41話
「迎えに来たよ」
そして放課後になるとレイラが私のことを迎えに来た。今度はぞろぞろとクレア兼レイラのファンも連れている。
「あの、そのその人たちは一体……」
「ん? もちろん君を逃さないためさ」
「そうですか……」
これだけの人数を用意するあたり、レイラの本気度合いが伺える。
だが、問題ない。
放課後までの間にきっちりと策は考えてきたのだ。
「一度移動しましょう。ここで話すのもなんですし」
「そうだね。お姉様に聞かれるとまたあのすば……んんっ、冷ややかな目を向けられてしまう」
私はそろそろレイラがどんな人間か分かってきたので反応は返さなかった。
「今回の作戦は『角でうっかり! 早く着替えなきゃ!』作戦です」
「名前で何となくどんな内容か分かるけど、一応詳しく聞いておこうか」
レイラが腕を組んで私の話を聞く体勢になった。
「まずは、偶然を装ってクレアさんと廊下の角でぶつかります」
「それでそれからどうするんだい? ぶつかっただけではメイド服は着せることはできないだろう」
レイラの言うとおりだ。
別に角でぶつかるだけでクレアにメイド服が着せられる訳がない。
「この作戦の肝は──これです」
「それは……コップ?」
私が差し出したのは、水が入った一杯のコップだった。
「これを角でぶつかる時に、クレアさんにかけるのです!」
「そんな……」
「クレア様が水で濡れてしまいますわ」
「もしかしたら風邪を引くかも……」
「私、そんなこと出来ませんわ!」
お嬢様達は流石に人に水をかけることには抵抗があるのか、躊躇っているようだ。
「はい、確かにそれではクレアさんは濡れたままになり、風邪を引いてしまうかもしれません」
「はぁ……エマ、流石にお姉様に危害を加えること出来ない──」
レイラは首を振り、私の作戦を実行することを拒否しようとする。
「でもそこで自然にメイド服を差し出せば……?」
「っ……!」
レイラは気づいたようだ。
「メイド服を着ざるを得なくなる……!?」
「その通り」
私はニヤリと笑う。
お嬢様達も私の天才的な案を聞いて感嘆の息をついている。
「た、確かにそれなら怪しまれずにメイド服を着せることが出来ますわ!」
「天才的な案ですわ……!」
「ありがとうございます」
私は手を上げてその歓声に応える。
「そしてこの作戦ですが、レイラさんにお願いしたいのです」
「えっ……私?」
レイラは驚いた表情で自分のことを指差す。
「はい、私がこの作戦を実行しても疑われてメイド服を着てくれないと思うんです。さっき失敗したばかりですし」
「そうか、私なら怪しまれない……」
「そうです。これは重大なミッションです。引き受けてくれますか?」
「……ああ!」
レイラは意気込んで引き受けた。
よし! これで失敗してもなんとか責任を逃れることが出来る!
私はたとえ失敗してもレイラのせいにできることに安堵していた。
「よし、それではレイラさん、クレアさんがどこを通るか教えてもらってもいいですか?」
「ああ、今の時間ならちょうどすぐそこら辺を通るはずだ」
「……」
本当はこの後レイラからは「知るわけ無いだろ!」と言われ、私は「冗談です。私が調べてありますから」と言う予定だった私は口を噤まざるを得なかった。
ちょっと冗談で聞いてみたつもりだったのだが、真顔で答えが返ってきた。
この人マジでクレアの行動パターンを調べてるのか。しかも多分分刻みで。
「じゃ、じゃあ移動しましょうか」
私はレイラに末恐ろしさを感じつつも移動を促す。
そしてレイラの言っていた、もうすぐクレアが通るポイントまでやってきた。
「そろそろ来ます」
「緊張する……」
私は廊下の角から顔を出し、いつクレアが来るのか見張っている。
レイラは水の入ったコップを持ち、緊張しているようだ。
その時、廊下の向こう側からクレアが歩いてきた。
「来ました! 配置についてください!」
クレアがやってきたので私は合図を出す。
「分かった!」
レイラは角に立ち、私はその場から離れ遠くからレイラのことを見守る。
緊張の一瞬。
クレアが角までやって来た。
「うわっ!」
「きゃあっ!」
レイラがタイミングを見計りクレアへぶつかる。
ていうかレイラの悲鳴イメージにくらべて可愛いな。
レイラはぶつかった拍子に手に持っていた水を自然にかけ、制服を濡らしながら尻餅をついた。
「いてて……あっ! お姉様!? 申し訳ありません! 制服が!」
「いえ、大丈夫ですよ」
「そんな訳にはいきません! このままではお姉様が風邪を引いてしまいます! ですから今私が持っているこれを……」
そしてレイラは懐からメイド服を取り出そうとする。
しかし次にクレアが放った衝撃的な一言でそれは出来なかった。
「あ、それならあなたの制服貸してください」
「え?」
ピタリ、とレイラの動きが止まる。
まさかそんな事を言われるのは完全に予想外だったのか、汗をかいてる。
「あなたと私の身長は同じくらいですし、あなたの制服も入ると思います」
「でも、私の着替えが……」
「ん? 今あるって言ってたじゃないですか」
「うっ……」
「だからあなたの制服を貸してください。ほら、早く」
クレアは手を差し出して制服を催促する。
「このままだと風邪を引いちゃうんですけど」
「うぅ……」
レイラは目をぐるぐると回してそれから──
「……」
「その、何というか、まぁ……お似合いですよ」
私はメイド服姿になったレイラの肩にポンと手を置いて慰めた。
クレアに制服を剥ぎとられたレイラは代わりにメイド服を着る以外の選択肢が無くなり、仕方なくメイド服を着ていた。
実際、レイラはメイド服が似合っていた。
元々綺麗な顔立ちとモデルみたいなスラリとひたスタイルをしているので、メイド服を違和感なく着こなしていた。
今のレイラはデキるメイド、といった感じだ。
しかし、メイド服を着せようとした人間が巡り巡ってメイド服着ることになるとは、これも因果応報というやつだろうか。まぁ、言い出したのは私なんだけど。
「どうなってるんだよ! エマ! 全然駄目じゃないか!」
「いや、私もまさかクレアさんが制服を剥ぎとるとは思ってなかったんですよ!」
「今度こそちゃんとした作戦を教えてよ!」
レイラが涙目で私の制服の襟を掴んでブンブンと振る。
「分かりました! 分かりましたから!」
私はまた作戦を考えることになった。