31話
そして私達は部屋を出るとしばらく歩いて、ようやく安堵のため息を吐いた。
「ふぅ……」
「ようやく出てきましたね……」
「色んなことがありすぎましたわ……」
私たちは皆疲れた声を出した。
確かにあの部屋にいるだけで色んなことが起こった。
「あ、そう言えば」
クレアが思い出したかのように声を上げた。
「お前、いつから俺が男だって気がついてたんだ?」
クレアはマーガレットに質問した。
口調はすでに男の口調になっていて、もうマーガレットに隠す必要は無いと考えたのだろう。
マーガレットはクスリと笑って答える。
「子供の時からですわよ?」
「えっ!? そんな前から!?」
「あの時はずっと一緒に遊んでたじゃないですか。気づくに決まってますわよ」
「そんな……今まで隠してきた努力はなんだったんだ……」
クレアがショックを受けていた。
それは今までマーガレットにバレないように気を遣っていたのに、そもそも男だとバレていたなら、全部徒労に思えるだろう。
ていうか、徒労そのものだ。
「なんで知ってるって言ってくれなかったんだ……」
クレアは恨みがましくマーガレットに尋ねる。
「言えませんわよ。隠してるみたいでしたし。てっきり女性として扱って欲しいのかと思ってたので」
「でも何で婚約破棄する時にルーク王子に俺が男だってバラさなかったんだ? 俺が男だって分かったら婚約破棄にならなかったかもしれないのに……」
「確かにあの時、クレアさんは私の恋敵でした。けど、それ以上に大切な……親友だったんですわ! あの時は!」
「……」
マーガレットは照れ隠しで「あの時は」を強調して答える。
「ごめん」
クレアはマーガレットに対して頭を下げた。
「今まで嘘をついていた。本当にごめん」
「許してあげますわ」
「ありがとう」
「じゃあ秘密を教えてもらったということで、恥ずかしいですが私も一つ秘密を教えましょう。私がクレアさんにあんなに突っかかっていたのは──」
「ああ、それは大丈夫。だってあれ、俺と仲直りしたかったけどプライドと面子からああするしかなかったんだろ?」
「えっ?」
マーガレットが素っ頓狂な声を上げた。
そして顔が真っ赤に染まった。
「は、はぁっ!? 何で知って……っ!」
マーガレットがハッと私を見てくる。
「私じゃありませんよ! 私は何も教えてません!」
私は慌てて否定する。
逆に私もクレアが知っていたことを今知ったくらいだ。
「いやいや、それぐらい分かるだろ。幼馴染なんだし」
クレアが肩をすくめる。
「そ、そんな……! 今まで知られて……!?」
マーガレットは口をぱくぱくと動かしながら今にも羞恥心で死にそうになっていた。
「何で言ってくれなかったんですの!?」
「いや、だって話しかけると怒るし……」
「でも言ってくれたらもっと早くに……!」
「ふふっ……」
私は微笑んだ。
どっちも似たもの同士だ。
二人ともお互いのことはよく見ているのに、肝心の自分には鈍感なのだ。
「「何笑ってるんだ(ですの)!」」
私が微笑ましくその様子を見ていると、怒られてしまった。
「やっぱり息ぴったりじゃないですか」
クレアとマーガレットは悔しそうに歯軋りをした。
その様子を見て、私はまた笑う。
今度は堪えきれずに大声で笑ってしまった。
その時、ふと国王の行動を思い出して違和感を感じた。
何故国王はルークに対して辛辣だったたのだろうか。
個人的にルークの行動が気に入らなかった、いうのもあるのだろうがそれでも何か国王の行動には少しだけ違和感がある。
(ああ、そうか)
違和感の正体が分かった。
そして、私は納得した。
国王に誘導されたのだ、と。
クレアが男だと分かり、ルークの恋が破れた時点で痛み分けとして話を終わらせてもよかった。
ただ、それではクレアもマーガレットもルークも、全員禍根が残り続ける。
そこで分かりやすく私たちの前でルークを懲らしめ、その上で罰を与えることでこれ以上ルークに追及が来ないように、それでいて全員が納得する結果になるようにバランスを取ったのだ。
国王に少し騙されたような気分になったが、私は不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
それは国王のこの対応が、家同士の関係や私たちの気持ちについてしっかりと考えてくれた上での対応だったからだろう。
(あれが一国を治める王……)
私は感心しながら馬車に乗り、王城を後にした。
そして、馬車の中。
「そう言えば、なんでクレアさんは女装を始めた理由はなんなんですの?」
マーガレットがクレアに質問する。
