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26話


「はい、これで俺の勝ちだな」


「あーっ! 負けたー!」


 私は机に突っ伏した。

 今、私たちはトランプを使ってポーカーをしていた。

 ルールはポーカーだ。

 数日前に教えたばかりで勝てると思っていたのだが、私はボロ負けしていた。

 以前トランプで遊んでから私たちはよくトランプで遊ぶようになったのだが、クレアはルールの吸収が早く、すぐに私は勝てなくなっていた。


「なんでそんなに強いんですか……」


「表情を出さないのは貴族として基本だからな」


「確かに……」


 そう言われると理にかなっている気がする。

 とは言え、もう勝ち越されるとは思っていなかった。

 ポーカーで向こう一ヶ月は搾り取るつもりだったのに。

 これは新しいルールを導入するべきか……と悩んでいると、クレアが勝ち誇った笑みを浮かべながら腕を組んだ。


「ほら、罰ゲームだ。ジュースを買ってこい」


「くっ……」


 悔しいが言い出しっぺは私なので買ってくるほかない。

 勿論ジュースは敗者の奢りだ。私が勝つと思っていたので慈悲を入れなかったのだが、それが仇となった。

 私は椅子を立ち上がり教室の外に出ようとして、とあることに気づいた。


「あれ、そういえば今日はマーガレットさん遅いですね。いつもならもうここに来てる時間なのに」


「何か用事があるって言ったたぞ」


「ああなるほど……用事があったんですね」


 以前のように絡まれているのではないかと思っていたので私は安心する。

 用事と言うことなら安心だ。


「マーガレットさんが早く来てくれないと私がこのまま負け続けるので早く来て欲しいです」


「ナチュラルにクズ発言をするな。あと、話を逸らしてパシリを回避しようとしてるみたいだが、俺はちゃんと覚えてるからな」


「…………チッ」


 やっぱり気づかれてたみたいだ。

 私は舌打ちする。


「はいはい。買ってきますよ。私が負けたんですから。それでいいんでしょ」


「何か妙にムカつく喋り方だな……」


「女の子をパシらせて罪悪感とかないんですね!」


「ない」


「言い切っただと」


 堂々と言い切ったクレアに私は戦慄を抱いた。

 か弱い乙女にそんなことをしていいと思っているのか。


「ふん! もう知りません!」


「逆ギレするな」


 私はプンプンと怒りながら教室から出ていく。

 よし、クレアのジュースは最近発売された『ホワイトローズ商会謹製激辛ジュース』にすることにしよう。


 何のジュースを買ってこいと指定されませんでしたからねぇ……? 別に私の判断でジュースを買ってきて何ら問題ないですよね?

 私は他人から見たら「犯罪者かと思った」と言われそうな笑みを浮かべながら歩く。


 そして中庭を横切る廊下を渡っている時だった。


「…………ですわ」


 放課後にも関わらず中庭から誰かの声が聞こえた。

 ここは人気が少なく放課後は滅多に人がいないので、私は気になって声の方向を向く。


 しかしそれが間違いだった。


「ん? あれは……マーガレットさん?」


 声の方向を向くとマーガレットが猫を持ち上げている最中だった。


 私は何となく隠れた方がいい気がして草むらに身を隠す。


 ちなみに、この学園は自然が多いので猫やリスなどの動物が中庭にたくさんいたりする。

 マーガレットは猫に夢中になっているのか私が凝視しているのに全く気づかず、猫を抱き上げた。


「はぁ……本当に可愛いですわ」


 そしてとろけるような笑顔になると腕の中で何度も猫を撫でている。

 私はそんなマーガレットのことを見てほっこりしていた。

 いつも気を張っている彼女にもこんな一面があるのだな、と萌えていた時だった。

 すると猫を撫でていたマーガレットは急に憂いを帯びた瞳になった。


「人間がみんなこんな風に私を傷つけない猫だったら良かったのに……」


「……」


 あまりにも実感のこもりすぎたその言葉に私は沈黙するほかなかった。

 マーガレットは止まらない。


「え? 癒されたいなら婚約者がいるって? 私の婚約者はただ今絶賛浮気中ですわ」


 マーガレットは明るい声でそんなことを言った。


 お、重っっっっもぉ……。


 マーガレット自身はどうとも思っていないのかもしれないが、聞いている私からすれば胃がキリキリするブラックジョークだ。

 なまじマーガレットの事情を知っているだけに全く笑えない。


「あなたはどこから来たんですの?」


 マーガレットは猫に話しかけながら、何度も撫でる。

 そしてそれは唐突だった。


「にゃあ」


「えっ?」


 マーガレットが、猫語で猫に話しかけた。

 普段の気の強い性格からは想像できない言葉がマーガレットの口から出たことがあまりにも衝撃的だったので、私はつい口から声が漏れてしまった。


「っ!?」


 マーガレットは勢いよく私の方向を振り向く。

 猫はマーガレットの手から離れるとどこへ歩いて行ってしまった。


 私たちは数秒間見つめ合う。


 場は静寂に包まれ、私もマーガレットもどちらが先に切り出すのかを待っている。


「い……」


 先に口を開いたのはマーガレットだ。

 私はどんなことを言うのかと集中して聞く。


「い、いくらが宜しくて……?」


「いきなり買収!?」


 マーガレットが真っ先に打った手は賄賂だった。


(と、とりあえずまずは何も見てないことをアピールしないと……!)


