43話
「そうだ! 思いついた!」
「急になんだ」
「どうしたんですの」
勢い良く立ち上がった私をクレアは訝しげな目で見てきた。
今の時間は放課後。
いつも通り空き教室に集まっていて、思い通りに過ごしていたのだが、私が立ち上がったことでクレアもマーガレットも顔を上げた。
「創作活動を広げようと思います!」
「創作活動……?」
「つまりはお話を自分で書いたり、絵を描いたりすることですよ」
私が簡単に説明するとクレアは逆に質問してきた。
「でも何で急にそんなことをするんだ?」
「先日、レイラさん達と関わったことで分かったんですけど、皆創作意欲が高そうだなって思ったんです」
レイラは言わずもがな、他のお嬢様たちも妄想力が高かったし、創作させてみたらすごいことになりそうな予感がする。
そもそも、この世界では創作活動が一般的では無い。もちろん小説や絵画はあるにはあるが、とても数は少ない。
つまり、貴族の中で創作活動が一般的ではない。
それは原稿用紙が無かったり、絵画を書くための材料が高かったりするのが原因だ。
それなら原稿用紙を作り、絵画の材料に手が届きやすいようにしたらどうだろう。
貴族の学生は平民よりも時間があるし、より安定した生活をしているため創作活動が出来る土台がある。
そして何より!
私が! 色んなお話を読みたい!
前の世界ではずっとお話を読んでた人間なので、この世界のお話の少なさはかなり寂しい。
「お話を作るんですの? それ、私もしたいですわ!」
マーガレットは興味があるのかキラキラと目を輝かせた。
「よし! そうと決まれば技術革新しましょう!」
「それ、そんなに簡単にすることなのか?」
「ここは……」
私たちはとある部室の前に立っていた。
吊るされたプラカードには『技術部』と書いてある。
「技術部……ですか?」
「初めて聞いたな」
「さ、入りましょう」
ドアを開けて中に入ろうとするとマーガレットが静止してきた。
「えっ、そんないきなりいいんですの!? もっと前もって約束を取り付けておくとか……」
「大丈夫ですよ。部長の人とは知り合いなので」
私はドアを開けて中に入ってく。
「ステラちゃーん!」
「会長ぉ……?」
私が名前を呼ぶと、のそのそと赤毛の少女が出てきた。
「学園で会うのは久しぶりですね……うぇっ!? この人たちは……!」
小動物のような笑顔を浮かべた彼女はクレアとマーガレットを見ると、公爵令嬢が二人いることに目を見開いて驚いた。
「かかか、会長! ここ、これは一体!?」
ステラが勢い良く私の背中に隠れた。
「別に気にしなくていいよ。二人は敵じゃないから」
「こんにちは」
「お邪魔してます」
クレアとマーガレットは笑顔でステラに挨拶する。
するとステラは少しは落ち着いたようだ。
私はステラを紹介する。
「お二人に紹介しますね。彼女はステラ・ニュートン。この技術部の部長で、見ての通り……人見知りです」
「よ、よろしくお願いしま、す……」
ステラはキョロキョロと目を泳がせながらクレアとマーガレットに挨拶をした。
「ニュートン……聞いたことありませんわ」
「彼女は平民なんです。特待生としてこの学園に通ってるんです。実は私の商会の開発担当でもあるんですよ」
「特待生……それは優秀ですね」
クレアとマーガレットは驚いた目でステラを見ている。
この学園は特別な才能を認められた生徒が特待生として通っており、それぞれの分野を伸ばしている。
つまり、特待生ということは何かしら特別な才能があるということだ。
ちなみにこの制度はルイ国王が作ったらしい。
それまでは貴族だけが通っている学園で、平民が通うことに抵抗を示す貴族も多かったらしい。その中でルイ国王は優秀な人材を確保するために無理やり制度を作ったのか。
本当に聞けば聞くほどこの世界にしては価値観が進んだ人間である。
「ゆ、優秀だなんて……えへへ」
褒められたことでステラの顔が嬉しさにとろける。
「彼女は私の言ったことから具体的な物を発明する天才なんですよ!」
「わ、私は一から作れませんから会長のアイデアはいつもすごいと思ってます……!」
