8話
そして派閥を形成した翌日。
私は目覚めるとベットから降りて、朝食のパンを一つ食べる。本当はもっと沢山作ってもらうことも出来るが、そんなに食べれないため朝はもっぱら簡単な食事で済ませている。
「ありがとう。美味しかったわ」
「ありがとうございますお嬢様。その一言で今日も頑張れます」
こんな風にシェフがお礼を言うとお辞儀するのはもはや日課の挨拶みたいになっている。
朝食が終わった後は学園へ向かう用意を始める。
使用人の人たちに身だしなみを整えてもらいながら、商会の状況や今度売り出す新商品などをまとめた書類を手早く確認する。
使用人にまとめてもらっているのだが、私の家の使用人は優秀なので本当に分かりやすい。
それが終わると、今度こそ私はカバンを持つ。
「それじゃあお父さん、お母さん。行ってきます」
そして最後に飾られた両親の形見の指輪に笑顔で挨拶をして私は屋敷を出た。
門の前に停められた馬車に乗って学園へと向かう。
普通、学園の登校だけで男爵家の令嬢は馬車なんて使わない。いや、使えないと言った方がいい。
この王都で馬車を使おうと思ったら、結構高いお金がかかったりするからだ。だから殆どの男爵家は馬車がいる時はその都度馬車を借りている。
その点私は商会の利益でお金は有り余っているので、馬車は使いたい放題だ。
別に学園と私の屋敷の距離は遠い訳ではないが、朝から歩いて登校するなんて疲れるので絶対やりたくない。
そして学園へ到着すると門の前で下ろしてもらい、私は教室へと向かう。
廊下を歩いていると固まって話している人たちの内容が聞こえてきた。
「聞いたか?」
「ああ、聞いた」
「新しく派閥ができるんだって?」
「でも、何で急に作り出したんだろうな」
どうやら未だ学園は新しくできたクレアの派閥の話で持ちきりらしい。
そこらかしこから派閥の話が聞こえてくる。
幸いと言うべきかクレアは有名だが私は無名なため、クレアだけが話題に上がり逆に私は廊下を歩いていても殆ど注目されない。稀に視線を感じるくらいだ。
そして教室に到着する。
「げ」
「うわ」
教室のドアを開けるとちょうど今教室を出ようとしているクレアとバッタリ出会った。
クレアも私の顔を見て顔を顰める。
「なんだお前か」
「私はクレアさんは顔面が良いので朝から不快な気分にはなりませんでした」
「何の報告だ」
「でもかけられた言葉が最悪なのでプラマイゼロです」
「待て、俺そんなに悪いこと言ったか?」
「確かにそうですね。すみません。私が間違えてました」
「ん、おぉ……」
私は間違えたことを言ったと思ったので素直に謝罪する。
クレアは私が謝ったことが予想外だったのか少し動揺していた。
「最悪なのは中身でしたね。私ったらついうっかり……」
「より悪いわ! 何で言い直したんだ!」
「それよりクレアさん。どこか行くんですか?」
今見た感じ、クレアはどこかへ出かけようとしているらしい。
いつもは教室に着いたら席で本を読むか自習しているので、珍しい行動を見て気になった。
「おい! …………まあ、教室に入れば分かるが、入らないほうがいい」
「何ですかそれ」
「いや、まぁ……ちょっとな」
何だか要領を得ない説明だ。
そんな説明じゃ逆に気になってくる。
「逆に気になるんですけど」
「まあ一旦入ってこい」
「え、説明してくださいよ」
「良いから」
クレアに背中を押して教室の中に入れられた。
すると教室中がピタリ、と静かになりその後「派閥が……」「新しく……」「あの人が……」など声が聞こえてきた。それに加えて教室中から視線も感じる。
なるほど。確かにこれは居心地が悪い。教室から出ようとするわけだ。
私は教室から出る。教室の外にはクレアが「な、分かっただろ?」と言いたげな表情で立っていた。
確かに分かったが、そのために私を教室に入れる必要はあったのかが問いたい。
「お供させてください」
「いいだろう」
クレアは頷いて歩き始めた。
「この分だと当分教室には戻れなさそうですね」
「まあ、授業が始まるまでは無理だろうな」
そうなるとしばらくの間時間を潰すしかない。
しょうがないので、私たちは授業が始まるまで歩きながら時間を潰すことにした。
幸いこの学園は施設が多いので、散歩していて早々飽きることはない。
しかし流石に朝の登校時間のため校内には生徒が多く、なおかつクレアは目立つので注目を浴びることとなった。
歩いていると、そこら中からヒソヒソと声が聞こえる。
「あれが新しい派閥か……」
「取り巻きはあれか……」
「あんまり見たことないけど、誰だあれ?」
「何でも男爵家らしいぞ」
「何で男爵家なんか取り巻きにしたんだ?」
クレアと廊下を歩いていると、そんな声が聞こえてきた。
私はとある事実に気づいて、冷や汗をかく。
隣のクレアに質問した。
「もしかしてなんですけど」
「何だ」
「この散歩って、もしかしてクレアさんが新しい派閥を作ったことと、私が取り巻きであることを喧伝している感じになってませんか?」
「何だ、今気づいたのか」
クレアは当たり前だと言わんばかりに答える。
私は頭を抱えた。
自然に散歩に誘われたと思ったらそんな目的があったのか! 私を騙したな!
「最悪です! そんなの私がこの変態と仲間だって公言してるようなもんじゃないですか!」
「おい! 変態とは何だ! それに本当に派閥は作っただろ!」
「私は人に見られて悦ぶ癖は無いんですよ! 勝手にソッチの世界に引き込まないで下さい!」
「俺もそんな性癖無いって言ってるだろ!」
「じゃあ何でこんな宣伝なんかしないといけないんですか! これじゃ私が目立つじゃないですか!」
私はクレアに訴える。
するとクレアは腕を組んでフッと笑った。
「フッ……俺だけ目立つだなんてそんなの許せない」
「最低!」
やっぱり私を道連れにしてるだけじゃない!
「これで一蓮托生だな」
クレアは私の肩に手を置くと妙に爽やかな笑みを浮かべてサムズアップしてくる。
本当にビンタしたい。
「痛ぁっ!?」
と思ったら先に手が出ていた。
「あっ、ごめんなさい! 私先に拳が出るタイプで」
「それ商人と貴族が一番やっちゃいけないことだろ!?」
ついに判明した私の衝撃の事実にクレアは目を見開いて驚く。
と、その時鐘が鳴った。
元の世界でいう予鈴で、あと五分後に授業が始まる。
「鐘が鳴ったな。戻るぞ」
「はーい」
私達は鐘を聞いて、元の教室へ戻っていく。
そうして、私はクレアの取り巻きとして少しだけ顔が知られることとなった。