52話
クロード天罰回です。
「な、何でここに……!」
ハンスに連れてこられたクロードは部屋の中のクレアとマーガレットと私を見て驚愕していた。
なぜこんな所に私たちがいるのかが疑問なのだろう。
「クロードさん、ご機嫌よう」
私は笑顔でクロードに挨拶する。
すると例のごとくクロードはしかめっ面になり、私を睨んだが、
「は? 何だお前、僕に話かけ──」
「馬鹿者っ!」
クロードが私に失礼な口をききそうになった瞬間、ハンスが慌ててクロードを怒鳴りつけた。
「ち、父上!? 何を……」
いきなり叱りつけられたクロードは困惑した顔でハンスを見る。
「人に向かって失礼な態度をとるんじゃない!」
「で、でも……」
「ちゃんと挨拶くらいできんのかお前は! 私はそんな人間に育てた覚えはないぞ!」
いや、あなたも挨拶ちゃんとできてなかったじゃないですか。
ハンスは自分のことを棚に上げながらクロードを叱責する。
クロードは自分の父の変わりように訝しげな眼差しを向ける。
「どうしたんですか父上。いつもは下級貴族は見下せと言っているのに……!」
「いい、言っておらんっ! 少なくとも今はもう思っておらん! クロード、お前も今からでも遅くはない! 礼儀正しい人間になるのだ!」
クロードの言葉にハンスは青褪め、ブンブンと首を振って否定する。そして私のことをチラリと見てきた。
私はニコリと笑って頷く。
特に意味は無かったのだがハンスはどう受け取ったのか、クロードの頭を叩いた。
そして襟首を掴みクロードを揺さぶる。
「とにかくこれからは下級貴族を見下すことは許さん! いいな!」
「そんな、今まで……」
「いいなクロード!」
「わ、分かりましたから手を放してください!」
今まで教えられてきたことと矛盾したことを強制され、クロードは納得してないようだったが、ハンスの尋常ならざる表情に気圧されて頷いた。
ハンスがまた私の顔を伺うように見てきた。
よくできました、と笑顔で頷いておく。
「ふ、ふぅ……」
ハンスは安心したように息を吐く。
クロードはさっきからどう考えても行動がおかしいハンスに何があったのかを聞いた。
「どうしたんですか父上! さっきから様子がおかしいですよ! まるで男爵家の顔を窺っているみたいにチラチラと見て!」
「そうだ! 顔色を窺っているんだ!」
「へ?」
「当たり前だろう! あの方を誰だか知らないのか!? いいか、あのお方は──」
ハンスはクロードに私が誰なのかを説明しようとし始めた。
おっと、それは私から直接説明したい。
「ハンスさん」
「ハイっ!」
「そこからは私が説明しますから」
「わ、分かりました!」
「……」
私がそう伝えるとハンスは大人しく引き下がった。
今まで下級貴族を見下してきた父が私の一言でそんな態度をとっていることに顔が引き攣っていた。
もしかしてとんでもない人物に手を出してしまったのではないか、と焦り始めたのかもしれない。今更気づいたってもう遅いけど。
「じゃあ、こっちに座ってもらいましょうか」
私は椅子を示す。
クロードは男爵家の私の命令を聞きたくないのかモタモタしていたが、「さっさと座れ!」とハンスに怒鳴られ椅子に座った。
じゃあ、ネタバラシの時間だ。
私はさっきハンスに正体を教えたのと同様、クロードに私がホワイトローズ商会の会長であること。そして先ほど莫大な借金を私の商会に抱えたことを説明する。
「え……」
クロードは私の説明を聞いて呆然としていた。
流石に現実味がなくて信じれなかったのかもしれない。
「そうですよね? ハンスさん」
「はい! そうです! あなたの言ったことは全て真実です!」
クロードがちゃんと現実を受け入れられるように私はハンスに証言を求める。
父であるハンスの言葉によりいよいよ事実を受け入れざるを得なくなったクロードはわなわなと体を震わせていた。
「そんな……何かの冗談ではないんですか! 借金なんてまるで──」
「そうです。あなたは『弱者』になったんです。今まで散々弱者を虐げてきて、今度は自分が弱者になった気分はどうですか?」
私はクロードが言いかけた言葉を繋げる。
「っ!」
「おっと怖い。いいんですか、そんな態度をとって。あなたの家は私の商会に莫大な借金を背負っているんですよ? 私の気分によっては利子が飛んでもなく上がるかもしれませんよ?」
「それは……」
私がそう言うと、クロードは私を睨むのを辞めて焦った表情になった。
うーん、まだきちんと自分の立場を理解していないようだ。
ここは追い打ちをかけておこう。
「ちなみに、あなたの態度次第ではマッケルン家が取引しているほぼ全ての家との契約が打ち切りられます。この借金を抱えている状態で取引先まで全て消えたら……どうなるか分かってますよね?」
もちろん未来は破滅しかない。
借金を抱えて、その上で取引先まで全て奪われたら再起するのは無理だろう。私だって無理だ。
私はクロードに近づいて瞳を覗き込む。
「どうですか。気分次第で運命を左右される感覚は。最悪の気分でしょう? あなたはずっとレイラさんにそういうことをしてきたんですよ」
その時ようやくクロードの目に怯えの色が見え始めた。
実際のところ利子を極端に上げたり取引先を全て潰したりするつもりはないので少々脅しすぎた気もするが、これも今まで散々レイラを借金で脅してきた因果応報だ。
「も、申し訳ありませんでした!」
クロードは自分の首にナイフが添えられている状況だと気がついたのか、途端に態度を変えて謝罪してきた。
この変わり身の早さ……やはり親子だ。
「さて、そう言えば、あなたと最初に会った時を覚えていますか?」
「え?」
唐突な質問にクロードは首を傾げる。
「私はしっかりと覚えています。確か、大量の紙束を押し付けられたんでしたよね?」
「あ……」
クロードは私と出会った時のことを思い出したようだ。
私はここぞとばかりにクロードを追い詰めていく。
ここからは私の個人的な復讐の時間だ。
「押し付けられた紙束がすごく重くて、あの後階段から落ちたんですよね」
階段から落ちた、と言うとすでに青いクロードの顔がさらに真っ青になった。
「申し訳ございません!」
「後は何でしたっけ……男爵家如きが、とか、さっきも言ってましたよね」
「ほ、本当に申し訳ございませんでしたっ!」
クロードは平身低頭で謝ってくる。
私はクロードの肩にぽん、と手を置いた。
「なら、私のして欲しいこと……分かりますよね?」
「え?」
そして私はクロードへと手を伸ばし──。