36話
(どこ、ここ……)
私が連れてこられたのは学園の中にあるカフェだった。
ここはさすが貴族が通う学園にあるカフェというべきかオシャレな場所で、色とりどりの花が天井から吊り下げられたバスケットに入っている。
私とレイラはテーブルを挟んで対面で向き合っている。
他の客もいるが個室に入らないのは、上位の貴族である自分と密室に二人きりだと私に負担がかかるとレイラが思ったからだろう。
初対面でいきなり空き教室に連れ込んだクレアとは雲泥の違いだ。
まあ、クレアのは人に聞かれたらまずい話だったけど。
反対にレイラが人目があるところを選んだのは人に聞かれて困る話をしない、ということだろう。
(それにしても、本当に綺麗だな)
私は対面に座るレイラを見る。
背筋をピンと伸ばし、足を組んで椅子に座っているレイラはそれだけで様になっていた。
流石に王子様と言われているだけあって、レイラはどんな時にも絵になる。
紅茶に口をつけるとレイラは顔を上げて私に向き直った。
「それじゃ、どこから話そうか」
レイラは顎に手を当てて思案する。
私はそこに割って入った。
「あの……質問してもいいですか?」
おずおずと手を上げる。
「どうぞ」
レイラがすっと手を差し出してきたので私は先程から疑問だったことを質問する。
「さっきの言葉って、どういう意味なんですか? 取り巻きに最も近かった……っていうの」
「そのままの意味だよ。私はそれまで、お姉様の取り巻きに最も近かったんだ」
「えっと……取り巻きって、そんなにすごいものなんですか……?」
レイラはまるで取り巻きであることが偉業みたいに言っているが、マーガレットの取り巻きをしていたときも、クレアの取り巻きをしていた時もそんなに良いものとは思えなかった。
私がレイラにそう質問すると、彼女は驚いた表情になった。
「もしかして……君は取り巻きがどんな人間かわかっていないのかい?」
「取り巻きですよね? 派閥の主を補佐するってだけの人間じゃ……」
「……まさかそんなことも知らずに取り巻きをしていたなんて」
レイラは頭痛がするのか、頭を抑えていた。
私は何だか申し訳ない気持ちになってレイラに謝る。
「ご、ごめんなさい……」
「いや……いいよ。何だか私も毒気が抜かれたし、派閥について説明してあげる」
そしてレイラは深く息を吐いて切り替えると真面目な表情になった。
「まず、派閥は何か知ってる? 何人ぐらい?」
「主と取り巻きの集まりですよね?」
「厳密には違う。取り巻きだけじゃなく、その人間の命令を聞くと思われる人間まで含めて派閥なんだ」
「……?」
私はあまりイメージを掴むことが出来ずに首を傾げる。
「つまり、この人の命令なら従うよ、という好意を持っている人間だ。取り巻きと違うのは主に対して直接忠誠を誓っているかどうかだね。取り巻きではない人間は命令を聞く義務はない」
取り巻きとその他の人間では、主の命令に絶対服従かそうでないかの違いがあるということか。
「取り巻きはそういう人間の中から直接主に仕えることができる選ばれた人間なんだ。だからこそ取り巻きという地位は大切なものなんだ」
「そうだったんですね……」
私が何となく就いていた地位がまさかそんなに重要なポジションだったとは。
マーガレットの取り巻きになった時も、クレアの取り巻きになった時も割とノリだったので、そんな意味があるとは思っていなかった。
ん? 今思ったのだが、マーガレットもクレアも公爵家のくせにそんなに取り巻きについて重要視してな気がする。
もしかして、実は重要視してるのは案外本人たちだけなんじゃ……。
「ただ、取り巻きがいなければ派閥にはならない。取り巻きがいないならそれはただのある特定に人間に対して好意をもった人間の集まりだ。実際に私が取り巻きに最も近いと言われていた時にも派閥は無かった」
「なるほど……確かにそれは重要ですね」
取り巻きになるか否かが派閥の形成に関わってくるなら確かに重要なポジションだと言えるだろう。
「でもだからこそ、私はいつお姉様の取り巻きになってもいいようにずっと自分を磨いてきた」
でも、そこに私が現れた。
憧れてたクレアの隣に、名も知らない人間が座った。
「ポッと出の君に取り巻きの座を取られた私の気持ちが分かるかい?」
大体想像はついていたが、私は聞いてみる。
「ええと……どんな気持ちですか?」
「ずっと楽しみにしておいたお菓子をとれた時ぐらい」
「なんだ、そんなに──」
思ったよりも怒ってなかったことに私はホッと胸を撫で下ろす。
お菓子がとられたくらいなら許してもらうことも……。
「の千倍くらい」
あ、めちゃくちゃブチギレてた。
よく見たらレイラの額には青筋が浮かび上がっていた。
想像以上に怒っていたらしい。
「でも、これって私悪くないですよね?」
結局のところ、取り巻きを選んだのはクレアで、その後取り巻きを増やさないという判断をしたのもクレアだ。
私はレイラに質問する。
「……そうだね。君は何も悪くない」
レイラは渋い表情で私の言葉に頷いた。
私は何もしてないし、何ならレイラがずっと取り巻きになれなかったのはどちらかといえばクレアのせいと言える。
レイラもそれは理性では理解しているらしく、私は非が無いことを認めた。
「でも、それはそれとして何か気に食わない」
しかし感情の面では納得がいかないらしい。
それもそうか。ずっと恋焦がれてきた想い人にいきなり恋人が現れたようなものだ。
感情では納得できないのが普通だろう。
「だから、いい考えを思いついたんだ」
「え?」
私は不穏な雰囲気を感じ取り、顔を上げる。
そしてレイラは明るい口調で提案をしてきた。
「クイズ大会、しよっか?」
…………なんで?