やわやわ。おっきな膨らみが二つ。顔を埋めればすごくいい匂いがする。
「んぁ」
しかも艶めかしい声まで出るよ。なんだかいけない気持ちになっちゃう。
顔をぐりぐり擦り付けていればなんか一部が固くなったぞ。二つのお山の頂点から現れた小さな突起。無性にしゃぶりつきたくなるこれは……おっぱいだ。私のお布団におっぱいがいる。
は?
なんでおっぱいがいんの?
てかでかっ。なんだこのおっぱいでかっ。
EかFぐらいあるぞ……。
しかも肌きめ細かっ。白っ。白磁かよ。
じゃないわ。
とんでもない凶器から目を逸らし目線を上げるとそこにはすやすやと眠る美少女がいた。
はぁ……なんだこのお人形さんみたいな整った顔は。やっば。おっぱい以外にとんでもない顔面凶器を持ってやがった。こんな顔でにこってされたらポッ、てなっちゃうぞ。にこポッ///。
うん、誰この子。知り合いじゃないな。こんな美少女知り合いにいたら忘れるはずがない。
てか何歳だこの子。美少女って言えるくらいの外見だぞ。高校生? 下手したら中学生でも通るぞこれ。
と、そこまで考えてさーっと血の気が引いていく。
私酔った勢いで未成年に手を出したのかよ!?
あぁそういえば街でダウンしそうな時に声かけてくれた子がいたわ。この子だわ。うっすらと優しげな声と心配そうな表情が蘇ってきた。
うわぁ、心配してくれた美少女をお持ち帰りして美味しくいただいちゃったのか私は。変態クソ野郎じゃないか。女だけど。
はぁ、ついに私もテレビデビューか。昨夜未明泥酔した二十代半ばの女が美少女を傷物にしましたってテレビデビューするんだ。お父さん、お母さん。一度も顔を見たことはありませんが親不幸をお許しください。
あぁ、未成年に手を出した場合どうなるんだろう。懲役二年とか?
これが会社にバレたら流石にクビだろうなぁ。
え、最高じゃん。今すぐ自首してこよう。
「んぅ……ふあぁぁ」
おう、天使のお目覚めだ。体を起こし背伸びをしている。たわわな果実がふんわり揺れたぞ。なんだ今の。
とりあえず、
「おはよう」
「っ、お、おはようございます……」
「少し聞きたいことがあるんだけど、何歳?」
「……十六歳、です」
「おおぅ……」
十六歳。私が二十五歳だから九歳差か。
「さて、行くか」
「えっ、行くって何処へ?」
「警察署。自首してくるね」
まずは着替えないとなぁ。私裸だし。
いそいそと服を着込んでいると固まっていた天使ちゃんがワタワタととめてくる。
「ちょちょ、なななんで自首!?」
やめてくれ。そんなにしがみつかられると君のたわわがむににって私ドキドキ。
「いや、酔った勢いで未成年に手を出したわけだし……」
「……昨日のこと覚えてないんですか?」
「んー、君に声をかけられた事までは覚えてるんだけど、その先は全く」
「そう、なんですね」
天使ちゃんは顔を俯かせる。寝起きだってのに綺麗な天使の輪が頭部にできてるよ。すごい。てかつむじかわいい。
「あの、お姉さんは私を襲ったこと、悪いことだと思ってるんですよね?」
「え? まぁそりゃぁ……」
顔を上げた天使ちゃんの口角がわずかに上がる。そのいかにも悪いことを考えてますよって表情。天使ちゃんじゃなくて小悪魔ちゃんだったか?
「自首はしなくていいですよ? その代わり私のいうことを聞いてください」
「いうこと?」
「そう、なんでもですよ。私に絶対服従です。三回回ってワンと吼えろと言ったら三回回ってワンって吠えるんです」
「そ、れは……、まさか?」
小悪魔ちゃんのほっそりとした指先が私の顎に添えられる。
私の身長は一四五cmなのに対して小悪魔ちゃんは一六〇cm以上はあるだろう。だから首をそっとあげられ小悪魔ちゃんの顔を仰ぎ見る。
綺麗な瞳にはっきりと小さな私の姿が見えた。
「今日からお姉さんは私のペットになるんですよ」
あぁ、なんかとんでもない子を相手にしちゃったな。
その後小悪魔ちゃんはうちでシャワーを浴びるとあっさりと帰っていった。
私は自首することもできずボケーっと休日を過ごし、翌朝いつも通り会社へ向かう。
そのまま何気なく日々を過ごしているとブーブー、と携帯のバイブレーションが通知を知らせる。
画面に映っているのはラインのメッセージだった。
ただその宛名に覚えはないが。
美羽:お姉さん今晩暇ですよね?
暇ですか? じゃなくて暇ですよね?だよ。この小生意気な感じとお姉さんという私の呼び方。
澪:もしかしてご主人様?
美羽:そーですよ。お姉さんのご主人様です。
わーお。私の連絡先いつ知ったんだ。いや、確実に私の記憶のない間にだろうけど
あの子美羽ってなまえなんだ。やっぱり天使ちゃんなの?
澪:暇っちゃ暇だけど
美羽:それでは今晩お姉さんのお家に行きますね。何時に帰ってくるんですか?
澪:二十五時かなぁ
美羽:……一日は二十四時までしかありませんよ?
今日はクソ上司どもが御機嫌斜めなせいかすごい量の仕事を押し付けられてしまった。
早く終えても家に着くのは時計の針がてっぺんを過ぎた頃になるだろう。
しかし小悪魔ちゃんもとい美羽ちゃん本当に今日うちに来るかな?
