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44話


「か、会長……」


 翌日、ステラがいつもの教室にやって来た。

 昨日のハイテンションなステラとは打って変わり、人見知りなステラに戻っている。


「こ、これ……昨日頼まれた物です」


「ありがとう」


 ステラが原稿用紙の束とスケッチブックを何冊か差し出してくる。私はそれをお礼を言って受け取り、ペラペラとめくってみた。

 ちゃんと前の世界のような原稿用紙になっている。スケッチブックも良さそうだ。


「あ、後これも……」


「本当に一日で作ってる……」


「天才って本当だったんですのね……」


 今度は鉛筆と消しゴムを渡してくれた。

 本当に昨日の今日で鉛筆と消しゴムを作ってくるとは、ステラは天才なのだと実感させられる。

 クレアとマーガレットも本当に一日で作って来たことに驚いていた。

 ステラはクレアとマーガレットに注目されたことに悲鳴をあげる。


「ひっ! そ、それではこれで……!」


 ただでさえクレアとマーガレットがいるこの教室は緊張するのに、二人から注目されたステラは人見知りの限界を迎えたようで、急いで教室から出て行った。

 私はやって来た創作道具を握りしめ、椅子から立ち上がる。


「よし! 今からレイラさんのところに行ってきます!」


「ああ」


「行ってらっしゃいですわ」


「あれ、お二人とも行かないんですか?」


「俺は行ったら疲れるし」


「私が行ったら絶対に拗れますので……」


「あ、そうか……」


 今でこそクレアとマーガレットは和解して、そのことが学園中に広まっているが、レイラたちがどう考えているのかは分からない。

 あれだけ彼女たち敬愛しているクレアを虐めていたのだ。

 恐らく、レイラたちはマーガレットに良い感情を持ってはいないだろう。


「分かりました。私一人で行って来ますね。ここにいくつかスケッチブックと原稿用紙を置いていくので気が向いたら好きに使ってください」


 机にスケッチブックと原稿用紙を置いて私は教室を出る。

 帰って来た時には二人のお話や絵が見れるのでは無いかと期待しながら。



「レイラさん! いい物を持って来ましたよ!」


 私はレイラの元にやって来た。

 いつもの通り、レイラの周りには何人も女子生徒がいる。

 よし、これだけ人数がいれば創作活動を広げることが出来るだろう。


「エマ?」


 レイラとお嬢様たちが一斉に私の方を振り向く。

 今までは敵意の籠った目線だったのだが、昨日一緒にクレアのメイド服を見るために協力したおかげで、「ああ、私達の同志ですか」と言った感じに私を見る目は戦友を見る目へと変わっていた。


