33話
「昨日は波乱の一日中でしたね……」
「やっと全部終わりましたわ……」
「十年分の出来事が一気に起こったような気がする……」
次の日。
私たちはまたいつもの空き教室に集まっていた。
しかしいつもに比べて私たちはぐったりとしていた。
昨日は起こった出来事が多すぎたため、体力を消耗しているからだ。
「婚約破棄の件だけでも大事なのに、それに加えてクレアさんの女装バレ、親子問題の解決までしましたからね」
「実際に言葉で聞いてみると一日で起こった出来事だと思えませんわ……」
「実は一週間の出来事だったりしないの、それ?」
言葉で聞いていたらとても信じることができない。
「それにしてもこれ、いいですわね……」
「ああ、気持ち良すぎて離れられない……」
私たちは現在、机の上に一つずつ置かれた人をダメにするクッションの試作品に乗っていた。
私がクレアの屋敷にドレスを作りに行った日、思いついた新商品だ。
試作品をお願いしたら、もうできたらしく私の元に届いた。私の商会の開発部はすこぶる優秀だ。
今はクレアとマーガレットに試作品を実際に使ってもらっているところだった。
とても柔らかく、一度もたれかかったら抜け出すことができない。
そのため私たちは現在、三人とも机にうつ伏せになって寝るような体勢になっている。
さっきからずっと誰も顔を上げていない。
「そういえばマーガレット。派閥はどうするんだ?」
「あー、それですの?」
マーガレットはどこか眠たそうな声で答える。
「罰の形で解散させられたので、流石にすぐ復活はできませけど、いつか復活させますわー」
とても派閥を復活させるような覇気は感じない。
「そっか」
「それがいいですね」
しかし私たちも同じような感じなので何も言うことができないが。
「はぁ……」
「……」
「穏やかですわね……」
穏やかな時間が流れる。
その時、勢いよく教室の扉が開かれた。
「やっと見つけたぞ……!」
入ってきたのはルークだった。
校内を探し回ったのか、少し疲れているようだ。
「ルーク王子。なんでこんなところにいるんですか」
私はクッションから顔を上げて質問した。
「試作品の感想を聞いてこいと言われたんだ」
ルークはそう言って面倒臭そうにため息を吐いた。
「大変ですね下っ端は」
「誰のせいだと……」
「ご自分では?」
「ぐっ……!」
現在、ルークはホワイトローズ商会で下っ端として働いている。
国王のルークに与えた罰は私の商会で下っ端として働かせることだったからだ。
国王がこの罰を選んだ理由は下っ端の苦労を学ばせるため、社会を学ばせるため、無自覚に権力を見せびらかす癖を治すため、そして商人の仕事を学ばせるためだ。
最初はろくに仕事をしないのではないか、と思っていたが案外真面目に取り組んでいる。
「それとルーク王子。私には敬語を使ってください。私は一応商会では上司なんですよ?」
「う……だが俺は王族なんだぞ!」
ルークは不満気に文句を言った。
そこで私は人差し指を立てて、伝家の宝刀を言った。
「あんまり文句を言うと給料を減らします」
「申し訳ありませんでした」
ルークがすごい勢いで謝ってきた。
「頼む減給だけはやめてくれ! 父上からお小遣いを止められて収入源がこれだけなんだ!」
ルークは私に減給だけはやめるように懇願してきた。
「では、わかりますね?」
「かしこまりました会長」
「よろしい」
ルークは金のために私に従順になった。
金さえあれば王子ですらも敬語を使う。
これが資本主義社会だ。
「会長、ドリンクです」
「苦しゅうないです」
ルークがジュースを差し入れてきた。
ちょうど私も喉が渇いていたので、そのジュースを受け取る。
そして私がリラックスするとルークは質問してきた。
「では会長、試作品の使用感はいかがでしょうか」
「悪くありません。このまま商品化しましょう」
「了解しました。伝えておきます」
ルークがメモ帳に私の言った言葉を書き込む。
なんというか、ルークは優秀だった。
