2話
「今までクレアの持ち物に危害を加えていたのはお前だったのか!」
「あ、えと、これは、その……」
私はしどろもどろに言い訳をする。
ルーク王子が近づいて来た。
「黙れ! これをどう言い訳するつもりだ!」
ルーク王子はクレアの机に乗せられた紙の残骸を指差す。
「お前、マーガレットの取り巻きにいるやつだな! 前からお前らがコソコソしているのを見て怪しいと思っていたんだ!」
やばい、言い逃れのしようがない。
取り巻きがクレアの持ち物を隠したりしているのは事実だし、今だってマーガレットに命令されてやって来たことには変わりないのだから。
どうしよう。マーガレットに命令されたことをここで白状するか?
いや、今白状して難を逃れたとしても今度はマーガレットから復讐されるだけだ。相手は公爵家。普通にここで捕まって刑罰を受けるよりもっと酷い目に遭うかも。
なら、いっそのことここで捕まった方が……。
「憲兵に突き出してやる!」
ルーク王子が私の腕を掴もうとしたその時──。
ガラガラ、と扉を開けてクレアが教室に入ってきた。
私とルーク王子を見て怪訝な表情になる。
「何をしているんですか……?」
「い、いやこれはだな……」
ついさっきまでの私のようにしどろもどろになるルーク王子。
誰もいない教室で女子生徒に掴みかかる男。女子生徒の方は嫌がっているように見える。
傍目から見たら私を襲おうとしているようにしか見えないだろう。
「最低……」
クレアは獣を見る目でルーク王子から距離を取った。
いきなり犯罪者扱いを受けたルーク王子は慌てて釈明をした。
「違う! コイツが、そのクレアの教科書を切り裂いてたんだ! だから……!」
「私の教科書を……?」
クレアは自分の机に置かれた教科書の残骸を見た。
そして私の手元のハサミを見る。
「ふぅん……?」
クレアはそう呟くとスタスタと私の方まで歩いてきた。
(今度こそ終わった……)
私は自らの天命を悟った。
クレアが私の方向へと手を伸ばす。
私はぎゅっと目をつぶった。
「…………あれ、ありますよ。私の教科書」
目を開ける。
てっきり私にビンタをかまそうとしていると思ったのだが、クレアが手を伸ばしたのは机の中、つまり本物のクレアの教科書があるとことだった。
自分の教科書があるのを不思議そうに首を捻っている。
「やっぱり間違いありません。私が授業中に書いたメモもそのままですし、これは私の教科書です」
「じゃあ、今机の上にあるのは誰のなんだ……?」
ルーク王子が困惑した目で私を見た。
ギクリ。
クレアは紙の山を漁り始めた。
「ん? これは裏表紙ですね。何か名前みたいなものが……あ、こっちと合う。エマ……ホワイト……?」
(し、しまった……!)
私は前世で教科書には絶対に名前を書く派だった。
そのためこの教科書にも名前を書いてあったのだが、今回はそれが裏目にでた。
「あなたのお名前を教えて頂けますか??」
クレアは私へとクルリと向いて質問した。
ここで嘘をついたとしても調べればすぐにわかるので、正直に答えた。
「エマ・ホワイトです……」
「ハッ、ついに白状したな! 今までのもお前の仕業だな! クレア、こいつを憲兵に突き出そう!」
「それには及びません」
「なんでだ。イジメの現行犯だぞ。それにコイツを尋問すれば今までのことにマーガレットが関わっていた証言を得られるかもしれない」
「イジメではありませんよ。自分の教科書を切り刻んで嫌がらせなんて矛盾しています。なのでイジメはあり得ません。それに私はマーガレットさんのことは気にしていません。よって、彼女を憲兵に突き出す必要はありません」
クレアは淡々と説明する。
「む、クレアがそう言うなら……」
ルーク王子は納得していない様子だったが頭をかいて怒りの矛先を収めた。
「エマさん! しっかり出来まして!」
その時、教室のドアからマーガレットが高笑いを上げながら入ってきた。
私がしっかりと命令を遂行しているのか確認しにきたのだろう。
マーガレットは教室のなかの私、ルーク王子、クレアを見て固まった。
