49話
「じょ、女性が好き、ですか……」
「そう、私はお姉様が女性として好きなんだ。まぁ、エマも知ってたと思うけど」
「……はは、そうです、ね」
私はまるで全て知っていたフリをしながらレイラに話を合わせる。
どうしよう、全く知らなかった。
可愛いものが好きなんだな、とは思っていたが、まさかレイラが同性が好きだとは全く考えていなかった。
確かに今までのレイラの言動を思い出せば、ピースが当てはまっていくような気がする。
(打ち明けるのは勇気がいるだろうに、私に打ち明けてくれるなんて嬉しいなぁ)
レイラにとってこの告白はとても勇気がいることだっただろう。
それを私にしてくれるということは、それだ毛私を信用してくれているということだ。
私はいつの間にかレイラとそれ程深い仲にになっていたことにほっこりとする。
(いや、やっぱり無理だ! 聞き流せない!)
私は何とか現実逃避をしようとしてみたが、やっぱり無理だった。
(クレアさんを女性として好きって……クレアさんは男性なのに!)
そう、クレアは男性なのだ。
つまり、レイラはクレアが本当は男性だと知らずに、女性だと思って好きになった事になる。
たが女装が大好きな私でさえずっと見破れなかったのだ、レイラが気づかないのも無理はないだろう。
本当に可愛すぎるのだクレアは。
いや、そんな事を考えている場合ではない。
「ち、ちなみに……どれくらいクレアさんの事が?」
「それはもう! お姉様の為なら私の全てを捧げたって構わないと思ってる!」
レイラは大げさな身振りでクレアへの愛を表現する。
「そうですか……これもちなみになんですけど、クレアさんがもし男だって言ったら──」
私がそう言った瞬間、レイラに両手で顔面を挟まれた。
「は? 何言ってるんだ。お姉様は可憐な女性に決まってるだろ。ていうか女性だから良いんだよ。いくらエマでもそんな事を言ったら許さないよ」
「も、もちろん冗談ですよ!」
「何だ、良かった……もしかして本気で言ってるの、かと」
私が必死に冗談であることを訴えるとレイラはホッとした顔で私から手を離した。
(こ、これは迂闊にクレアさんが男性だとバラしたら私の身も危ないかもしれない……!)
私が「もしクレアさんが男だったら」と言ったときのレイラの目はヤバかった。目のハイライトが完全に消えてたし。
私は少々別の角度からアプローチを試みてみる。
「でも、レイラさんはあんなのとは言え、婚約者がいますよね?」
「うん、そうだね……私には婚約者がいる。でも、この恋心は止められなかったんだ」
駄目だ、レイラは完全に恋する乙女の顔になっている。
まぁ、確かに婚約者がいるからと言って誰か別の人に恋をしないとは限らないしね。婚約者の他に好きな人がいても全くおかしくないだろう。
「私は両親とクロードに打ち明けてみたんだ。すごく怖かったけどね。でも、やっぱり女なのに女性を好きになるなんておかしいって言われてさ」
レイラは悲しそうに目を伏せる。
どうやら、やはりまだ価値観が遅れているこの世界ではレイラの好きなものは受け入れられなかったらしい。
「だから、私は口調と見た目を男性みたいにして、振る舞いも完全に変えたんだ。もしかしたら、両親もクロードも私のことを理解してくれるんじゃないかと思ってね」
「じゃあ、レイラさんが今も男性みたいに振る舞うのは、両親に分かってもらうためなんですね……」
「いや、今してるのは女の子にキャーキャー言われて嬉しいからだよ。両親は私のことを分かってくれたし」
「思ったよりも俗な理由だった!?」
それに両親は分かってくれたんだ!? ずっと粘り強く伝え続けたレイラも凄いし、何て柔軟な両親なんだろう。
「別に婚約を全うするなら問題ない、って言ってくれたよ。でも、肝心のクロードは理解してくれなかった」
クロードはかなり以前の良く言えば伝統的、悪く言えば古臭い考え方に囚われている人間だ。
「クロードは無理矢理私の性格を矯正しようとしてきたよ。だから反抗したんだ」
「そんなの酷いです……」
やはりクロードは無理矢理レイラの性的趣向を矯正しようとしたらしい。
人の趣味趣向なんて他人が変えられる訳がないのに。
「私が振る舞いを変えてすぐにクロードは激怒したよ。何だその振る舞いは、って」
クロードがその時、どんな風に怒っていたのかが脳裏にまざまざと浮かんできた。
「男を立てろ、とか調子に乗るな、とか色んなことを言われたよ。でも、私は絶対に振る舞いを変えたりしなかった。憧れのお姉様みたいになりたかったから」
私はレイラの話を聞いていて、ふと疑問を感じた。
そこまでレイラがクレアに憧れたのは、何がきっかけなのだろう。
私はレイラに質問する。
「レイラさんがクレアさんを好きになった理由って……」
「よくぞ聞いてくれた!」
私が理由を聞いた途端、レイラは勢い良く顔を近づけてきた。
