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51話


「初めまして、ハンス様」


「ふん」


 次の日、私はクロードの屋敷を訪ねていた。

 マッケルン侯爵家当主であるハンスに対してクレアとマーガレットの次に挨拶をしたのだが、私に返ってきたのはそんな言葉だけだった。

 挨拶はもちろん無しで、ただ鼻を鳴らしただけ。

 まるで下級貴族にはこれで十分だ、と言わんばかりの嘲笑まで向けてくる。

 クレアとマーガレットには丁重に挨拶を返していたのに。

 そんな態度にもちろんクレアとマーガレットは眉を顰める。

 マーガレットが私に対するハンスの態度を咎めようとするが、私はそれを手で制止する。


「侮ってもらったほうが後々楽ですから」


「あなたがそう言うなら……」


 私は耳打ちするとマーガレットは矛を収めた。


「それで、私にどんな用でしょうか。至急と聞きましたから予定を明けたのですが」


 ハンスは早速ソファに座り、大きく出たお腹を擦る。

 ハンスの見た目はいわゆる『悪徳貴族』といった見た目で禿げた頭にでっぷりと出たお腹、そして悪人顔をしていた。

 今まで出会ったクレアとマーガレットの父や、国王とは正反対の見た目だ。


「今回用があるのは私です」


 私は名乗り出て前に出る。

 その途端ハンスが変わった。


「はぁ? お前みたいな男爵家の小娘が私に用だと? ハッ! 身の程を弁えろ。そもそもお前みたいな男爵家が高貴な侯爵家たる私に話しかけることさえおこがましいんだ。マナーとして挨拶だけは聞いてやったがな」


 ハンスがネチネチと私に嫌味を言い始める。

 やはりこうやって爵位を振りかざし自分よりも立場が下の人間に威張るのはクロードに似ている。

 見かねたマーガレットがハンスを咎める。


「失礼ですが、あまり爵位爵位と言うのは優雅ではありませんわよ?」


「ですが、爵位は大事です。爵位に見合った振る舞いというものがありますし、立場の違いが分かっていない者を教育するのも立場が上の者の努めです。それに優雅と言いますが、挨拶は聞いてやったのですから最低限の礼儀は果たしているつもりです」