クレアの表情が一瞬曇った。
そういえば、クレアは命令で女装をさせられたと言っていたような気がするが……。
マーガレットはクレアの表情を見て慌てて手を振った。
「別に嫌なら話さなくていいですわよ?」
「……いや、この際だ。話してしまおう」
クレアは自分が女装するようになった経緯を話し始めた。
「父上が子供の頃に俺に命令したんだ。これは知っているよな?」
「はい、それは何となく知っていました」
クレアの言動から父に命令されたことは察していた。
「でも何で女装しろだなんて命令を?」
「そうですわよ」
マーガレットも同意見のようだ。
普通に考えて女装するなんて命令する訳がない。
「オレの兄は知ってるか? 『王国の天才シュクセ』だ」
「ああ、知ってます。十歳年上のお兄さん、でしたよね?」
その名は当然知っていた。
シュクセ・アワード。
若くして宰相という地位に上り詰めたことから、『王国の天才シュクセ』とも呼ばれている。
そんな人の弟として生まれたなら、さぞプレッシャーは重かっただろう。
恐らく、クレアはずっと比べれられてきたはずだ。
「俺は兄のように天才じゃないし、追いつくことが出来ないのは分かっていたからな。だから俺はどんな風に役に立てばいいのか聞きにいったんだ。そしたら──」
「そしたら?」
「『お前は女装でもしていればいい』って言われたよ。王子と仲良くしなさい、とも。後から無能なお前は女装でもして王子を籠絡してこい、って意味だと気づいたよ」
クレアは自嘲気味に笑う。
「笑えよ」
「笑いませんよ。だって無理やり女装させられてるシチュも好きですから」
私は爽やかな笑顔でサムズアップした。
「狂ってんのかお前」
その側で、マーガレットが新たな事実を知り戦慄していた。
「エマさんってそういう趣味だったんですのね……」
そういえばマーガレットは私が女装好きだと初めて知ったのだった。
「あ、私はただクレアさんの外見が好みなだけで、中身は全く好きではありませんので」
私は勘違いされては敵わない、と訂正する。
「いえ、そういうことを言っているわけではないんですけど……女装……」
どうやらマーガレットは私の性癖に関して戦慄していたようだ。
む? これはまさか、マーガレットは正しい知識が無いのではないのだろうか。
私は懇切丁寧に説明することにした。
「言っておきますがマーガレットさん。私の性癖は至って平凡です。可愛い女の子は目の保養になる、それはマーガレットさんもでしょう?」
「でも……」
「マーガレットさんだってこの変態女装少年とお友達じゃないですか」
「む、確かにそうですわね」
マーガレットは納得したようだ。
「おい、それはどういうことだ?」
「別に、その通りの意味ですけど?」
クレアがこめかみに青筋を浮かび上がらせる。
「そういえば、まだ決着をつけてなかったな」
「望むところです」
と、その時クレアがふっと肩の力を抜いた。
私は今からでも決闘できる心構えだったので、少々肩透かしを食らった気分になる。
「…………ありがとな」
「え?」
唐突にクレアがお礼を言ってきた。
「気を使ってくれたんだろ?」
どうやら、私の考えはお見通しだったようだ。
「そういうのは分かっても言わないのがいい男ですよ」
「礼を欠かさないのがいい男だ」
「女装してるくせに」
「それ何回擦るんだお前」
「確かに女装している人にいい男、を説かれても、ねぇ?」
「おいマーガレット!」
今度はクレアとマーガレットが騒ぎ始めた。
私はその様子を見ながら少し考える。
本当にクレアの父はクレアに女装しろ、と命令したのかを。
話を聞く限りでは確かにクレアに女装しろと命令しているように聞こえる。
しかし以前クレアの父であるハインツに会ったことがある。
その時のイメージと照らし合わせると、どうにも彼がクレアに命令したようには考えられない。ギャップがあるのだ。
私が頭を捻っていると、マーガレットとクレアの会話が耳に入ってきた。
「でも案外ルーク王子みたいに、クレアさんの女装の件も何かの勘違いかもしれませんわよ?」
「いや、それはない」
「勘違い……」
私はその瞬間、ふと思いついた。
「クレアさん!」
「なんだいきなり?」
「今からクレアさんの家に行きましょう!」
「は?」
「え?」
私の提案にクレアもマーガレットもポカンとしていた。
「御者さん! 行き先を学園からアワード公爵家の屋敷に変更してください!」
私は馬車を操っている御者の人に伝える。
「エマ、何を──」
「いいから行きましょう!」
私はクレアの言葉に被せる。
そしてクレアの屋敷へと向かった。