美羽:……命令です。早く帰ってきてください。
命令かー。ご主人様の命令なら仕方ない。
お姉さん頑張っちゃうぞー。
まぁご主人様に命令されたからって仕事の量は減らないし手が早く動くわけでもない。しかしちょっと気合を入れて頑張ったからてっぺんすぎる前には仕事を終えることができた。まぁあと数分で日付変わっちゃうけど。
愛車を法定速度をちょいオーバーしながら走らせ帰宅すると家の前に美少女が座り込んでいた。
「やー、お待たせ」
「……遅いです」
「これでも大分早く終わらせてきたんだよ?」
「……日付変わっちゃいました」
「ごめんごめん」
ご主人様が不貞腐れている。頬をちょっぴり膨らませたご主人様あざとすぎる。可愛すぎる。その頬つついてぷすーってしたい。
「ぷしゅぅ、って何するんですかっ」
「あ、ごめんつい」
思うだけのつもりが体が動いちゃってた。
「ま、とりあえずお家入ろっか」
「早く開けてください」
「はいはい仰せのままにご主人様」
家に入った美羽ちゃんは私のベットにどっかり座り込む。しかも黒タイツに包まれた足を組んじゃったりして。なんかえっち。
私も疲れたしその隣にお邪魔して〜、
「お姉さんはそっち」
「そっちって、床?」
「そう、床」
おぉ、なんともサディスティックなご命令だ。
美羽ちゃんと対面しながらぺたりと座る。
すると私の膝の上に足を乗せてきた。
私の太ももを堪能するかのようにふみふみ。
「お姉さん、タイツ……脱がせて」
「……了解」
美羽ちゃんのスカートの中に手を潜らせ少しずつタイツを脱がせていく。
JKのタイツ脱がせるとか背徳感やばい。てか美羽ちゃんの表情がエロ可愛い。
頬を僅かに染めて、潤んだ瞳。口元に手を当てて荒れそうになる息を堪えているような。
美羽ちゃん発情してんじゃん。
「はい、脱がせたよご主人様」
脱がせたついでに脹脛を揉み揉み。やわらかぁ。
「んっ、もう。揉んでいいなんて言ってませんよ?」
「いやごめんごめん。すべすべ柔らかそうな脚が目の前にあったもんだからつい」
「お姉さんは私の言うことを聞いてればいいんですよ。要らないことをしたお姉さんにはお仕置きです」
嗜虐的な表情で美羽ちゃんの足先が顎に触れる。
足を上げてるせいで美羽ちゃんのえっちなパンツが丸見えだ。黒で結構透け透け。なかなかアダルティなパンツを履いてるな。
「お姉さん、舐めて」
「はいはい。……はい?」
今この子は何を言ったのかしら?
舐めてって言った? 言ったよね。
舐めろって目の前にある足を? 舐めるの?
「はやく」
美羽ちゃんの期待する視線が突き刺さる。
これは、逃れられない!
手を添えて指先から足の甲に向けてつーっと舌を這わせる。
臭いとかはない。むしろいい匂いだしなんなら甘く感じる。
美少女ってのは足まで美少女してんのか。
あー、やばい。ちょっとスイッチ入ってきた。
美羽ちゃんの香りが媚薬のように私を興奮させる。指の合間も丹念に舐め、ついで足の裏。
「ひゃっ、そ、そこはくすぐったいからいいです!」
ダメ。ダメだよ美羽ちゃん。そんな恥ずかしそうな顔見せちゃ。
お姉さん辛抱たまらなくなっちゃうじゃん。
「ダメっ。ダメですって!」
脹脛を甘噛みしつつ徐々に登っていく。膝にキスして内腿を舐めて。
美羽ちゃんが秘部に近づいていく私の頭を抑えるが、関係ない。
人は疲れてると子孫を残そうとムラムラしちゃうんだ。
そして疲れた私に煽るようなことをしたご主人様がいけないんだから。
「ご主人様、頂きます」
「んぅっ」
はい、またしてもやりましたよこのアンポンタンは。
美羽ちゃん? 私の隣で寝てるけど何か?
朝チュンですよ。未成年と。
しかも今度は酒に酔った勢いとかではなくムラっとして手を出しちゃった。
いやでも美羽ちゃんが悪いよ。あんなことして煽ってきた美羽ちゃんのせいだ。
子供に責任をなすりつける悪い大人がここにいますよ。
はぁ。まぁやっちゃったもんは仕方ねぇわ。潔く児童淫行罪を犯した犯罪者として罪を背負いながら日陰を生きていきますよ。
お腹減ったしご飯食べよ。
ちゃちゃっと簡単な朝食を用意しているとその匂いに釣られたのか美羽ちゃんが目を覚ました。
今日の朝食はワカメスープとベーコンエッグ、ご飯になりまーす。
「おはよう。ご飯食べる?」
「……た、食べます」
昨日のことを思い出しているのか顔を真っ赤にしながら美羽ちゃんがベットから降りてくる。が、
「まず服を着たら? 丸出しだよ」
「ひぅっ!?」
朝からすっぽんぽんな美羽ちゃんは刺激が強いなぁ。
黙々と朝食を食べる美羽ちゃんかわいいなぁと癒されているとあっという間に食べ終えてしまった。
頬を膨らませて若干御機嫌斜めな美羽ちゃん。
「お姉さんは悪いわんこです。ご主人様の命令を聞けない駄犬です」
「そうだね。でもえっちな顔で煽ってくる美羽ちゃんも悪いと思わない?」
「え、えっちな顔なんかしてませんっ」
ポカポカと叩いてくるけど全く痛くないと言うか逆に気持ちええ。
「ご主人様様に逆らう駄犬にはお仕置きが必要だと思いませんか!?」
「そしてまた下剋上されてベッドの上で組み敷かれたいと?」
「ち、が、い、ま、す!」
おぉ、美羽ちゃんのほっぺがフグのように膨らんじゃった。むすーってしながら私怒ってます! と全力で豹変してくる。
ちょっと涙目だし揶揄うのはこの辺にしておこう。
「んでご主人様は何を御所望なのかな?」
「……」
内容は考えてなかったらしい。むすーっとした顔で目を泳がせちゃってるよ。
「に、荷物持ち! お姉さんには私のお買い物に付き添って荷物持ちをしてもらいます!」
「いいよー。デートだね」
「でっ、い、いいから行きますよ!」
照れる美羽ちゃんを愛車の助手席に乗せてさぁいざいかん。
アクセルを吹かせば愛車が元気よく答えてくれる。
「……お姉さん結構厳つい車に乗ってるんですね」
「かっこいいでしょー」
ドリ車として有名な車種を結構カスタムした愛車だ。こう言うのに詳しくない人からすれば威圧感は大きいだろう。
ちょっと美羽ちゃんビビってるし今日は優しめで行こうねチェイサーちゃん。
美羽ちゃんとののんびりドライブデートの果て、着いたのはこの付近では一番大きなショッピングモールだ。
「さぁ張り切っていこうか美羽ちゃん」
「ちょっと引っ張らないでくださいよ!」
美羽ちゃんの手を引いて歩けば文句を言われてしまった。しかし美羽ちゃんは手を離そうとしないし、僅かに力を入れて握ってくるし。
全く素直じゃないなぁ。でもそんなところもめちゃかわ。
そんなめちゃかわな美羽ちゃんを着せ替え人形にして遊んだり、逆にロリータファッションを着せられて遊ばれたり。
「美羽ちゃんえっっっっろ」
「へ、変なこと言わないでくださいっ」
かなり大胆な水着を着せてみたら破壊力がやばかった。装飾の紐がおっぱいに食い込んだり際どいラインを攻める水着と柔肌の境が魅惑的だったり。
いやこんな美羽ちゃん人には見せられないや。とりあえず買ったけど。これお家で着てもらおう。
ゲーセンでは美羽ちゃんが物欲しそうにみてたハリネズミのぬいぐるみをとってあげた。デートといえば定番のシチュだよね。一抱えもあるぬいぐるみをギュッと抱きしめる美羽ちゃん。
「その、これとってくれてありがとうございます……」
嬉しそうに、でも恥ずかしそうに上目遣いで感謝を述べる美羽ちゃんの破壊力たるや。
お姉さんがなんでもとってあげるぅ。
とまぁ普通にデートだった。完全にデートだった。美羽ちゃんもお仕置きのこととか忘れて楽しんでくれてるみたい。いやぁよかったよかった。
「あっれぇ。ガチレズの美園じゃーん」
そんな声が聞こえなければ楽しいままで終われたと言うのに。
美羽ちゃんがビクッと体を振るわせ硬直するのがわかった。怯えてる。怖がってる。嫌がってる美羽ちゃんだ。
声の方を向けばニタニタと気色の悪い笑みを浮かべる女がいた。他にも二人の女子。後ろには四人の男子。全員高校生くらいか?