 ハンスは口だけは達者なのか一見正しく思えるような言葉でペラペラと自分の正当性を主張していく。

 いや、あなた挨拶は全く聞いてなかったでしょう。


「そう言えば、ハンス様のご子息のクロードさんには婚約者がいらっしゃいましたわよね? 仲の方は宜しいのですか?」


 これ以上聞いていてもキリがないと思ったのだろうマーガレットが質問を変える。


「ああ、あの小娘ですか。クロードから聞くに立場を弁えぬ生意気な女らしく、よく教育してやっている、と聞いています」


 ハンスはケラケラと笑った。

 なるほど、親子揃って同じ穴の狢のようだ。

 まぁ、クロードの選民思想から察するに父親も同じ考えを持っていたのは分かっていたけど。

 クロードだけがあんなので、父親はまともだったら少しは手加減するつもりだったのだが、これなら容赦する必要は無いだろう。


「マッケルン侯爵家当主であるハンス様から直々にお言葉をいただけて光栄です。何分矮小な男爵家の小娘ですので至らない点はあると思いますがご容赦ください」


「ふん、分かればいい」


 私が営業スマイルを浮かべてへりくだるとハンスは気を良くしたのか上機嫌な表情になった。


「ん? どうしました」


「いえ……」


「この後が怖いな、と……」


 隣ではクレアとマーガレットが可哀想なものを見る目でハンスを見ていた。

 その呟きはハンスには聞こえていなかったようで、上機嫌なまま私に話しかけてきた。


「どうやら自分の立場がしっかりと理解できているようだな。そこまで言うならその用事とやらを聞いてやらんこともない」


「ありがとうございます」


 私はうやうやしくお辞儀をするとハンスの前にコトリ、と石を置いた。

 ハンスが眉を上げる。


「何だこれは?」


「これは幸運石と呼ばれる石です。所持している者に何らかの幸運をもたらすと言われています」


「ハッ、眉唾だな。それが何だ」


 ハンスはバッサリと切り捨てた。

 それも当然だ。この石はさっき道端で拾ったただの石ころ。私の説明は全部嘘だし、幸運石なんて存在しない。まぁ、本当に幸運なことが起きるかもしれないけど。

 この石が本物でないことはあっさりと見破られたが、それは全く問題ない。

 本当の目的は別にあるのだから。


「これをハンス様に買っていただきたいのです。この値段で」


「はぁっ!?」


 私はすっと小切手を差し出す。

 ハンスはそこに書かれた数字を見て目を剥いた。

 ただの石ころに法外とも言えるほど高い値段がつけられていたからだ。

 当然ハンスは怒り始める。


「何をバカなことを言っているんだ! 貴様! この私をバカにしているのか!」


 ハンスはソファから立ち上がり私を怒鳴りつけた。

 予想通りの反応だ。ただの石ころを法外な値段で売りつけられて怒らない人なんていないだろう。


「いいえ、私は本気です。この値段であなたにこの石を買って頂きたいのです」


「ふざけるな! 誰がこんな石ころを!」


「でしょうね。でも買ってください」


「貴様!」


 私へ向かって手を振り上げる。


「でないともっと酷いことになりますよ」


「何?」


 私の言葉にハンスは立ち止まった。

 ハンスの前へととある紙を差し出す。

 テーブルに置かれたその紙をハンスは手に取った。


「これは……」


「ここに書かれているのはマッケルン家と取引をしている約三十の家です」


 書かれているのはマッケルンと資源や商品を取引している貴族の名簿だった。

 全員マッケルン侯爵家よりも爵位の低い家で、彼らに長い間虐げられてきた者たちだった。


「あなたがこのまま爵位の低い家を見下す態度を取り続ける限り、マッケルン家との取引はやめて全て私の家と取引を行う、とのことです」


「は、はぁ!?」


「全員賛同してくれましたよ? 中には理不尽な契約を結ばされている子もいましたから、より良い条件を提示した私に一も二もなく頷いてくれました」


 この家はマッケルン家と取引をしているほぼ全てだ。

 つまりこの数の家との取引が無くなればマッケルン家は大ダメージを負うことになる。

 それこそ破産も見えてくるだろう。


「ハッ! 到底信じられん! そんなバカなことができる訳……!」


 ハンスは私の言っていることが嘘だと思ったのだろう、

 確かに、普通ならそんなことはできないだろう。

 だがそれは私がただの男爵家だったらの話だ。


「できます。なぜなら私はホワイトローズ商会を束ねている者ですから」


「は……?」


「信じられませんか? それなら後ろの彼女たちが証言してくれるはずです。私がホワイトローズ商会の会長である、と」


 私はクレアとマーガレットを見る。二人は頷いた。


「はい、証言します」


「彼女はホワイトローズ商会の会長ですわ」


「なっ!?」


 ハンスは公爵令嬢の二人が証言したと言うことに驚愕する。

 この状況で公爵家である二人が私がホワイトローズ商会の会長だ、と嘘をつく理由は無い。

 つまり、私がホワイトローズ商会の会長だと信じざるを得ないということだ。


「信じてもらえましたか?」


「ま、まさか……」


 冷や汗をかいたハンスと目が合う。

 ハンスの目の奥に私が写っているのが見えた。

 私はわざとらしい声で何かを思い出すそぶりをする。


「そう言えば、さっき何て仰ってましたっけ? あ、そうそう──お前みたいな、男爵家?」


 私が首を傾げると、ハンスは焦り始めた。


「そ、それは……!」


「大丈夫ですよ。私は気にしていませんから。だって、爵位に合った身の振る舞いがありますしね?」


「も、申し訳ございません!」


 ハンスはテーブルに頭をついて謝ってきた。

 私がホワイトローズ商会の会長だと分かった途端、恐るべき身の変わりようだ。


「今までのは全て本心ではございません! あなた様の本当の正体を知らぬが故のご無礼をどうかお許しください……! 本当に知らなかったんです!」


「はぁ……」


 私は呆れてため息をついた。

 やっぱり本質を何も理解していないらしい。

 今回ハンスが知るべきなのは自分より立場が下の者でも侮るべきでは無いということなのにこの分だとただ不運だったとしか感じていなさそうだ。

 どうやらショック療法をするしか無いようだ。初めからするつもりだったけど。


「本来はこういうやり方はあまり好きではないのですが……今回は目には目を、歯には歯を、です。権力を振りかざされる弱者の気持ちを味わってもらうことにしましょう」


 ちなみに、名簿の中の半分以上はレイラのファンの子達だ。

 マッケルン家にレイラがどんな扱いをされているのかを聞いてとても憤慨して協力してくれた。

 横暴なマッケルン家に一泡吹かすために。


「どうですか? 矮小だと見下していた相手に心臓を握られる気分は。たとえ爵位が低くとも集まれば簡単にあなたの家を潰すことだって出来るんです」


 私はハンスの肩に手を置く。


「これを、買ってください」


「……は、い」


 ハンスは頷いて、ただの石ころを法外な値段で購入した。

 私は営業スマイルに戻って商談を進める。


「ありがとうございます! 一括払いは無理でしょうから一度商会に借金するという形で購入していただいた後に、こちらで無理の無い返済プランを考えさせていただきますね。大丈夫です、私の商会は良心的ですから」


「あ、ありがとうございます……」


 ハンスが引き攣った笑顔で頷いた。

 良心的とは言うが、もちろん借金という名の首輪なので利子は高めに設定しておくつもりだ。


「あと、ワトソン家に対して危害を加えないと約束してください。ワトソン家に対してこれから今までのような事をしたら……分かってますよね?」


「は、はい! もちろんです!」


「もしもの時はホワイトローズ商会と両方の公爵家があなたをお相手いたします」


 ハンスは何度も頭を縦に振る。


「あ、あともう一つ」


「まだあるんですか……」


「あなたのご子息のクロードさん、でしたよね? 彼に私、何度も何度も酷い言葉を浴びせかけられたんです」


「こ、この度は本当に申し訳ございませんでした!」


 ハンスは勢い良く土下座をした。


「いえいえ、大丈夫ですよ。ただ、一つお願いがありまして……今から彼を呼んでいただけますか?」


「は、はい! 分かりました! 今すぐにクロードを呼びます!」


 慌ただしくハンスは部屋から出ていく。

 そしてすぐにクロードは連れて来られた。

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[一言] 財力と権力がそろうと怖いな
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