皆、どう反応していいのか分からず、しばし無言の時間が続く。
「い、今までクレアさんのものを隠していたのはあなただったのでしたのねー!」
(えぇー……)
マーガレットは瞬時に状況を判断。そしてすぐに私を見捨てることにしたようだ。
ルーク王子が突っ込む。
「おい待て、マーガレット。さっき言葉ではこの状況を知ってるみたいだが……」
「ししし、知りませんわ! あっ、そうだ! これから用事がございますので失礼いたしますわ!」
ルーク王子の言葉に明らかに動揺したマーガレットはそう言うと、私を置き去りにして走って逃げていってしまった。
「あ、おい!」
ルーク王子が呼び止めるもとてつもない素早さを発揮し逃げていったマーガレットの姿はもう見えなくなっていた。
残った私たちの間にはなんとも微妙な空気が流れた。
私から発言することもできないので、二人が話し始めるのを祈るばかりである。
「じゃあ、今日はもうお開きということで」
「そうだな……」
このまま教室に残っても何もすることがないルーク王子は扉から出ていった。
私はようやく安堵の息を吐く。
(た、助かった……)
正直、さっきは教科書を切り刻んでいるのを見られた時は人生が終わったと思ったがクレアの思わぬ援護で切り抜けることができた。
「あ、ありがとうございます」
私はクレアに向かってお辞儀をする。
「気にしないでください。マーガレットさんにやらされたんでしょう? 災難でしたね」
私のお礼に対しクレアはニッと笑って応える。
女性に使う表現としておかしいのはわかっているが、イケメンな笑顔だった。
ふと、私はそこで違和感を覚えた。
この感覚、どこかで──。
「これからどうするんですか?」
クレアに話しかけられた。私は慌てて返事をする。
「えっと、このゴミを片付けてから帰ろうかと……」
「そうですか」
クレアはそう言うと歩いて教室から出ていく。
そしてすれ違いざま。
「優しいんですね」
そんな言葉をポツリと呟いてクレアは歩いていった。
次の日。
あれから特にルーク王子からも問い詰められることもなかった。
昨日の件はお咎めなし、ということらしい。
しかし──。
「流石に戻りづらいよねぇ……」
昨日のことがあったからマーガレットのグループには戻りづらい。
見捨てられたし。
マーガレットと顔を合わせても気まずい思いをするだけだろう。
というわけで、昼休み、私は今絶賛一人ぼっちだった。
お弁当は持ってきていないのでこれから私は食堂へ行って昼食を取るつもりだ。
マーガレットのグループと顔を合わせたりしたら気まずいだろうが、食堂は広いし顔を合わせないように端っこに入れば平気なはずだ。
そう判断し、食堂へ向かう。
学校で一人で食事をとるのは前世でも経験がないので、なんだか新鮮だ。
何を食べようか。
メニューを見て考える。
ここの食堂の料理はとて美味しいのだが、実はお腹いっぱい食べたことがないのだ。
いつもは食べすぎると眠くなって昼食後に開かれるお茶会に支障をきたすので控えていたのだが、今日は我慢しなくてもいいのかもしれない。
うん、そうだ。今日はお腹いっぱい食べよう。
そうと決まれば、と私は奮発して一番豪華な昼食セットを頼んだ。
トレーを受け取り、いざ席を探そうとした時。
「げ」
頼んでから受け取るまでの時間で席はほとんど埋まっていた。空いている席はあまり人気のない入口付近や通路に面した席しか空いていない。
なので仕方なく通路の近くの席まで運んで行って私は料理に舌鼓を打つ。
「ん〜、美味しい!」
そうして、ちょうどご飯を堪能し終えた時だった。
ざわり、と食堂の空気が騒がしくなる。
何回も感じたことがあるから分かる。これはマーガレットとクレアが衝突を始めた時の空気だ。
辺りを見回すと、マーガレットとクレアが口論しているのが確認できた。
いつものごとくマーガレットがクレアに突っかかったのだろう。
しかしなぜか今日はいつもと違いクレアは軽く受け流すことが出来なかったようで喧嘩になっていた。
ここからでは声が聞こえず、会話の内容が把握できない。
