53話
遅くなって申し訳ありません。
翌日。
学園へとやってきた私はまた廊下でレイラと出会った。
「おはようございますレイラさん」
「エマ、おはよう。あれ? その隣の彼女は?」
レイラが私の隣に立っている女子生徒に声をかけた。
初めて見る顔だったから気になったのだろう。
「ああ、彼女は私の友人です。ね?」
私がそう聞くと彼女はこくりと頷いた。
そしてそのまま焦った様子でレイラと目を合わせなかったが、レイラは特に気を悪くした様子は無かった。
「人見知りなのかな? ごめんね怖がらせてしまって。それじゃ私はもう行くよ」
レイラは自分がいては彼女を怖がらせてしまうと思ったのか早々に立ち去ろうとした。
私はそれを引き止める。
「あ、待ってくださいレイラさん」
「ん?」
「今日のお昼休み、お時間を頂けませんか? クロードさんのことで伝えたいことがありまして。いつもの彼女たちも一緒でいいですから」
私はレイラといつも一緒にいる彼女たちを呼んでもらうことにした。
今回はクロードに天罰を与えるために彼女たちにも手伝ってもらったし、それにこの後のことを考えたら人が多いに越したことはない。
「分かった。昼休みにまたエマの所に行くよ」
そして昼休みの時間になった。
空き教室にはすでに私とクレアとマーガレットが集合していた。
「それにしても昨日は凄かったな……」
「ええ、侯爵にすら臆することなく啖呵を切るエマさんは迫力満点でした」
「うぐっ!?」
私は昨日の恥ずかしい自分を思い出して悶える。
頭に血が昇っていた私はつい調子に乗ってハンスやクロードに対して高圧的に振る舞ってしまった。
思い出すだけで恥ずかしい。
「や、やめてください! 昨日の私はどうかしていたんです!」
クレアもマーガレットも見ていたのにあんな……一生ものの黒歴史だ。
ああ、なんであんなことを言ってしまったのだろう!
「のおおおお! 恥ずかしい……!」
私は顔を両手で押さえながら床をのたうち回る。
「で、でも私は格好いいと思いましたわよ?」
「やめて! もっと恥ずかしくなっちゃう……!」
私が羞恥に悶えているとマーガレットが励ましてくれたが、それすら私にとっては羞恥を加速させてしまう。
と、話していると扉がコンコン、とノックされた。
「どうぞ」
悶えている私に代わりクレアが返事をする。
扉を開けて入ってきたのはレイラとそのファンのお嬢様達だった。
レイラは入ってくると床でのたうち回っている私を見て驚いた表情になった。
「約束通りきたけど……ってエマ、どうしたんだい」
「何でもないです……ただ悶えてただけですので……」
これ以上悶えているわけにはいかないので気分を切り替えて私は立ち上がる。
レイラは早速本題に入った。
「クロードについての話って? あ、そう言えば、クロードはどうなったの? クロードが私の所に来なかったんだけど……」
レイラはクロードの居場所について尋ねてきた。
先日まであれほどレイラに教育と称してパワハラを行っていたのに、今日になったパッタリと姿を表さなくなったクロードのことが気になるらしい。
私もクロードがどうなったのか教えてあげたいので、早速教えてあげることにしよう。
「ふふふ……それは詳しく話すとして、まずは彼女をちゃんと紹介させてください!」
私は今日朝にレイラと会った彼女を前に連れ出した。
「君は朝の……彼女がどうかしたのかい?」
「ほら、顔をあげてください」
私はずっと俯いて下を向いている彼女に向かってそう言った。
すると彼女は遠慮がちに上を向く。
「なっ! これは……!」
レイラは彼女の素顔を見て驚愕した。
なぜなら彼女の素顔は──自分の婚約者だったからだ。
「‘’彼女‘’の名前はクロードくん改め、クロードちゃんです!」
「ク、クロードちゃんです……よろしくお願いします……」
クロードは涙目の笑顔でレイラに挨拶をする。
