47話
クレアやレイラとお揃いのキーホルダーを買った次の日。
昨日のレイラの嬉しそうな顔を思い出しながら私は登校していた。
「おや」
「レイラさん」
廊下を歩いているとばったりとレイラに遭遇した。
「おはようございます。それ、つけてるんですね」
「ん? ああ、お姉様とお揃いだし、それに……可愛いしね」
レイラの鞄には昨日買ったクマのストラップが付けられていた。
私がそれを指摘するとレイラは照れたようにそっぽを向いた。
「私も付けてますよ。ほら」
私の鞄にクマのストラップをつけていたのでそれをレイラに見せる。
「そ、そう……」
レイラの反応はどこかぎこちなかった。
私はその反応が面白かったので、笑顔で観察していると後ろから声をかけられた。
「おはようございます」
「クレアさん」
声をかけてきたのはクレアだった。
「おお、お姉様!」
クレアを視界に捉えた瞬間、レイラのテンションは天井突破した。
「朝からお姉様のご尊顔を見れるなんて、幸せ……!」
「そうですか」
クレアももうレイラのお決まりの反応には慣れてきたのか、さらっと流していた。
私はクレアの鞄にもクマのストラップをつけていた。
「クレアさんもクマのストラップ、つけてきたんですね」
「まあ折角ですから」
「可愛いですねぇ」
「クマのストラップが……? そりゃ可愛いけどさ」
もちろんクレアが。
クマのストラップを鞄につける女装男子、なんて可愛いんだろう。
私はクレアを見ながらにやにやと笑う。
「朝っぱらから変な人たちしかいない……」
私がほっこりとしているとクレアが呆れたようにため息をついていた。
「レイラ」
また私は後ろから声をかけられた。
レイラがその声を聞いてビクリと肩を震わせたので、私は誰だと思い後ろを向く。
そこにはレイラの婚約者であるクロードが表情に苛立ちを滲ませながら立っていた。
「…………っ」
「レイラさん……?」
レイラが表情を青褪めさせている。
普段のレイラからは考えられないような表情だ。
「何のようですか」
私がクロードに質問する。
するとクロードは途端に不快そうに眉を顰め、舌打ちをした。
「下級貴族が僕に話しかけるなと何度も言っているだろうが……っ!」
クロードは声に怒りを滲ませながら私を睨んで威嚇する。
以前も思ったが、どうやらクロードは貴族階級に対して拘りがあるらしく、一番下の爵位である男爵家の私に話しかけられることに怒りを感じるらしい。
学園の中で貴族階級を振りかざすことは十年以上前に禁止されているのだが、どうやらクロードは未だに昔の価値観を引きずっているようだ。
「男爵家のくせに調子に乗って──」
クロードが私に罵声を浴びせようとした瞬間、クレアが私の前に出た。
「貴族の爵位は学園では関係ないと、規則でそう決まっていますが……あなた今、下位の貴族に何て言いましたか?」
クロードに攻撃されそうになっている私と、明らかにいつもと態度が違うレイラを庇うようにクレアがレイラの前に立ち、代わりにクロードに質問した。
クレアは冷たい声音でクロードを睨みつける。
まさかクレアが私たちを庇うとは思っていなかったのか、クロードは冷や汗をかいて動揺していた。
「べ、別に今のは冗談です。本気ではありませんよ……」
自分よりも高位の貴族に睨まれてクロードは苦しい言い訳をする。
そしてここは形勢が悪いと感じたのか、クロードはレイラへと視線を移した。
「レイラ、今からちょっと話すぞ」
そして強引に私とクレアの間に割って入るとレイラの手を掴んで引っ張った。
「っ……!」
「ちょっと、やめて下さい!」
クロードの力が強かったのか、レイラの表情が苦痛に歪む。
私はそのレイラの表情を見て反射的にクロードの手を掴んだ。
「……何だお前」
クロードの表情は爆発寸前だった。
今にも何かされるのではないかと怖かったが、しかし私はここで引くわけにはいかなかった。
「レイラさんは嫌がってます」
「はぁ? だから何だ。これは婚約者同士の話だ」
「彼女は痛がっているように見えますが?」
私だけでは埒が明かないと思ったのか、クレアも私の加勢に加わる。
「別に今から婚約者同士で話をするだけですよ。クレア様も失礼ですが部外者が入って来ないでください」
さっきはクレアの爵位に押されていたので今度も大人しくクレアの言うことを聞くのかと思いきや、クロードは断固として譲らなかった。
「お前も入ってほしくないだろ?」
「そ、その……っ! はい……」
クロードはレイラに質問した瞬間に手を引っ張って、無理やり頷かせる。
レイラは何か言いたそうにしていたがその言葉を押し殺して頷く。
その言葉を引き出すとクロードはニヤリと笑ってこちらを向いてきた。
「この通りレイラも干渉して欲しくないようです。ですので、関係のないあなた達はこれ以上僕達に関わってこないでいただけませんか?」
勘に触る言い方だが、クロードの言っていることはある種の正当性がなくもない。
クロードの言う通り私たちは部外者なのだ。二人の問題に軽々しく首を突っ込んでとやかく言うべきではない。
でも、それは本当にレイラもそれを望んでいたときの話だ。
「レイラさんはどうなんですか」
私はレイラへと問いかけた。
それは助けを求められたらいつでも助けるつもりで言った言葉だった。
今、レイラは明らかにクロードに脅されている。
しかし──。
「ごめん、エマ。だいじょうぶ、だから……」
「え……」
レイラの口から出てきたのは拒絶の言葉だった。
まさか私は拒絶されるとは思っていなかった私は呆然とした声が出た。
「ふん、それでいい」
レイラは無理やり笑ってそう言った。
クロードは勝ち誇ったように笑ってレイラの腕を引く。
そしてクロードとレイラは歩いて行ってしまった。
「……」
「……」
私とクレアは沈黙していた。
私はポツリと呟く。
「レイラさん、何で……」
「さあな、お前を巻き込みたくなかったんじゃないか。これ以上干渉したら何をするか予測できなさそうだったし」
「そんな……! 私は別に……!」
「確かにお前は自分では大丈夫だと思っているだろうが、レイラからすればお前はだだの男爵家だ」
「っ……!」
そうか。確かに私やクレアは私がホワイトローズ商会の会長であることを知っていて、侯爵家に危害を加えられないことを知っている。
しかしレイラは私の正体を知らない。
だから、私を守るためにこの場を去ったのではないだろうか。
そうなるとあの拒絶はレイラの本心では無いことになる。
私は勢い良く顔を上げた。
「私、ちょっと行っていきます!」
「そうか。何か俺にもできることがあるなら言ってくれ」
クレアは今から私がどこに向かうのか知っているようだったが、止めはしないらしい。
マーガレットの時は止められたので、今回も止められると思っていたのだが、クレアが意外にも背中を押して、なおかつ協力的だったので私は少し驚きながらクレアを見た。
「前は止めたのに、今回は止めないんですね……」
「どうせお前は止めても行くだろ?」
「ま、まあそうですけど……」
まるで私の考えることなんて分かりきっている、と言わんばかりのその言い方に私は少々ムッとしながらも今すぐにレイラを追わないと見失ってしまうことに気づいた。
「じゃあ行ってきます」
クレアが手をひらひらと振っている。
私はレイラを追い始めた。