チャラチャラとしていかにもな見た目をしている。ガラの悪い所謂不良たちだ。
「最近学校来ないと思ったらこんなとこで何してんのさー? 美園が来なくなって私たちさみしー」
あぁ、勘に触る声。きゃんきゃんと耳障りな声が楽しんでいた私の心を冷めさせる。
「美羽ちゃん。行こっか」
「あっ……」
後ろで何やら喚いているが私猿語はわからないんだ。ごめんね。
俯いて暗い表情の美羽ちゃん。さっきまでの笑顔が嘘のようだ。
家に着くと美羽ちゃんはベットの片隅でハリネズミのぬいぐるみのお腹に顔を埋め動かない。
そんな美羽ちゃんの隣に座る。肩が触れ合い美羽ちゃんの体温を感じる。
声はかけない。今はただそばにいる。
「私、女の子が好きなんです」
どれぐらい時間が経ったか。美羽ちゃんはハリネズミに顔を埋めたまま話し出した。
「初めて人を好きになったのは小学三年生の頃で、親友だった女の子なんです」
綾乃ちゃんと言うその子を好きになった美羽ちゃん。その頃はまだ同性愛者というものがマイノリティであることも知らず、それに対する周りのリアクションも気にしてなかった。
ただ好きになった。これから先もずっと一緒にいたい。恋人としてイチャイチャしたい。年相応にませていたかつての美羽ちゃんは綾乃ちゃんに告白し、あっさりと、そして苛烈に振られたらしい。
そんな目で見られていたなんて気持ち悪い。親友だと思ってたのに、この裏切り者。
綾乃ちゃんの言葉に美羽ちゃんは自分の性的嗜好がいけないものなんだと思い知った。
中学生に上がるタイミングで親の転勤に伴って引っ越し。
誰も自分を知らない世界で自分が同性愛者であることを隠して生きてきた。
その生活は美羽ちゃんの心を無視すれば平穏なものだったらしい。
運動は苦手だが頭は良く常に成績上位。素行優良児で見た目もすごく可愛いとなれば誰からも人気を得るのは至極当然のことだった。
しかしそれは同時に僻みや妬みというものを買う原因となった。
順調だった中学生活を終え高校に入学した時今日声をかけてきたあいつらに目をつけられたらしい。どこから聞きつけてきたのか彼女が同性愛者であることを知り学校中に拡散した。
少しずつ世間に受け入れられている事柄ではあるものの、やはりまだマイノリティであることは否めない。
同性からは忌避され異性には心配しているかのように下心をもって近づかれ。それが面白くない同性が彼女を糾弾し。
彼女は学校から居場所をなくした。
学校に行かなくなり、その原因を探った両親に自信が同性愛者であることがバレた。運の悪いことに彼女の両親はそういったことに寛容ではなかった。
親からも否定され家にさえも居場所を失った彼女は夜な夜な街へ繰り出した。
いっそのこと何もかもめちゃくちゃにしてやろうか。全てを失い美羽ちゃんはやけになりそうだった。
そんな時だ。ゲロゲロ吐いてる私を見つけたのは。
美羽ちゃんは小柄な女の子が好きなのだとか。私みたいな。そんな好みの相手が目の前で無防備な姿を見せて、美羽ちゃんの我慢が限界に達した。
目の前の私をめちゃくちゃに犯して全部台無しにしてやろう。
そう思い手を出した美羽ちゃんに私は、優しく受け入れたのだとか。全然覚えてないけど。
うつらうつらしながら彼女の言葉を、欲望を聞き、肯定して、全てを受け入れた。
肌を重ねて共に気持ちを昂らせる。
そして朝目が覚めると私は何も覚えていなかったんだとか。
美羽ちゃんから手を出したのに私が襲ったのだと勘違いして罪悪感を抱く私。
美羽ちゃんは自分を受け入れてくれた私との関係をこれっきりにしたくなくて、あと主従プレイとかに興味があったのもありあのような提案をして今に至るのだとか。
「なんか最後にしれっと欲望混じってない?」
「……色々我慢してる間の性癖拗れちゃったんですっ。主従プレイとかペットプレイがしたかったんですっ。低身長女子が大好きなんですっ」
色々吹っ切れたのかぶっちゃける美羽ちゃんの顔は真っ赤だ。
さっきまでの暗い雰囲気はない。
「んふふー。そうかそうか。美羽ちゃんは低身長の私が酔って朦朧としてるところを襲っちゃう悪い子なんだ」
「っ、う、嘘ついてごめんなさい。変なことして、ごめんなさい」
あら。また表情が曇っちゃった。
世話が焼ける美羽ちゃんを横から抱きしめサラサラの髪を優しく撫でる。
「大丈夫。大丈夫だよ」
「お姉さん……」
「でもお仕置きしないと」
「え?」
涙目の美羽ちゃんを見てるとゾクゾクしてくる。下腹部が疼いて美羽ちゃんをいじめたくて仕方がない。
「怒ってないよ。怒ってないけど、それはそれとして悪いことをしたらお仕置きしないと」
元々美羽ちゃんが始めたことだ。
私は悪いことをしたらお仕置きされたんだから美羽ちゃんも悪いことしたらお仕置きされなきゃ。平等じゃないよね?
