2:オタク、モルモット一日目
「シリスティーナ嬢、具合はどうだい? お熱はだいぶ下がってきたみたいだけど、身体の異変とかは感じるかな?」
「……なにもわかりません」
(……いや、嘘ですめっちゃ悪いです)
モルモット生活一日目。宮廷医師の診察を受けていた私は内心冷や汗ダラダラだった。魔力暴走病を発祥した者……特に幼い子供は大抵死ぬため、健康な状態を保っている人が珍しいのは分かるが、後ろに控えてる宮廷魔術師たちのギラついた目があまりにも恐ろしすぎる。あの瞳は、とか、この膨大な魔力は、とか、ぶつぶつと呟いているのが聞こえてくるのが更に恐怖を煽ってくる。
「ふむ……、魔力暴走病を発症した割には症状が出ていないね。普通であれば高熱で魘され続けてまともに喋ることも出来ないはずだが……」
(ひぇっ)
宮廷医師が私の顎を掴み、ぐいっと上を向かせる。その目は獲物を見つけた肉食獣のように爛々としていて、思わず小さな悲鳴が漏れた。
「それに瞳の色が赤色に変化しているね」
(ひぃぃっ!!)
「これは……、魔力暴走を耐えた末に魔力回路が変化した、ということかな。詳しくは調べてみないと分からないな」
他の宮廷魔術師たちも私を取り囲むように近付いてくる。皆一様にギラギラとした瞳で私の顔を覗き込んでくるものだから恐怖で身体が動かない。
「シリスティーナ嬢はこれから私たちの元で研究対象になるから、毎日この検診を受けにきてくださいね。大丈夫、怖いことは何もしないよ。色々分かったら、すぐに公爵家に帰れるからね」
(ひぃぃっ!! 六歳児になんたる拷問! 早くお家に帰らせて!!)
「それでは、検診はこれでおしまい。また明日よろしくね」
(ひぇっ)
宮廷医師は私ににこりと笑いかけると、そのまま部屋から出ていってしまった。残されたのは私と宮廷魔術師たちだけだ。皆一様に私を見つめ続けている。怖い。怖すぎる。早く帰りたい。お家に帰りたいよう……と半泣きになっていると、一人の魔導師が近付いてきて、私の頭を優しく撫でた。
「シリスティーナ嬢、そんなに怖がらなくて大丈夫だよ。私たちは君に危害を加えたりしないからね」
(……っ!?)
そう言って微笑んだ魔術師は、『まほひと』の攻略キャラであり、若き秀才の宮廷魔術師であるハーヴェイ・アレイスターだった。ハーヴェイは幼い時から生粋の魔法オタクでバンバン魔法を扱っていたため、『宝石の瞳』にこそなっていないが、宝石の瞳持ちになっていたらこの国を一夜でひっくり返せるほどの魔力量と魔法技術を誇る男だ。後に宮廷魔術師長となり、ヒロインを手助けしてくれる攻略キャラとして活躍する。
いつも笑顔を絶やさない爽やかなルックスと知的で優しい性格、そしてそこからは全く想像の出来ない魔法に対するオタクっぷりがギャップ萌え。また、他の攻略キャラより魔法に詳しい分彼と調査すると原因追求の難易度がぐっと下がり、何かと重宝するためハーヴェイルートは『公式カプ』として愛されている。色んな歳の差の葛藤がありつつも最終的にはヒロインの成人まで待ち、その後ピュアなほのぼのが見れる。理性強めのお兄さんが成人したヒロインに「もう待てない、君のことずっと待っていたから」と言いながら抱きしめるシーンは好評、というかオタクそういうの大好き。ファンの間ではずっと待ってたんだからキスくらいしてもいいんだよ!! とツッコミが入るくらいに純な恋愛をしている。
「あ……、あの……っ」
(ひぇえええっ!! 生のハーヴェイ・アレイスター! しかも若ハーヴェイ!)