「私とお姉様の初対面は、私がまだ男の振る舞いをする前だった。私は例のごとくクロードに罵倒されていてね。でも、借金のことがあるから言い返せないし、私はただ黙って聞くしかなかった」
クロードはこの頃からレイラに暴言を吐いているらしい。
「その時、お姉様が通りかかってね、私を庇ってくれたんだ。あの時の毅然とした美しい顔!」
当時のクレアを思い出しているのか、レイラはうっとりとしていた。
「私がどうしても逆らえなかったクロードを、お姉様は鎧袖一触で追い払ってしまった。私はその姿を見て一目惚れしてしまった! それから私はこんな人みたいになりたい! と思うようになった。それから私はお姉様みたいにクールに振る舞うようになったんだ」
どうやら当時のクレアも今と同じようにレイラを助けていたらしい。
ピンチの時に助けられ、一目惚れしてしまったレイラの気持ちは分からなくもない。
「あっ! エマ、この話はお姉様には内緒にしてね? 恥ずかしいし、お姉様だって迷惑だろうから……」
「……分かりました。秘密にしておきます」
しー、と恋する乙女の顔で人差し指を立てるレイラに、「実はクレアさんは男なんです」とは言えず、私は頷いた。
絶対にクレアには知られてはならない。
「ぜったい、ぜったいだよ?」
「絶対に秘密にします」
絶対にクレアが男だということも秘密にする。
「ありがとう……何だかスッキリした気がするよ。これでこれからも頑張れる──」
「レイラさんはどうして欲しいですか?」
「え?」
私の突然の質問にレイラは首を傾げる。
質問の意味が分からなかったのだろう。
だから私はレイラに詳しく説明してあげた。
「あなたが望むなら、私が全て問題を解決してあげます」
他の人間が聞いたら「何を言っているんだ?」と真顔で返されるような言葉だ。
傍から見れば私は只の男爵令嬢で、そんなのに侯爵家のクロードをどうこうできる筈がない、と考えるのは当然だ。
ただ、私は冗談を言っているつもりはなかった。
私の表情から冗談ではないと分かったのか、レイラはごくりと唾を飲み込んだ。
「そ、そんなのどうやって……」
「まぁ、そう考えますよね。……じゃあ、レイラさんが一つ秘密を教えてくれたので私も一つ教えますね」
そして私はレイラの耳に口を寄せる。
「私は、ホワイトローズ商会の会長です」
「え……?」
レイラは一瞬ポカンとした後、私の言葉が信じられない様子で首を振った。
「いやいやいや、そんな訳……」
「本当ですよ。クレアさんに聞いてみますか? 私が会長だと証言してくれるはずですよ」
「お、お姉様が!?」
流石にクレアという証人が出てくると信じざるを得なかったのか、レイラはようやく私がホワイトローズ商会の会長だと信じたようだ。
「ほ、本当にエマが……?」
「本当ですよ。あ、これは他の人には秘密にしてくださいね。私が会長だということはバレたくないので」
「う、うん。分かった……」
私がホワイトローズ商会の会長だとバラさないで欲しい、と言うとレイラは頷いて了承した。
「まさか、エマがそんなに凄い人だったなんて……」
「そうですよ。だからあなたがそうして欲しい、と言うなら借金も、婚約者も、問題を全て解決してあげます」
私がそう言うとレイラは何かを思いついた。
そして期待を込めた目で恐る恐る質問してくる。
「じゃ、じゃあお姉様の取り巻きになるのも……」
「あ、それは出来ません」
「そっか……」
さっきまでの期待した表情から一転、レイラは落ち込んでしまった。
残念ながら取り巻きにするかどうかはクレアが決めることなのと、只今より一層クレアの取り巻きにすることは出来なくなってしまったので、その願いを聞き入れることは出来ない。
クレアが男だとレイラにバレたら、悲惨なことになるのは目に見えている。レイラの方が。
「それはできませんが、あなたが望むなら私がどんなものからも守ってみせます」
「……」
私はレイラの前に手を差し出す。
差し出された手を見てレイラはきゅっと口を引き結んだ。
そして──私の手を取った。
「エマ。私を……助けて」
「承りました。今までよく一人で頑張りましたね」
「う……うわぁぁぁんっ!」
きっとレイラは今まで誰にも相談できず、ずっと一人でクロードの理不尽と闘ってきた。
だから私はレイラを慰めるつもりでレイラにハグをして、背中をポンポン、と叩く。
するとレイラは泣き始めた。
今までずっと気を張り続けてきたのだろう。
自分のアイデンティティを守るために、脅されても暴力を振るわれてもずっと耐え続けてきたのだ。
ストラップを踏みつけて高笑いを上げていたクロードの顔を思い出す。
レイラを支配して、愉悦に浸っていた表情を。
(絶対に許さない)
そして私は復讐を胸に誓った。
レイラをここまで追い詰めたクロードと、マッケルン侯爵家に対して。