「美羽ちゃん目瞑って」
「あ、あのお姉さん……?」
「ホラはやく」
渋々目を瞑った美羽ちゃんの首にとあるものを装着する。
つけられたそれが何かを察した美羽ちゃんが目を開けて首元を触った。
「首輪?」
そう。赤い首輪。わんこがつけてるようなやつ。ちゃんとリードがついておりリードの先は私が握っている。
「美羽ちゃんは私を騙してあれこれしたんだから、同じことされても文句ないでしょう?」
ダラダラと冷や汗を垂らしつつ、わずかに頬を染める美羽ちゃん。
「ペットプレイにも興味があるんだよね?」
「あ、あの、あのあのあの……」
ふふ、今日はベッドの上でキャンキャン鳴いてもらおうか。
それは本当に偶然だった。
友達だと思ってた子達に嫌われ、学校に居場所を失い、親に否定され、自分を見失いかけていた時。
何もかもが嫌になって家を飛び出した。
ネオンで色とりどりに輝く街を、誘蛾灯に誘われる蛾のようにふらふらと彷徨う。
何か目的があったわけではない。衝動的に飛び出していく当てもなく人の間をすり抜けていく。
何度も男の人に声をかけられた。
下心に満ちた視線は気持ち悪くて、友達だった子達の言葉が蘇る。
私たちをそんな目で見てたんだ。気持ち悪い。
あぁ、そうだよね。こんな視線で見られてたと思うと気持ち悪い。
やっぱり私がいけないんだ。
視界が歪み涙が溢れそうになる。
いつしか飲み屋街を抜けたどり着いた公園で、その人を見つけた。
うずくまりえずく女の子。
慌てて駆け寄りとすごいお酒の匂いがした。
ここまで酔うなんて誰かに無理矢理呑まされたのか。
そう思ったが介抱してる間にただ呑みすぎただけだとわかってるよ安堵する。
お酒を呑んだことが無いからここまで泥酔するほど飲みたくなるものなのか私にはわからない。
けど、羨ましいなと思った。
その時の私は全部めちゃくちゃにしたかったから、吐いて呂律が回らなくなるほどめちゃくちゃになれるお姉さんが羨ましかった。
流石にこんな女性を夜の街に放って置けない。
私はお姉さんに腕を貸しながらお姉さんのお家へ向かった。
お姉さんのお家は小さいながら立派な一軒家だった。
お酒を呑んでたことから少なくとも成年はしてるはず。でもこの見た目からそこまで歳を経ているようには見えない。
実家かな? と思ったが一人暮らしらしい。
女性の一人暮らしの家に入る。
それも低身長女子。見た目はかなりドストライク。さらに酔ってふらふらなせいかここまでの道中にあった過度なボディータッチ。
わずかな膨らみが腕に押し付けられたり細いが柔らかな腿が触れたり。
正直に言おう。めっちゃムラムラしてます。
お姉さんから香るお酒とお姉さん自身の匂いに少し当てられたのだろう。うん、きっとそう。
そんな状態でお姉さんと二人っきりの密室。
我慢できるかな?
いや、もう我慢しなくていいじゃん。どうせ私には居場所がないんだ。
お姉さんの家にあがりお姉さんをベッドに寝かす。
あぁそんな無防備になっちゃって。スカートが捲れちゃってるよ。呼吸をするたびにちっちゃなおっぱいが上下してる。
荒い呼吸は興奮しているようで、お酒で赤くなった柔らかそうなほっぺは可愛くて。
お姉さんがいけないんだ。
私の前でそんな姿を見せるお姉さんが悪いんだ。
「お姉さん……」
ギシ、とベッドが軋む。
お姉さんの上に覆い被さるように手をつくと、お姉さんの瞼が開き視線が交差する。
ここにきて初めて目があったことに気づく。お姉さんの目はとても綺麗だ。底なし沼のように深い色をした吸い込まれそうな瞳。
「どうしたのー?」
ほにゃっとした笑みを浮かべながらお姉さんの手が頬に触れる。
「そんな悲しそうな顔をして」
悲しそうな顔をしていただろうか?
きっと今の私は彼女に興奮したみっともない表情をしているはずなのに。
「何か、抱えてるね」
答えない私の目を見ながらお姉さんは言う。全てを見透かされているようだった。何も話していないのに、何もかもを知られているようだった。
「一人は寂しいかい?」
「寂しい、です」
「否定されるのは辛いかい?」
「辛い、です」
「自分が醜く思えて消えてしまいたいかい?」
「消えて、しまいたい……。こんな私っ、いなければよかった……っ!」
涙がポロポロとこぼれ落ちてしまう。こぼれ落ちた涙がお姉さんの頬に落ちて、それを気にせずお姉さんが私の頭を抱き寄せる。
優しい香りがした。
久しぶりに人の純粋な好意に触れた気がした。
抑えきれなかった嗚咽が漏れて、涙を堪えられなくて。
泣き喚く私を抱きしめながら優しく頭を撫でてくれる。
「君は少し人と違うだけ。それだけだよ。醜いなんてことはない。君は間違ってないんかいない」
否定されてきた私を肯定しくれるお姉さんの言葉が傷ついた心に染み渡る。
全身がお姉さんと密着し、そのままずぶずぶとお姉さんに溺れてしまいそうだった。
「我慢しなくていい。君の好きなことをすればいい。思うがままに生きればいいんだよ」
「お姉、さん……」
そこから私は全てを曝け出した。醜いと思っていた欲望も感情も全て。
お姉さんはそれを余すことなく受け入れてくれた。初めてだった。それはたまらなく心地よくて、気持ちよくて。
気づけば朝を迎えていた。
そしてお姉さんは何も思てなかったんだけど。
昨日の聖母のようなお姉さんはなんだったの? 私の涙は? は?
何も覚えていないお姉さんにイラッとしたし、隠そうともしないお姉さんの裸がえっちでムラっとしたし。
何より酔っていたとはいえ全てを受け入れてくれたお姉さんとこれっきりになるのが嫌で咄嗟に嘘をついてしまった。僅かに、いや多分に欲望が含まれていた私の提案をお姉さんはあっさり受け入れてくれた。
まるで昨夜のお姉さんのように。
酔っていても醒めていてもやっぱりお姉さんはお姉さんなんだとわかった。
お姉さんが私のペットになって。お姉さんがペット、私の……うへへぇ。じゃない。お姉さんが私のペットになって色々無茶を言った。
仕事があると言うのに早く終わらせてとか。
と言うかお姉さんの会社ブラックすぎるでしょ。終業時間二十五時ってなに!? 一日は二十四時間しかないよ!
