38話
「レイラ・ワトソンか……」
「確か……クレアさんの熱心なファンの方、でしたよね?」
「はい、お二人はどれくらいご存じですか?」
私はクレアとマーガレットにレイラのことを質問した。
レイラが走り去った後、私たちはいつもの教室へと集まっていた。
「レイラさん本人が自分は『王子様』と呼ばれていて有名人だ、と仰っていたんですけど、本当ですか?」
「ああ、そうだな。俺もそれは耳に挟んだことがある」
「私もです。『本物の王子よりも王子らしい』と言われていたことが……」
「ルーク王子……」
本物よりも本物らしいって……そっか、あんまり人気無いんだ、ルークって。
って、そうじゃない。
今私が聞きたいのはもっと深い情報だ。
「他にレイラさんについて知ってることはありませんか? どんなものでも良いんです」
「これ以上はあまり私は知りませんわね……一時期クレアさんに熱心に取り巻きになりたいと言っていたのは覚えていますが……」
マーガレットはレイラについてあまり知らないようだ。
まぁ、その時クレアとマーガレットは疎遠になっていたし、知らないのも無理はないだろう。
「そうですか。それは仕方がありませんね……クレアさんはどうですか?」
「実は俺も良く知らないんだよな……当時は取り巻きなんて絶対に作るつもりは無かったから全部断ってたし。ハイテンションすぎて何を言ってるのか分からないことは覚えてるけど」
「チッ……使えない」
「俺だけ態度が違くないか!?」
マーガレットには優しい態度だったのに、自分の時だけは舌打ちをされたことにクレアは文句を言った。
しかしあれだけ接点がありながら何も分からないなんてふざけてるとしか思えない。
「……無能アルス」
「っ!?」
私が追い打ちでボソッと罵倒するとクレアは目をギョッと見開いた。
「? アル……何ですの?」
「な、何でもない! 何でも無いから!」
マーガレットにクレアはブンブンと手を振って何でもないと言い聞かせる。
クレアが勢い良く肩を組んで口を寄せてきた。
「お、お前! どういうつもりだ!」
「何ですかアルスくん。私おかしなことを言いましたかアルスくん。アルスくんはアルスくんって呼ばれるのが恥ずかしいんですか、アルスくん?」
「〜っ!!!」
私が何度もクレアの本名を連呼するとクレアは顔を真っ赤にした。
「やっぱり教えるんじゃ無かった!」
「大丈夫です。誰にも言いませんよ。お詫びに今度何か奢りますから」
「絶対! 絶対だからな!」
私は流石に言い過ぎたと思ったので謝るとクレアは何度も念を押す。
以前クレアの本名を知ってから、偶にこうして本名を呼んでクレアを弄るのが癖になっていた。
「むぅ……親しげにして」
蚊帳の外のマーガレットが頬を膨らませる。
「ごめんなさいマーガレットさん。話を戻しましょう。二人とも特にレイラさんのことは知らないということでいいですね?」
ちなみに、何故こんな事を質問しているのかというと、明日する交渉に向けて少しでも情報を集めるためだ。
何が好きだとか、何が弱点だとかを知っておけば交渉を有利に進められるかもしれない。
「まあいいです。どのみち十分交渉の材料はありますし、このまま明日も──」
「あ、思い出しましたわ」
「本当ですか!?」
マーガレットが何か思い出したようだ。
「役に立つ情報かどうかは分かりませんけど、彼女は確か侯爵家の婚約者がいた筈です」
「婚約者ですか……残念ながら私にはその情報は活かせそうにありませんが、ありがとうございます。マーガレットさん」
「おい、やっぱり俺と他で態度が違うよな」
「当たり前じゃないですか。少しでも情報を教えてくれたマーガレットさんと、何も出来なかったクレアさん。どちらに優しくするかなんて誰にでも分かりますよ」
「ぐぬっ……!」
クレアがレイラの情報を出せなかったのは事実なのでクレアは言い返すことが出来ず、悔しそうにしていた。
「会長」
ルークが扉を開けて中に入ってきた。
手にはメモを持っており、何か言伝を預かってきたらしい。
以前ルークに、ホワイトローズ商会の会長として私と接する時は敬語を使うように言ったので、今は敬語を使っている。
「伝言で前に作ったクッションについて正式に商品化して、今日から店頭に並ぶとのことです」
「了解しました。……それとルーク王子」
「何でしょうか」
「あの、やっぱり…………敬語、無しで」
「はぁ!? 何でだよ!」
私が無理やり敬語を強制したのにすぐにそれをひっくり返されて、ルークは憤慨する。
「何か……違和感が凄いんですよ。ルーク王子に敬語を使われるのって」
「そうか……ま、俺は別に敬語を使いたい訳じゃ無いからな」
ルークは早速口調を元に戻す。
私はルークの口調が元に戻ったことに安心してホッと息を吐く。
「ふぅ……安心しました。その傲慢そうな口調、それでこそルーク王子です。やっぱり本物の王子はこうでないと」
「多分それ、貶してるよな」
「いえいえ、褒めてるんですよ」
「まぁ、確かに敬語のルーク王子は違和感ありましたわね」
「今までの行動がな……」
「お前たちまでそっち側に!?」
マーガレットとクレアも私の言葉にうんうんと頷いていた。
「俺の周りには敵しかいないのか!」
ルークは膝から崩れ落ち、自分の周囲に敵しかいないことを嘆く。
「自分の今まで行いの結果じゃないですか?」
「な、何も言い返せない……」
「大丈夫ですよ、ルーク王子。これからですよ、これから」
「今突き落としたくせに……」
「上げて落とす才能……恐ろしいですわ……」
クレアとマーガレットが戦慄した目で私を見ていた。
おっとこれ以上ここにいては今度は私の方が敵だらけになりそうだ。
「さて、そろそろ私は帰ります」
私は帰る支度をする。
「あ、じゃあ俺も」
「私も帰りますわ」
クレアとマーガレットも帰りの支度をし始めた。
何となくルークを見てみるとルークは方を竦めた。
「俺はまだ商会の仕事が残っている」
「そうですか。別に最初から聞いてませんけど」
「……」
「用意できたぞ」
「私もですわ」
ルークと話している間に二人の支度が終わったようだ。
鞄を持って教室の扉の前に立っている。
「それではルーク王子、また」
「あ、ああ……」
何か言いたそうなルークに背を向け、私は二人の元へと小走りで向かう。
「どうします? これからどこかに寄りますか?」
私はそんな事を提案してみた。
いつもより早く帰っているのでいつもよりはまだ早い時間帯だ。
「そうですわねぇ……今からお茶でもしますか?」
「私、それなら新しく出来たカフェに行ってみたいんですけど」
公爵令嬢モードになったクレアがそう提案してくる。
私とクレア、そしてマーガレットが生徒のいる廊下を歩いていると他の生徒から視線を感じるが、その数は以前よりも少なくなった。
学園内にクレアとマーガレットが和解したことが広まったからだ。
そのため、今までは少しピリピリしていた学園の空気も和らいだ気がする。
「いいですね。じゃあそこに行きましょう」
「私も賛成ですわ」
マーガレットも賛成する。
そして私たちはカフェへと歩いていった。
その後私はクレアの本名を呼んだ罪滅ぼしに、めちゃくちゃスイーツを奢らされることとなった。
もう名前で弄ったりしません。