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34話

長らくお待たせしました。3章『ライバル編』開始です。



 『彼女』との邂逅は突然だった。

 レイラ・ワトソン伯爵令嬢と出会ったのは。



 私がいつもの空き教室へと向かっていたときだった。

 ちなみにクレアとは隣の席、マーガレットとは同じ教室にいるが、私たちは滅多に一緒に行くことはない。大体教室で合流するのが常だ。


 そんなわけで、放課後廊下を歩くときはいつも私は一人だ。

 以前は私を狙って貴族の生徒に絡まれることがあったのだが、クレアの取り巻きということが周知されてからは絡まれることも実際に無くなり、もう一人でも大丈夫だろうと考えていた。


「ちょっとそこの君」


「はい?」


 私は振り返る。

 そこには不機嫌なのか眉を顰めて突っ立ている男子生徒がいた。

 身なりを見るに恐らく貴族の生徒だ。

 彼は両手にずっしりと重量がありそうな大量の紙の束を抱えていた。

 そして私が振り向くと彼は私に構わずに話はじめる。


「ついさっき教師にこれを運ぶように頼まれてね。貴族の教師だから断り切れなかったんだ」


「はぁ……?」


 話が見えない。

 私に話しかけたのとそれがどういう関係があるのだろうか。


「えっと……それがどういう?」


「つまり、これを君に運んで欲しいんだ」


「は?」


 私はキョトンとした。

 言われたことが一瞬理解できなかったからだ。

 何故私がその大量の紙の束を運ばなければならないのだろう。


「何で私がそれを?」


「君は男爵家だろう? 僕は侯爵家だ」


 要約すると、私の爵位が彼より下だから命令を聞け、ということらしい。

 ちなみに、現国王により校則ではこのように爵位を楯にして他人に何かをさせるという行為は禁止されている。

 しかし未だこうして自分より爵位が下の人間には何をしてもいいと考えている人間はまだ存在していた。


 私ははっきりと断ろうとした。


「あの、それは校則で禁止されて──」


「いいから。じゃあ頼んだ。職員室に運べばいいらしい」


 伯爵家の彼は私に無理やりその紙の束を持たせるとスタスタとどこかへ歩いて行った。

 私は呆然と立ち尽くす。


「〜っ! 何あれ!」


 後から怒りが込み上げてくるが、受け取ってしまったものはしょうがない。これを職員室へと運ばなけれなばならない。

 ああいう手合いに限って仕事をサボると騒ぎ始めるのだ。


「はぁ……」


 とにかくこれを運んでしまわなければ始まらない。


「よし」


 もう一度紙の束を抱えなおして私は職員室へと歩き始めた。

 そして運び始めたのだが、一分もしてきたところで腕が痺れてきた。


 それも当然だ。あの男子生徒ですら重そうに運んでいた紙の束なのに、彼よりも筋力が劣る私が運んでいたらこうなることは目に見えている。


 ずっしりとした重量が腕にのしかかる。

 これをよく女子に運ばせようと思ったものだ。

 だが職員室はすぐそこだ。すぐそこの階段を降りてすぐのところにある。


 私は階段を降りようとした。


 しかし──


「あっ」


 私は階段を踏み外してしまった。


 紙束で視界塞がれていたのと、重い荷物を運び慣れてなかったからだろう、と冷静に分析しながら、体勢を崩してしまった私は階段から落ちていく。


 舞い散った紙が階段の踊り場についた窓から入った光に照らされていた。


 地面が迫ってくる。


 後であの男子生徒に復讐しよう、と誓った私は痛みを覚悟して目を瞑る。


 激突。


 するはずだった。


 地面に落ちた衝撃の代わりに誰かに抱き止められた感触がして私は目を開ける。


「大丈夫?」


 私を抱き止めていたのは王子様だった。


 ルークではない。

 まるでおとぎ話の中の王子様かと勘違いしてしまいそうなくらい端正な顔をしていたのだ。


 透き通るような黒髪に、アメジスト色の瞳。筋の通った鼻。そして桜色の唇。


 紙が舞い落ちる中、私を抱き止めた王子様は優しく微笑む。

 そのとき、私は目の前の人物が発した声が高いことに気がついた。