「うん? どうしたんだい?」
そんなハーヴェイを至近距離で見て発狂しないわけがない。私の中の夢女子の部分が暴走し、オタクの部分が歓喜に震えた。もう身体全体が震える。尊い、本物だ、生ハーヴェイ・アレイスターが今私の目の前に……と語彙力も低下する程興奮していた。
「……おてて、ちからはいらなくて……その……」
手どころか身体全体力が入らないがそれはそれ。今この場に居るのがハーヴェイと愉快な仲間たちで良かった、ここにジゼルが居たら魂抜けてもう一度異世界転生してしまう所だった。もちろん最大手ビッグラブ超推しカップリングはアスジゼだが、ハーヴェイは宮廷魔術師としてジゼルの魔法を教えていて、いわば教師と生徒みたいな関係性なのだ。教師と生徒という禁断の関係はどんな時だって腐女子を興奮させてくれる。
「成程。ちょっと触るね」
そういってハーヴェイは私の手を優しく包み込んだ。
(ひゃああああああ)
「うーん、魔力回路のショート……いや、完全に壊れては無いけど魔力回路が麻痺してるみたいな状態になってるね。けど魔力回路自体は特に問題無し……、元々のシリスティーナ嬢の魔力回路の形を詳しく知らないからどの形が正常なのかはよく分からないけど」
(ひぇっ!! 近い! 顔がいい!!)
待って無理待って近い近い近い!! この距離でその顔の破壊力やばい! もう顔が良いのなんのって! ああもう六歳児で良かった本当にこのままだったら私鼻血噴き出して昇天する所だった!
「ちょっと失礼するよ」
ハーヴェイは再び私の手を握り、もう一方の手を添えて目を閉じて集中し始めた。きっと今私の魔力回路を調べているのだろうが、もうオタクフィルターがかかっている私には手の温もりと至近距離で感じるイケメンフェイスに心臓が爆発寸前なため全く集中出来ない。
(うっわぁあっ!!)
待って顔近いっ!! 近いですッ!!(歓喜)顔が良いっ!!(興奮)ああ無理耐えられない、このまま死ぬかもしれない。顔の良さに死ぬオタクなんて実在したのか。しかし最推しではないハーヴェイにこの調子だとアスジゼを生で見た時本当に本気で死んでしまうのではないか。いやそれにしても顔良。何回見てもビックリする。この神の顔を産んでくれたお父様とお母様に最大の感謝を……と心の中で合掌していると、ハーヴェイがゆっくりと目を開いた。
「シリスティーナ嬢」
「ひぇっ!」
「魔力回路の変化、君自身はどう感じる? 些細なことでいいよ、例えば、魔力の流れがいつもより早いとか、温度が違うとか」
「えっと……」
私はハーヴェイに握られている手をジッと見つめた。そしてなんだかいつもより魔力がスムーズに循環しているような気がする、とぽつりぽつりと伝えると、それを聞いたハーヴェイはそっか、と微笑んだ。
「そうか……。膨大な魔力に対応すべく魔力回路の質そのものが変化したということかな。本来魔力回路はその人個人の固有のもので成長と共に変化したりはしないけど、あまりにも膨大な魔力が溜まったことによって魔力回路の異常が発生して変わらざるを得なかった……一種の突然変異と考えていいのかもしれない。しかしそれだと……」
ハーヴェイは考え込むようにブツブツと独り言を言い出した。あまりにもオタクすぎるせいで何を喋っているのかよく分からないが、取り敢えず私がこれからどうなるのかに不安を感じる。しかしふと我に返れば国宝級顔面が至近距離にあるというこのシチュエーションは……やばくない?
「ハーヴェイ、仮定の洗い出しは後にして、いまはシリスティーナ嬢が居ないと出来ないことを優先的に解決すべきだ」
「あ、ああ。そうだね、すまない」
後ろにいた魔術師にそう言われたハーヴェイはバツが悪そうに頭を搔くと、私と目線を合わせてニコリと微笑んだ。
「シリスティーナ嬢、これから君にあることを試したいんだ。君の魔力の質や量を見るためにね。ちょっと眠ってる間に終わるから、いいかな?」
「は、はい」
「じゃあいくよ。少しだけ苦しいと思うけど我慢ね」
ハーヴェイが握っていた私の手を離した瞬間、ドクンと心臓が鳴ったような気がした。そして身体が熱くなり、身体の中を何かが駆け巡るような感覚がした。思わず息を止めてしまうほどの衝撃に恐怖を感じていると、徐々に身体の熱が引いてきた。しかしそれと同時に猛烈な眠気に襲われる。
(あ……れ……?)
身体が思うように動かない。私はそのままゆっくりと意識を手放した。