と、ステラは謙遜しているが、実際は私のアイデアは前の世界のものを言っているだけなので、それを、聞いただけで作れるステラの方が何倍も凄いと思っている。
「それで会長、今日はどんな物を作りましょう」
「今日ステラちゃんに作ってもらうのは簡単なやつですよ。原稿用紙とスケッチブックです!」
私はステラにどんな物を作って欲しいか説明する。
「原稿用紙にスケッチブック、それに鉛筆と消しゴムを作って欲しいんです」
「なるほど……確かにそれは簡単ですね。一日時間をもらいますけど……大丈夫ですか?」
ステラが不安そうに聞いてくる。
「え? 明日にはできるんですか?」
「はい、原稿用紙とスケッチブックはすぐにできますし、エンピツとケシゴム?も明日には完成して商品化できると思います」
「あの……」
振り向くとマーガレットが私に声をかけてきていた。
「一日で商品化なんて本当にできるんですの?」
「ええ、とても信じられませんが……」
マーガレットもクレアもステラの言った言葉が信じられないうよだった。
その気持ちはよく分かる。
私だって明日商品化出来るって聞いて驚いたし。
でも、実際にこの子二、三日で大体の商品を開発出来るんだよね……。
「本当ですよ。ステラちゃんはすぐに開発しちゃうんです」
「凄まじいですわね……」
「で、でもその代わり私は何も作れませんから……」
そう、ステラは何故か一から作ることが出来ないらしい。
アイデアの再現が出来るのならオリジナルの物を作れたりしそうだが……未だに不思議だ。
「では明日また出来たらお知らせしますね」
「ありがとう」
私はステラにお礼を言った。
その時、コンコン、と部室の扉がノックされた。
ステラは来客にびっくりしたのかビクリと肩を震わせた。
「はっ、はいっ!」
ステラが返事をするとドアが開かれる。
「えっ、ルーク王子?」
入ってきたのはルークだった。隣にはルークの補佐をするかのように男子生徒が一人付き添っている。
「生徒会だ。部の活動報告を聞きに来たぞ……って、何でこんな所にいるんだお前たち」
「それは私たちだって聞きたいですよ。ルーク王子が何でこんな所に来るんですか」
「俺は生徒会の仕事で部がちゃんと活動してるかどうか確認しに来たんだ」
「生徒会? ルーク王子は風紀委員長じゃ無いんですか?」
私が悪気なくそう質問するとルークは呆れたようにため息をついた。
「俺は生徒会長と兼任して風紀委員長をしてるんだぞ……まさか知らなかったのか?」
「その……申し訳ございません」
学園のことについて全く知らなかった私は素直に反省した。
「でも、それならもしかして、ルーク王子は商会の仕事をこなしながら生徒会長と風紀委員長の仕事をしてるんですか……?」
「そうだが……何かおかしいか?」
ルークは何てことの無いように返事をしてくる。自分の労働量に疑問を抱いていないようだ。
もしかして、ルークってかなりハイスペックなんじゃないだろうか……。
あのルイ国王の息子だから容姿は良いし、仕事も出来る、それに教養だってある。
「これで性格が良ければ……はぁ」
「おい、何か言いたいことがあるなら聞くぞ」
やば、心の声が漏れていた。
「な、何でもないですよ……」
私は誤魔化しておく。
「あ、そうだ」
私はとあることを思いついた。
「ルーク王子、お願いがあるんですけど」
「おかしな願いなら聞かんぞ」
「いえ、商品を開発したんで購買において欲しいんです」
「どんな商品だ」
「創作用の商品です。例えば……」
私はルークに今開発した商品がどんなものなのか、そして購買に置くとどんなメリットがあるのかを説明する。
私の説明を一通り聞くとルークは考えた。
「ふむ、そうだな……確かにこの国の文化を発展に貢献しそうな商品だな。よし、許可する」
ルークは意外と判断は早いようで、即決で購買に創作用の商品を置くことに決めた。
この判断の早さといい、仕事の能力といい、本当に知れば知るほど優秀だ。
「ありがとうございます。また商品をリストアップして送りますね」
一旦商談が終わったので私はクレアとマーガレットに向き直る。
すると二人は何だか驚いたような表情で私を見ていた。
「ちゃ、ちゃんと会長やってる」