そんな無茶にもお姉さんは答えてくれた。予定よりも早く(それでも十分遅い時間だが)帰ってきてくれた。
我儘を言ったのに怒ることもなく、お家に入れてくれて。
頑張って疲れただろうにお姉さんは私の命令に従ってくれる。
それがなんだかゾクゾクして、もっと意地悪がしたくなる。
タイツを脱がせてとか、足を舐めてとか。
その時の私はどうかしてたんだと思う。
でも正直お姉さんに舐められてすごい興奮した。背徳感が凄くて、下腹部が疼いて仕方なかった。
その後は興奮したお姉さんに美味しくいただかれちゃった。
凄く気持ちよかったです///
でもそれはそれこれはこれ。
勝手なことをしたお仕置きと称してお姉さんとデートだ。
お姉さんは車を持ってるみたい。
車には詳しくないからわからないけどスポーツカー? って言うのかな。
音が大きくてちょっとびっくりしちゃったけど運転はとても優しかった。
ちっちゃなお姉さんがこう言う車を乗ってるってなんかギャップを感じていい。
お姉さんが連れてきてくれたのは近くで最も大きいショッピングモールだ。
服を見たりゲームをしたり。
とても楽しいデートだった。
あいつらが現れなければ。
私が同性愛者であることを広め、意地悪をしてきた浦部さんたち。
浦部さんたちは所謂不良というやつだ。
授業をサボったり色々悪い噂をよく聞く。
他校の不良ともつるんでるみたいで彼女たちのグループは他の生徒から恐れられていた。
そんな浦部さんたちに見つかって、私は怖くて動けなくなってしまった。
また私の居場所がなくなってしまうのかと。
頭が真っ白になっていく。
浦部さんの後ろには怖そうな男子もいるしこのままじゃお姉さんに迷惑をかけてしまうかもしれない。
だけど足がすくんで何もできない。そんな自分が嫌になる。
そっと手に触れた感触が、薄暗い思考の海に溺れていた私を引き上げてくれる。
「美羽ちゃん。行こっか」
お姉さんは浦部さんたちを前にしても堂々としていた。恐れるものはないと言わんばかりに。
浦部さんたちを無視して私の手を引いてくれるお姉さんがかっこよくて。
そんなお姉さんを騙してる私が余計に惨めで。
お姉さんのお家に戻った私はお姉さんが取ってくれたハリネズミのぬいぐるみのお腹に顔を埋める。
そんな私のそばにお姉さんはいてくれた。
私はぽつりぽつりと全てを話した。
きっとお姉さんは何を言っても受け入れてくれる。わかっていても怖い。怖いけど、言わなければならない。
こんなお姉さんも隣にいるなら、今の私じゃダメだと思ったから。
全てを聞いたお姉さんは、やっぱり変わらなかった。
変わらない調子で揶揄ってくる。
いや、なんかちょっと雰囲気が怪しい。
あの、首輪ってなんですか?
お姉さんなんでそんなに楽しそうなの?
あの、ちょっと待ってお姉さん!
今シリアスな場面だからっ。
あっ、あっあっ、あっーーーーーー。
ベッドの上で沢山鳴かされました////
あぁもう。私はこんなお姉さんのことが大好きだ。
それからは毎日が充実していた。
お姉さんは仕事で忙しそうだけど構って欲しい時に構ってくれる。
でもあまりにも忙しそうだから心配になる。
お姉さんあんな会社にいて大丈夫なのだろうか? というよりなんであんな会社にいるんだろう?
お姉さんの愚痴をたまに聞くけど本当に酷い。
セクハラパワハラは当たりまえ。休日も最低限を越えており残業しようが残業代は出ない。今どきここまでブラックな会社は逆に珍しいのではないだろうか?
なのにお姉さんの生活はお金に困ってる様子もない。
一軒家に住んでるしすごい車乗ってるし。節約している様子もない。
だから不思議なのだ。
お姉さんが何故あの会社にいるのか。
あんな会社辞めてもっと私との時間を増やして欲しい。もっと甘やかして欲しい。もっとイチャイチャしたいしもっとえっちがしたい。
最近の私は我儘なのだ。
本当に幸せだ。私がこんな幸せを享受してバチが当たらないかな?
そう心配になるくらい幸せだ。
だから油断してた。
幸せ気分でるんるん夜のお散歩をしている時浦部さんたちに囲まれてしまった。逃げるまもなく四方を塞がれている。浦部さんとその取り巻きAB。あとこの前ショッピングモールで見たガラの悪い男子が四人。
全員がニタニタと嫌悪感を感じる笑みを浮かべてる。男子は更に下心を乗せた視線で私の体を舐め回す。
鳥肌が立つ。気持ち悪い。
怖い。
私をどうする気なのか。ろくな目には合わないだろう。
「あっれぇ? 今日はあのチビいないんだー?」
「浦部さん……、何か用事?」
「あっは。美園素っ気なー。ほんとちょーし乗りすぎじゃね?」
浦部さんの視線が鋭くなっていく。
「この前もさー? あたしたちのこと無視したよねぇ。友達無視するってさいてーじゃない?」
浦部さんは友達じゃないし。
でも怖くて言い返せない。
「ガチレズがさぁ。キモいんだよね。存在が。みんな言ってるよ? 早く消えてくれないかなって」
脳裏に友達だった子達のことが蘇る。嫌そうな顔をしていた。
心が軋む。お姉さんのおかげで癒えていた心にヒビが入っていく。
「あっ、いいこと思いついちゃった〜」
嫌だ。絶対嫌だ。絶対ろくなことじゃない。
「こいつはさぁ。男の良さを知らないからこんなキモいことが言えるんだよ。だからあんた達で教えてあげてよ。男の良さってのをさぁ」
ゲラゲラと下品な笑い声を上げる浦部さんたち。
私はどんどん血の気が引いていくのがわかった。
このままここにいたら、無茶苦茶にされる。折角幸せな日々を送れていたのにっ。
「っ!」
「ちょっ、どこいくんだよ?」
逃げようとするもすぐに男子の一人に捕まってしまう。
「いやっ、離して!」
「暴れんなっ!」
ガツンと頭部に衝撃が走る。
一瞬何をされたのか分からなかった。でも頬から感じる痛みに殴られたのだと理解した。
今まで暴力というものとは無縁だった。
だから殴られたことに頭が真っ白になって怖くて怖くて。抗うという思考が一気に消え去ってしまった。
「い、ぃゃ……、ぃゃ……」
小さな声で嫌がることしかできず。私は朦朧としたまま浦部さんたちに連行されてしまう。
連れていかれたのは街を外れ周囲に建物もない廃工場だった。
ここならどれだけ騒いだところで助けを呼ぶ声も届かないだろう。
悟ってしまう。助けも呼べず。私は彼らのおもちゃにされてしまうのだと。
ふと目に入った腕時計は二十四時を示していた。