 昔から知らない方がいいこともある。

 前の世界では「知らぬが仏」という言葉もあった。

 私が知らないフリをして切り抜けられるなら、それに越したことはないのだ。


 ただ、一つ問題があるのだが……。


「い、いえ……私は何も見てません、よ……?」


 私は挙動不審に目を泳がせると冷や汗をかきながらしどろもどろに答える。

 そう、私は演技がど下手くそなのだ。


「絶対にそんなことありませんわ」


 一瞬でマーガレットにもバレた。


 マーガレットが至近距離で私を疑わしげに見つめている。

 そう言えばなんだか前にもこんなことがあったような気がする……。

 私がデジャブを感じていると、マーガレットが顔を抑えて悶絶し始めた。


「見たんでしょう! 私が猫に話しかけているところを!」


「……」


 私は何も答えなかった。


「あああっ! 嘘でしょう! 今まで完璧な公爵令嬢のイメージで通して来たのに!」


「え? そうでしたっけ? 結構ポンコツだった気が……」


 割と取り巻きだった頃からポカをやらかしていた気がする。

 悶えていたマーガレットは真顔になると空を見つめて、不思議そうな表情で首を捻った。


「認識の違い、ですわね?」


「多分誰に聞いてもポンコツだって答えが返って来ますよ」


 マーガレット以外が認めている事実ならそれはもはや現実だろう。現実を見て欲しい。

 私はぽん、とマーガレットの肩に手を置いた。


「ね、とにかくマーガレットさんは完璧じゃないんですよ。だから、今日のことも別に恥ずかしいことじゃ──」


「あああっ! やっぱり見てたんですのね!」


 やべ、藪蛇だった。

 マーガレットは顔を真っ赤に染めて、頭を抱える。

 そして投げやりになったマーガレットは怪しげな笑みを浮かべながらフラフラと立ち上がった。


「ふふふ……こうなったら記憶を消すしかありませんわ!」


「待ってください! この世に都合よく記憶を消す方法なんてありませんよ!」


「我が公爵家に何かあるはずですわ!」


「それはどう考えてもヤバい方法なのでは!?」


 少なくとも私が五体満足で帰れるような方法だとは思えない。

 まずい! このままでは私の身が危ない……!

 と、その時、渡り廊下をクレアが通りかかった。


「あ、こんなところにいた。全く、遅すぎる……」


「っ!」


「クレアさん!」


 マーガレットは勢いよく私の方へ振り向く。

 そして目で「言わないで!」と訴えてきた。

 私はそれにこくり、と頷く。

 もちろん私は──


「クレアさん! 今マーガレットさんが猫に猫語で話しかけてました!」


「ぴょっ!?」


 マーガレットが変な声を上げた。


「にゃあって言ってましたよ! にゃあって! すごく可愛かったです!」


「はぁ? それが何……」


 クレアは私の言葉に不思議そうに首を傾げる。

 だが、私はもう目的を達した。


「あはははっ! もう無理ですわ!」


「えっ?」


 突然豹変したマーガレットにクレアは驚く。

 私はクレアの元まで走っていき、手を掴んだ。


「走りますよクレアさん!」


「ちょっ!」


 私たちは走り出す。


「待ちなさい!」


 マーガレットが追いかけてきた。


「おい! 何で俺に言ったんだよ!」


 クレアは走りながら私に文句を言ってきた。


「ふっ、あの場で私が逃げられる可能性はゼロパーセントです。ですがクレアさんがそこに加わると五十パーセントになります。単純な計算ですよ」


「その代わりに俺も生贄になってるじゃねぇか!」


「大丈夫ですわ! 痛いのは一瞬ですから! 次の瞬間には全部忘れてますわ!」


 マーガレットが叫びながら私達の後を追ってくる。

 だめだ。何か危ないクスリを決めた人みたいになってる。


「埒があかない! 隠れるぞ!」


 そう言ってクレアは私の手を引いて教室の中へと入った。


「この中に入れ!」


 そして誰かのものか分からないがなぜか置いてあったクローゼットへと隠れた。

 クローゼットは私たち二人がちょうど入れるくらいの広さだが、その分密着してしまう。


「ちょ、ちょっと、近いですよ……!」


「しょうがないだろ……! 隠れるためにはこうするしかないんだって……!」


 確かにクレアの言うとおりなのだが、こんなに近いと流石に恥ずかしい。

 クローゼットの中でどうにか距離を取ろうとクレアの身体を手で押すと、意外と固い感触が返ってきた。

 こうしてみるとクレアもしっかり男の子なんだと実感させられる。


「やっぱり無理!」


「あっ!」


 私はクローゼットの扉を開けて飛び出した。

 するとクローゼットの前にはマーガレットが立っていた。


「あ、あなた達……何をしていましたの!?」


 クローゼットから二人で出てきた私達を、マーガレットが恐ろしいものを見る目で私達を見ていた。


「ち、違うんですマーガレットさん」


「そうです、これは不可抗力で……」


「破廉恥ですわ!」


 マーガレットが叫ぶ。


 その後必死に弁明するのに骨が折れたが、マーガレットが全部忘れていたので良しとすることにした。

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