口喧嘩はどんどんとヒートアップしていく。
そしてクレアがある一言を放った。それにマーガレットは激昂し、手元にあった水をクレアにかけた。
パシャン!と音が鳴り響く。
ポタポタと髪から雫がこぼれ落ちる。クレアは俯いて食堂から走り去った。
通路の側に座っていた私の側を通っていく。
「あ……」
その時、ポトリとハンカチがスカートのポケットから落ちたがクレアはそれには気づかずに走って行ってしまう。
私はそれを拾い上げた。
食べ終わったトレーを急いで返すとクレアの後を追いかける。
「どこに行ったんだろう……」
辺りをくるくると見回し、クレアに似た人影がないか探す。
服が濡れたのでどこかで着替えているはずなのだが、なぜか女子更衣室にはいなかった。
だから私はクレアがどこにいるのか見当がつかず、長い時間彷徨い続け、ついには人気の少ない校舎まで来てしまった。
誰もいない廊下というのは少し怖くてビクビクしながら歩く。
とある教室を横切ったその時、カタン、と机が動く音がした。
ビクリ!と肩が震え、私は音の鳴った方向を振り向く。
息を飲んだ。
襟が開けられた胸元から覗く白い肌。
クレアは濡れた制服を着替えている途中だった。
プツ、プツ、とひとつひとつボタンを外していく。
優美で、妖艶で、私は思わず声をかけるのを躊躇った。
同性のはずなのになぜかのぞきをしているようなイケナイ気分になって、ゴクリと唾を飲んだ。
クレアはシャツのボタンを外すと、そのままシャツを脱いで──
「え……?」
私は思わず声を上げてしまった。
シャツを脱いだクレアは下着を身につけておらず、地肌がそのまま見えていた。
いや、確かにそれも衝撃だったのだが、一番はそれではない。
クレアに、胸が無かった。
ただ膨らみがない、というわけではない。本当に胸がなかったのだ。
つまり、胸が女性のものではなく、──男性だった。
私がつい上げてしまった声に、クレアは「しまった!」という表情で弾かれたようにこちらを見た。
目と目が合う。
「……」
「……」
しばらくの間、私たちは見つめあった。
クレアは「はぁ……」とため息をついて、猛禽類のような瞳で私を見た。
「そっか、見ちゃったかぁ……」
クレアは近づいてきた。そして私の元まで来ると腕を掴み強引に教室の中へと引き込んだ。
私は壁へ押し付けられ、そこに追い討ちのようにクレアが壁に手をつき退路を塞いだ。
いわゆる壁ドンだ。
クレアは顔を近づけて私を脅迫した。
「もし俺のことをバラしたら昨日の件もバラし──」
「あ、ああああ! あの!」
私の大声がクレアの言葉をかき消した。
クレアは突然大声を出した私に面食う。
「もしかして、お、お、男の娘!?」
「……はぁ?」
「違う、それはあっちの言葉……。ええと、女装してるんですか!?」
「いや、そうだけど。それ以外に何に……」
「やったあああぁぁぁぁぁっ!」
私は喜びのあまりガッツポーズをキメる。
「は? え?」
動揺するクレアをよそに私はクレアの手をガッチリと握りしめる。
「髪の長さは地毛ですか!? それともウィッグですか!? クレアって女の子らしい可愛い名前ですけど偽名ですか本名ですか!? メイクはどんなメイクをしてますか!? その可愛い髪型は毎日セットしてるんですか!? いつから女装を始めたんですか!? きっかけは何ですか!? トイレはどっちでしてますか!? 声変わりはしましたか!? スカートの中はどんな下着が!?」
「な、なんだコイツッ……!」
勢い余った私は顔を近づけて質問する。
クレアは引き攣った顔で後ずさった。
私がその一歩をつめると、クレアはまた一歩後ずさる。
一歩、また一歩。
そしてついにクレアを壁側まで追い込んだ私はバァン!と壁に手を叩きつけ、逆壁ドンの構図になった。
そして最後に私は最高のキメ顔でキメ台詞をキメた。
「可愛いですね! 今から私とお茶しませんか!?」
私がここまでテンションが上がっている理由とは。
私が前世で熱狂し、愛した“推し”とは──。
そう、男の娘だったのだ。