今日はお姉さんと会う約束をしていたのに。今頃はお姉さんと楽しくて幸せな時間を送ってるはずだったのに。
恐怖と絶望感から目の前が暗くなっていく。
抵抗する気も失せ、なすがまま。
「うっわ。こいつえっろ」
「こんな美少女好きにできるとか俺らついてるー!」
服を脱がされ地面に倒され。
あぁ、ついにその時が来たんだと。
「おねぇさん……助けて……」
か細く溢れる声は、届くはずもないお姉さんに助けを求める。
あぁ、なんでこう私の人生はうまくいかないんだろう。幸せに慣れたと思ったのになんで……。
「んじゃ早速。気持ちよくしてやるからヨォ」
男の手が私に伸びる。あと数センチで肌に触れる。というところで低く響きわたる重低音が近づいてくるのに気づいた。
ドゥルンドゥルンと。何かのエンジン音。
彼らの仲間が他にも来たのかと思ったが、彼らも不思議そうな顔をしている。
「誰だ?」
「こっち来てね?」
「ねぇあんた達が誰か呼んだんじゃないの?」
「呼んでねぇよ」
じゃぁ一体誰が。その答えはすぐにわかった。エンジン音の正体はバイクだった。開け放たれた入り口から一台のバイクが入ってきた。
正面のライトが逆光になってバイクに乗ってる人はシルエットしかわからない。
あぁだけど私だけはわかった。
小さな体で大きなバイクから降りたあの人は、いつものように変わらない声で言った。
「楽しそうなことしてるねー? ちょっとお姉さんも混ぜてくれない?」
「お前あの時の……」
浦部さんもお姉さんの正体に気づいたのだろう。
「なんでここがわかったのよ」
浦部さんは面倒くさそうにお姉さんに尋ねる。
こんな場面を見られたというのに焦りもしない。
それもそうだ。お姉さんみたいな小柄な女性一人来たからと言って何になるのか。
浦部さん達は全員で七人。そのうち四人は喧嘩慣れしているような男子だ。
「に、逃げてお姉さんっ」
このままじゃお姉さんも酷い目に遭わされてしまう。それだけは嫌だった。
私の叫びを聞いたお姉さんは、優しい笑顔で言う。
「すぐに終わらせるから」
そこからは本当にあっという間だった。
てくてくと近づいてきたお姉さんに男子の一人が不思議そうな顔をする中。鋭く蹴り上げられた脚が男子の顎を的確に捉えた。
普段のお姉さんとは思えない鋭い表情で。
糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる男子。
「なっ、テメェ!!」
僅かな空白の後。残った三人の男子がお姉さんに攻め寄る。
だけどパンチもキックもその一切がお姉さんに触れることはない。ひょいひょいと余裕そうに避けて、またも鋭い一撃。鳩尾にお姉さんの小さな拳が突き刺さった男子が口をぱくぱくさせながらうずくまる。
あっさりと二人がやられたことに残る二人は後ずさる。
「なん、だよこいつ」
「くそっ」
「来ないの?」
お姉さんが一歩踏み出せば、二人は一歩下がる。
小さなお姉さんに怯える二人。
不思議な光景だった。
「来ないならいいよ」
お姉さんは動かない二人を無視して私の元へくる。
そして服を剥かれた私に着ていたジャケットを羽織らせてくれた。
「約束の時間になっても来ないから心配しちゃったよ」
「なん、で。お姉さん……」
「なんでここがわかったかってこと?」
いろいろなことが起きて上手く喋れない私の疑問を読み取ってくれたお姉さん。
「色々と頼れる友達が多くてさ。すぐに美羽ちゃんのこと見つけてくれたよ。もうすぐここにも来るはず」
あぁほら来た。と。
聞こえる。物凄い数のエンジン音が。たまに街中で聞く音だ。だけどそれよりもっとすごい数。
お姉さんと話している間、コソコソとどうするのか考えていた浦部さんたちもこの異様な音に身をすくませている。
そしてやってきたのは少なくとも五〇台は超える車やバイクの群れだった。
お姉さんが乗っているような車から暴走族が乗っているような改造されたバイクや車。普通の乗用車もある。
それらのライトが一斉に廃工場へと向けられていた。
「会長ー! 間に合ったかー?」
「ばっちし! みんなありがとねー!」
ゾロゾロと降りてきた人たち。二十代が多いが中には三十代四十代の人もいる。そんな彼らに「会長」と呼ばれ親そうにされるお姉さん。
一体何が起きているのだろう。彼らは一体誰なのか。社畜だと思っていたお姉さんは一体何者なのか。
あぁ、そういえば私お姉さんのこと全然知らないや。
それがなんだか少し寂しい。
「んでそいつら? 会長の女を攫ったっていうやつ」
僅かな寂寥感を感じている間に彼らの視線がオドオドしている浦部さん達に向けられる。
少なくとも五十人以上いる彼らに一斉に注目され、そして敵意を浴びせられた浦部さん達が可哀想なほどに青ざめていた。
「な、なんだよてめぇら!」
「か、かか、かんけぇねぇやつらはひっこんでろよ!」
無事な男子二人が威勢を張るが声が震えて全く怖くない。
浦部さん達は涙目を超えてボロボロ泣き出してしまった。
それも仕方ない。彼らの中には明らかに堅気ではない人たちも混ざっているのだから。
「まぁまぁ皆んな。そう怖がらせないの」
「しかしですよ会長。餓鬼とはいえやっちゃいけねぇことの区別もできんやつに遠慮する必要があるんですかい?」
「だからって初っ端から威圧してたらお話ができないでしょうが」
お姉さんに嗜められ彼らは渋々威圧することをやめる。
それだけでその場の空気が軽くなったように感じた。
「さてそれじゃそろそろお話をーーー」
「あーーー!」
浦部さん達に向いたお姉さんが話し出そうとすると一人の女性が声を上げて遮った。
「……だれー? お話ししようとしてるの邪魔するのは?」
「ごめんって会長」
申し訳なさそうに前に出てきた女性。その女性を見て浦部さんの顔が明るくなる。
「さ、さゆり姉さん」
「あちゃー、やらかしてたのって莉菜だったか……」
「何、妹?」
「いんや。従姉妹」
「あちゃー、やっちゃったねぇ」
どこか軽い拍子で話は進んでいく。その様子からどうにかなると思ったのか。浦部さんがさゆりさんと呼んでいた相手に縋り付く。
「さゆり姉さん! あの、さ。これはちょっとした誤解で……」
さゆりさんとやらに執りなしてもらおうとしているのか。
「さゆり。私らの掟は覚えてる?」
「勿論。忘れてないよ。さぁどんとやっちゃって!」
「あの、さゆり姉さん?」
しかしお姉さんとさゆりさんは浦部さんを無視して話を進め、何かを覚悟したかの様に仁王立ちになって目を瞑った。