女子制服に身を包んだクロードは私のホワイトローズ商会が誇るメイク班により特殊メイクを施され、もはや完璧に女子にしか見えなかった。
「うんうん、前から絶対女装が似合うと思ってたんだよね。細見だし、顔自体は悪くないし」
私の一押しポイントはウィッグだ。クレアみたいに地毛でも可愛いけど、こんな風にウィッグを被せるのもやはり女装男子の醍醐味と言えるだろう。
腰まである黒髪はやっぱりいい。ブレザーによく似合う。
「い、いやいやいや! ちょっと待って!? 何でこんなことになってるの!?」
レイラは困惑した様子で私に質問していきた。
予想通りの反応だ。婚約者がいきなり女装してきたら誰だって気になるだろう。
私はレイラにクロードが女装するようになった経緯を説明する。
「昨日、マッケルン家まで行って、借金を背負わせた後に脅したんですよ。二度とこんな事するな、って」
「う、うん……そんなにサラッと言うことなんだ……」
レイラが完全に引いた目で私を見ていた。
後ろのお嬢様もドン引きしていた。
「で、その後にクロードさんを呼び出して、女装させました」
「いや説明されても全く分からないんだけど!? 何で女装させたの!?」
「いや似合うと思ったんで……おかしかったですか?」
「おかしいよ!」
断言されてしまった。女装が似合いそうな男子に女装させるのはおかしなことなのだろうか。
あ、そうか。レイラにはまだ私が女装が好きだってこと言ってなかったんだっけ。
「は、はは……僕の尊厳は完全に破壊されたよ」
クロードは完全に死んだ魚の目をしながら虚空を見つめカタカタと震える。
「でも気づいたんだ、僕は今までこんなに酷いことをしてたんだって。……今まで本当に申し訳ない」
クロードはレイラに対して頭を下げた。
レイラは意外そうな目でクロードを見つめていた。
「な、何でそんな急に……」
今まで自分を虐げ続けたクロードの変わりように困惑している。
「分かったんだ……自分がいかに愚かで、救いようのないクズだったかを……」
「ねえエマ、本当に何をしたの!」
また死んだ魚の目で虚空を見つめ始めたクロードを見て、レイラが何をしたのか私に聞いてくる。
「え? 何をしたって……ちょっと過激な方法で人格を修正しただけですよ」
具体的に言えば女装させた状態で街中を歩いたり、学園を散歩したりしただけだ。
「……」
レイラが恐ろしいものを見る目で私を見ていた。
「レイラ」
クロードに呼ばれたレイラが振り返る。
「もちろん、こんな謝罪だけで許されるわけがないことは分かってる。これから時間をかけ償なわせて欲しい。もちろん、婚約も解消するし、今までみたいなことは絶対にしないと誓う。本当に申し訳なかった」
クロードはもう一度深く頭を下げて謝った。
レイラはそんなクロードを見てぎゅっと拳を握った。
「クロード……分かった。君を許すよ」
「レイラ……」
クロードは顔を上げた。
その瞬間、レイラがガッシリとクロードの肩を掴んだ。
「その代わり、これから一ヶ月その格好ね」
「え?」
「当たり前じゃん。私今までずっと君にパワハラと脅迫されてたんだよ? 謝っただけでその怒りが収まるわけないよね? それなのに一ヶ月女装しただけで許すってまだ優しい方だと思うんだけど、どうかな?」
「……はい、その通りでございます」
弱みを握られたクロードが今度は無理やり頷かされていた。
ずっとレイラに同じことをしてきたのだから、これもまた因果応報と言えるだろう。
「よし、そうと決まれば今から可愛くなったクロードちゃんの鑑賞会をしましょう!」
クレアとまではいかないが、この世界ではクレアの次くらいには可愛いので、今のうちに鑑賞しておこうと思い、私は鑑賞会を提案した。
「賛成だ! 私はクロードの姿を絵にして後世まで残すんだ!」
レイラは私の提案にノリノリでスケッチブックを用意し始めた。
本気でクロードの姿を後世まで残すつもりなのだろう。
「ふふ、これで解決ですわね」
「全く……」
