1:オタク、転生する。
私には前世の記憶というものがある。前世の私……月宮志那は、超がつくほどのオタクで、夢小説からBL、百合、もちろんノーマルも、ありとあらゆるこの世の性癖何でも来い! の雑食女だった。
そんな私はある時、不慮の事故であっさりと生を終えた。まだ完結を見届けてない漫画とか、推しのオンリーイベントの原稿がまだ終わってないとか、色んな未練が残りに残ったせいか、俗に言う異世界転生というものをしたらしい。次に目が覚めると、豪華絢爛煌びやかな部屋にふかふかのベッド、ちぎりパンのようにむちむちな自分の腕。あ、これってつまりは異世界転生だな、とあっさり受け入れられたのは前世の私がオールマイティなオタクだったからだろう。
異世界転生といえば自分の知ってる――或いは好きな作品に転生するというのがありがちな展開だが、流石に産まれた時からのスタートだと自分が転生した世界がどこの世界なのか皆目見当もつかない。出来る限りの情報収集をすること数年、私がシリスと呼ばれていることと、公爵令嬢であること、兄が居るらしいこと、この国に魔法があることが判明した。……とはいえまだまだ情報が足りない。言葉を覚えて文字を覚えて、一刻も早くこの世界が何の世界なのかを判明させなければ、と意気込んでいるうちに気付けばこの世界に生を受けてから六年が経ち、殆ど手がかりが掴めないことに若干の諦めを感じながら大きな公爵邸の庭園で走り回っていた。
――そう、私は公爵邸の庭園で走り回っていたのだ。今さっきまで。それなのに、どうして。
「うぅぅぅ……っ、いたい、いたいよぉ……、あつい、いたい、たすけて……ッ」
「お嬢様! もう少し……っ、今医者を呼んでいますので!」
「シリス……! しっかりしてくれ……!」
どうして私は今、高熱を出して魘されているんだろう。前世で骨折して手術した後の痛み止めが切れた時だってこんなに熱は出なかったし、身体も痛くなかった。事故で死んだ時だって……否、それは正確に覚えている訳では無いから何とも言えないけれど、その時だってここまで苦痛を感じるものでは無かったはずだ。それなのにどうして? 頭は高熱の影響かフラフラと、ボーッと思考がまとまらずに揺れ動いていて、全身は全ての細胞を引き裂かれたかのような痛み、そして血管が破裂したかのような耐え難い苦痛。
「ぅあああぁぁぁぁァッッ!!」
「これは魔力暴走病の症状……っ! お嬢様、しっかりなさってください!」
「ぅあッ、ぁあぁぁッッ!!」
痛い。熱い。苦しい。辛い。……あれ、魔力暴走、病……?
「ッ! これは……っ!? シリスの瞳が、赤色に……っ!?」
「くそ、死ぬな、絶対に死ぬな……ッ! シリスティーナ……! 」
瞳の色が変わる? シリスティーナ? 何か、どこかで、聞いたことがある。どこかで、どこか、どこ……か。どこだっけ。思い出せ、思い出せ。もしかしたら解決策の糸口が、分かるかもしれない。
……どこで、どこで。
…………。
…………あ。
「ッ、あぁぁぁぁッッ!!」
「お嬢様!?」
「……っ、ぁ……ぅ、はぁ、……っ、はぁ……っ」
そうだ、思い出した。シリスティーナ。六歳。魔力暴走病。翡翠から赤く変わった瞳の色。そうだ、これは、私が前世でプレイしていた乙女ゲーム『魔法と輝く宝石の瞳』の世界だ。思い出した途端、全ての肩の荷が降りたかのように、ふっ、と意識が沈み込んだ。
* * *
「……ん……」
ふと目が覚めるとそこは見知らぬ天井だった。暗く、辺りは静寂に包まれている。少し硬いベッドに、ツンとした薬品の匂い。ここが自分の部屋では無いことは明白だった。
(……少し状況の整理をしないと)
ここがどこだか分からない以上下手に動くのは辞めておこうと、まだ目が覚めていない風を装って一度開いた目を閉じる。
……乙女ゲーム『魔法と輝く宝石の瞳』はとある帝国に起こる魔法災害の原因を突き止め、攻略キャラたちとその災厄の種を祓うRPGスタイルの異世界ファンタジー恋愛ゲームだ。主人公はとある事情で魔法アカデミー学園へと入学し、各地で起こる魔法災害の原因を調べ、攻略キャラたちと共に魔法災害の発生源へと赴く。原因追求パートにはもの探しゲーム要素と推理要素も含まれていて、そこで一緒に原因追求をしたり災厄の発生源へと向かうとキャラの好感度が上がるという、ただレベリングして敵を倒すだけのRPG、ただ会話をして好感度を上げるだけの恋愛ゲームとは違ったシステムに多くのプレイヤーは魅了された。
そして、そのゲームの中でシリスティーナはヒロイン……ではなく、ヒロインを邪魔する悪役令嬢として登場する。シリスティーナはヒロインと同じくアカデミーに通い、災厄祓いをするのだが、なにぶんシリスティーナが彼女一人でも災厄祓いをこなせるほどの優秀な魔術師だったため、常に男たちと協力し男たちに守られているヒロインの存在が気に食わず、ヒロインに対して数々の邪魔をする。その行動が災いして、シリスティーナはヒロインをいじめたとして攻略キャラたちに断罪されるのだ。そして、私はその断罪される悪役令嬢シリスティーナに転生していたということに今気が付いた。前世で『魔法と輝く宝石の瞳』をプレイしていたとはいえ、幼少期……瞳の色が変わる前のシリスティーナのイラスト差分などは無かったため、自分の姿を見ても分からなかった。シリスという呼び方も兄アステルの過去編で一、二回出てきたくらいのもので、パッと結びつかなかった。