「いつもあんなにクレアさん狂いなのに……」
「む、何ですかその言い方。私は至って普通の常識人なんですよ? それに仕事は真剣にします」
私がまるで普段から狂人だとでも思われていそうなので私は弁明しておく。
「常識人……」
「普通……」
クレアとマーガレットはそろって首を捻っていた。
なるほど、後で二人とはしっかりと話し合う必要があるようだ。
「話が終わったなら俺は帰るぞ。部活動もしっかりとしていることは分かったからな」
「あ、はい。ありがとうございました」
ルークも多忙だろうし、これ以上引き留めるわけにはいかない。
ルークは教室から出て行った。
そして私はルークが教室から出ていったのを見計らって、ステラに耳打ちをした。
「あのねステラちゃん。開発してほしいものがあるんだけど、ちょっと火薬を使うから……」
「かかか、火薬っ!?」
ステラがいきなり叫んだ。
「え、いきなり何……」
「火薬って何ですの……?」
始まった。
私は予想通りだったのに対して、クレアとマーガレットの二人はさっきまでオドオドとしていたステラの豹変に驚いていた。
実は、再現の天才であるステラには大好物と呼べるものがある。
ステラがこの商会に入ったのもそれが理由だ。
ステラの大好物。
それは『火薬』だった。
「ありがとうございます! 私、最近ずっと火薬に触れてなくて……やっと爆発を見れるんだぁ……!」
ステラは頬を紅潮させ、うっとりとしていた。
なぜステラがこれほど喜んでいるのかと言うと、以前、ステラが小屋を吹き飛ばしたことがあり、それ以降は火薬を取り扱う物は危ないので滅多にステラに教えず、取り扱うのも禁止しているからだ。
だからステラは久しぶりの火薬に喜んでいるのだ。
「火薬、火薬……。あのかわいい爆発と、綺麗な炎の色……!」
「きゅ、急に人が変わりましたわ……」
「もう人格変わってない……?」
火薬に想いを馳せているステラにクレアとマーガレットは若干引いていた。
「火薬と呼べるのか怪しいんだけど……」
火薬と呼べるのかは怪しいが、ステラの欲求を満たすのには十分なはずだ。そしてついでに私の安全のためにも役立つし、一石二鳥だ。
「ステラちゃん、ステラちゃん」
私はステラの耳元に口を寄せる。
そして作って欲しいものを教えた。
「……これを教室全体に広がるように作って欲しいんだけど。あ、あと誰も怪我しない感じで」
「お! おぉぉぉおおおっ!」
私がどんなものを作って欲しいのかを説明するとステラはキラキラと目を輝かせた。
「なるほど! それは面白いですね! ちょっと待っててください! すぐに作りますから!」
ステラはすぐに私の言った物作り始め、そして一瞬で出来上がった。
「出来ました! ご注文通り安全に教室いっぱいに広まります!」
「ありがとう。ステラちゃん」
私はステラから『それ』を受け取るとポケットにしまう。
「これは製品化しますか!? 設計図を商会に送っておきましょうか!」
「あ、これは製品化しないです。流通したらアレなので」
「分かりました!」
普通自分の開発したものを商品化できないと聞いたら落ち込みそうなものだが、ステラは久しぶりに火薬に触れることができて満足そうだった。
「それじゃ、私たちもこれで」
「はい!」
ステラはまだ興奮しているのか笑顔で頷いた。
「さ、お二人とも。行きましょう」
私はクレアとマーガレットに声をかけて技術部から出た。
空き教室への道を歩きながら私は満足げに呟く。
「いやー、今日は大収穫でしたね」
「私もエマさんの仕事ぶりが見れて楽しかったですわ」
「ふふ、格好良かったでしょう……あれ、どうしましたかクレアさん」
クレアは考え込んでいたが、ふと顔を上げて私に質問してきた。
「なぁ、気づいたんだけど……もしかして技術部を作ったのって学園の金で開発するため──」
「よ、よし! 今から競争しましょう! 一番最後だった人がジュース奢りですよ!」
「あっ! おい!」
私はクレアの言葉を遮り走り始める。
「何ですのそれ! でも負けませんわ!」
マーガレットも走り始めると、クレアも流石に負けたくないのか走り始めた。
因みに一番最後はマーガレットだった。