「エマ、なんだいそれは……?」


 レイラは私が手に持っている創作道具を見て首を傾げている。


「これはですね……原稿用紙とスケッチブックです!」


「ゲンコウヨウシとスケッチブック?」


「自分で考えたお話と、昨日の私みたいに絵を描くための紙の束です!」


 私が簡単に説明するとレイラとお嬢様達は食いついた。


「それは面白そうだね」


「はい! 自分でお話を書いてみるなんて考えても見ませんでしたわ!」


「今までしてきた空想を形にすることができるんですね!」


「私はエマさんのように自分の手でクレア様を絵に残したいですわ!」


 彼女達は乗り気になったみたいだ。


「どんなものでもいいので書いて見てください!」


 私はレイラ達に原稿用紙やスケッチブックを配っていく。

 物語を書きたい人には原稿用紙、絵を描いてみたい人にはスケッチブックを配っていく。


「私は原稿用紙の方を貰おうかな」


 レイラが選んだのは原稿用紙のようだ。


「はい。後でお話見せてくださいね」


「え……」


 レイラは少し渋っていた。

 どうやら自分の考えたお話を人に見せるのが恥ずかしいようだ。

 その気持ちはよく分かる。しかし私の目的は最初から彼女達のお話を読むことだ。

 他人に創作物を見せるのが恥ずかしいとか、そういう雰囲気は今のうちに壊してしまった方がいい。


「大丈夫です。どんなお話でも私は絶対に笑ったりなんかしませんから」


「……分かった」


 レイラは覚悟を決めたように頷いた。


「ん? そんなに気を引き締めなくてもいいんですよ? 気楽に書いてください」


 私は何やら気負っている感じのレイラに肩の力を抜くように言う。

 しかしレイラは決意したような表情のままだった。


「どうしたんだろう……?」


 初めて創作をするから緊張しているのだろうか。

 私は少し疑問を抱えながらも特に気にすることなく他のお嬢様達に紙を配っていった。

 そしてお嬢様達の創作タイムが始まった。

 彼女達は今までずっと空想に耽るばかりで、創作意欲を発散する機会がなかったため、嬉々として創作に励んでいた。

 いや、励みすぎてると言ってもいい。


「アイデアが! アイデアが湧いて来ますわ!」


「創作ってこんなに楽しいんですのね!」


「今までこんなに楽しいことをしてこなかったなんて考えられませんわ!」


「わたくし、お話を書いて生活いたします!」


 初めて創作した彼女達はアドレナリンが出てハイになっているのか、猛烈なスピードで原稿用紙やスケッチブックに書いていく。


「うんうん、素晴らしいですね」


 私はその様子を満足げに頷きながら見つめる。

 若干数名が人生に多大な影響を及ぼしている感じがするが、きっと大丈夫だ。

 どうやら予想以上に彼女達は創作にハマったようだ。

 この調子だと私がこの世界で前の世界と同じようにお話を楽しめる日も近いのでは無いだろうか。


「書けましたわ!」


「お、見せてくださいませんか?」


 早速短編の物語を書き終わったお嬢様がいたので私はそのお話を見せてもらいにいく。


「どうぞ! 自信作ですわ!」


「こ、これは……!」


 私が見せてもらった話は恋物語を描いていたが、主人公の女性は彼女自身で、男性はレイラがモデルになっているという、所謂夢小説だった。

 間違いなく感じる……! 彼女達にも同じオタクの血が流れている……!

