9話
そして散歩も終わり、授業が始まった。
この時間の授業は歴史だ。前の世界で学校に通っていた頃は歴史の授業なんて眠くて聞いていなかったが、この世界ではきちんと授業を受けている。
いつも家では商会の仕事ばかりしているので、授業はしっかりと受けないと成績がとんでもないことになるからだ。
「そうして私たちは北の部族を取り込むことに成功しました」
髭が胸の辺りまで伸びているおじいちゃん先生がゆっくりとしたテンポで語る。
ついウトウトしてしまいがちだが、私は気合いを入れて起きる。
ふと隣を見ると、クレアがうっつらうっつらと舟を漕いでいた。どうやらクレアも先生の声に眠気を誘われたようだ。
(本当に喋らなければ可愛いのに……)
寝ているクレアの顔はまるで天使のように可愛かった。
でも、私は真面目に授業を受けているのにクレアが寝ているのが何だかむかついたので、私はクレアの脇腹をツンツンと突いて起こした。
するとクレアはビクッ!と体が跳ねて飛び起きる。
そして焦ったように周囲を見渡して、ニヤニヤと私が笑っているのを見つけると、クレアは拳を握りしめ小声で怒鳴ってくる。
「何すんだお前……っ!」
私も小声で答える。
「派閥のリーダーがちゃんと起きてないと部下に示しがつかないじゃないですか」
「大きなお世話だ! それにお前は俺のこと全く尊敬してないだろ!」
「もちろんです。起こしたのはただの嫌がらせです」
「お前、ふざけるなよ……!」
「あっ、暴力ですか? やめて下さい! パワハラですよ!」
「そこの二人、私語はしないようにね」
「「はい……」」
内容までは聞こえていなかったはずだが教壇からは私達が小声で騒いでいるのは目立っていたようで、おじいちゃん先生に優しく注意されてしまった。
私たちはしゅんとしてちゃんと授業を聞いた。
そしてそのまま授業が終わると今度は昼休み。昼食の時間だ。
私は何も考えずに椅子から立ち上がると、食堂へと向かう。
しかし食堂に入ろうとした瞬間、私はクレアとの約束を思い出した。
「あ、そうだ。今日からクレアさんと食べる約束だった……」
今日から派閥を作ったので、昼食は一緒に摂ることになっていたのだ。
基本的に、派閥のメンバーは一緒に行動する。それは派閥としての力を見せつけるのと同時に、身を守るためでもある。
派閥から離れて一人で行動すると、他の派閥のメンバーにどんなことをされるか分からないからだ。
そのため私はクレアに悪いことをしたな、と思いつつ急いで戻る。
クレアは教室で待っているはずだ。
そして教室に戻り、ドアを開けるとクレアはやっぱり教室に残っていた。
しかしクレアが椅子に座っている隣で、もう一人立っていた。
ルーク王子だ。
どうやらクレアを昼食に誘っているらしい。
「クレア。俺と一緒に昼食を食べよう」
「でも、私は約束が……」
「そんなものどうでも良いだろう。さあ、俺と一緒に食べよう」
どうやらクレアは強引にルーク王子に誘われて困惑しているらしい。
「クレアさん」
私はクレアに声をかけた。
するとやっと来たかと言わんばかりに立ち上がり、私の腕を掴んだ。
「ほら、私、これからエマさんと一緒に昼食を食べるつもりなんです。今日から派閥を作りましたので」
「なっ!? またまたお前か……!?」
ルーク王子はまた私に誘いを遮られたことに目を見開いて驚いていた。
その隙にくいくいとクレアが私の腕を引く。
「さあ、行きましょうエマさん」
「え? はい」
クレアは私の腕を掴んで強引に教室から出た。
「ふう……、助かった。いつも強引に誘われて迷惑してたんだよ。王族だから強引に来られたら断りきれないし」
「それは大変ですね……」
「しかも、権力をちらつかせてることに自覚がないんだ。本当に質が悪い……」
私は素直にクレアに同情した。
好きでもない男性から権力をちらつかせてランチに誘われるのは私だって嫌だ。
まあクレアが今日誘われたのは私がクレアとの約束を忘れていたからだ、と言うことは黙っておこう。隣の席なのに止めなかったってことはクレアも多分忘れてたんだろうし。
私たちは食堂へとやってきた。
この時間帯になるともうすでに食堂は人で溢れかえっている。
ちなみに前の世界の高校のように購買はこの学園にもあるが、学食の方が人気が高い。
なぜならこの学園の食堂ではシェフが一から食事を作っているからだ。もちろん値段は高いが、この学園は貴族ばかりなので値段を気にする人はあまりいない。ちなみに平民の生徒は値段の一般的な購買を使うことが多いそうだ。
私たちは列へ並ぶ。
「何にしましょうか。あ、この定食美味しそう。私これにします」
私が選んだのは普通の定食だ。
値段もメニューも普通でお財布に優しい。
しかしクレアは一味違った。
「プレミアムコースをお願いします。あと、いつものメニューに変更して下さい」
クレアは躊躇いもなく一番高いメニューを選択し、なおかつメニューの中身を自分専用にカスタマイズしているようだ。
何という上流階級。
「セ、セレブだ……!」
「いや、お前も同じくらい稼いでるだろ」
クレアがツッコんできた。
間も無くすると頼んでいたものがやってきた。
私のものはごく普通の、カルボナーラとスープ、そしてパンにプリンのデザートが載っている定食のプレートだ。
だがクレアのプレートは違った。
まずメインであるステーキは違うものに変更され、健康重視の鶏の胸肉のソテーに変わり、その他メニューもサラダや、カロリーの低いものに変わっていた。
せっかくの豪華プレートが健康重視セットになっている。
「何でそんなメニューにしたんですか! せっかくのプレミアムコースなのに勿体ないですよ……!」
「いつもあんな重いもの食べてたら気持ち悪くなるし、太るだろ。だからメニューを変えてもらってるんだよ」
「む、確かに……」
確かに滅多に食べることができない私からしたら勿体無く感じるが、いつも食べるとなると重すぎるだろう。
「ん? そういえば……」
私はふと違和感を感じた。
ここで今日の私のメニューを思い出してみよう。
カロリーたっぷりのカルボナーラ定食だ。明らかに私の方がカロリーが高い。
何とまさか、私より女子力が高い昼食のメニューをクレアは食べていたのだ。
「そ、そんなのずるい……」
「は? ずるくないだろ」
「何というか上手く言葉にできませんが、ずるいんです!」
男のくせにこんなに可愛くてなおかつ女子力も高いなんて、私はどうなってしまうと言うんだ。
何だかとても惨めな気持ちになった。