それでも何故私がこの世界が『魔法と輝く宝石の瞳』の世界だと気付けたのか――それは魔力暴走病という難病の存在だ。魔力暴走病というのは高濃度の魔力を体内に宿している魔術師が発症する病気で、特に魔法を使う機会の少ない幼い子供や自身に魔力があると自覚していない人がなりやすい。高濃度の魔力を放出することなく長期間体内で生成し続けることで魔力の貯蔵が追いつかず暴走し、魔力回路が壊れ、それに伴い高熱や全身の激しい痛みが起こり、まだ身体が成熟しきっていない幼い子供は死に至ることが多い。また、生き残っても魔力回路が壊れてしまっているため、その後魔法が使えなくなったり、魔法に対してのアレルギー反応のようなものが出る。しかしその魔力暴走を乗り越え、自身の魔力回路の再構築を成し遂げ、暴走前よりも膨大な量の魔力を扱えるようになった者は皆、特徴的な輝く瞳へと変化する。その瞳が宝石のように美しいことから『宝石の瞳』と呼ばれるようになった。
シリスティーナは六歳の時にこの魔力暴走病を患い、乗り越え『宝石の瞳』の持ち主となる。……そしてただの平民の主人公がアカデミーに入学したのも、彼女がその『宝石の瞳』を持っているからだ。『宝石の瞳』を持つ魔術師は、魔術師が一番恐れる魔力の枯渇を心配する必要がないほど膨大な魔力を有している。そのため、『宝石の瞳』を持つ人を一流の魔術師に育て上げることでエリート揃いの宮廷魔術師三人分の働きをも期待できる。宮廷の人件費問題も然り一流魔術師の人手不足問題がマルっと解決される超貴重な人材なのである。
しかしなにぶん気付くのが遅すぎた。もしもっと早くにこの世界が『魔法と輝く宝石の瞳』の世界だと気付けていれば……。魔力暴走は魔法を定期的に使っていれば体外に魔力が放出されるため起こりにくい。早くに気付いてちょくちょく魔法を打っていれば魔力暴走病にならなかったのに。そうなれば『宝石の瞳』の持ち主にもならず、ひとり優秀故に孤独を抱える少女にならず、悪役令嬢シリスティーナはただの公爵令嬢シリスティーナとして生きられたかもしれないのに。
(……まあ、今更悔いても仕方ない。何のイベントも起きなかったらそれこそ、ずっとどこの世界なのか分からないままだっただろうし)
過ぎたことを悔やんでも仕方がない。原作通りにことを進めて、悪役令嬢のような意地悪は一切せず、ヒロインたちに帝国の救世主になってもらえば良い。私は私の、シリスティーナとしての人生を楽しもう。
何より、そう、なにより、だ。この世界が『魔法と輝く宝石の瞳』の世界であるということ。そして自分がヒロインではなく悪役令嬢であるということ。それは最高に最強なウルトラハッピーなことなのだ。だから私はシリスティーナとしての人生をめいっぱい楽しまなきゃいけない。何故ならそれは……。
(合法的に!! 超高画質で!! 推しカプが!! 生で!! 見れる!!)
未だに忘れちゃいない前世のオタクの血が迸る。夢腐両属性持ち地雷ほぼ無しの雑食オタク。前世では推しカプが会話する度に尊死し、二次創作でイチャイチャさせては悶えながらその幸せを噛み締めた。『魔法と輝く宝石の瞳』は乙女ゲームということもあり腐の文化はあまり浸透していない界隈ではあったが、各キャラの過去編や本編で結構攻略キャラ同士が濃く絡んでいて、一定数の需要はあった。何を隠そう私も、攻略キャラであるシリスティーナの兄アステルと皇太子ジゼルのカップリング――アスジゼを中心に様々なカップリングを読み漁り、尊さを噛み締め、更にはまほひと(魔法と輝く宝石の瞳の略称)腐ウェブプチオンリーに参加し、自分の妄想を形にするべく絵や文をかいていた。
まほひと最推しカプのアスジゼを生で見られる。しかも私はヒロインではなく悪役令嬢……そしてアステルの妹であるシリスティーナ。アステルとジゼルは公爵子息と皇太子という立場ではあるが、長い付き合いがあり幼馴染のように仲がいい。つまり私は自分がどちらかとくっつくことも無ければ円滑に人間関係を築きさえすれば二人のイチャイチャを間近で見ることができるのだ!! なんて最高な世界なんだ。神様ありがとう。推しカプが目の前でイチャコラする様を見れるなんて、こんな幸せなことってある? と、推しカプ生放送の未来に歓喜していたのも束の間。
(……あ、シリスティーナの魔力暴走病の話の展開……、発症したにも関わらず生きていられた数少ない事例として、宮廷魔術師と宮廷医師たちの所へ治療と称して半ば実験体として送られる、じゃ、無かったっけ……)
鼻につく薬品のにおい。少し硬いベッド。浮かれて忘れかけていたが、私はこれからモルモットと化すのだ。
(う、うわぁぁぁぁっ……!! 絶対……、絶対耐えて、生きて生アスジゼをこの目で拝んでやるんだわーーッッ!!)
久々に新しく連載していこうと思います。基本ギャグ系になるかも。腐女子令嬢というタイトルですが、濃厚なBLシーンは書きません。