王族だからか、上に立つ人物が何を必要としているのかわかるようで、適切なタイミングで必要なものを差し入れてくる。
ぶっちゃけ、部下としてすこぶる優秀だ。王族なのに。
「それでは今から商会に帰ります。その……」
ルークはある人物を見てもじもじとし始めた。
その視線をたどると、マーガレットに行き着いた。
マーガレットはルークの視線に気づいているようだが、あえて無視してルークを見ない。
「マーガレット」
「何ですか」
ルークが名前を呼ぶとマーガレットはルークの方向を向く。
表情はニコニコと花が咲くような笑顔だ。
現在、マーガレットは化粧をやめて美少女になっている。
「その……婚約を、戻してくれないか?」
「いやです」
マーガレットは笑顔でルークを振る。
「そ、そこを何とか……」
「いやです」
マーガレットはにべもなく断る。
クレアが女性だと勘違いしてマーガレットと婚約破棄したのにクレアと婚約出来なかったルークは今、将来独身状態が確定していた。
王子のルークと婚約できる女性はマーガレット以外にはそういないので、マーガレットと婚約をし直さない限りはルークはずっと独身だ。
そのため、ルークは今朝から折を見てはマーガレットに対して婚約を戻して欲しいと懇願している。
もちろん、マーガレットは今までの復讐も込めてキッパリと断っているが。
ルークを振る時のマーガレットは、今までに見たことがないくらいに生き生きとしている。
「クレアさん」
私はその光景を微笑ましく見ながらクレアに話しかけた。
「なんだ」
「クレアさんはどうするんですか?」
「何の話だ」
「同盟の話です。クレアさんが男だということを公表すれば、もう同盟を組む必要はありませんから」
私たちはクレアの女装を黙っている代わりに、私がホワイトローズ商会の会長あることを黙る、という契約を交わしていた。
だから、クレアが男だと公表するならこの同盟も終わりになるだろう。
「いや、まだ男だってことは公表しない」
「え? 何でですか?」
「確かにもう女装する必要はない。だけど公表したら皆に引かれそうで、怖いんだ」
「そんなことは無いと思いますけどね」
「でも変態って言われるかもしれないし……」
「あっ、結構ショックだったんだそれ……」
ルークの放った「変態」という言葉はクレアにとってはかなりショックだったらしい。
「俺は変態じゃない! 変態じゃないんだ……」
ぶつぶつと呟くクレア。
クレアは案外しょうもない理由で公表するかどうか迷っているようだった。
「大丈夫ですよ。みんな受け入れてくれますって。だって女装は最高なんですから」
「いや、怖いから無理。もし公表して変態なんて陰で言われてるの聞いたら凹むし」
どうやらルークがクレアに突き刺した言葉は相当トラウマになっているらしい。
これは時間をかけて癒やしていく他ないだろう。
「そうですか。まあ焦ることでもありません。ゆっくりやって行きましょう」
「そうだな。だからまだまだ同盟は続くぞ」
「……そうですか」
私は苦笑する。
同盟がまだ続くことに安堵を覚えている自分に気づいたからだ。
「だから、俺の本当の名前を教えておく」
「え?」
クレアが私の耳元に口を寄せた。
急な接近にドキン、と心臓が跳ねる。
「アルス・アワード。これが本当の俺の名前だ」
「アルス……」
アルス。
クレアの本当の名前。
私が心の中で反復していると、クレアは少し照れ臭かったのか顔を逸らした。
私はそこをすかさず責める。
「あれ? どうしたんですかアルス君。顔が赤いですよアルス君。もしかして照れてるんですか、アルス君?」
「教えるんじゃなかった……っ!」
クレアは顔を赤くして私から離れようとする。
しかし私はそれを逃すはずがない。
「アルスくーん」
私は何度もクレアの名前を呼ぶ。
それはきっと、嬉しかったからだ。
私は笑顔で、クレアもいつの間にか笑っていた。
こうして、私たちを取り巻いていた波乱の事件は一通り幕を閉じたのだった。
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