話の流れは不穏な方へ向かっていることに浦部さんも気づいた様だ。
明るくなっていた顔が少しづつ暗くなっていく。
「ふんっ」
「ゴハァッ!?」
そしてお姉さんは唐突にさゆりさんのお腹に拳を突き出した。
たまらず体がくの字に折れて下がった頭部を回し蹴りで蹴り飛ばす。
「ひゅー!」
「いい蹴りだった!」
「しゃぁ立てよさゆり! 気合い入れてけー!」
周りの人たちは蹴り抜いた姿勢のお姉さんを称賛し、蹴り飛ばされてふらふらのさゆりさんを無理やり立ち上がらせる。
さゆりさんは鼻血をダラダラと垂らしながら、それでも踏ん張って立ち上がる。
お姉さんは軽く助走をつけて飛び上がり勢いを乗せた拳でさゆりさんの顔面を強打した。
またも吹き飛ばされるさゆりさんを、二人を囲う人たちが受け止めて突き返した。
そこからは目も瞑りたくなる光景が続く。
ひたすらに無抵抗なさゆりさんに暴力を振い続けるお姉さん。仲間のはずの人たちはその様子を囃し立て、遂にはさゆりさんは一人で立てなくなってしまった。
「よく頑張ったね。これが最後だよ」
「……ぁ、ぁぃ」
両脇を抱えられて無理やり立たされるさゆりさん。お姉さんはまたも助走をつけて飛び上がり、その顔面に両足を叩き込んだ。
「よく頑張ったぁ!」
「ナイスファイッ」
「会長もいい蹴りだったぞ!」
「どーもどーも!」
理解ができない光景だった。
浦部さん達も突然始まった凶行に尻餅をついていた。
私も唖然として声が出ない。
「何してんだって思ってるだろ?」
そんな私たちのそばにいた二十代半ばくらいのお兄さんがこの状況を説明してくれた。
「これは俺ら、九条会の掟なんだ」
「九条会……?」
「九条会ってのは会長が学生時代に作り上げたハズレ者達の集まりさ。一般常識に縛られることを嫌い、かと言って不良の世界にも馴染めなかったハズレ者ための会」
九条澪。お姉さんを筆頭に築き上げられた九条会は今では総数二千人近く存在するらしい。
その名前は一部界隈では大きな力を持つ。その名前を使えば無茶や理不尽を押し通せるほどに。だからこそその構成員には大きな責任がのしかかる。
例えば身内の誰かが彼らの信条に反した行いをしたとき、九条会の身内だからと許される。それは九条会の信条に反するため、そんな事が起きない様抑止力として、決められたケジメがある。
「さゆりのやつは身内の管理が甘かった。だから会長の女に手を出すなんてことをやらかした。さゆりのやつは知らなかったみたいだが、それじゃ済まされないのがこの世界なわけさ」
な、なんだかいつのまにか世界観が変わっている。お姉さんとのイチャイチャ物語だと思ってたらヤンキー漫画の世界みたいになってきたんだけど……。
「あの、浦部さん達はどうなるんですか……?」
浦部さんの身内というだけであんなにされて、それじゃやらかした本人である浦部さん達は一体どうなってしまうんだろうか。
「……」
「あっ、はい」
にっこり笑顔に何もいえなくなってしまった。すごい笑顔なのに怖いよ。
「みーうーちゃん」
「ひゃいっ」
いつに何か近づいてきていたお姉さんが背後から抱きついてきて、思わず悲鳴が上がってしまった。
「お待たせ。あとのことは皆んなに任せて帰ろっか」
「あ、はぃ……」
顔に返り血を浴びたお姉さんはいつもと変わらない。
まるでホラーのワンシーンの様で、
「おいおいかいちょー! その子怖がってるっすよ!」
「えー? そんなことないよね美羽ちゃん?」
いや、あの、正直怖いです……。
「あ、ごめんごめん。こんな血まみれだと怖いよね?」
そうだけどそうじゃないんです。
あぁ、なんかすごい光景を目の当たりにしてしまった。そしてとんでもない人に手を出してしまったんだなと今更理解した。
その後、浦部さん達は屠殺場に送られる家畜の様にドナドナされていき私はお姉さんと一緒に色々説明してくれたお兄さんの車でお姉さんのお家まで送ってもらった。
「んー、さっさとお風呂入って寝ちゃおっか」
「あ、はい」
「んー……?」
ベッドに腰をかけるとどうにも腰が重い。
なんだか色々急展開すぎて少し緊張してしまった様だ。
そんな様子を不審に思ったのか顔を覗き込まれ、そのままトスンと隣に座った。
「私の事が怖い?」
「えっ、そ、そんなことありませんよ」
嘘だ。お姉さんの知らない一面を、あんな暴力的な面があるんだと知って私はお姉さんに恐怖を抱いている。
上手く誤魔化せず吃ってしまい、お姉さんにも気づかれてしまっただろう。
「そっかそっか」
お姉さんはいつもの優しい声で頷いている。
もしかして、これからの私たちの関係のことを考えてるのかも。
お姉さんに怯える私の気持ちを汲み取って、距離を置こうとしている、とか。
それは嫌だ。確かにお姉さんのことが少し怖い。けどそれ以上に私は!
「あの、私ーー「美羽ちゃん」
私の声をお姉さんが遮る。俯いて表情は見えない。真剣な声。お姉さんの手が私の手を握る。ぎゅっと、少し痛いくらいに。
まるで私を逃さない様にしているかの、
「逃げられないよ?」
あっれ。雰囲気変わったなぁ。
逃げないで、とか避けないで、とか嫌わないでとかでもなく。逃さないよって。
「美羽ちゃんがどれだけ拒もうと絶対に」
今は自分の正体を明かした相手に拒絶されないかどうかのシリアスパートだと思ってたんだけど。
「大好きだよ、美羽ちゃん」
お姉さんのドロっと濁った底のない沼を思わせる瞳がジィッと見つめてくる。
「ひぇっ」
思わず悲鳴が溢れてしまう。
空いた片手で押されてベッドに押し倒されてしまう。
両手を頭上で押さえ込まれ、お腹の上に跨ることで起き上がることもできない。
「んぅっ、ぁっ、んんッ」
「んっ、美羽ちゃっ、んちゅっ」
そのまま強引に唇を貪られ舌で口内を蹂躙され。
お姉さんの唾液の味と匂いに頭がくらくらしてくる。
「お姉、さんっ、あっ」
「れろっ、んちゅ、んー、あぐっ」
「いたっ」
首筋を丹念に舐められ吸わ、あまつさえ噛みつかれた。鋭い痛みが走り絶頂にも似た感覚に体が跳ねる。
「初めてだったんだよ」
「ぇ……?」
「昔から恋愛とかに全く興味なかったからさ。えっちしたのは美羽ちゃんが初めて」
そ、そうだったんだ。なんだか手慣れてるからそういうことに慣れているものだとばかり。
「ずっとみんなを率いる立場だったから、ペットになれなんて言われたのも初めてだった」
「あー、えっと……」
「……すんごいゾクゾクしたよ。ご主人様なんて呼んで、這いつくばって足を舐めるなんて屈辱的なことなのに」