一方、マーガレットは微笑んで、クレアは呆れてため息を吐きなら私たちの様子を見守っていた。
「ちょ、ちょっと待って! それは……」
「ん? 今の君が何か言える立場なのかなぁ?」
「……いえ、滅相もございません」
流石に絵に残されるのは、と文句を言おうとしたクロードはまたしてもレイラに自分の立場を再認識させられ、すごすごと引き下がった。
「クロードさん、さっきから口調が元に戻ってますけど。女装してる時は、どうやって言うんでしたっけ?」
「はい……私は女の子です……」
私がそう言うとクロードは女の子の口調になった。
よし、ちゃんと私が教えたことを覚えているようだ。
「あはは! 可愛いよクロード! 今まであんなに私の男口調を馬鹿にしてきたのに、女の子口調させられてる気分はどう!?」
「レイラさん、相当恨み溜まってたんですね……」
私は高笑いを上げるレイラを見て呟いた。
やはりクロードがレイラにつけた心の傷はとても大きかったらしい。
ますますクロードに同情出来なくなってきた。
「あ、皆さんもどうですか?」
私はお嬢様たちにも一緒に絵を描かないかと声をかける。
すると彼女たちは勢い良く頷いた。
「私もスケッチ致します!」
「こんな可愛いモデルを描けるなんて腕がなりますわ!」
「ハ、ハハ……僕はもう終わりだ……」
お嬢様たちも可愛くなったクロードを見て創作意欲が爆発しているようだ。
クロードはそんな彼女たちを見て自分の女装姿を絵に残されることに絶望していた。
その時だった。
「おい! またここで如何わしいことが行われていると通報があったぞ!」
「ル、ルーク王子!?」
風紀委員長であるルークが扉を開けて教室の中に入ってきた。どこからか通報を受けたようだ。
教室の中には女装させられ、何やらアブナイ目の男子生徒とそれを取り巻く大量の女子生徒……完全に犯罪現場にしか見えない。
「お前! また何かしでかしたのか!」
ルークが私を睨んできた。
「やばいですわ!」
「また来たましたわ!」
突然に風紀委員長の登場にレイラ達も悲鳴を上げる。
まずい! このままだとまた私が怒られてしまう!
だが、こういう時のために逃げ出す策はある。
私はスカートのポケットからあるものを取り出した。
それは以前、ステラに創作道具を作ってもらったときについてで作ってもらったものだった。
「煙幕!」
私が野球ボールほどの丸い玉を地面に叩きつけると、たちまち教室は煙幕に包まれ私たちの視界が遮られた。
「な、何だこれは!」
「ゴホッ! 煙だ!」
「前が見えませんわ!」
しかし私は大丈夫。事前に扉の位置は把握してあるから、そっちに走れば教室を出て逃げ切ることができる。
だがその前に、と私はそばにいる人物の腕を掴んだ。
「レイラさん!」
「エ、エマ!?」
「逃げましょう!」
私はレイラの腕を引いて走る。
そして教室を飛び出した。
「ぜえっ……! ぜえっ……!」
「はあっ……! はあっ……!」
「な、なんとか逃げ切りましたわ……!」
「こんなに走ったのは久しぶりだ……!」
そして私たちはルークから逃げ切った後、壁にもたれかかりながら肩で息をしていた。
「な、何でクレアさん達もいるんですか……」
「エマさんの声が聞こえましたからそっちの方向が出口だと思ったんですわ……!」
「前回は置いていかれましたからね……!」
私が事前に出口を把握していたことに気づいてついてくるとは、何とも目敏い二人だ。
他のお嬢様達も以前ルークと遭遇した経験があるから逃げることができるだろうし、そうなると恐らく今回の犠牲者はクロードだろう。
南無、と心で唱えながら息を整える。
少し経つと全員息が整ってきた。
「あの、少しいいですか」
「レイラさん……?」
そのタイミングでレイラが話し始めた。
その様子はいつもとは違って、私は少し不思議に思い首を傾げる。
「実は、伝えたいことがあるんです」
レイラが真剣な表情でクレアに向き合った。