「あ、ありがとうございます……」


「ふふ、まるで天使が落ちてきたのかと思ったよ」


 そう言ってキザなセリフを言うその声は、やはり高い。まるで女性みたいに。


「え? もしかして……」


 いや、今理解した。彼女は女性なのだ。

 最初は男性かと思っていたが、骨格が女性のものだし、それに現在進行形で私に胸が当たっていた。


「ああ、気づいた? よく間違えられるんだけど、私は女性なんだ。勘違いさせてしまったらすまない」


「いえ、ありがとうございます」


 彼女は私の手を持って、ゆっくりと立たせてくれる。

 その仕草はまるで繊細なものを扱うように丁寧で、お姫様扱いされているような気持ちになった。

 ますます王子様という言葉が似合う人だ。これは女性と言われなければ勘違いしてしまうのも頷けてしまう。


「気をつけなければいけないよ? 女の子が何でこんな重い物を運んでいたんだい?」


「えっと……私男爵家で、侯爵家の人に命令されて……」


 私は簡潔にこうなった事情を説明する。

 命令されてこの紙の束を運ばなけれらばならなかったこと。そして足元が見えなくて階段を踏み外して閉まったこと。


「それはひどい話だね……まだこの学園にもそんな人間がいたとは……」


 彼女は心を痛めたように胸に手を当てる。


「ありがとうございます。私は別に気にしていませんから」


 後でしっかり復讐するつもりだから。


「おっとそうだ。散らばった紙を拾わないと」


「あ、そうでした」


 私も今散らばった紙のことを思い出した。

 私と彼女はしゃがんで紙を拾う。


「よし、大体拾い終わったね」


「ありがとうございます。何から何まで」


「大丈夫さ。はい、これ──」


 そして紙を拾い終わると彼女は紙の束を私に手渡そうとして、引っ込めた。

 私はその行動の理由が分からなくて首を傾げる。


「えっと……?」


「これ、私も一緒に運ぶよ」


「えっ!?」


「いや、君、階段を踏み外したんだろ? そんなのほっとけないよ」


「でもそんな……」


 助けてもらった上に手伝わせるなんて気が引ける。

 しかし彼女は首を振る。


「ダメだ。現に今大怪我しそうになったところじゃないか」


「うっ……」


 そう言われれば反論のしようもなかった。


「じゃあ……お願いします」


「仰せのままに」


 やっぱり王子様みたいな爽やかな笑顔で頷いた。

 職員室まで行くとは言っても、階段を降りたところにあるのでやはりすぐに渡し終わった。


「失礼しました」


 私たちは紙束を渡して職員室から出てくる。


「本当にありがとうございました。えっと……」


「そういえば、まだ名乗ってなかったね」


 私たちはまだ名乗りあってなかったことに気づいた。


「んん……?」


 そのとき、彼女は何かに気づいたようだ。

 そして彼女はは顎に手を当てながら私の顔を覗き込んだ。


「ええと……どうしましたか?」


 私は何かしたのかと思って恐る恐る質問する。

 それにしても顔が近い。

 元々パーソナルスペースの近い人物なのか、彼女は私に吐息がかかるぐらい顔を近づけてきていた。

 なんかいい匂いがする……。


 彼女の次の質問は、予想外のものだった。


「君、もしかして……名前はエマ・ホワイトかな?」


「え? はい。そうですけど……」


 私は素直に頷くと同時に、私の名前を知られていたことに驚いた。確かに最近クレアの取り巻きとして名前が知られていたが、顔まで知られているとは……。


 私が頷くとレイラは「そうか……」と呟いて私から顔を離した。


「わ、私……何かしましたか?」


「いいや、君は何もしてないよ。私には、ね」


 何か引っ掛かる言い方をして彼女は名乗った。


「そういえば、まだ私の名前を言ってなかったね」


 彼女は胸に手を当て、さっきまでの優しい笑みとは違う、好戦的な笑みを浮かべ、衝撃的なことを言った。


「私の名前はレイラ・ワトソン。クレア様の取り巻きに最も近いと言われていた人間さ。──君が現れるまではね」


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