「ぁんっ」
お姉さんは話しながら手を私の秘部に触れさせる。体が跳ね、意図せず声が漏れる。
「地面から美羽ちゃんを見上げて、欲情した表情を見てさ。私こんな性癖持ってたんだって初めて知ったよ」
「まっ、おねえ、さんッ。激しんぅっ」
お姉さんが何か喋っているけどそれどころじゃない。
的確に気持ちのいいところを刺激され、掻き乱され、迫り来る絶頂に意識が持っていかれている。
「美羽ちゃんだけだよこんなこと思うの。他の誰を見たって思わない。もう私は美羽ちゃんがいないと我慢できないんだよ」
「ぁっ、あんっ! んんぁっ」
「少し目移りするくらいなら許してあげるけど、私の元からいなくなることだけは許さないから」
「いぁッ、ああっ、イ、くっ、ぅっ」
何を話しているかはわからないけど、お姉さんの感情が昂っているのはよくわかった。
どんどん激しくなる行為。
いつのまにか解放されていた両手でお姉さんにきつく抱きついた。
そのまま、
「ッッッッ!!」
絶頂を迎え、全身の力がくたっと抜ける。
はぁはぁと荒く息をついて、滲んだ視界にお姉さんの顔だけが見える。
「覚悟してね。私だけのご主人様」
「ぁ、ぃ」
お姉さんは優しい笑顔でそっとおでこにキスをしてくれる。
なんだかどうでも良くなった私はそのまま瞼を閉じて眠りにつく。
耳元で聞こえるお姉さんの声を子守唄に。
「結局お姉さんはなんで社畜なんてやってるんですか? あんな会社にいなくてもお姉さんならどうにでもなりそうなのに」
「ん? あー、復讐のためだよ」
「復讐、ですか?」
「そう」
後日、美羽ちゃんとご飯を食べている時に美羽ちゃんに何故社畜なんてやってるのかと聞かれた。
まぁ美羽ちゃんのいう通りあんな会社にいなくても生きていける。
九条会の関係で色々と得られる収入があれば働く必要もない。それだけで毎日遊んで暮らすことも出来るだろう。
それなのになぜあんなブラック企業で働いているかというと、それは学生時代の後輩が関係している。
私がまだ中学二年生だった頃にその後輩と出会った。
仲良くなったきっかけはもう覚えていない。仔犬の様な雰囲気に絆されたのかもしれない。
その子は出来の悪い子だった。勉強ができず運動神経もない。ちっちゃくてとろい。でも真面目で頑張り屋。
私は頭が良かったから良くその子に勉強を教えてたりした。
1を教えた後に2を教えれば1を忘れる。
そんな後輩との日々に呆れながらも楽しんでいた自分がいた。
時は過ぎ私は高校生に。そしてあの子は受験の年だ。
相変わらず頭の悪さは健在で、そんな後輩が行ける学校なんて限られている。そしてそう言った学校は大抵素行の悪い連中が多い。
そんな学校にその後輩が入学すればどうなるのか。頭は悪いが見た目はいいあの子の事だ。あれよあれよという間に食べられる事間違いなし。
だから私は少し頑張った。
まずその子が入学する予定の学校を支配する。不良どもがあの子に指一本触れられない様に暴力と恐怖を持って縛り付けてやった。
従わせた不良どもを使いその学校だけではなく周辺校にも手を伸ばした。その時ついでとばかりに周りに馴染めていなかった私と気の合いそうな連中を助けたりしつつ、あの子に危険が及ばない様に地域一帯を安全地帯に仕上げたのだ。
それが九条会の始まりでもある。
そんでまぁさらに時は流れ後輩は就活を始めた。
その時には九条会もかなり規模を大きくしており関連する仕事に就けば安泰だと提案したのだが、
「いつまでも先輩に頼り切りじゃいけませんから!」
なんていう後輩の言葉を受け入れ私は彼女の就活には一切手を貸さなかった。
それが間違いだった。
案の定彼女はブラック企業と断言していい会社に就職してしまう。そう、今私が勤めている会社だ。
そんな噂を聞いていながら彼女の独り立ちのために、彼女が助けを求めてくるまで不干渉を決め、私は彼女を救う機会を失った。
パワハラにセクハラ。労働基準法に真っ向から喧嘩を売る様にサービス残業サービス休日出勤。給料も間引かれ雀の涙しか貰えず。
彼女は自分の精神状態が末期だという事にも気づけず、無意識のうちに自ら命を絶った。
彼女の死を知った時、自分に対する怒りと殺意で気が狂うかと思った。私が持てる全てを賭して彼女を自殺に追い込んだあの会社を消そうと思った。
だけどそれじゃ私の復讐であって彼女の復讐ではない。
彼女が本来するべきであった事。あの会社で行われた悪事の一切を曝け出し真っ正面から叩き潰す。
彼女の代わりに私がそれを成そう。
それを彼女の手向としよう。
そうして私は現在に至る。
「それももうすぐお終いだけどね」
「……どういう事ですか?」
「叩き潰す準備は終わったって事」
各種不正の証拠は揃えた。あとは法のもとに裁きを下すだけだ。
それから九条会のツテも使いつつ、集めた証拠からあの会社は綺麗さっぱり消え去った。
あっけなく彼女を殺した会社はもぬけの空。すっからかんのオフィスに美羽ちゃんと二人佇む。
「いやー終わった終わった! 長い掃除だったよ!」
「お姉さん……」
美羽ちゃんがそっと私を抱きしめる。美羽ちゃんの体はポカポカと温かく、冷え切っていた私の体を温めてくれる。
「お疲れ様でした。きっと、その後輩さんもお姉さんに感謝してます」
「んふふ〜。そうかなぁ。そうだといいなぁ」
見殺しにしてしまったような私に、あの子は昔みたいな笑顔を向けてくれるだろうか。
あぁ、きっと向けてくれるだろう。気の抜けた間抜けな仔犬のような笑顔を。
そんな光景が安易と目に浮かぶ。
「さて! 次に行こうか!」
「次、ですか?」
「そう、次だよ次。ここまではあの子がするべきだった復讐。これからは私の大事な後輩を殺した奴らへの、私の復讐だ」
楽には死なせない。あの子が受けた苦しみは何倍にもして、煮詰め、どろっとした苦痛を与えて、生まれたことを後悔させ、死を望ませ、そこに助かる希望を与え、奪い、絶望させ、自らを呪い殺したくなるような怨嗟を与え、自殺は許さず、延々と自分を恨んだ末に、飢餓に飢えさせ、互いを喰らわせ、人から獣に堕とし、殺す。
「お、お姉さん……?」
「おっとごめんごめん。怯えさせちゃったね」
怖がる美羽ちゃんに笑いかけて私たちは空っぽのオフィスを後にする。
ここから先を美羽ちゃんが知る必要はない。ここから先は美羽ちゃんが住まう世界とは違うのだから。
「さぁ帰ろっかご主人様♪」
さぁて、帰ったら美羽ちゃんを沢山鳴かせて遊ぼう!