私はレイラが今から何を言うのかが分かってしまった。
「レイラさん……」
「エマ、とめないで。私も無理なのは分かってる。でも、ここで伝えたいんだ」
「分かりました……」
元より止めるつもりなど毛頭なかったが、私は静かに見守ることにする。
「何でしょうか」
クレアもレイラの雰囲気に気づいたのか、立ち上がりレイラに向き直る。
レイラは自分を落ち着かせるように息を深呼吸をして、覚悟を決めた。
「私、お姉様のことが好きなんです。女性として」
レイラはクレアに告白した。
クレアは一瞬驚いたように目を見開き、そして首を振った。
「残念ですが、私はその想いに応えることができません」
「っ! そう、ですよね……。私なんかが好きだって言っても気持ちわる──」
「それは違います」
自嘲するレイラをクレアはキッパリと否定した。
「恋愛に性別は関係ありません。あなたが私に抱いてくれた好意はとても嬉しいです。でも、だからこそ私はそれに応えることができません。なぜなら──」
「クレアさん!」
私はクレアの言いかけた言葉を遮った。
「エマ、私は大丈夫。エマが私を救ってくれたから、私も前に進まないと」
レイラは胸に手を当て、微笑む。
その顔には確かな決意があった。
「それにフラれるのはもう分かってるんだし、今ならどんな理由を聞いたって驚かないよ!」
ふふん!と鼻を鳴らし、レイラは自信満々に胸を叩く。
「分かりました……お二人とも、邪魔してごめんなさい」
私は二人に謝って後ろに下がる。
「さあ! お姉様! どんと来てください! どんな理由だって私は受け止めますよ!」
レイラは腕を広げて、クレアにそう言った。
クレアは罪悪感を出来るだけ抱かせまいとしているレイラの気遣いに気づいて、頷く。
「私は実は……」
クレアが話し始める。
私はゴクリ、と唾を飲み込んだ。
「男性なんです」
「え?」
レイラが固まった。
「今まで騙してごめんなさい。でも私……いや、俺は男なんだ。だから女性が好きな君の気持ちには応えられない……って、あれ?」
レイラは瞬き一つすらせず、完全に固まっていた。
「レ、レイラさん? ……おーい、大丈夫ですか?」
私はレイラの目の前で手を振って大丈夫か確認する。
しかし何度手を振っても反応がないので、私はレイラに触れて──。
「ぶくぶく……」
「わーっ! レイラさんが倒れた!」
「あ、泡吹いてるぞ!」
「大丈夫ですの!?」
泡を吹いて倒れてしまったレイラに、私たちは騒然とする。
「取り敢えず介護を! クレアさんレイラさんに膝枕してださい!」
「な、何で俺が!」
「いいからするんですのよ!」
クレアにレイラの膝枕をさせながらひたすらレイラに呼びかける。
するとすぐにレイラは目を覚ました。
「え? あれ私……」
「レイラさん! 良かった!」
レイアは起き上がり、あたりを見渡すとクレアを見て慌て始めた。
「おおお! お姉様!? 私、もしかしてお姉様に膝枕を!?」
レイラはクレアに膝枕されていたことに気が付いてたのか、感激していた。
私はそのレイラの反応に違和感を覚えて質問してみる。
「レイラさん! 今あったこと覚えてますか!?」
「え? ……あれ、そういえば何で私倒れてるんだろ? お姉様にフラれたところまでは覚えてるんだけど……」
「「「……」」」
私たちは沈黙する。
レイラはさっきのやり取りを覚えていなかった。
クレアが男性だったことがあまりにもショックで記憶が飛んだらしい。
「これは……」
「ああ……言わないほうがいいな」
私とクレアは同じ意見のようだった。
人の記憶を無くすぐらいのショック……やはりクレアが男性だということはまだ誰にも言わないほうがいいだろう。
そうして、またクレアは男性であることを公表できなかったのだった。
これで3章終わりです。
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