 その後もいくつか作品を見せてもらったが、どれも前の世界のオタクの波動を感じるものだった。

 彼女達の作品の熱に満足しながら、私はとある人物のところへと向かった。


「レイラさんは出来ましたか?」


 私はレイラの元にやって来た。

 レイラは手元の原稿用紙と睨めっこをしながら唸っている。


「出来たけど……」


 出来てはいるみたいだ。

 しかし、見せることには躊躇っているらしい。やはり恥ずかしいのだろうか。


「大丈夫ですよ。さっきも言いましたけど、レイラさんがどんなお話を書いたとしても私は馬鹿にしません」


「本当に……?」


「ええ、約束です」


「じゃあ、これ……」


 私がしつこく念を押すとレイラはやっと物語を見せてくれた。


「それでは拝見しますね」


 レイラから受け取り、私はレイラの書いた物語に集中した。

 私が読んでいる間、静かな時間が流れる。

 レイラは緊張しているのか、何度も私のチラチラと見てくる。

 そして読み終わると私は顔を上げた。


「なるほど……」


「ど、どう思った……?」


 レイラが唾をゴクリと飲み込んで質問して来た。


「面白かったです!」


「え……?」


 レイラは私の感想に意外そうな表情になった。

 しかし私には本当に面白かったのだ。

 レイラの書いていた物語は女性同士の恋愛の物語。いわゆる百合というジャンルの物語だった。

 前の世界ではあまり触れたことのないジャンルだったが、繊細な言葉遣いで美しくも儚く描写される二人の愛がとても良い物語だった。


「性別を超えた二人の愛がとても綺麗で、素敵な物語でした……。百合はあまり触れたことのないジャンルでしたが、すごく面白かったです」


 私が率直な感想を述べると、レイラは目をぱちくりとさせて驚いていた。


「エマは変だと思わなかったのかい? 女性同士で恋愛だなんて……」


「え? 思いませんけど?」


 別に私はなんとも思わない。

 逆にこのお話を読んで新たな世界を知ったぐらいだ。


「逆にこんなに素敵な物なんだと思ったくらいです。本当に面白かったですよ」


 私は本当にいい物語だと思っていたので、率直にその感想をレイラに伝える。


「それにしても久しぶりにこんなに面白いお話を見た気がします……!」


 この世界に来てから読んだ恋物語の中でもレイラのお話は特に面白かった。

 私は上質な物語の成分を摂取できたことに恍惚の息を漏らす。


「そっか……変じゃ無いんだ……」


「ん? どうかしましたか?」


「い、いや。何でも無い」


 私が物語の余韻にうっとりと浸っているとレイラが何か言った気がしたが、どうやら気のせいだったようだ。


「ありがとう。ちょっと自信がついたよ」


「はい? それなら良かったです……?」


 私はなぜお礼を言われたのか分からなかったが、私はとりあえず返事をしておく。


「レイラ」


 その時、レイラを呼ぶ声が聞こえた。

 男性の声だったので、私は誰だろうと思いながら教室の扉の方向を見る。

 そこには見知らぬ男子生徒が立っていた。

 いや、よく見ればどこかで見たことがある気がするのだが……思い出せない。

 優しそうな笑顔を浮かべてレイラの元までやってくると、教室中を見渡してレイラに質問した。


「何をしていたんだ?」


「これは、その……」


 いつもは誰に対しても自信満々で、元気なレイラが気不味そうに目を泳がせていたので、私はレイラに質問した。


「あの……彼は?」


「……私の婚約者のクロード・マッケルンだ」


「ええっ!? レイラさん、婚約者がいたんですか!?」


「君、邪魔しないでくれるかな。今は僕が自分の婚約者と話してる最中なんだけど」


「あ、ごめんなさい……」


 レイラの衝撃の事実に私が驚いていると怒られたので、謝る。


「チッ……男爵家のくせに侯爵家の僕に話しかけるなよ……」


 クロードはイライラしているのか、貧乏ゆすりをしながらそんなことを言った。

 小声だったが、バッチリとその言葉は私に聞こえていた。

 そして、この下級貴族を見下すような発言で私は思い出した。

 彼は以前私に大量の紙束を押し付けてきた人間だ。

 まさかレイラと婚約者だったとは。

 クロードはレイラに向き直る。


「来るように伝えていたはずなんだけど、なんで来なかったんだ?」


「……」


 レイラは約束をすっぽかしていたらしい。


「まあいい。ちょっと今から──ん? これは……」


「あっ」


 レイラが「しまった!」という表情になった。

 そしてレイラの書いた物語を手に取り、読むと眉を顰めた。


「なんだこれは」


「いや、その……」


 レイアが目を泳がせながら答えると、クロードはため息を吐いた。


「まあいい。それも含めて話すぞ」


 そしてクロードはレイラの腕を掴むとレイラを教室の外へと連れて行った。


 あまりにも急な展開だったので口を挟むことすら出来なかった。

 だが話すだけならすぐに戻ってくるだろう、と思い、私はレイラの帰りを教室で待つことにした。

 そして私は別のお嬢様のお話だったり絵を見に行ったり、時々どんな風に絵を描くのかを教えたりしている内にレイラが帰ってきたが、いつもと変わらない様子だったので私は特に気に留めなかった。


 その日から始まった創作ブームはレイラ達にとどまらず、急速に学園中に広まっていった。

 その結果たくさんのお嬢様が前の世界の人間と同じくらい創作することになるのだが、それがどんな未来に繋がっているのかは私はまだ知らなかった。

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